2-2話
さてどうしよう。
店内のど真ん中で話し合いも他のお客の迷惑になるという事で、カウンター横に特設机が設置された。確かに通路の途中じゃ迷惑だとは思うけれど、嘘を付けと声高々に言ってやりたい。そもそも店内は迷惑になるほどの客がいないはず。
「私は全てを知っているわけじゃないから」
言いたい事は色々あたが、それでもこれだけは伝えておかなければと席に座った私は開口一番そう伝えた。というかクッキーを勝手に持ってきたのはそちらなんだから、よく考えれば私たちが気にする必要はない。食べていいと言っておきながら、後からお金を請求するって詐欺だ。犯罪に負けちゃいけない。
「そんなの分かっているさ。嬢ちゃんがここにあるものすべてを知っていたら、それこそ何者だって話だからね。それでも知っている範囲で協力して欲しいんだよね」
協力とか言ってるけど、どうせ強制なくせに。
この魔族、口調は柔らかめだけれど、私たちを逃がすつもりはないというのが節々に感じられる。というのも入口から遠い場所に座らせ、自分は入り口に背を向ける形で座っているのだ。子供の足なら逃げられるはずもないのに、万が一逃げようとした時のためを考えて座ったとしか思えない。用意周到さに本気で腹が立つ。……禿げてしまえ。
「見返りは?」
でも実際これ以上関わったりしたくないので、悪態は飲み込む。必要最低限で取引を終えて、早く店を出よう。
「クッキーもらったよ?」
「それは電池の事を教えたぶん。音を鳴らして店に迷惑をかけた分は、音の止め方と使い道を言った事でチャラ。今は対等」
少々強引だが、それぐらい強気で言わないと、どんどん請求されてとんでもない事になってしまう。立ち位置が上であればなおいいが、そうでなくても下になってはいけない。
「面白い混ぜモノだな。よし教えてくれた情報によっては、何か商品をやろう。モノによってはやれないが」
「くれるモノに特に欲しいものがない場合は?」
「何か欲しくて来たんだろ。それ次第だ。やれないというのは、すでに買い手が付いているものと、使い方が分かっている、高額の取引ものの事だ」
つまり使い方が分かってさえいれば、高額取引アイテムになるという事だろうか。後は今のところガラクタ。好きにしていいという事だろう。
「さっきのブザー」
「あれが欲しいのか?」
アレでも良いにはいいんだけど。私は首を横に振った。
「アレじゃなくてもいい。アレと同じ世界から来たものが欲しい」
あのアイテムが唯一私の前世を肯定してくれるものだ。誰にも話せない事だからこそ、肯定してくれるものは欲しかった。自分の気がくるってるんじゃないかなんて、考えずにすむ。
「つまり嬢ちゃんの母ちゃんは、その道具がある世界の事を嬢ちゃんに教えたというわけか」
魔族の言葉に私はコクリと頷いた。
きっと私が欲しがっている理由が形見がわりとか、そんな風に勘違いしてくれるだろう。
「分かった。3つ使い方を教えてくれたら、その中の1つをやるよ」
マジで?!
猫男、いい人だな。
たったそれだけでくれるなんて、太っ腹じゃないだろうか。やっぱり形見攻撃が効いたのだろうか。目が潤んでいる気がするし。
「教える3つにはそのブザーは含まない。店主、そういう事だよな」
「ああ、それはもちろん」
「……分かってる」
そして魔族の男は優しくない。
自分だって、そこまでセコク考えてないから。大げさに取引なんて言ったけど情報の元手はタダなんだし。問題はどうやって日本のものを探し出すかだ。この店内広くはないが狭くもない。地道に探すと日が暮れる気がする。
「じゃあそれっぽいのを持て来るから、そこで座って、くつろいでいてくれ。なんならジュースもってくるぞ」
「へ?」
「今自分で、どうやって探そうって思っていただろ。いまどきの異界屋は、ネジとか文字とかで、ある程度は世界ごとに分類されているんだよ」
マジか。
いや確かに。驚いたが、すぐに納得する。
ただ収集するだけでは、異界屋では偽物が多発してしまう。何か分からなければ異界のものなんてアバウトな取引ではギャンブル過ぎる。となれば何か見分ける方法が必要だ。そしてそういう技能があれば、世界ごとの分類とかもしているだろう。
「ふーん。そういえば、なんでいせかいのだってわかるわけ?」
「世界の壁を越えたものは、一定の種類の魔力を帯びるんだ。それを魔術師が見分ける。人為的にはその種類の魔力を帯びさせるのは難しいからね。パチモンもでない寸法さ」
