24-2話
初めての受付業務は散々なものだった。
混ぜモノとツンデレと新人という、どうしてそんな選択しかないんだと言いたくなるようなメンツでの勝負。そんなもの負け戦に決まっている。
そもそも混ぜモノは、皆に避けられる運命。早く本を借りたい、もしくはどうしても調べて欲しい本がある本オタクなヒト以外は、誰も私には近づかなかった。分かっていた事だ。でも誰も並ばないカウンターは酷くみじめでつらかった。本気でつらかった。ちょっぴり泣けた。
ならば私以外は上手くいったかと言えば、そんなわけがなかった。現実はそんなに甘くない。私の場所がガラガラな分、必然的にコンユウとエストの場所にヒトが集まった。そこまでは良かったのだがコンユウのツンデレが発動して、彼のレファレンスはツン100%。お客様を怒らせるのは火を見るより明らかだった。何をしてるんだといってやりたいが、私も役立っていないのでそんな事言えるはずもない。
その結果混ぜモノを嫌い、さらにツンデレはちょっと……という御客様が全てエストの方へ向かった。しかし私とコンユウから逃げ出した膨大な数の客を捌けるほどエストはまだ図書館業務になれてはいない。よって、エストの座る場所は大渋滞が引き起こされていた。
あの後、帰ってきた先輩達がすぐに代わってくれたが、思い出したくもない。
しかもアリス先輩に、このままでは駄目だと言われ、定期的に受付業務に入るよう命令された。私1人受付業務をしなくても今まで回っていたはずなのに、何を考えているのか。……憂鬱だ。
「はぁ……」
「オクトさん、なんだか疲れているみたいだけど、大丈夫?」
いけない。
これから私は神様に会うのだ。いつまでもバイトの事を引きずっているわけにはいかない。私は大丈夫だという意味を込めて頷いた。
とにかく目の前の事に集中しなければ。
「オクト、行ってらっしゃい。何があっても俺はオクトの味方だから、ちゃんと呼ぶんだよ」
アスタは私の目線に合わせてしゃがみこむと頭を撫ぜた。たとえ何かあったとしても神殿でアスタを呼べるかどうかは分からない。それでもアスタが味方というだけで、心強い気がする私は、単純である。
「うん。行ってきます」
神殿の入口まで転移魔法で送ってくれたアスタに小さく手を振り、カミュと手をつなぐと、私は足を踏み出した。
神殿は、世界中に点在する。この国にある神殿はギリシャの遺跡を思わせるような建物だった。もちろんところ変われば神殿も変わる。図書館で調べた限りでは、緑の大地の中でも、国によっては教会のような形をしている所もあるそうだ。また青の大地には、日本の神社に近い形をした神殿もあると、描かれていた。同じ神様なのに不思議なものである。
今来ている樹の神のみ奉った神殿は、豊穣の神殿と言われ、いつもならば参拝に来たヒトでにぎわっているそうだ。しかし今日は第2王子が訪問するという事で、自粛され静まりかえっていた。
「オクトさんはここに来るのも初めてなんだっけ?」
「うん」
私は混乱を避ける為、ヒトが多い場所には出向かないようにしている。出かけると言えば、買い出しか、学校ぐらいのものだ。後はアスタの実家で行われるお祭りに連れて行ってもらった事はあるがその程度。
龍玉の民なので、宗教はもちろん神教となるのだが、私の信仰心は日本人並みに底辺をひた走っている。神様に会うという事がなければ、遺跡のようなこの建物を、じっくりと観光したいなと思うレベルの興味しかなかった。
やっぱり神様も信仰心が低いヒトは嫌いだろうか。減点ポイントばかり頭に浮かんできて、憂鬱になった。そもそも未だに、何故呼ばれたのかも謎なのだ。
「御迎エ、来マシタ」
神殿石段を登り切ったあたりで、新緑色の髪をした少女が私たちを出迎えた。頭に大きな赤い花をさした可愛らしい子供だ。身長も私と同じぐらいである。
何故ここに子供がと疑問がわくが、それを口にする前に、少女はくるりと反対を向き、歩き出した。ついてこいという意味だろうか?
