21-1話 急激な変化
「……善処します」
私は顔を引きつらせながらも何とか第一王子様の言葉に返事を返した。
もちろん答えはイイエのタイプの善処しますである。使用方法は、善処したけれどダメでした的な感じだ。はっきり言って、王子の下で働くなんて、私の人生設計には全く組み込まれてない内容である。自給自足に王子はいらない。
「ほう。だったら、死ぬ気で善処しろよ」
なんでそうなるんですか?!
というか、できなかったら死ねと言っているように聞こえるんですけど。私はもうダッシュで逃げたくなった。
しかし逃げたところで、私の居場所などすでに知られているので無意味だ。
「まあ、俺も無理やりは趣味じゃないからな。お前が仕えたくなるように仕向けてやるさ」
「へ?」
「なんだ、今すぐ攫って欲しかったのか?」
私はすぐさま首を横にぶんぶんと振った。そんなわけがない。
すると王子は、しょんぼりしたような残念そうな顔をした。少し可哀想だと思いかけたが、慌ててその思いをうち消す。そんな顔で騙されるつもりはない。攫うなんて危険極まりない単語がするっと出てくるヒトは、ろくでもないに決まっている。
「そんな勢いよく、拒絶する事ないだろう」
「私はまだ若輩者ですから……その……」
私の存在など気にしないで欲しい。このまま空気に溶けて消えてしまえたら、どれだけ楽だろう。
もちろんそんな事できるはずもないので、脂汗がにじみ出る。消え去ることも、従う事もできないが、かといって国家権力に真っ向から立ち向かえる度胸も度量もない。ないないづくしで、泣きそうだ。
「俺だって、刈り入れ時じゃない事ぐらいはわかるさ。少なくともお前が卒業するまでは、何かさせる気はないぞ」
おや?ジャイアンなくせに、意外にちゃんとした返答だ。
そういえば先ほども、鳴かぬから鳴かせてみせようホトトギス的な言いまわしだった気がする。そして今後は鳴くまでまとう的な発言だ。若干強引なのは間違いないが、カミュ達が少し大げさだったのかもしれない。
思ったよりも温厚だ。
「そんな意外そうな顔をするなよ。ヒトの事なんだと思っているんだ」
もちろん、何でも欲しがるジャイアニズムな馬鹿殿ですけど。
ただしそんな馬鹿正直に言えるわけがないので、私は曖昧に笑った。体は日本人じゃないけれど、魂は玉虫色の答え大好きな日本人が沁みついている。なんでもイエス、ノーで答えられるわけがない。
「いえ……少し青田買いが早いと思っただけです。私は気にしていただくような者ではありませんから」
言外に伝えたい言葉は、私の事などほうっておいてくれなのだが、はたして通じるだろうか。いや通じても、聞いてもらえるかが重要だ。
「公の場ではないんだから、先ほどと同じ口調で構わないぞ。」
「そんな事……できません」
正直に言えば、したくありません。仲良くなる気など、さらさらない。王族の知り合いなんて、カミュだけで十分だ。
「ふーん。そういう敬語で話せば、適当に本心を包み隠せるだろうと思っている所は、お前の父親にそっくりだな」
父親というのはたぶん、アスタの事だろう。似ていると言われたが……あまり嬉しいと感じなかった。これが魔法の技術的な面とかだったら別だっただろうけど、性格はなぁ。
尊敬はしているが、できたらあまり似たくはない。
「まあいい。青田買いというが、俺はそうでもないと思うぞ。お前の事を狙っている奴らは、掃いて捨てるほどいるはずだからな」
……何かの勘違いではないだろうか。
今のところ、そんな勧誘をしてきたのは、この王子様が初めてだ。それに私は勧誘どころかクラスメートとも、まともに話した事がない。私が学校で話す相手はカミュやライ、それにバイト仲間、後は後輩のミウとエストくらいだ。
あまりに的外れな話に、私は眉間にしわを寄せた。
からかわれているのだろうか。
「ふーん。どうやらアスタリスク魔術師に、相当過保護に育てられているようだな」
「過保護?」
そんな事は前々から知っている。しかし、何故そんな話になるのか。
