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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
学生編
76/144

26-1話  不毛な感情

「失礼します。頼まれたりんご、持ってきました」

 私は片手にりんごをむいた皿を持ちながら、館長室の扉を開けた。

「おお。いつもすまないのう」

 いつもって、私は看病をほとんどやってないんだけどなぁ。

 ……ここは、それは言わない約束だよとでも言えばいいのだろうか。私に冗談とか、そう言った類のものを求められても困ると思いながら、とりあえずベットに近づく。

 今日は大人しく寝ていたらしく、館長はベットにロープで結びつけられてはいなかった。でも布団の端から本が顔を出しているので、やはり勝手に抜けだしたのだろう。


「本、見えてます。隠すならしっかりやらないと先輩に怒られますよ」

 でもこの食えない館長の事だ。もしかしたら構ってもらう為にわざとやっているのかも知れないけれど。……うわー、なんて面倒臭い。

「皆、大げさなんじゃ。わしはもう大丈夫だといっておるのに」

「そう言って倒れたと聞きましたが」

 ちょっと体調がよくなれば、ベッドを抜けだし、そして倒れる。懲りない迷惑な爺さんだ。ベッドに縛り付けたアリス先輩の気持ちも分からなくはない。実際にやる事はないだろうけど。

「欲しいものがあれば、りんごみたいに持ってきます」

「それでは、体が弱るじゃろ。わしはまだまだやる事があるんじゃ。おちおち寝ておれん」

 なんて生き生きとした爺さんなのか。

 この年でまだ目標があるなんて、私より元気だ。長生きしそうである。……ああ、だからこそ、今長生きしているのか。


「やる事があるなら、なおさら家で休んで下さい。体を治すのに専念された方がいいと思います」

「ここがわしにとっての家なんじゃよ。ここ以外に帰る場所などない。そうじゃ、りんごをくれるかのう?」

 もぞもぞと館長が体を起こしたので、私はりんごがのった皿を渡した。

「……ウサギじゃない」

「ああ。今は硬いものが食べにくいと聞いたので、薄切りにしました」

 というか、そんな可愛いものを要求しないでくれ。そういうのは可愛らしい女の子の役目だ。私にできるのは、食べやすい大きさにカットして、変色しないように塩水につけるぐらいである。

「皆でわしを年より扱いしおって」

 ぷんぷんと怒りながらも、館長は薄切りにされたりんごを口へ運び咀嚼した。とりあえず、食欲はまだありそうだ。

 ただやはり初めて会ったころに比べると一回りぐらい小さくなった気がする。殺しても死ななさそうな気がしていたが、やはり年には勝てないという事だろう。


「実際年かと」

「……はっきり言うのう。まあ若者だとは言わんよ。この図書館と共に年を重ねてきたからのう。初めはわしの書斎じゃったここも、そのうちどんどん本が溜まって図書館にしたわけじゃし。わしもよくもまあ、ここまで溜めこんだものだと思うよ」

「えっと、この図書館は館長が建てられたんですか?」

「そうじゃよ。図書館を立てた後に、この学校の創設者と意気投合してのう。塔の周りに学校を建てる事を許したんじゃよ」

 図書館はこの学校の一部なのに、中立だなんて不思議な気がしていたが、そもそもここは独立した場所だったのか。

 形も学校のシンボルのように目立つ塔の形をしているし、普通は別の場所だなんて思わない。


「そういえば、何故塔にしたんですか?本の管理は、日の当たらない地下の方がしやすい気が……」

 図書館にはちゃんと地下もあるので、片づけきれなくなってどんどん上に高くしていったという可能性もある。でもそれなら横に広くするとか、もっと楽な方法があるように思う。

 近くにできなければ、資料の種類をわけて、分館する事だって可能だ。

「塔なら目立つと思ったんじゃよ」

「はあ。目立ちたかったんですか?」

 館長はあまりヒト前に出て何かをする事がないので、目立ちたいという理由は何だか違和感があった。でもこんな事で嘘をつく理由もない気がする。

「わしはずっとヒトを待っておってのう。わしにどうしても気がついて欲しかったんじゃ。この塔なら、きっと会えると思ってのう」

「お会いできたんですか?」

「……できたとも言えるし、できなかったとも言える」


 なんだそりゃ。

 もしかしたら、図書館に待ち人は来たけれど、待ち人は館長の存在に気がつかなかったとか、そういうオチだったのだろうか。

「じゃから、今もここから離れられんのじゃよ」

「……待っている相手は、どんな方なんですか?」

 館長の声が切なく聞こえ、まるで恋でもしているかのように見えた。でも実際そうなのかもしれない。ずっと待っているだなんて、よほど特別な相手でなければできないだろう。


「わしの初恋のヒトじゃよ。容姿端麗、頭脳明晰な素晴らしいヒトじゃ。でも自分に自信がない上に、悲しいぐらい優しすぎるヒトなんじゃよ」

 容姿端麗、頭脳明晰なのに自信がないとは。しかも悲しすぎるぐらい優しいヒトって……何だか詐欺とかにあったり、貧乏くじを引きそうなタイプだ。

 でもそんなヒトが好きな館長こそ、貧乏くじを引いているのかもしれない。だいたい、中途半端にしか会えていない時点で、貧乏くじまっしぐらだ。でもここから離れられないという事は、本気で好きなのだろう。


「そんなに好きなら、待っているのではなく、会いに行けば――」

 言いかけたところで、私は気がついた。

 館長の初恋という事は、そのお相手は何歳なのだろう。館長は化石のような年齢だ。例えば長寿な種族ならば生きている可能性もあるが、獣人や人族なら、とっくの昔に鬼籍に入っている。

 しまった。

 体調が悪い時に、そんな悲しい話しをさせてどうするんだ。対人能力音痴とまで言われた私が、慰めるとか無理だ。どうしよう。ここはさりげなく話題転換するべきか。しかしどうしたら、さりげなく話題を変えられるんだ?


