22-2話
「さあオクト、何でも聞いてごらん」
「……仕事はどうした」
いい笑顔で小首を傾げるアスタに、私は、今一番の疑問をぶつけた。
アスタに時間があれば聞きたい事があると手紙を送ったのは私だ。だが、まさか連絡をとった10分後に目の前に現れるなんて誰が思うだろう。私はいくらなんでも、手紙でいつ頃なら大丈夫と書いたものを送ってくるだけだろうと思っていた。
「急ぎの仕事はないから大丈夫だよ。それに、オクトより大切なものがあるわけないだろ?」
「いや、沢山あると思う」
恥ずかしいセリフを真顔で言うな。
しかし本当に文句を言いたいのは、私でもアスタでもなく、アスタの同僚の方だろう。私は心の中で、同僚の方々に謝罪した。この短時間でここに来るという事は、仕事をほっぽり出してきたに違いない。
私は深くため息をついた。呼びだしておいて申し訳ないが、こうなったら、聞くだけ聞いて、早く仕事に戻ってもらおう。
「あー……聞きたいというよりは、相談事。コンユウの事で」
チラリとコンユウを見ると、コンユウはぶすっとした、愛想のない顔でアスタを見ていた。それでも文句を言わずに黙っている辺り、一応聞く気はあるらしい。
「ふーん。君があの、コンユウか」
おや?
ちょっぴり寒い空気が流れた。あのってどのだ?
コンユウについてアスタに何と説明したか、思い出してみるが、愚痴った事があるぐらいしか思い出せない。もしかしたら、心配性なアスタの事だ。私がコンユウに虐められていると思ったのかもしれない。コンユウは基本ツン100%なので、確かにある意味虐められている気はする。しかし私も相手をしないようにしているので、お互い様だ。
「えっと。実は館長に古書の管理を頼まれたんだけど、管理する魔法が時魔法で……。時属性はコンユウしかいないけど、コンユウは自分の時属性の魔力が分からないらしい。私は時属性を持っていないし、なんとかならないかな?」
「へぇ。所で、なんでオクトがコンユウの面倒を見ているのかな?」
「えっ?みていない。ただ館長に私も管理を頼まれただけ」
というか、面倒なんてこのツンデレ少年がみせてくれるはずがない。
「たぶんコンユウの面倒を見ているのはエストだと思う」
「誰が面倒みられている――むがっ」
「はいはい。コンユウは黙っている約束だろう?」
エストはにこりと笑いながら、話を脱線させかねないコンユウの口をふさいだ。こういう所が、エストの方が保護者に見えるんだよなと思う。学年だけをみれば、エストの方が下なんだけど。
「まあいいけど。とりあえず、時属性の魔力が感覚で分からないなら、目で見ればいいんじゃないか?視覚なら分からないなんて事はないだろ」
「えっと、どうやって?」
そりゃ目で魔力や魔素が見れれば、これほど分かりやすい事もない。しかし見えないから、なんとなくというあやふやな感覚で魔法を使っているのだ。
「ああ。そういえば、教えてなかったっけ。魔法を使うのに、視覚だけが頼りになってしまうと困るからね。とりあえず、自分の属性の魔方陣を瞼の上に思い描いて魔力を流せば、見る事ができるぞ」
「それだけ?威力とかの指定は?」
「魔力を瞼の上に留めるだけだけが目的の魔方陣だから、特に指定はいらないかな。まあ実際にやるとこんな感じだ。……我が声に従い、異なる世界を見せよ」
アスタは瞼を閉じると、魔法を発動した。
そして再び瞼を開き、紅い瞳を露わにしたが、特に何かが変わったようには見えない。瞳の色が変わったり、瞳に魔法陣が浮かんでいるなんてファンタジーな姿を想像したので、少々肩透かしだ。
「えっと、今は魔力が見えているの?」
「そうだよ。魔法が使えるなら、それほど難しくはないからやってごらん」
やってごらんて。
半信半疑だが、アスタが、魔法に関して嘘を教えた事はない。私は目を閉じると、瞼の上あたりに、風の魔方陣を思い浮かべた。
「我が声に従い、異なる世界を見せよ」
いつもなら手の辺りに移動していく魔力を、目の方へ移動させる。魔力が魔法陣に留まり、何処かへ逃げていく事がないため、若干だが目の辺りが熱い。私はこれでいいのだろうかと、そろりと目を開けた。
「……何これ」
魔力のレンズを通して見た世界は、今までと全然違った。いや、姿形は変わりない。図書館が草原になったとか、そんな馬鹿げた事も起こっていない。
違うのは色彩だけだ。
時魔法が発動しているであろう本棚は、うっすらと紫に発光していた。さっきまでは確かに何の変哲もない木製の本棚だったはずなのに。
さらに私の周りを様々な色に発光した球がふよふよと飛んでいく。まるで電飾をつけられたクリスマスツリーのようだと馬鹿げたイメージが頭に浮かぶ。
しかし一番それが正しいかもしれない。いきなり、光に溢れたイルミネーションだらけの世界になってしまったのだから。
「その光り輝いているのが、魔力だよ。魔力は属性ごとに色が違うからね。本棚を覆っている紫色が、時属性だ」
「この丸いのは?」
ふよふよと動いているので、魔素とかだろうか。私が触ろうと手を伸ばすと、球の方からこちらに寄ってきた。……夜に一人で見たら、人魂っぽくて怪談話になりそうな形状である。
「オクトには丸く見えるんだ。コイツらは、精霊だよ」
へー、精霊……。
「精霊?!」
えっ?私の先祖が、この丸い球?!
