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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
学生編
75/144

25-3話

 ……意外に面白い。


 エストが書いた【新説・混ぜモノさん】は思った以上に面白かった。ストーリーはそれほど複雑ではなく、魔王に引き取られた混ぜモノの少女が、周りのヒトを幸せにするような話だ。ミウのイラストが入っている事もあって、読みやすい。


「でも、美化しすぎ」

 話を面白くするために魔王に引き取られたとか、脚色されてはいるが、内容は私が本当に行った事が多い。しかし本の中の主人公と私では性格がまったく違う。基本的に、私は自分がよければそれでいいタイプだ。誰から聞いたのか分からないが、海賊に捕まった時に、一緒に捕まった女性を逃がしたあたりの話なんて顕著なものだ。私は私が恨まれない為に行ったはずなのに、どうしてそれが自己犠牲精神になっているのか。

 はっきり言おう。誰だソレ。読んでいて恥ずかしくなる。


「まさか主人公の性格が私でなくなるだけで、こんな感動的ストーリーになるとは……」

「よう。何読んでいるんだ?」

 ライの声に咄嗟に本を閉じたが、閉じた後にしまったと後悔する。何でもない風を装えば、さりげなく本から話題をそらせたはずなのに。これでは、見られたくないものだと言っているのも同じだ。

 美化100%な小説を読んでましたなんて、言いたくない。どんなナルシストだ。

「えっと。これは――」


「ああ、それ。エストが書いている小説だろ」

「――知ってるの?」

「俺も情報提供したしな」

 ……ですよね。

 よく考えれば、海賊に攫われた時の事を一番知っているのは、私を除けばライだけだ。海賊へ取材に行くなんてできないだろうし、私もエスト達に話した覚えはない。しかし内容的に、誰かに聞いてなければ、ここまで詳しくは書けないだろう。

「なんでそんな事を」

「弟分に頼られたら、兄貴としては協力しないわけにはいかないだろ」

「私の個人情報なんだけど」

「いいじゃん。減るもんじゃないし」

 あっけらかんとライは笑うが、たぶん私の精神的気力が何割か減ったと思う。笑いごとではない。


「それより。わざわざ俺に会いに来るなんて珍しいな。何かあったのか?」

 私はライに言われて、はっと最初の目的を思い出した。わざわざ、魔法騎士学科の訓練場前のベンチで、本を読んで暇を潰していたのにはわけがある。

 私は鞄の中から薬瓶を取り出すと、ライに差し出した。

「コレ。湿布薬。作ったけど、使わないから」

「サンキュ。この間の化膿止めといい、わざわざ悪いな」

「いい。どうせ使わないから」

 折角作ったが、11歳の私が湿布薬に頼る事はほぼない。一緒に住んでいるアスタも、実年齢はともかく、外見年齢が若い為か、必要とした所を私は見た事がなかった。小説の中で魔王扱いされても仕方がないと思えるぐらい、元気な80代だ。


 そこで古くなって捨てられるぐらいならばと、私は薬をライに上げる事にした。

 魔法騎士学科のヒト達は、魔法という言葉がついているにもかかわらず、意外に肉体派な訓練が多い。私も最初こそ攻撃魔法中心の勉強をするのかと思っていたが、彼らは毎日校庭をランニングするなど、ガッツリ体育会系だ。今日だって魔法を使わない剣術訓練をしていた。

 基本魔法使いは、理系、文系なヒトばかりで、体育会系は少ない。訓練後もピンシャンしているライは例外中の例外である。魔法騎士学科に進学した大抵の生徒は、最初の一年は筋肉痛に呻くそうだ。そんな彼らなら、きっと湿布薬を役立ててくれるはず。


「まあ、確かに俺らの方が使うな。まだ訓練場でへばっている奴多いし、ありがたく使わせてもらうよ」

「うん。でも魔法の勉強より武術訓練が多いのは何故なんだろ」

 私が想像する魔法使いの戦い方は、前衛ではなく後衛だ。剣術を使うのは剣士の役目であって、魔法使いの役目ではない。体力はあって困るものではないが、どうにも今の訓練方法はピンとこない。

「そんなの魔法使いと剣士で争ったら、魔法使いが負けるからだよ」

「へ?そうなの?」

 魔法使いはある意味チートだ。火のない場所で炎を作りだし、風のない場所で嵐を作る。何でもかんでもできるわけではないが、剣士よりもできる事が多い。


「剣士は脊髄反射で剣を振るうからな。魔法を発動させるより、よっぽど早いんだよ。喉を潰すのが一番だが、それができなくても、切り付けれたら剣士の勝ちだ。痛みで集中力が切れた魔法使いなんて、なんの役にも立たないしな」

「……あー。確かに」

 魔法は脊髄反射では使えない。離れた場所からの攻撃なら無敵だが、そうでなければ物理的な力には劣る。私も本の盗難がある時は、必ず遠くから犯人へ魔法を使うようにしていた。


「オクトも鍛えてやろうか?剣術とか覚えておいて損はないぞ」

「遠慮しておく」

 私はあまり運動神経がいい方ではない。それなのに下手に戦場で戦えるすべを持っていると、第一王子に戦場へ放り込まれそうで怖かった。今のところ王子から音沙汰はないが、いつ何があるか分からない。混ぜモノは暴走するリスクが高くて使い物にならないと思わせておいた方が後々面倒臭くないはずだ。


