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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
学生編
60/144

20-3話

「何でこんな事に……」

 私は一人、図書館でぼやく。しかし誰もツッコミなんて入れてはくれない。でもそんなの当たり前だ。誰もいないのだから。


 カミュ達に帰れコールを貰い、結局あの後一人子爵邸へ転移した。本当はバイトを終わってからにしたかったが、館長に帰りなさいと言われたら従うしかない。確かにカミュ達を連れてバイトをしたら、大迷惑になりそうだ。

 

 その後コンユウと話をつけたらしいカミュ達は、子爵邸へ訪ねてきた。おいおい、王子が夜に出歩いてもいいのかよと思ったが追い返すわけにもいかない。お茶を飲みつつ作戦会議という名の座談会をしていると、そこへ仕事から帰ってきたアスタが加わり、……会議は踊っていった。事件はまだ会議室どころか、どこでも起こっていないというのに。

 私としては難しく考えるぐらいなら、いっそ休めばいいのにと思う。しかし休むと今度はお見舞いをするという理由で王子が訪ねてこないとも限らないらしい。アスタを加わえた3人は第一王子をぼろくそに貶しながら作戦を練っていた。


 ……正直、会ってしまったら会ってしまった時ではないかと思う私は甘いのだろうか。


「だからってあれだけ考えた作戦が、授業をサボって、図書館で待機ってどうなんだろう」

 カミュが何処からか手に入れたらしい、王子のスケジュールでは、丁度今の時間が私のクラスの視察となっている。王子も暇というわけではないので、スケジュールはきっちり決まっているようだった。視察自体は、1クラス数十分程度で、ずっと私のクラスに居るわけでもない。

 ただし時間が多少前後する可能性を考えて、視察の入る可能性がある授業時間は、図書館に隠れる事になったのだった。あれだけ長々会議をしたのに、ある意味単純というか、何と言うか……。

 さらに図書館でも、中々ヒトが来ないブースにいろというご命令だ。どうせ視察をしているのだから、図書館に入ってくるわけでもないのに。


「折角、古語の時間が……はぁ」

 高い授業料を払っているのだから、きっちり受けたいと思う私は間違っているのだろうか。

 ともかく、サボってしまったものは仕方だがない。こうなったら有意義に過ごそう。

 私は手当たりしだい持ってきた、混ぜモノ関係や精霊関係の本を椅子の上に置き、右隣の椅子に腰かけた。どうせ誰も来ないだろうし、椅子を2つ占領したってかまいはしないだろう。

 私は優雅に読書タイムを始めた。



「ちょっといいだろうか?」


「……あ、はい」

 しばらくして、もくもくと本を読んでいると、声をかけられた。こんな場所で珍しいと思いながらも、私は顔を上げる。

 目の前には緑色の軍服に身を包んだ、抹茶色の髪をした男がいた。ゲリラ戦に優位そうな保護色だ。目に優しい。

 ただその服装の所為か、文系というよりも体育会系のような印象で、図書館にはどこか不釣り合いに見えた。もちろん本を読むか読まないかなんて、見た目で判断するべきものじゃないけど。

 

「その本は、まだ読むものだろうか?」

 男が指した先には、私が積み上げた本があった。しまった。今の時間なら利用客もそれほどいないと思い持ってきたが、まさか読みたい人がいたとは。

「すみません。大丈夫です。どの本ですか?」

「その古語で書かれた、『ものぐさな賢者』が読みたいのだが」

 『ものぐさな賢者』はエストの愛読書である『混ぜモノさん』の原作と言われている話だ。エストにこの間教えてもらったので、とりあえず持ってきたのだが……。本当にとりあえずといった感じだったので、余計に申し訳ない気持ちになった。

 きっとカウンターでまだ館内にあるかどうかを確認した上で、探していたのだろう。


「本当にすみません」

 私は急いで、その本を取り出すと、青年に差し出した。

「いや。こちらこそ、無理を言って悪かった」

 軍服を着ているので、きつそうなイメージだったが、意外に物腰が柔らかい。いい人そうだなと思ったが、ふと混ぜモノ相手なのに、落ち着きすぎではないだろうかと疑問が沸く。

 まるで混ぜモノがここに居る事はあらかじめ想定済みといったような……。考え過ぎだろうか。

「君は学生かい?」

「はい」

「今は授業中ではなかったかな?サボり?」

 

 ……咎めているのかな?

