22-1話 難解な時魔法
厄介な事になったものだ。
魔法で明かりを灯し、塔の上の方まで登った私は小さくため息をついた。どうやってこれほど集めたのか。見渡す限り、本、本、本だ。
また紙媒体だけでなく、木の皮っぽいものに書かれたもの、羊皮紙らしきもの、それどころか土に何か文字を刻み乾かした本とは到底言えないものまで存在した。確かに全て文字媒体ではあるが、これでは図書館ではなく博物館だ。
それに紙が発明されたのはそれほど古い歴史ではないはずなのに、木の皮っぽいものに書かれたものの隣に、普通に和紙っぽいものが置かれていたりしてよく分からない。年代ごとに分けてあるっぽいが、時折何故かちぐはぐにみえるものが並んでいたりする。
「これを全部適切に管理するって、大変そうだね」
エストの言葉に私は深く頷いた。
これだけの量を管理するとなれば、魔力も半端なく使うだろう。体調不良で、私達に管理を任せるのも理解できる。
私は本棚に近づき、魔方陣を確認した。見た事もない幾何学模様だが、これが時魔法なのだろう。構造的には普通の魔法陣とそれほど変わらない。
ただ時を止めるにあたって、いつの時代で止めるかや、指定先の本はどれかなど細かい指定が入っているようだ。確かに本棚ごと時間が止まってしまえば、本を取り出すのは不可能となる。ただし、本の時をただ止めてしまっても、本が開かないなどの不都合が起こりそうなものだが……。
「オクト、難しそう?」
「いや……難しくはない。でも尊敬する」
たぶんこれはとある年代の1日で時間を固定してあるのではないだろうか。時間を完璧に止めてしまうのではなく、指定範囲の時間を繰り返せという命令にする事で、ページをめくる事ができるのだろう。
時魔法はとても希少なので情報が少ない。つまり何処かの文献に載っていたものを使ったのではなく、自分でこの魔法陣を編み出したはずだ。館長は凄い魔術師だったのだと、今更ながらに実感する。
「オクトが尊敬って、よっぽど凄いんだね」
「……私だって尊敬ぐらいするけど?」
というか、私は誰かを尊敬した事もないような傲慢なヒトに見えるだろうか。友人であるエストに言われるとちょっとショックである。
「ああ、ごめん。そういう意味じゃないんだ。ほら、オクトの周りにいる魔術師って凄い人物ばかりだし、目が肥えてるだろうなって思ったんだよ」
なんだ、そういう事か。
確かに一番近くに居るアスタの魔法は、確かに凄い。魔術師としては、国で一番だろう。それにその息子であるヘキサも凄い魔術師であり、私の担任でもある。
「そういえば、コンユウはどう?結構な量があるけれど、何とかなりそう?」
無言で本棚を眺めるコンユウに、エストが声をかけた。時魔法が使えるのはコンユウだけなので、一人で何とかならなくても、何とかするしかない。
「……だ」
「何?」
小さな声で呟かれた為、私は何を言われたか分からなかった。聞き返すと、コンユウは顔を赤くして、私をキッと睨みつけてきた。
「無理だっていってるだろっ!!俺はまだ時魔法に成功した事がないんだよっ!!悪かったな!!」
……へ?
なんですと?!
とんでもないカミングアウトに、私はコンユウをマジマジと凝視した。成功した事がない?えっ、一度も?!
