25‐2話
「あ、あの」
「こんにちは。貸出ですか?」
図書館の受付で、のんびりとラベル貼りの仕事をしていると、声をかけられた。
今日はさほど混んでいないのに私に声をかけるなんて珍しい。そんなに急ぎで借りたいものがあったのだろうかと思いつつ、とりあえず笑顔を向けておく。
相変わらず私が居る場所だけ閑古鳥のなく受付だが、何事もまずは笑顔とあいさつだと、先輩からアドバイスを貰っている。今のところそれほど効果は上がっていないが、気分を害す事はないだろう。
「応援しています。頑張って下さい」
はい?
何をですか?あまりに唐突な言葉に私は目を瞬かせた。前に立っている、青髪の少年はそれだけ言うと、ぺこりと頭を下げた。
私も反射的に頭を下げるが、何が何だか分からない。応援されても、私がしている受付業務は頑張りようがなかった。あえて言うなら、周りからの興味本位な視線に耐えるぐらいか。
「えっと、何をですか?」
「心やさしい貴方の活躍に感動したんです」
それは誰の話ですか?
心やさしいとか、意味が分からない。そもそも、私はこの少年の事をまったく知らない。だから彼に何かしたはずはないのだが……。
「……何かと勘違いされていると思いますが」
「勘違いなんて、とんでもない。僕、この本を読んでから、ファンクラブに入ったんです。ほら」
少年がとりだしたカードには、【オクトファンクラブ】の文字が入っていた。そしてさらに机の上に置かれた本はには、前世であった、ライトノベルのような可愛らしいイラストが入っている。表紙にイラストが入っている本も珍しいが、それよりも、そのイラストに見覚えがあった事に驚く。
私はあまりの事態に、口をパクパクさせた。驚きすぎて、上手く言葉が出ない。
「オクト先輩が、凄く聡明で、優しくて、素敵な人だって分かりました。僕も皆にこの本広めるので、頑張って下さい。それじゃあ!」
えっ。
ええええええええええっ?!
颯爽と去って行った少年を見送りながら、私は内心、悲鳴に近い叫び声をあげた。聡明とか、優しいとか、素敵とか、一体何の冗談だ。これはドッキリか?いやむしろ、ドッキリであってほしい。そもそも、その本は一体何なのか。そして広めるってどういう事だ。
混乱する頭の中で、それでもはっきりしている事はあった。
あの表紙のイラスト。間違いなく、ミウの絵だ。
「すみません。本の片づけに行ってきます」
「えっ、オクトちゃん?!」
「それなら、後で俺らが――」
「いいえ。行かせて下さい」
行かなければいけないんです。
私はそれだけ言うと、本を数冊持って、図書館の方へ駆けだした。元々受付では役立ってないわけだし、抜けても何とかなるはずだ。こんなもやもや気分では、神経をすり減らす受付業務なんてやってられない。目指すは、エストが片づけ業務をしている場所だ。
本を元の場所に戻しながらウロウロとエストを探していると、2階でエストの姿を発見した。
「エストっ!!」
「あれ?オクトは受付業務じゃ。えっ、何?どうかした?」
私は持っていた本を、とりあえず近くにあった椅子に置くと、エストの肩をガシッと掴んだ。ここで逃がすわけにはいかない。
「ちょ、オクト、痛いっ。何っ?!」
「ファンクラブって、まだあったの?!」
確かにたまにミウが私の絵を描くので、私自身、完璧に消滅したとは思っていなかった。しかしまさか大々的に、ライトノベルっぽい同人誌を書いて、広めているなんて聞いていない。しかもあの青髪の少年の話しっぷりを思い返すと、どう考えてもあの本の主人公は私だ。
「もちろん、ちゃんとやっているけど?まさか、誰かオクトに迷惑かけたの?!」
「えっ。いや。迷惑はかけられたというか、そうでもないというか……。エストに聞いてもアレかもしれないけれど、ミウってもしかして、私を主人公にした同人――じゃなくて、小説を売っていたりする?」
まさかそんなはずないよね。多分あの少年の勘違いだよねという思いを胸にエストの瞳を覗き込む。
「ミウは売ってないよ」
エストの言葉に、私はホッとした。
そうかミウじゃなかったのか。まさか自分の同人誌が売られ、なお且つ、それの所為で私のファンクラブという黒歴史に名を残しそうなグループに入るなんて迂闊モノがいるとは考えたくない。やはりあの本はきっと、何かの間違い――。
「たぶんソレ書いたのオレだし」
そうか。そうだよね――。
「はいぃぃぃ?!」
「挿絵はミウが上手いからお願いしたけどね」
「ななななっ。何でっ!」
まさかの元凶発覚に、私は驚くしかない。だって、そうだろう。まさか友人がそんな事をしているなんて思うはずがない。
「何でって、クラブ活動だけど」
「いや。クラブ活動って。何で、そんな小説を書いたの?」
「布教活動かなぁ。オクトのよさって中々分かってもらえないし」
布教活動ですと?!