なるほど。
魔術師にはそういった仕事もあるのか。てっきり、RPGよろしく、魔物でも退治したり、王宮で仕えたりしてるのかと思っていた。
「あんたは、まじゅつしなのか?」
「あんたじゃなくて、お兄さんね。そうだよ。異世界のものは新しい技術が多いからね。色々研究させてもらっている」
この魔族の職業は魔術師か。しかも研究という事はそれなりの所に勤めているんじゃないだろうか。
「そういや嬢ちゃんはお母さん亡くなったんだよね。お父さんは?」
「……知らない」
そういうと、魔族は口の端を上げた。その表情で背筋がぞくりとする。何今の質問?意図が読めなくて怖いんだけど。
私は魔族から目をそらしすと、店内へ目を向けた。それにしてもこれだけ色々と異世界から流れ着くって、この世界は一体どういう作りになっているのだろう。
「待たせたな。ちょっと見てくれ」
段ボールいっぱい持ってきた猫男は、机の上に3分の1ほど取り出した。
腕時計、コンタクトケース、ドライヤー……分からないのもちらほらあるけれど、これならば大丈夫そうだ。ただここからが問題である。私がこんなにいろいろ知っていると暴露するのはヤバいんじゃないだろうか。
ならば適当に3つ選べばいいのだけれど、教えたところで使えないものでは意味がない気がする。それとも使えないという情報すら彼らは欲しいのだろうか。今の段階では何が一番いいのかが私には選べない。情報料としてもらう限り、それなりの事はしたいのだけど。
「何だったら、手にとって見ても構わないぞ。どうだ、分かるのはあるか?」
どうやら私が分からなくで道具とにらめっこしているのだと思ったらしい。
「……おじさんはどれが知りたいの?」
「お兄さんね。もしかして、全部分かるのかい?」
その言葉に私は慌てて頭を振る。本当は結構な確率で分かっているけど、そんなこと言ったら危険な気がした。ガラクタが、情報次第で高値段という事だし。
「重点的にそういうのを調べてみるだけ。それと聞いているのは魔術師のお兄さんじゃなくて店主」
よく考えれば、何故アンタはいるんだ。自分と同じお客の立場なのに。店主とは友達かなんかなのだろうか。……分からない。
「ならこれなんか綺麗だが、何か分かるか?」
私は店主に指差された綺麗なものとやらを見た。キラキラした石で飾られているそれは確かに綺麗にデコレーションされている。
手にとって、二つ折りのそれを開いてみた。画面は黒くなっているが、割れたりなどはしていないようだ。下のボタンも無事である。でもなぁ。
裏を見てカバーを開けるとちゃんと電池が入っていたが、その下のシールが赤く滲んでいる。
「これは携帯電話」
「けいたいでんわ?」
「そう、遠くの相手と話す為の道具で持ち運び可能なタイプ。だけどこれは水に濡れて壊れてる。キラキラしているのは、そいうシールが貼って飾ってあるだけで、宝石ではないよ」
さっそく1個目から意味ないものを選んでくれてありがとうございます。胸が痛いです。電池のカバーを戻しながら目をそらす。きっと見た目が派手だから目が行ってしまったんだろうけど、これなら自分で選べば良かった。
「へえ。そういう便利な道具があるんだ。テレパシーみたいなもの?」
「あ、いや。特別な能力がなくても誰でも使える。ただし同じものがもう一台必要なのと、電波塔がない場所では使えない。でもカメラ機能や音楽機能、ゲーム機能は使えると思う。後はこれもさっきいの防犯ブザーと同じで電池が切れたら動かない」
私が心を痛める必要ないぐらい、魔族は全然残念そうではなかった。むしろ楽しそうに私の話を聴いている。って、あんたじゃなくて、得しなきゃいけないのは店主だから。
「誰でも使えるっていうのがいいねぇ。カメラとか、ゲームっていう機能も気になるなぁ。店主、他に同じやつはない?」
「これと同じのは入ってきてないな」
同じというのは何を見て同じとするのか少し気になった。
同じをデコってある所で判断されてたらないかもしれない。案外段ボールの中には一個くらい混じっていそうな気がするが、言わないでおいた。携帯電話の使い方では、1個教えるだけでも凄く時間がかかってしまい割に合わない。
私は机に投げ出されたもの見て、次は自分で選んだほうがいいかもなぁとこっそりため息をついた。