「過保護だろう。混ぜモノを利用したいと思う奴はなにも俺だけではない。魔術師どもや、他国の王族、数え出したらきりがないぞ。特に魔術師どもは一枚岩ではないしな。中立の立場である図書館に所属しているとはいえ、一度もそういう空気を感じた事がないのは、過保護以外の何物でもないだろ」
王子の考えすぎではないだろうか。
そう思った……いや、思おうとしたが、私は王子は嘘をついていないと感じた。
混ぜモノが外交のカードとなるとカミュ達が教えてくれたのは記憶に新しい。だったら、王子が言う通り、外国にも同じように混ぜモノを利用したいと思っているヒトはいるだろう。それにカミュが昔、魔術師と王宮は危うい関係であると話していたはずだ。だったら、魔術師にも王族相手に混ぜモノというカードを使おうと思うヒトが居てもおかしくはない。
予測でしかないが、それが理解できてしまうと、一気に体が重くなった気がした。
王子が正しいとは限らないし、ただの王子の妄想というオチだってありえる。しかしショックだった。何がショックなのかと聞かれたら、良く分からないけれど苦しい。
「俺はそういった知識も積極的に渡して、自己防衛能力を上げておくべきだとは思うがな。過保護なのはアスタリスク魔術師に限った事ではないが……。まあ、これだけ小さければ無理もないか」
その一言が、余計に重くのしかかる。
やっぱり私はまだ、アスタに信頼されていないのだ。身長はともかく、魔法技術などはちゃんと成長しているつもりだったのに、全てはアスタの手のひらの上だと思うと悔しかった。
ああそうか。
ショックなのは、アスタに対等だとまったく思われていないからだ。
別に隠し事なんて誰だってある。私だって前世の記憶の事は言うタイミングがないというだけだが、隠している事には変わりない。そもそも血の繋がらない家族なのだから、余計に普通の事だと思う。
でもアスタに守られるのではなく、隣に立ちたいと思っている身としては、この現状が悔しくでたまらなかった。
「ただし俺としては好都合だけどな。一番最初に勧誘した方が、インパクトはあるだろう?」
今度は背筋がぞくぞくした。
そうだった。自分の不甲斐なさを反省するのはいいが、今は第一王子の誘いを、のらりくらりとかわす方が優先事項だ。
下手に王子に協力するなんて事になったら、アスタが過保護になってしまうのにも、納得するしかない。何とかして回避しなければ。
「そうですね。……ただ、やはり自分にはそれほどの価値がある様に思えません。混ぜモノを争いの道具として使うのは、リスクが大きいのではないでしょうか。国の為を思えば、そっとしておくのが一番だと思います」
というか、そっとしておいて下さい。
「どんな道具だって、使い方次第では自分を傷つけるものだろ。それを恐れていては何もできないさ。それぐらいなら、怪我をしない使い方を学ぶべきだな」
うぐっ。
大人しく納得してくれればいいものを。王子の言い分が間違ってはいないだけに、凄く面倒だ。
「それに先ほども言ったが、今すぐどうこうは思っていない。ただし、俺の敵にはなるなよ?うっかり、殺してしまったら困るだろう?」
困るってそれは誰がですか?
私ですか?それとも王子ですか?国ですか?それとも全員ですか?
冷や汗が噴き出るような発言に、私は心の中でひたすらツッコミを入れた。とりあえずすでに殺されている私は困りようがないので、周りのヒトという事だろう……。
……いやいやいや。
まだ人生止める気ないから。
やっぱり、鳴かぬなら殺してしまえじゃないか?!全然温厚じゃない。
「まあそう怖がるな。敵でなければ何もしないさ」
ぽんぽんと頭を叩かれたが、アスタのような安心感はゼロだ。逃げ出したくてたまらない。
そんな様子の私に、王子は愉快そうな笑みを向けた。このドSめ。
「そういえば、樹の神が、混ぜモノに会いたいと言っていてな。今日はそれを伝えに来たんだった。今年中には招待状が届くと思うから準備をしておけ」
……へ?神様?
いきなりの話題転換、しかもあまり聞かない単語に、私は間抜けな顔をさらす事しかできなかった。




