22-3話
時属性。時に干渉する事ができる属性で、生まれながらにして持つ者はいない。混融湖に沈んだ事のあるものが身にまとう事ができる。
混融湖。龍玉大地の中央に位置する湖。海のように波がある為、様々なものが流れ着く。ただし混融湖では浮く事ができない為、湖の中へ入る事はできない。
「……つまりどういう事?」
コンユウが時属性の魔法を練習する間に、時属性について調べておこうと思った私は、最近その手の文献を読みあさっていた。しかし調べれば調べるほど、時属性が謎になってくる。
というか、情報が混ぜモノ並みに少なすぎる。時属性が後天的に身につく属性である事は分かったし、それと混融湖という湖が密接に関わっている事も分かった。でも肝心の混融湖が謎すぎる。
そもそも浮かぶ事ができない湖に沈んだら、死んでしまうではないか。それなのに時属性は浮かばない湖で、沈まないと身につかないという。つまりドザエモンのみ、得られる力……。
「って、待て待て。コンユウも館長も生きてるんだけど」
少なくとも2人はドザエモンではない。もしもドザエモンなら、彼らはゾンビである。そういう、ホラー的要素はいらない。まったくいらない。
「物が流れ着くって書いてあるし、偶然流れ着いて助かったとか?」
ゾンビ説よりは、可能性がある。
それに浮かぶ事ができない混融湖ならば、助かる確率は低そうだ。運だけに任せるならば、時属性のヒトがほとんどいないという事も納得できる。
そこまで考えたところで、私はふと自分の手に視線を落とした。
「私は……混融湖なんて行った事ないよね」
小さい時の記憶は、あやふやだ。もちろん誰だって、赤ん坊のころの記憶はないはずなので、私がおかしいというわけではない。
ただ、あやふやな記憶の中に、色んな国を渡り歩いた覚えだけはあった。旅芸人だった私がその近くを旅していた可能性はある。
ふと不安になった私は、首から下げているお守りを握りしめる。先日見えた、黒紫色をした魔力がどうしても頭から離れない。あれは、闇属性と時属性だったのではないだろうか。
時属性があるから何か問題があるわけではない。コンユウの魔力や館長の魔力はとても綺麗な色に見えた。異質で怖く感じたのは、自分の魔力だけだ。
「あー……アスタへの秘密が増えていく……」
私は頭を抱えて、机に頭をつけた。
もしかしたら、時属性を持っているかもしれない。
それは第一王子に会ってしまった事を伝えるよりも、とても難易度の低い内容だ。でもあの魔力がどうしても異質で気持ちが悪いものに思えて、中々自分から口にできない。
「うぅぅ……」
あの時驚いて止めてしまわなければ、こんな風に悩まなかっただろうに。自分のチキンさが憎らしい。
「オクト、悩み事?それとも何か分からない事でもあった?」
「えっと」
うーうーと呻っていると、エストが声をかけてきた。
顔を上げれば、心配そうな顔をしたエストと目が合う。話してしまえば、たいした事ないと思えるかもしれない。でも思えなかったら……。
「もしかして、オクトが時属性を持っていた事で悩んでるとか?」
「えっ」
何でそれを?
エストを凝視したまま、固まっていると、エストは苦笑いをした。
「ずっとオクトの方を見ていたからね。あの時、時属性が現れて、驚いて魔力のバランスを崩したでしょ?その後から少し元気がないし」
エストの言葉に私は、おずおずと頷いた。私は別にあの魔力を隠したいわけではない。ただあまり思いだしたくないだけなのだ。
「あ、あのさ……」
「何?」
どう伝えよう。
なんて言ったら、この不安を伝える事ができるのだろう。ぐるぐると悩む。その間、エストは急かす事なく、ジッと待っていてくれた。
「私の時魔法……どう思った?」
考えて、考えて、考えた結果出てきた言葉は、これだった。考えたかいがないぐらい、核心もなにもついていない言葉に、がっくりと項垂れる。
もう少し何かあるだろうと思うが、どうしてもこの不安を伝える、いい言葉が見当たらないのだ。それでもエストは嫌な顔一つせず、考えてくれた。
「うーん。オレは、綺麗な色だなって思ったけど。オクトは違ったの?」
エストの言葉に私は頷く。
あの時、綺麗な色とか、そんな事を感じる暇もなかった。
「異質な力に思えて……、怖かった」
ようやく適切な言葉が見つかった気がした。そうだ。この感情は不安ではなく、恐怖に近いものだ。まるで箒で空を飛んだ時のような、命にかかわるのではないかというような怖さだった。
「オレにはそう感じなかったから……もしかしたら、オクトには何かトラウマがあるのかもね」
「トラウマ?」
虎と馬という話してはないだろう。
現在の自分の状況を考えると、精神的外傷の方だ。
「たしか時属性って、混融湖に沈んだ事がないと身につかないんだよね。混融湖なんかに沈んだら、普通は生きていられないものだし、その事故がトラウマになっているんじゃないかな」
なるほど。
確かに混融湖に落ちていたとしたら、一生のトラウマになりそうな体験だ。記憶にないと思っていても、何処かで覚えているのかもしれない。そう考えれば、そのトラウマが原因で身についた時属性に恐怖を覚えたとしてもおかしくはない。
エストの言葉が妙にしっくりときて、私はほっとした。
よかった。異質な力に思えたのが、トラウマを持った私だけならば問題ない。この力がアスタの迷惑にならずに済むと思うと、どっと力が抜けた。
「エストありがとう」
「どういたしまして。それで、オクトは後は何を悩んでいるわけ?」
「へ?」
「それだけじゃないでしょ?」
……もしかして、第一王子に会ってしまった事や、神様に会う事になってしまった事を言っているのだろうか。
私はできるだけポーカーフェイスに努めたが、はたしてどれだけ誤魔化せただろう。不意打ち過ぎて、私は少しだけぎくりとしてしまった。
「えっと、なんの事?」
「もしかして、第一王子に会ってしまった事を悩んでるとか?そんなのオレは悩んだって仕方ないと思うけど」
「へ?知っていたの?」
エストの言葉に私はぎょっとした。
まさか知られているとは。でもよく考えれば、カミュは第一王子の弟なわけだから、会った事を知っていたっておかしくはない。そしてカミュが知っているならば、ライだって知っていたっておかしくないわけで、そこからエストに伝わったのだろう。
なんだ。知っていたのか。
そう思うと、今まで悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。
「やっぱりそうだったんだね」
「そうだったんだねって……いつから王子と会ってしまった事を知っていたの?」
知っていたなら早く言ってくれればいいのに。いや、でも黙っていた自分が悪いわけだから、それを責めるのは筋違いだろう。
「今かな?」
ん?……今?
