23-2話
「そんな、乳ネタだぞ?!聞かなくていいのか?」
「いや、別に……」
神様のスリーサイズを知るのを断わると、カンナは愕然とした表情で詰め寄ってきた。むしろどうして神様の乳ネタに興味を示すと思ったのだろう。
「乳は世界のロマンだろう?!」
「……そうなの?」
よく分からず、エストに振ると、エストは真っ赤な顔で首を横に振った。
あー、少年なら興味があってもおかしくないネタか。私自身は、それを知ったからといって何のメリットも感じないけど。
「エスト。聞きたいなら……」
「変な気まわしてくれなくていいから!」
「少年。嘘はよくないぞ」
「嘘じゃないです。好きな女性でもないのに、知りたいとは思いませんから!!」
カンナにおちょくられ、エストは叫ぶ。いつも大人びているエストが、普通の少年のようだ。もちろん、エストはおちょくられなくても普通の少年ではあるのだけど。
「その言い方だと、好きな子のスリーサイズは知りたいという事になるな」
「ちょっ。オクト、そんな事思ってないからっ!!」
「あー、うん。分かっている」
半泣きでエストが訴えているのを見て、私は深く頷いておいた。エストが紳士なのはよく知っている。本心は違っても、絶対ヒトが嫌がることはしないはずだ。
「オクト、こういう奴は――」
「すみません。できれば、神様と話す際の注意事項があれば教えて欲しいです」
私はカンナの話を遮って、別の質問した。
エストが子供っぽく慌てる所を見るのは、新鮮で嫌いではない。しかしこれ以上からかうのは、可哀そうだし、なんか嫌だ。
いきなり話を遮ったので怒るかと思ったが、カンナは琥珀色の瞳を丸くするだけだった。そしてすぐにニッと笑うと、私の頭をぐりぐり撫ぜる。
「オクトはいい子だな」
「……そんな事ない」
私がいい子なら、いつも友人の為に動くエストは聖人君子だ。
それにしても、カンナがよく分からない。さっきまでは子供っぽく思えたのに、今はまるで孫を褒めるおばあちゃんのように感じる。カンナって、実際のところ何歳なのだろう。
「注意事項かぁ。まあ、あれだな。とりあえず、ハヅキの前では、乳ネタは話さない事だな」
「は?」
「特に、貧乳とか、微乳とか、まな板とか言うなよ。言ったら、世界が滅びるかもしれない」
「言いません」
そんな世界の終末は嫌だ。
というか、神様との会話で、何が起これば乳話になるというのか。そんなセクハラ発言を神様にできるヒトがいるなら見てみたい。普通に考えて、神様にセクハラとかありえないと思う。怒るに決まっている。
「……他にはないのですか?」
私はぐったりとした気分で、もう一度たずねた。どうにもカンナの話は斜め上にずれている。
「他?んー。特にないな」
カンナは少し考えたようだが、わりとあっさり答えた。なんというか役立たない。今のところカンナから知り得た情報は、乳ネタだけだ。正直、どうでもいい。
「樹の神様はどのような方なんですか?」
私が何を聞いておこうかと考えていると、エストが先に質問した。
「そうだなぁ。着せ替え人形が好きな女の子って感じだな。可愛いモノとかも好きだし……」
神様について語っていたカンナは、何かを言いたげな目でジッと私を見てきた。
「一応、俺も協力するけど、ハヅキが帰したくないと言いださないように気をつけろよ」
「えっ?」
「ハヅキは可愛いモノに目がないからな。神の社に迷いこんでしまった子供を返さない事も今までにあったし」
……神様が子供を返さないって、まんま神隠しじゃないか。
何ソレ、怖い。
自分の性格はまったく可愛くないが、見た目に関しては、ご先祖様のおかげで、そこそこ可愛い方だと思う。外見が気にいられる事が、絶対ありえないとは言えない。でもそんなの困る。
「そんなっ。オクトはどうしたらいいんですか?!」
「あー……そういえば、騙されるぐらいだから王子と知り合いなんだろ?ついてきてもらえば?流石に王子のモノに手は出さないだろうし」
「無理です」
私は反射的に答えた。
普通に考えて、第一王子にそんな事を頼めるはずがない。神隠しを未然に回避したつもりが、今度は王子に捕まってしまう可能性がある。最悪度は変わらない。
「何で?」
「いや。第一王子様は……ちょっと……」
天敵なんですとは、流石に恐れ多くて言えない。なんだかんだ言っても、この国の王子様で、第一継承権がある方なのだ。不敬罪にはなりたくない。
でも彼に従うのは無理である。私の人生設計に王子の部下なんていう危険極まりない文字はない。となれば、できるだけ関わらないようにするしかないだろう。
「それなら、カミュエル先輩に頼んだらどうかな?」
「カミュ?」
確かにカミュなら、今更的な相手だ。何か頼んだ所で、カミュも私を利用したりするので、心苦しいとかは無縁である。
「カミュって誰で、オクトの何?」
「この国の第二王子で……腐れ縁?」
私はカミュとの関係を聞かれて疑問形で返した。何と言われると、正直困る。知り合いよりは仲がいいし、友人……だとは思う。幼馴染といってもいいぐらい長い付き合いだ。でも実のところ、私はあまりカミュの事は知らない。
あえて言うならば、親友未満、茶飲み友達以上といったところか。カミュ自身、あまり自分の事を話さないし、私も厄介事に巻き込まれるのが嫌で、あえて聞く事もしなかった。ようやく最近になって第一王子とあまり仲良くない事を知ったばかりだ。
……これは、友人か?
