21-3話
「……えっと、私もですか?」
なんでやねん。
図書館でバイトをして2年になるが、館長の後継者とかそんな話、一度も聞いた事がなかった。そもそも、時属性のコンユウならまだしも、私は時属性ではない。
もちろん文献を保管するだけの点で見れば、自分の属性も役立たなくはないとは思う。前世の博物館で古い書物は、気温と湿度を管理する事で品質を保っていたはず。水属性がある自分は湿度管理ぐらいならできる。でも気温を一定にするって難しそうだし、もっと他に後継者にふさわしいヒトがいるはずだ。
「貴方とコンユウ君は特別だから」
「特別?」
先輩の言葉にコンユウが眉をひそめた。
私も仕事内容は、特に贔屓されてはいないと思う。他のバイトのヒト達と何も変わらない。ただ私とコンユウは館長にお茶を誘われたりする事が多い気がするので、特別というのはそれの事だろうか?
「ああ。贔屓とかそういうのじゃないから睨まないでね。2人が頑張っているのはしっているし。ただね、館長がアルバイトをスカウトしたのは、貴方達が初めてなの。後は自ら志願した生徒だけ。それだって、試験があって中々なれるものじゃないのよ。エスト君なら分かると思うけれど」
「へ?」
そうなの?
隣を見れば、エストが苦笑して頷いた。嘘ではないらしい。……こんな事で嘘をつく必要性もないけれど。
それにしても給料がいいわけでもないし、本が盗まれたら追いかけなければいけないので、安全な仕事というわけでもない。なのにどうして倍率が高いのだろう。やっぱり、『中立』という状態が関係するのだろうか。
「さっきも言ったように、これはあくまで私の予想でしかないんだけどね。館長の気まぐれな可能性もあるわけだから。ただ館長のご年齢を考えると、そろそろ後継者を決めてもいいと思うのよね」
「……はぁ。でも学生を後継者にするでしょうか?」
私なら卒業生で優秀なヒトとか狙う。もしくは、先輩のように長年ここで勤めているヒトを選ぶように思う。
特別扱いはなんとなく理解できたが、それは後継者を選んでいるからではなく、もっと違う理由からな気がする。例えば……混ぜモノは珍しいので観察して書物に残そうと思っているとか?コンユウの場合は、時属性を後天的に身につける方法をマニュアル化するための研究とか?
ありそうで、なさそうな想像に、私は首をひねる。
「私は優秀なら別に学生でも卒業生でも、大人でも子供でもいいと思うけどね。ああ、老人はすぐぽっくり逝っちゃう可能性があるから、できれば止めて欲しいかしら。とにかくバランス良く図書館が運営できれば、館長なんて誰だっていいのよ」
そういうものだろうか?
ぐるぐると考え込んでいる間に、私達は館長室へついた。
コンコン。
先輩がドアをノックすると、中から返事が返ってきた。どうやら起きているらしい。
「館長、コンユウ魔法学生とオクト魔法学生、それに今日から働くエスト魔法学生を連れてきました」
先輩は館長の返事を聞くとドアを開ける。
「失礼し――」
ちゃんと挨拶をしようとは思ったが、私は目の前のありえない光景に言葉を失った。
別に目の前が血の海だったなどの、怪奇的なありえない光景があったわけではない。普段はないはずのベッドがドンと部屋の中央に置いてある事も、病気だからなどの理由を考えれば納得できる。
でもそのベットに布団ごと、ロープで縛りつけられている館長を見れば、誰だって絶句するはずだ。少なくとも、コンユウとエストはあんぐりと口を開けて、館長を見つめている。
「あーもう。館長、また勝手に縄抜けして、本を取ってきましたね。寝ていなければダメってあれだけいってるのに」
先輩はさも当たり前のように館長に近づくと、枕元に積み上げてあった本を持ち上げた。
何かの事件に巻き込まれたかのような姿なのに、驚いた様子は一切ない。それどころか、まるで先輩が縛ったかのような言い方だ。
「だって暇なんじゃもん。それにしてもカ弱い老人を縄で縛るとは、なんたる横暴。わしは悲しいぞ」
「はいはい。一人で縄抜けできて、さらにそんな事はなかったかのように縄を元に戻せるヒトはカ弱くありませんから、ご安心下さい。まったく、倒れた時ぐらい、大人しく寝ていて下さいよね」
……これはツッコミ待ちなのだろうか。
病人を縄でベッドにくくりつけるのもありえなければ、縄抜けして本を取りに行き、再び何事もなかったかのように元の状態に戻る館長もありえない。
「エスト魔法学生も、これは老人虐待だと思わんかね」
「えっと……」
突然話を振られたエストは、曖昧に視線をさまよわせ、私の方を見た。えっ、私の方を見られても……。というわけで、私はそのままコンユウの方を見た。
コンユウは私の視線を受けてぎょっとした顔をする。
大丈夫。いつだって言わなくてもいい事を言ってしまうコンユウなら、こんな場面でも、何か言えるはずだ。
しかしコンユウは逆に私を見返してきた。その顔には、お前が何とかしろと書いてある。
ちょっと、待て。これでは、私がエストとコンユウから見られている構図じゃないか。しかも2人の視線に気がついた館長達まで私を見ている。
こういう時こそ、空気を読まない、コンユウの仕事だろうが。ちくしょう。
「……えっと、館長は、どうしてこちらで寝ていらっしゃるんですか?」
私は色々考えた末、あえて空気を読まず、違う話題の質問をした。
空気は読めれば良いってものじゃない。人生楽に生きるには、時には空気を読んだ上で、あえて空気を読まない、AKYな能力が必要なのだ。
「館長が、ここじゃないと寝ないと駄々をこねたからよ。仕方がなくベッドを保健室から運んできたの。それなのに、すぐに抜け出してウロウロするんだから」
「じゃって、病気の時はヒト恋しいんじゃもん」
じゃもんじゃない。
本当に倒れたのかと疑いたくなるが、本当に倒れたからこそ、こんなベッドに縛り付けられているのだろう。でも……うーん、倒れたなら、意識が混濁して暴れない限り、普通は縛り付けないだろうし……どうなんだ?