もしかしたら、ちびっこいけど、すごく偉い神官様とか、そういうファンタジーな存在かもしれない。種族によっては長生きをするので、ちびっこくて子供みたいだけど実は大人という可能性もある。
「ワタシ、精霊。年、貴方ト近イ」
「はあ」
「ダカラ、選バレタ。ガンバル」
……えっと。つまり、このお嬢さんは精霊で、10歳ぐらいという事か。片言に聞こえるので、もしかしたら普段話す言語は龍玉語ではないのかもしれない。
ちびっこだけど、実は年上のとても偉い神官説は崩れ去ったが、ファンタジーな存在には違いなさそうだ。カンナがとても流暢に龍玉語を話していたので、精霊は話せるものだと思ったが、よく考えたら、他民族とほぼ関わりがない精霊が共通語である龍玉語を話す必要はない。
それぞれの国には、共通語以外にそれぞれの言語があるので、精霊独自の言葉もありそうだ。
「今日は樹の神はこちらにいらっしゃるのかい?」
「ココデハナイ。別ノ場所。案内スル」
別の場所?
カミュの質問に答えた少女はそのまま淀みなく歩く。しばらくすると私達は大広間のような開けた場所に出た。石の床には、魔法陣が彫り込まれている。転移の魔法陣だ。
「入ッテ」
何処に繋がっているのか分からない魔方陣に少女が入った。するとフッとその姿が消える。少女が魔法を使った感じはしなかったので、中に入ったら自動的に転移する仕掛けになっているのだろう。魔力ではなく、魔素を使っているという事なのだろうか。
でも結構大掛かりな魔方陣だ。魔素も半端なく使うはず。どうやってその力を維持しているのか。
疑問がつきない魔方陣に躊躇っていると、カミュが手を引っ張った。
「大丈夫。魔素切れとかになって失敗したなんて事は聞いた事ないから。でも中に入って10秒で転移されるから、手だけ外だと大事故になるんだよね。一緒に入ろう」
うん。私もつないだ手の先が手首までというホラー展開は遠慮したいので、頷いた。カミュに合わせ、魔法陣の中に入る。
――7、8、9、10。
カミュが言った通り、きっかり10秒で目の前の景色が変わった。先ほどまで、石の壁だったのに、今度は木製の部屋だ。
そして視界の先には消えた精霊の少女が待っていた。
「コッチ」
少女が再び歩き出したので、私達はその後ろをついていく。ドアを開け部屋を出ると、廊下がまっすぐ続いていた。どうやら回廊のようで両サイドに窓がはめられている。
窓の外は、とても自然がいっぱいな景色だった。ピーヒョロロと鳥の音が聞こえてきそうな木々に溢れている。どこだろう。
「ココ、神様、別荘」
「……えっと、神殿とは違うの?」
「違ウ。神殿、仕事場」
なるほど。神殿は仕事をするが、ここはプライベートな場所だと言いたいのだろう。ただし別荘という事は、本宅ではないという事か。別荘があるなんて、神様って結構な金持ちだ。でもどうやってそのお金を稼ぎ出したのか。やっぱりお布施だろうか。
「オクトさん、一体樹の神に何したんだい?」
「へ?」
「僕も別荘へ来るのは初めてだよ」
「いつもは?」
「彼女の言う、仕事場かな。12歳の時に初めて呼ばれて、その後も年に1回呼ばれるけど、神殿だけだよ」
何をしたと言われても、何もしていないとしか言いようがない。私自身が樹の神と会うのは初めてだ。別荘に招待されるような事をした覚えは一度もない。
首を傾げていると、カミュはそうだったねといって苦笑いした。
「オクトさんは、神様に会うのすら、今日が初めてだったもんね」
まったくもって、その通りである。
王族しか会えないとされる神に私が会うなんて、普通は起こらない話だ。
「神様は私に何の用なんだろう」
「分カラナイ。デモ、会イタガッテル」
カミュに話したつもりだったが、少女が答えた。確かにカミュよりも案内役を任された少女の方が理由を知っている可能性が高い。まあ、いま可能性は打ち砕かれたけれど。
少女はヒトが立っている扉の前で足をとめた。そしてメイドらしきヒトに何かを話す。何を話しているか分からないが、龍玉語ではないのは確かだ。少女の言葉の中に『オクト』や『アールベロ』という単語が入ったのだけは聞き取れたので、たぶん私たちの説明をしているのだろう。
……でも、どこかで聞いた事がある言語なんだよなぁ。
意味は理解できないので、もしかしたら、幼い時に旅していた時に聞いたのかもしれない。もしくはママがその言語で喋っていた事があるのかもしれない。
少女との話が終わった辺りで、部屋の前にいたヒトが私たちに向かって一礼した。それに合わせて、私も頭を下げる。
「オクトさん。頭は下げなくていいよ」
「えっ、でもたぶん精霊だし」
神様に仕えているのは精霊族のはず。ならば、彼女達は精霊なのだろう。