どう見ても、ヒトではない。ヒトどころか、生き物には見えない姿に愕然とする。……このまん丸な体でどうやって子供を産み、どうやって育てるのだろう。キャベツ畑から拾ってきたと言われた方が、まだリアリティーがある。
「えっと、オレには、羽の生えた小人がオクトの周りを飛んでいるように見えるんだけど」
羽の生えた小人?この丸い謎のイルミネーションが?
どうしたらこの丸い物体が、そんなファンタジーなものに見えるのだろう。まあ、羽の生えた小人でなくても、十分ファンタジーだけど。
「は?小人?これって、小さいけど龍じゃないか?」
うーん。コンユウの目にも中々なファンタジーなものが映っているようだ。
それにしても、皆違うものが見えるって、一体どうなっているのだろう。もしかして丸い球に見える私がおかしいのだろうか。私は助けを求める為アスタを見上げた。
「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫。オクトが間違っているわけじゃないから。低位の精霊は、そもそも姿というものがない魔力の塊だ。無理やり見ようとすると、視界の持ち主の記憶を使った姿が見えるんだ。きっとオクトは精霊を想像した事がなかったから、丸い光にみえるんだよ」
なんとなく理解はできたが、どうにも自分に想像力というものがかけているように思え、がっくりと肩を落とした。
羽の生えた小人は、きっと妖精のような可愛らしい姿をしているのだろうし、小さな龍ならカッコいいのではないだろうか。なのにどうして私はこれほどまでに可愛らしさがかけらもない想像力なのか。電球はないよなぁと自分でも思う。
少し落ち込んでいると、丸い物体は、ふよふよと私に近づいて来た。
もしかしたら慰めてくれているのかもしれない。とりあえず、ちゃんと生き物のようだ。どう頑張っても、私の目にはそう見えないけれど。
「それにしても、オクトの周りには精霊が多いんだね」
「そりゃ、うちの子ほどかわいい子はいないからな」
「で。本当のところは?」
そんな戯言で誤魔化されても困る。しかしアスタは心外なという顔をした。
「本当もなにも、可愛いからに決まっているだろう。オクトの魔力が強いから、そのおこぼれにあずかろうと精霊が寄ってきているのも確かだけどね」
うん。きっと、後半の内容のが真実なんだろうなぁ。
それにしても、魔力が見える世界というのは、不思議な世界だ。
先ほどまでは、アスタの瞳はいつもと変わらないように見えたのに、今は闇の魔法陣がその瞳に浮かんでいるのが見える。普段魔法を使っている時も、魔法陣が目の前に現れていたりしたのだろうか。
「それで、俺はどうしたらいいんだよ」
不機嫌なコンユウの声に、私は当初の目的を思い出した。そういえば精霊を見る為にアスタを呼んだのではなかった。
コンユウの紫の瞳には風の魔方陣が浮かんでいる。
「目はそのままで、手の方にも魔力を動かしてみろ」
コンユウはアスタに言われるままに手の方へ魔力を移動させたようだ。コンユウの手が発光する。その光は黄色になったり紫になったりと交互に色を変え揺らめく。
「黄色が風属性、紫が時属性だ。後は紫の光だけをだしても安定できるように勝手に練習すればいい」
なるほど。
確かに感覚だけでこれかな?っと思ってやるよりは、とても分かりやすい。
コンユウもさっそく練習を始めたようで、手に集める魔力を大きくしたり小さくしたりしながら、時属性の魔力を感じとろうとしていた。
「アスタ、ありがとう。助かった」
御礼を言うと、アスタはヘラっと顔を緩めた。そして私の頭をわしわしと撫ぜる。
「どういたしまして」
さてと。コンユウが時魔法の練習をしている間に、私は時魔法が何処でどのように使われているかを調べる必要がある。
しかし折角魔力が見えるようになったと分かると、私も自分の魔力というものを見てみたくなった。少しぐらいはいいかと、掌に魔力を集める。
最初はぽうっと黄色の光になった。これが風属性なのだろう。その後徐々に青色が侵食していき色が変わる。きっとこれが水属性に違いない。さらに色が揺らめき、今度はチラチラと黒色が混じる。この色はアスタの瞳に浮かんでいる闇属性の魔方陣と同じだ。どうやら私は闇属性も持っていたらしい。
属性は1人1つというのが普通だ。2つ持っているだけでも珍しい方なのに、3つとは……。やはり混ぜモノだからだろうか。
さらに青色から色が変化した瞬間私は驚いて、魔力のバランスを崩した。崩すと同時に、視界がいつもの風景に代わる。
「オクトどうかした?」
「……なんでもない」
心配そうにのぞきこんでくるアスタの瞳に魔法陣はもう見えない。私は心配させないように首を横に振った。
「この魔力を集めておくのは地味に消耗するからね。疲れたなら少し休むといいよ」
疲れたというわけではないが、私は素直に頷いた。心臓がバクバクと鳴っている。
別に見てはいけないものを見たというわけではない。でも何故か不安になって、私は先ほど見えた光は心の中に留めておく事にした。
きっと見間違いに違いない。
私は手のひらに視線を落とし小さく息を吐く。もう見えないが、あまり見たいとは思えなかったので、少しだけ見えない事にホッとする。
最後に見えた、黒色の光によく似た、黒紫色の光はとても異質なものに感じた。