何でベッド一つでこれほど悩む事になるのか。
「あの、館長は何処がお悪いんですか?」
「心の臓じゃよ。わしも年じゃからのう。ちーとばかし、痛む事があるんじゃよ」
エストの質問に、館長はあっけらかんとした様子で答えた。とりあえず、今は痛くはないのだろう。
「薬をちゃんと飲まないからですよ。今日はしっかり飲んで下さいね。血圧も高いんですから」
……何だか、館長が老人ホーム的なところに居るおじいちゃんに見えてきてきた。これでお昼ごはんを食べていないと言い出したら本気すぎて嫌だ。
「そうそう、わしの事を心配して来てくれてありがとう。こんな心やさしい生徒に囲まれて嬉しい――」
「何を言ってるんですか。館長が呼んだんですよ」
「そうだったかのう」
本気で大丈夫だろうか。
老人ボケという単語が頭をよぎる。1000歳に近ければ、そろそろ徘徊を始めたっておかしくはない。
「そうなんです。寝言でオクト魔法学生の名前を呼んでいたじゃないですか。それで声をかけたら、エスト魔法学生は何処だって言うし。それにコンユウ魔法学生の名前も呟いていらっしゃいましたよ」
……それは私達を呼んだのではなく、ただの寝言だと思う。
館長自身、覚えていなさそうな様子に、私は小さくため息をついた。先輩も館長が倒れたという状況に、動揺したのだろう。ちょっと、焦ったじゃないか。
「そうじゃったか。折角来たのに、こんな状態で悪いのう。ちーと、お茶でも――」
「ダメです。とにかく寝て下さい」
「アリス魔術師のケチ」
「ええ。ケチで結構です。だから寝て下さい」
先輩……、だからの使い方がおかしいと思います。そうは思ったが、ぶつぶつと文句を言われながら世話を焼かれる館長が楽しげだったので何も言わないでおく。もしかしたら、構って欲しいが為に、ちょっと我儘なのかもしれない。
でもまあ、これだけ元気ならば、大丈夫だろう。
「先輩。特に用事ないなら、俺、仕事に戻るけど」
とりあえずやる事もなくてぼーっとしていると、コンユウが先輩に聞いた。そうだ。そろそろ仕事を始めなければ、残業しなければならなくなる。遅くなるとアスタが心配するので、それはマズイ。
「すみません。私も――」
「そうじゃ。わし、しばらく休むから。コンユウ魔法学生とオクト魔法学生に古書の管理は頼むわ」
「はい?」
今とんでもない仕事を丸投げをされなかっただろうか。
「2人なら大丈夫じゃ。ついでにエスト魔法学生も2人のサポートよろしくじゃ。アリス魔術師は、今まで通り皆のまとめ役を頼むよ。君達が頼りなんじゃ」
バチンとウインクしたのか、眉毛が片方だけ動いた。
って、ウインクするって、どう見ても元気じゃないですか。サボりたいだけでしょう、アンタ。
「頼まれてしまっては仕方ありませんね。任せておいて下さい」
先輩は耳を赤くしながら、それでも照れ隠しをするように憮然と答えた。いやいや、先輩勝手に引き受けないで下さい。頼りにされたのが嬉しいんでしょうが、ただのアルバイトに古書の管理なんて任せないで下さい。私はそんな厄介な仕事はごめんです。
「無理です」
「オクト魔法学生なら大丈夫――ゴホゴホッ」
「館長?!」
突然館長は咳き込んだ。慌てて先輩が館長の背中をさするが、私にはわざとにしか見えない。どれだけタイミングがいいんですか。
「ゴホゴホッ。でも、もし無理じゃというなら……ゴホゴホッ。わしが頑張るしかないかのう……ゴホゴホッ」
「大丈夫です。館長が休まれている間は、私達でなんとかしますから」
「うぅ。いつも悪いのう」
「それは言わない約束ですよ」
どこか聞き覚えのある小芝居をする2人を見て、私は顔を引きつらせた。そもそも時属性のコンユウならともかく、何で私までそんな難しい管理をまかせられるんだ。
「あの、私には――っ?!」
「後はよろしく頼む……ぞ……ガクッ」
「館長。館長っ!!」
いやいや。自分でガクッとか言いましたから。おかしいから。絶対演技だから。
私だってできる事ならば、協力する。でも古書の管理なんて、明らかにバイトの領分を超えている。
無理です。
そう言おうと思ったがガシッと先輩に腕を掴まれた衝撃で言葉に詰まった。
「さあオクトちゃん、しっかり働くわよ」
「えっ。あの……」
「さあ、エスト君。オクトちゃんの反対側の腕を持ってくれる?じゃあ、館長失礼しました。後でお薬持ってくるので、今度こそ、ちゃんと寝ていて下さいね」
「いや。ちょっと、待て。私はまだやるとは――」
――言ってませんから。
パタン。
しかし無情にも、反論する間もなく、目の前で扉は閉まった。
私はナサに捕えられたエイリアンのごとく、両腕を掴まれ館長室を後にする事となったのだった。