「えっと。魔法が使えないのにどうやって進級を?」
「俺は元々、風の属性だけだったんだよ。時魔法が使えなくたって、不自由はないんだからな」
現在不自由してるけどね。
私の隣で、エストが大きくため息をついた。
「だったら、ちゃんとあの時館長に言わないと」
「……だって、できないって認めるのは悔しいだろ」
うおぉぉい。
そんな理由で、今私達はピンチに陥ってるんですか?!しかしコンユウはぷいっとそっぽを向いたままだ。
「えっと。でも魔方陣は既存だし、練習すれば……」
「時属性なんて、俺は元々持っていなかったんだ。どんな魔力なのか、分からなくったって仕方がないだろっ!」
うわぁ……。どんな魔力かも分からないというのは、かなり重症だ。
自分の魔力というものは、なんとなく分かるものである。私も風属性と水属性の2種類の魔力を使うが、なんとなく感覚で使い分けていた。その感覚の部分が分からないと言われても、私は時属性ではないので上手く教えてあげる事もできない。
魔力を上手く扱えないというだけならば、練習あるのみだが……時属性の魔力事体が分からないとなるとどうしたらいいのだろう。
「……館長に聞きに行く?」
病気で眠っている館長に声をかけるのは忍びない。しかしコンユウが上手く引き継ぐ前に、館長の魔力供給が途切れてしまったら、とんでもない事になる。
そうならない為にも、一度、指示を仰ぎに戻るべきだ。もしかしたら、時魔法の使い方のコツを教えてくれるかもしれない。
「嫌だ」
嫌だじゃない。
しかし私の言葉など聞く耳を持ちそうになかった。そっぽを向いたまま、口を一文字に結んでいる。この頑固者め。
移行に時間がかかる事ぐらいは、私やエストでも館長に進言できる。しかし時属性なのに時属性が分からないヒトが時魔法を使いこなすまでにはどれぐらいかかるものなのか。
「こうなったら魔王……じゃなくて、アスタリスク魔術師に相談したらどう?」
「えっ?アスタに?」
「アスタリスク魔術師は時属性ではないけれど、時属性について少しは知ってそうじゃない?」
うーん。
確かに魔法オタクなアスタならば、何かしら知っていてもおかしくはない。おかしくはないが、アスタは忙しい。私としてはあまり迷惑になりたくないところだが……。それに――。
「アスタに聞くよりは、館長の方がいいような……」
「館長は嫌だ」
「何で」
「あんなよぼよぼじいさんをこれ以上こき使えるわけないだろ。別に館長の為じゃなくてな、俺の所為で具合を悪くしたら気分が悪いんだよ」
あー、ツンデレのデレが発動していたわけね。
しかし館長を思っての発言と分かると、私も流石に頭ごなしに我がまま言うなとは言えない。
「アスタリスク魔術師って、アンタの父親だろ。話を聞いてやるから呼べよ」
聞いてやるって、何様だ。アスタは王宮魔術師で忙しいというのに。
コンユウの言い方に、カチンときかけた所で、エストがぽんと私の肩を叩いた。
「コンユウ、自分ができないのが悪いんだから、アスタリスク魔術師にそんな口を聞いたらダメだろう?」
「だって、混ぜモノの父親だろ」
「アスタは私を引き取っただけ」
コンユウが混ぜモノが嫌いな事は分かっている。その話はもうお腹いっぱいだけれど、あえてとやかく言うつもりはない。しかし混ぜモノが嫌いだからって、ただ引き取ってくれたアスタを貶すというのならば、私だって黙ってはいられない。私はコンユウを睨みつけた。
しかしコンユウはコンユウで、私の事を困惑したような顔で凝視する。
「お前……孤児なのか」
「そうだけど」
だからなんだ。
するとコンユウはバツの悪そうな顔をした。もごもごと小さく何かをつぶやいては、視線をさまよわせる。
「はいはい。喧嘩はそれぐらいにしてよね。オクトには悪いけど、アスタリスク魔術師に連絡取ってくれない?アスタリスク魔術師が忙しいのは知っているから、ダメなら仕方がないけれど、時魔法をよく知らないオレ達だけで考えても話が進まないと思うんだ」
確かにエストの言う通りだ。
魔方陣の構造だけならば、私とエストで手分けして調べれば何処に時魔法が、どういう形で使ってあるかなどは分かると思う。しかし肝心の時魔法をコンユウが使えないのでは話にならない。
それにもしもアスタが時魔法をよく知らなかったとしても、何か代案を一緒に考えてくれそうだ。
私は小さくため息をついた。
「無理かもしれないから、期待しないで。後、紙とペンを貸して」
エストから紙とペンを借りると、私はそこに現状と時魔法を教えて欲しい旨を書いた。もちろん忙しいならば今度でいいとも付け足しておく。そうでないと私に甘いアスタは、全ての仕事を放り出してきてしまう気がする。それだけは避けなければ。
手紙を書き終えた私は、ペンを置くと、数珠状の腕輪に視線を落とした。この腕輪は、私の進級祝いにアスタがくれたもので、装飾品の形をした魔法具だ。石の一つ一つに転移魔法陣などの魔方陣が描かれていて、魔方陣を創造する手間を省いてくれる。その中にあるアスタへの連絡用の魔方陣に魔力をそそいだ。
すると目の前に光の魔方陣が現れる。その中に、私は手紙を置いた。
「我が願いを届けよ」
私の声に反応し、魔法陣の中に置かれた紙は鳥の形へ変化した。紙でできた鳥は本物の鳥のように、数度羽を動かすとすっと姿をけした。
私はそれを見届けると、魔方陣に注ぐ魔力を止める。この魔法陣は初めて使ったが、何とかなるものだ。
「今の何だ?」
「魔力でできた伝書鳩」
「魔力でできたって……オクトって、相変わらず凄いね」
「いや、私は凄くないから」
これをくれたのはアスタなので、凄いのはアスタだ。だからエストにそんなキラキラとした目で見られても困る。
私はとりあえず、アスタから返事が来るまでの間、エストの誤解を解くべく腕輪について説明をする事にした。