いつの間にそんな怪しげな活動を。あまりの事に私は言葉を失った。いつからそんな変な宗教にのめり込んでしまったのか。
「あ、丁度いいところに。ミウ。オクトが【新説・混ぜモノさん】の話を読んだみたいだよ」
「本当?!やだ、恥ずかしいなぁ」
振り向けば、くねくねと身をよじらせたミウが居た。相変わらず可愛らしい……じゃなくてっ!!
「オクトちゃん。その、出来栄えはどうだった?頑張って挿絵を描いたんだけど、中々オクトちゃんのカッコ可愛い所が表現できなくて」
「いや、まだ読んでない。ただ、嘘、大げさ、紛らわしいってよくないと思う」
カッコ可愛いってなんだ。ツンデレの親戚か?
たぶん恰好いいと可愛いを組み合わせた造語だろうが、その言葉と私の存在に繋がりを微塵も感じない。百歩譲って、外見だけは、ご先祖様のおかげで可愛いの枠組みに入りそうだけど……。
「嘘なんてついてないもん」
「あー……うん」
ぷくっとほおを膨らませるミウの方がずっと可愛いのだが、本人はそうは思っていないらしい。実際ミウの絵はアニメタッチだが、私という特徴はしっかり掴んでいた。嘘は描いていない。
「ならエスト――」
「あのさ、オクト。ファンクラブ活動って何をすればいいと思う?」
何をする?
前世の記憶をよみがえらせれば、ファンはとりあえず、写真をはじめとする、グッツを買っている気がする。そして、アイドルなら写真集、歌手ならCDを購入していた。スポーツ選手なら応援だ。
しかしこの世界には写真もなければCDもない。そもそも私は、アイドルでも、歌手でもないのでライブもない。また、部活動に所属していないので、スポーツもしない。
思いおこせば、やる事は何もない。
「オクトは学業とバイトに明け暮れていて、応援する事もなくて、オレらはオクトをそっと見守る会になり下がるしかなかったんだ」
エストの言い分は間違いない。ただ、そっと見守る会はなり下がりなのだろうか。むしろ、そのままそっとしておいて欲しかった。ついでに、飽きてくれたら、なお良かった。
「うんうん。それで、私達はオクトちゃんの魅力を伝える為に、本を書く事にしたの。エストは本をよく読んでるから文章を書く事が得意だし、私はこうみえても、絵を描くのが得意だったしね」
……まさか、ファンクラブ魂をオタク昇華させるとは。斜め上な事態に、私は頭痛を覚えた。どうしてこうなったとしか言いようがない。
「一応言っておくけど、オレら本は販売しているけど、営利目的でやっているわけじゃないから、収益はほとんどないよ。あったとしても、ファンクラブ会費に当てられるだけだし」
「収益、あるの?」
「うん。最近は【新説・混ぜモノさん】のイラストグッツも、よく売れるの。それに他の子もやりたいって子がいるから、二次創作もオクトちゃんに迷惑をかけない範囲でならいいって許可してあるんだよ。もちろんファンクラブの会員だけだけどね」
つまり、どんどんファンクラブという名の同人活動が広がっていると。
二次創作ってあれか。前世でいう、薄い本の事か。掛け算とかもある、あれの事か。深く追求すると、私の胃が悲鳴を上げそうだったので、あえてそちらに関しては考える事を止めた。
「もしかして、会員に何かされたの?もしもそうなら、ちゃんと中止するから言ってね。クラブ活動の原則は、オクトちゃんに迷惑をかけない事だから」
「あー……。されたというか、まさかの活動の広がりに驚いているというか……。えっと、その【新説・混ぜモノさん】なんだけど――」
売るのを止められないかと言おうとして、ミウ達の心配そうな目とぶつかった。
しゅんと耳がたれ下がったミウを見ると、ズキズキと心が痛む。一方的に、売らないで欲しいと言っていいものだろうか。
別に害を与えられているわけではないのだ。エストに悪気があるようにはとても思えない。実際、私もまだ読んでいないのに、クレームを付けるのもどうだろう。
いや、でも布教活動はないよな。正直恥ずか死にそうなので止めてもらいたいし……。
「――せめて、この話はフィクションです。実際の人物とは関係ありませんって文面を入れて」
とりあえず、一度読んでみよう思い、よくある文面だけ要望した。