「精霊という事に何か特別な意味はないよ。僕は王子で、オクトは貴族な上に、樹の神の客人なんだから」
むう。あれか。使用人に頭を下げてはいけませんの法則がここにもあるのか。
学校では一時的にその法則が撤去され、貴族とか平民という身分がなくなっていたので若干忘れていた。
そんな会話をしていると、扉が精霊によって開かれた。
部屋の中は、普通の部屋だった。変な言い方だが、そうとしか言えない。神様の部屋という事もあって祭壇があったり、魔法陣があったりと、特殊な部屋を想像していたのだが予想を大きく裏切られた。
部屋の中にはテーブルとソファーがあり、周りには観葉植物や絵画が飾られている。まるで普通の客室だ。そしてソファーの前には、茶色のふわふわとした髪を腰のあたりまで伸ばした少女が立っていた。薄い緑色のドレスがよく似合い、大変可愛らしい。年は17、18歳ぐらいにみえる。
少女は私たちの姿を緑柱石のような瞳で見つめると、にこりとほほ笑んだ。
「初めまして、オクトちゃん。私が樹を司る神、ハヅキよ」
この方がハヅキ様。
咄嗟に胸に目がいってしまったのは、カンナの悪影響だ。まな板やら、貧乳と言われてたが……うん、ないわけではなさそうだ。カンナよりもずっとささやかだけど。
それにしても、この世界の神は龍神だと聞いていたが、見た限り普通の少女だ。体が鱗でおおわれているとかそういう事もない。外見は美少女枠には入るが、エルフのようにこの世のものとは思えない美人という事もない。
この部屋と同じで、想像していたよりも普通だ。
「初めまして。私は、オクト・アロッロといいます」
私は自己紹介をすると頭を下げた。えっと、相手は神様なのだし、頭を下げていいのだろうか。チラリと横を盗み見れば、カミュも頭を下げていた。今度は頭を下げたままにして正解らしい。
「頭を上げて下さいな。今日は急に呼びだしてごめんなさいね。さあ、立ち話もなんだから、こちらに座って。カミュちゃんもね」
か、カミュちゃんですか……。まさかのちゃん付けに、カミュの反応が気になって顔を上げた後、恐る恐る隣を見れば、仕方がないとばかりに苦笑していた。確かに神様相手に、反論なんてできないから、聞き流すしかない。
私もカミュを見習って色々流してしまおうと心に決めると、ソファーへ向かいハヅキに勧められた場所に腰かけた。
「今日はオクトちゃんと会わせたい相手がいて呼んだのだけど、少し遅れているみたいですの」
「はあ……そうですか」
会わせたいって誰だろう。神様からの紹介って……不安が大きいんだけど。
ドキドキとしていると、精霊の方がピンク色をしたお茶を淹れてくれた。たぶんハーブティーだろう。自分の国では珍しい。
「どうぞ飲んで」
「ありがとうございます」
緊張や不安でそれどころではないが、ハヅキに勧められたら断るわけにはいかない。私はカップを手に取り口を付けた。若干の酸味が口の中に広がる。たぶんローズヒップじゃないだろうかと、前世の辞書からハーブティーの知識を引っ張りだす。
「あ、俺の分もよろしく」
ふと聞き覚えのある声が聞こえて声の方を見ると、そこには窓枠に腰かけたカンナが居た。先ほどまでいなかったはずなので、窓から侵入したという事だろう。
って、おい。
神様の部屋に窓から侵入って、どういう事?!
「よう。オクト、久しぶり」
「ひ、久しぶり……です」
私は知り合いではありませんという意味で、さっと目をそらしたのだが、すぐにカンナに見つかってしまった。隠れたわけではないので当たり前だ。
実際、カンナとは赤の他人には違いないが、不味い。どう考えてもカンナの行動は、礼儀を逸脱している。ハヅキが怒るのではないかとチラリと見たが、ハヅキは目を見開いているだけだった。
うん。そうだよね。神様の部屋に窓から侵入したら、怒りの前にまずは驚く。
「カンナちゃん、もしかしてオクトちゃんとすでに知り合いでしたの?!」
しかしハヅキの言葉は予想を裏切るものだった。
カンナの行動を、さも当たり前のように捉えている。むしろ驚いているのは、私と知り合いだった事に対してだ。えっ?何?どういう関係?私は状況についていけず、目を瞬かせた。
「いーじゃん。ちゃんと正体は明かさずに会ってんだから、文句ないだろ?」
正体ってなんですか?乳の惑星からやってきた乳星人ですか?
なんとなく想像はついていたが、脳内は大恐慌でそれどころではなかった。というか、乳、乳、言っていた人物が、ソレだとは思いたくない。
しかし世の中は無情だった。
「改めまして。俺は風を司る神、カンナだ。よろしくな、姪っ子」
想像以上の爆弾発言に、私はお茶の入ったカップをとり落とした。