「オクト魔法学生は、恋愛は実らなければ不幸だと思うかね?」

「えっと……どうなんでしょう?」

 自分自身は恋愛などありえないので、前世の漫画の知識を引っ張り出してみる。片思いで苦しんでいるとしても、それが不幸とは言い難い。逆に両思いで、ふふふ、あははな状態だとしても、何かしら心配事があったりして、大満足な状態ともいえない。漫画なので大満足な状態になったら、たぶんそこが完結となってしまうので仕方がないのだろうけど。

 とりあえず、実らなければ不幸だというのはちょっと横着な分類の仕方な気がする。かといって実らない状態が幸せなのかと言われたら、それはそれで悩みどころだ。


「わしは、彼女が幸せなら、それで良い。その為に紫色(しいろ)の賢者と呼ばれるような人生を歩み、図書館を建てたんじゃからのう。会いたくない、好かれたくないと言っては嘘じゃけどな」

「それだけ想われたら、不幸なはずない……と思います」

 ここは幸せですと言うべきところだが、私は彼女ではないので、そんな嘘はつけない。でもそれだけ想われておいて不幸という事はないだろう。というか、それで不幸だと言ったら、どれだけ贅沢ものなのか。悪女すぎる。

 でも、館長の見る目がなくて、本当に悪女だったらどうしよう。


「……ありがとう」

 館長の声が震えた。その声色にドキリとする。

「えっ、泣かないで下さい」

 まさか泣かれるとは思わなくて、私は慌てた。あああ。どうしてこう、もっと明るい話題をふってあげられないんだ。

 対人関係音痴という言葉が重くのしかかる。こんな時、エストやカミュだったらどうするだろう。あああ、参考例がほしい。前世の私。どうして、色々経験しておかなかったんだ。

「ほ、ほら。りんごオイシイですよ――あれ?」

 体を震わせているので、泣いているのかと思えば、くすくすと笑い声が漏れてきた。あれ?泣いてない?


「くっ、あははは。オクトは変わらないのう」

 泣いてなかった?

 でも御礼を言った時の声は確かに感極まったようなものを感じた。真相は分からないが、館長は笑いながら私を手招きするので、顔を近づける。するとよしよしと頭を撫ぜられた。完璧、子供扱いだ。

「……どうせ、成長してません」

「よいよい。まだオクトは……オクト魔法学生は、若いんじゃ。のんびり生きなさい」

「無理です。のんびりしていたら、いつまでたっても独り立ちできないです」

「アスタリスク魔術師は、焦ってはおらんじゃろ」

「そうですけど……」

 アスタはどんどん私を甘やかそうとするので、館長がいうように、たぶん焦ってはいないと思う。むしろ甘やかし方が、年々悪化している気がする。

 元々魔族は長寿な一族なので、独り立ちするのはゆっくりなのかもしれない。でも私は魔族ではないし、あんまり長い事すねかじりしているのは気が引ける。


「そう急いで何とかなるものでもないと思うがのう。たまには寄り道したらどうじゃ」

「寄り道?」

「オクトはおらんのか?赤い糸で結ばれたい相手は」

「はっ?」

 赤い糸?何ソレ美味しいの?

 突然の宇宙語に私は固まった。いや、赤い糸は分かるよ。あれですよね?運命の相手的な。でもその話題と私に何の関係性があるというのか。

 

「だから、ほの字な相手じゃよ」

 ほの字って……。

「えっと、いませんが」

「ええー」

 館長、ノリいいなぁ。

 女子高生のように間髪いれずに合の手を入れてくる。いやいや。館長の恋バナを聞いておいてなんだが、私と館長で女子高生風というのは薄ら寒い気がする。こういうのは、ミウのような可愛い子の役目だ。


「あの。だって、私は混ぜモノですよ」

「それがなんじゃ?」

「混ぜモノじゃ結婚できないですし、不毛じゃ……」

「何で結婚できないんじゃ?そんな法律ないぞ?」

「いや。だから、混ぜモノなんですって。私……子供、産めませんから」

 混ぜモノは本来居ないはずの存在だ。例え結婚したとしても、混ぜモノの子供は混ぜモノ。普通は産まれない。仮に奇跡が起きたとして、子供が産まれたとしても、その子供は混ぜモノ。望まれない生なんて、可哀そうだ。


 しかし館長は私の言葉を笑い飛ばした。

「オクト魔法学生は面白い事をいうのう。子供が、子供の事を考えて、どうするんじゃ」

「えっ。恋愛って、そういう事ですよね?」

 恋愛は結婚の前段階のものであって、結婚は子孫を残す為のもののはずだ。例外もあるだろうが、一般認識は間違っていないはず。


「わしは恋愛は実らなくても不幸ではないと思っておるからのう」

「はあ」

 確かに館長は不毛な恋愛をしているようだが、不幸ではない。相手はどうであれ、少なくとも館長はそうだ。恋愛=結婚ではない、例外タイプの恋愛である。

「誰かを好きになったとしても、誰もお前さんを恨んだりはせんよ」

 そうだろうか。混ぜモノに好かれたら、やっぱり迷惑じゃないだろうか。カミュ達との関係を考えると、友情くらいなら問題はなさそうだけど。


 先ほど館長の一途な恋心を肯定したばかりなのに、混ぜモノを理由に否定するのもちょっと違う気がした私は、とりあえず曖昧に頷いておいた。

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