お互いただの利益だけの関係ではないが、若干友人という言葉にも揺らぎが生じて、私は考え込んだ。数少ない、友人と呼んでもいいだろうと思っていた相手が微妙なラインだったなんて。そもそも友とはなんなのか。
「……――ト、オクトってばっ!!」
「ん?」
「突然思考の渦に入り込まないでよ」
私が顔を向けると、エストはホッとしたような顔をした。少しエスト達を放置しすぎたみたいだ。
「エストは友人?」
「……当たり前だろ」
「今、微妙に間が空いた」
私の質問もいきなりすぎたし、即答してもらえるとは思っていなかったので別にいいのだが、エストは妙に慌てた。挙動不審にそわそわする。
「いや、魔がさしたというか……、えっと、いきなりどうしたの?」
「友人とは何かについて考えていたから」
「どうしてそんな哲学的な事を」
うん。どうしてだろう。
思考の渦にはまっているうちに、徐々にそんな議題になった気がする。
「はいはい。お前らが仲がいい事はよく分かったから。とにかく、またこの場所に帰りたかったらカミュって奴は連れてけよ。俺らは国には関わってはいけないっていう制約があるから、王子がいれば、めったな事はできないしな」
「制約?」
「そっ。神は国に干渉しない。その代り、国も神に命令する事はできない。お互い持ちつ持たれつの関係だけど、仲間ではない」
宗教と政治を分離しているという事だろうか?
でもこの世界は、民主主義ではなく、王政である。王が民衆を引っ張って行く時のカリスマとして、神様の意思とかそういう言葉を使った方がやりやすそうだ。分離してしまう意味が分からない。
「この世界の神は万能じゃないからな。国とか、そういうのに口出しできるほど頭もよくないんだよ。王様をやっている奴の方が、よっぽど国の事をよく分かっている」
「えっと、そういうものなんですか?」
「そういうものなんだよ。だってその為の勉強ばっかしてきた奴だぞ?勉強してない奴よりできるに決まってるじゃん」
精霊って神様に仕えているのではなかったのだろうか。その割に、頭がよくないとか、結構酷い事をズバズバと言うものだ。カンナが特殊なのか。それとも精霊は、皆こういうものなのか。
「そういえば、カンナさんって風属性ですか?」
「そうだけど?」
「風なのに、樹の神様に仕えてるんですか?」
樹の神様には樹属性の精霊が仕えているのだと勝手に思っていたが、違ったのだろうか。でも樹の神様の手紙を持ってきたわけだし……。
「よく気がついたな」
カンナは私の頭をわしわしと撫ぜた。よく気がついたって……カンナは黄色に光っているし、属性が違う事に気がつかない方がどうかしている。
「俺はハヅキには仕えてないよ。今日は、樹の精霊から手紙を預かっただけだしな。じゃあ、そろそろ帰るわ」
「あ、うん」
唐突だなぁ。
現れた時も唐突だったが、帰りもずいぶん唐突だ。
「たぶん、手紙には春ごろって書いてあると思うから、その時また会おうな」
そういって、パッとカンナは目の前から消えた。まるで白昼夢でも見ていたかのように鮮やかな消え方だ。
「また会おう?」
「樹の神様に仕えてはいないけれど、オクトを迎えに来る予定なのかな?」
私とエストは、唐突に現れ同じように消えたカンナが居た辺りを見ながら、首を傾げるのだった。