「それにライ、最近忙しそうだし」

 カミュとライはよく私のクラスへ遊びに来てくれるが、頻度的にはライの方が少ない。訓練は面倒だなんて正直に言った日には、体育会系代表であるライに、校庭をランニングさせられそうだと思った私は、それをいいわけに使わせてもらう事にした。

 ライは何か嫌な事でも思いだしたのか、苦虫を噛みしめたような微妙な表情をするとため息をついた。

「まあな。最近魔法使い共に怪しい動きが多いから、ライスちゃんが再登場してるんだよ」

「……ライスちゃん、まだ居たんだ」

「そろそろ、卒業だけどな」

 何とも懐かしい名前に私はあきれ半分で笑った。確かに最近にょきにょき身長が伸び始めたライでは、メイド役であるライスを演じるのは色々苦しいはずだ。

 

「オクトの方はどうなんだよ。この間、また館長が倒れたんだろ?」

「……うん。一応命に別状はないらしいけど」

 去年同様、館長は再び寒い日に倒れた。

 医者の見解だと、高齢だから仕方がないそうだ。去年倒れてから少し痩せられた気がしたが、最近はさらに痩せて小さくなった気がする。

 本当なら、仕事などせず療養すべきだ。しかし去年と同様に、館長は図書館から離れることを嫌がり、再び館長室で寝ている。アリス先輩と口喧嘩しているので、今すぐどうこうという事はないだろうが、心配な事には変わりない。


「そっか。あのヒト、かなりの年だもんな。オクト達が任された時魔法の方は大丈夫なのか?」

「うん。ようやく半分はコンユウが受け持てるようになったから」

 コンユウは涙ぐましい努力の結果、時魔法をある程度コントロールできるようになった。まだ受け持ちを半分だけにしているのは、不備が出た時に、館長がすぐさま対応できるようにだ。能力的には十分一人でできる。


 私の方も、一括管理の魔方陣はまだ作成途中だが、蓄魔力装置の方は順調に出来上がりつつあった。

 色々文献を調べた結果、すでに魔力を帯びた石を『魔法石』と名づけ、魔力が低い人に販売されている事が分かった。もちろん現状の技術では溜まる魔力の量などたかが知れているので、そのまま使う事はできない。しかし石は、魔道具によく使われるぐらい魔力耐久度が高いので、石に刻む魔方陣を工夫すれば、もっと高濃度の魔力を溜める事ができるはずなのだ。それに電池と同じで、石を並列につなげば2倍に長持ちし、直列につなげば2倍の威力が出る事も実験で分かってきた。

 アスタにも相談しながら進めているし、この調子なら今年中には完成できるはずだ。


「無理するなよ」

「……えっと。私は何もしてないけど」

 大変なのは実際に時魔法を使い続けなければならないコンユウの方だ。私ではない。しかしライは呆れたように私を見た。

「十分しているだろ。もうそろそろ、自分の価値を見直せ。学部が違うから、俺やカミュがいつも一緒に居られるわけじゃないんだからな」

「へ?」

 ライはわしわしと私の頭を乱暴に撫ぜると、隣に座った。価値を見直せと言われても、何が何だか分からない。


「俺だってオクトの生立ちは聞いてるから、お人よしな性格を変えろとはいわないさ。でも自分の価値を低く見るのは止めろ」

「私はお人よしではないけど」

 価値観だって、それほど周りとずれているつもりはない。しかし私の反論を聞くなり、ライは思いっきりため息をついた。

「お人よしだろ。すぐに同情するし、嫌いな相手でも力貸すし。下手すると、とんでもない価値のものとくだらないものを交換して、仕方がないで済まそうとするし。その上、自分を無価値だと思ってるだろ」

「そんな事ないし、していない」

「分からないから、価値がおかしいって言ってるんだよ。いいか。よく聞け。オクトの知識は賢者だ。求められて、中立な立場の図書館に力を貸すぐらいならいい。でも頼むから、カミュの敵にならないでくれ」

 カミュの敵?

 カミュは友達なのだから、そんなものになるつもりはさらさらない。しかしライはそう思っていないようだ。心外である。


「私は友達を裏切る気はないけど」

「知ってるよ。俺は頭悪いけど、ずっと一緒に居たんだ。オクトがそういう奴だって事ぐらい分かってる。でもオクトは目の前で死にかけている奴がいたら、例え嫌いな奴だとしても助けるだろ」

「そんなの、当たり前――」

「じゃない。そいつがカミュの命を狙う奴だったら、俺は殺す。例え友人でもだ。赤の他人ならなおさらだ」

 ライは冗談を言っているようではなかった。その時がきたら、ライは躊躇うことなく、相手の命を奪うのだろう。それが私だとしてもだ。

 隣に座っているはずなのに、何故か私にはライがとても遠い人に感じる。


「流されたっていい。助けるのだって仕方ないと思う。でも自分の価値を理解して、カミュの敵にはならないでくれ。頼むから」 

 ライの声は切実で、私はどうしていいか分からず、ただただ頷いた。 

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