 私は相手が教師でない事もあり、曖昧に笑って誤魔化す事にした。私だってサボりたくてサボっているわけではない。

「ああ、叱ろうと思っているわけではない。俺もサボりだからな」

「……はぁ」

 アンタもかい。

 妙なカミングアウトをされて、私の返事は微妙なものになった。

 軍服を着ているし、もしかしたら第一王子の護衛かなにかかもしれない。でも……サボっていいものなのだろうか。いやいや、普通はダメだろ。


 そんな事を考えていると、目の前で男は地べたに腰を下ろし、胡坐をかいた。

「えっ。ああ。この場所がいいなら、椅子を空けます」

 いきなり何をしだすんだ、この男は。私は慌てて椅子から立ち上がると、本に手を伸ばした。しかし本に触る前に男に腕を掴まれる。

「まあまあ。折角だから、俺の話相手になれ」

 折角って何だ。

 私は不審な男に、冷たいまなざしを送った。何を言っているのか、意味が分からない。


「図書室は静かに本を読む場所かと」

「誰もいないんだからいいだろ。俺も暇なんだよ」

 暇ならサボるなよ。

 そう思うが、実際にそれを言う勇気はない。サボっているのは私も同じだ。


「古典を読みに来たんじゃないの?」

「そんなのは、君という天使を口説く口実さ」

 胡散臭い。

 お前は何処のイタリア人だと声を大にして言いたい。まあ、抹茶色の瞳が悪戯ぽく笑っているので、冗談なんだろうけど。

「……ロリコン?」

「普通そういう反応するか?俺は結構、顔がいいと思うんだけど」

 まあ確かに整ってはいる。でも美形なんて、アスタの顔やカミュの顔で見飽きているので、さほど感慨深くもない。それに自分で言う美形は何か嫌だ。


「10歳を口説こうとすれば、普通はこういう反応だと思う」

「社交界に行けば、女性は皆、花だ。貴族なら5歳児でも口説くぞ。やあ、美しいつぼみ姫ってな具合でね」

「……不健全だ」

 5歳児口説いて、何が楽しいのだろう。正直貴族社会は、いまだに良く分からない。

「まあ、確かに健全ではないだろうな。純粋な恋愛をしようとしているわけではないし」

「ふーん。そういうお兄さんは貴族?」

「まあそれっぽいものだな。どうだ、高貴さが溢れんばかりだろう」

 高貴な人間は、突然地面に座り込まないような気がする。溢れているのは高貴さではなく、胡散臭さだ。


「そういう目で見るなよ。俺だって傷つくかもしれないだろ」

 かもと言っているような人間は、簡単には傷つかないと思う。それにしても不思議なヒトだ。貴族の事に詳しいが、あまり貴族っぽくない。なんと言うか破天荒だ。

「所で、混ぜモノや精霊の本が多いようだが、興味があるのか?」

「見ての通り、混ぜモノだから。ついでに1/4は精霊――」

 自分の事なので興味がないわけがない。まあ時間があれば調べよう程度だから、比較的後回しになっていたんだけど。知らなくて困るという内容でもないし。


「ほう。精霊の血筋なのか」

「――らしい。私の親はいないから」

「親がいないのか?」

「うん。でも……家族はいる」

 私にはアスタが居る。少々心配性で困った義父だけど、誰かに憐れまれる必要はない。


 ビービービー。


 話をしていると、突然館内に警告音が流れた。

『貸出許可の下りていない本が塔の外へ出ました。職員はただちに、追跡しなさい。繰り返します。貸出許可の下りていない本が塔の外へ出ました。職員はただちに、追跡しなさい』

 おっと、久しぶりの盗難だ。

 一応バイトの身としては、行った方がいいのだろうが……外に出たらカミュ達が怒り狂いそうだよなぁ。あれだけ熱心に王子対策していたのだ。


「ちょっと席外す。手を離してくれない?」

「ん?もしかして、職員なのか?」

 男はとくにごねる様子なく、私の腕から手を放した。もしも放してくれなかったら、例え冗談であろうとも、本気で困ったので助かる。

「職員ではなくバイト。でも少し手伝ってくる」

 私は追跡盤を取りに1階へ向かって階段を下りた。

 すると後ろから私よりも重そうな足音がついてくる。……なんでだろう。


 振り向くと面倒な気がするので、とりあえず無視しておく事にした。もしかしたら下の階に用事がある、又は仕事をしに帰る気になったのかもしれない。

 階段を下り、図書館のカウンターへ行くと、先輩がひらひらっと手を振った。

「手伝いに来てくれたんだ。偉い偉い」

「……外には出られないので、援護だけですけど」


 もっとも外へ出たところで何もないだろうけど。でも約束を破った事がバレた後を考えると、止めておいた方がいい気がした。これ以上アスタの心配性に拍車がかかると困る。

「犯人はどんなヒトですか?」

「また獣人らしいわ。本当に獣人って、体力馬鹿な上に野蛮で嫌ね」


 先輩は嫌そうにぼやいたが、獣人の血を1/4は持つ身としては、何とも答え難い。それに基本的に獣人による盗難は、獣人が盗もうとしているのではなく、獣人を使って盗もうとしているヒトが居る事が多かった。一概に獣人だけに問題があるとも言い切れない。