にっこりと笑うエストから出てきた言葉が理解できず、私は首を傾げた。
「丁度オクトの元気がなくなったのが、その辺りからだからね。もしかしたら、そうじゃないかなぁって思ったんだ」
えーっと、つまり……。
「もしかして……鎌をかけた?」
「人聞き悪いなぁ。ちょっと推理して、それが正しいか聞いただけじゃん」
すみません。それを世の中のヒトは、鎌をかけるというんだと思います。
そう思うが、エストがあまりに堂々としているので、自分の方が間違っている気になってくる。いやでも、隠し事なんて誰だってあるわけだし。それを騙し打ちのような形で聞き出すのはどうかと……。
「そんな事でよかったよ。オクトの元気がなくて心配したんだからね」
「そんな事って。折角皆が会わないようにしてくれたのに……。それに王子に目を付けられたし」
自分の間抜けさを呪いたい気分だ。せめて王子の絵姿とかを確認しておけば、あんな凡ミスしなかったのに。甘く考えていた自分が悔しい。
「別にそんなの、オクトが悪いわけじゃないからいいんじゃない?」
「でも……また心配をかける」
第一王子に目を付けられたなんて知ったら、アスタは何か無茶をするのではないだろうか。アスタは王宮で働いているし、爵位もある貴族だ。守るべき王子と対立なんて事態になったら困るだろう。
「オクトの元気がない方が心配すると思うけど。まあいいか。それで、王子に会ったから悩んでいるわけじゃないでしょ?何か無理難題を言われたわけ?」
どうしてエストにはバレてしまうのだろう。
結構上手く隠せていたと思うのに。これが親友パワーというものだろうか。ある意味幼馴染でもあるしなぁ。
「今度神様に会う事になってしまった」
ここまでバレてしまっているなら、これ以上黙っていても仕方がない。私は正直に話す事にした。
「……オクトが悩むぐらいだから難しい事を言われたんだと思ったけど、それは想像外だったかな」
「うん。私も斜め上過ぎる内容だと思う」
どうして一般庶民の私が神様に会う事になってしまうのか。
とりあえず、エストが信じてくれただけでも奇跡に近い気がする。普通のヒトならば、神様に会うなんて頭がおかしいんじゃないかと思いそうなものだ。
この世界に生き神がいる事は誰もが信じている事実だ。しかし実際に会った事がある人なんてほとんどいない。
「王子には、会うための準備をするように言われたが……何をすればいいのか分からない」
「それで、魔王……じゃなくて、アスタリスク魔術師に心配をかけたくないから相談もできなかったと」
エストの言葉に私は頷いた。
するとエストが深くため息をついた。やはりエストも神様に会うなんてどうしたらいいのか分からないのだろう。
「オクトらしいというか、オレもまだまだというか……。でも相談されるだけマシか」
「マシ?」
「あー、オレの事はあまり気にしなくていいから、今度から早く相談して。解決できないかもしれないけれど、力になるから」
どうやら私が相談しなかった事の方がエストには問題だったようだ。そんなに心配をかけていたのだと思うと、申し訳ないと思うと同時に、嬉しかった。流石皆のお兄ちゃんである。
「ありがとう」
「どういたしましてといいたいところだけど、今回の内容はオレの手にはあまりそうかなぁ。神様に会った事があるのは王族か、神殿で働く神官くらいだからね」
「だよね」
エストは王族でも神官でもない。
図書館の本にも、ほとんど神様の事が書いてはない事は調べ済みである。エストが私以上に神様の事を知っているという可能性は低い。
「精霊が喋れれば、何か聞けたかもしれなかったんだけどなぁ」
「えっ?」
「ほら。高位の精霊は神様の近くにしかいないんだしさ。低位の精霊だって、少しは知っていてもおかしくないと思うんだ」
確かにその通りだ。低位といっても、精霊は精霊だ。同じ種族ならば、交流があるだろう。例え実際には会った事はなくても、私達よりは神様について知っていそうだ。
「でもこの間教えてもらった魔法じゃ、姿が見えるだけだったからね」
「……何とかなるかもしれない」
声が聞こえなくても、姿は見え、私の周りに居るのだ。
私は頭に浮かんだ前世のとある遊びを、エストに伝えた。