 それに全ての獣人が、犯罪者というわけでもないのだ。

 ただそんな事を論議しても時間の無駄だという事は分かっているので、私はあえて何も言わなかった。


「紙とペンを貸して下さい」

 私は先輩から借りると、紙に魔法陣を書き込んだ。

 獣人が野蛮かどうかは置いておくとしても、獣人が丈夫な体をしている事は間違いない。今から私が多少荒っぽい魔法を使っても大丈夫なはずだ。


「何を書いているんだ?」

「……魔方陣」

「それは分かるが、……風魔法か?」

 どうやら男は、私の後ろにぴったりと付いてきたようだ。きっと暇なのだろう。だったら護衛しに戻ればいいのに。働かざる者食うべからずという言葉を知らないのだろうか。


「先輩、盗まれた本の番号は分かりますか?」

「追跡盤の点滅を触れば表示されると思うけど……」

 言外に、どうしてそれを聞くのかと聞いているようだが、私も喋るだけの余力はない。魔法陣を書く事は得意だが、それでも間違えると嫌なので、私は魔方陣作成に集中した。


 しばらくして、魔法陣を完成させた私は、紙に魔力を込める。初めて作った魔方陣だが、たぶんこれで大丈夫なはず。

「上空の空気よ、対象物の元へ移動せよ」


 見えない場所へ魔法を使ったので上手く行ったかどうかは分からない。しかし発動は成功したようだ。紙も破れていない。

 魔法陣から手を離し、私は息をはいた。いくつか魔方陣を組み合わせたので、普通より神経を使う。

「たぶん、犯人の動きが悪くなったと思う」

「ええ。今、ジャックが捕えたって連絡を寄こしたわ。突然犯人が走るのを止めたんですって。何やったの?」

「拘束するような魔法ではないようだが?」

 

 もういいだろうとばかりに、2人が興味津津な顔私を見てくる。といってもなぁ。先輩は、普段見慣れている魔法陣だと思うんだけど。

「上空の冷たい風を、追跡魔法陣がある場所から半径1メートルに移動させました。魔方陣自体は、風魔法と追跡魔法の魔法陣を組み合わせただけです」

 移動といっても転移魔法や召喚魔法ではない。風は動くものなので、ただただ直接移動させただけだ。魔法としてはとて簡単な部類である。

 しかも既存の追跡魔法陣を組み合わせただけなので、大したものでもない。


「上空の冷たい風とはなんだ?」

 まさかそこを聞かれると思わなくてキョトンとしてしまった。たぶんどれぐらい高い位置からという事を聞きたいわけじゃないだろう。

「へっ……ああ。地面から離れた、高い場所になればなるほど、気温は下がる。場所によっては氷点下を下回っているから。その風を使えば、体の表面の汗が凍ると考えただけ」


 汗が凍れば体は動かなくなるだろう。例え凍らなくて体の筋肉がこわばり、動きが鈍くなるはずだ。ただし相手が獣人族でなければ、心臓発作とか起こしかねないから、ちょっとできないけれど。でもこの魔法ならば、魔法で温度を下げたわけではないので無効化も難しいはず。魔法使い相手でも有効だ。


 すると青年は、いきなり笑いだした。私は突然の事に、思いっきり引く。いきなりどうしたのだろう。今の会話の中に、笑う場所なんてなかったはずだぞ。

「これならアスタリスク魔術師が隠すのも頷けるな」

「へ?」

 アスタが隠す?

 というか、私とアスタの関係を知っているの?

 先ほどは、突然壊れたかのように笑い始めた事に引いたが、今度は得体の知れなさに引く。確かに王族の護衛だったら王宮勤めなので、アスタと面識が会ってもおかしくはない。おかしくはないが、ぞくりと背中を冷たいものがはう。


 ……そもそも、彼は自分の事を、護衛だなんて一言も言っていなかったのではないだろうか。


「手札として持っているだけならば、弟の嫁にでもしようかと思ったが、それでは勿体ない。もっと有効な活用方法がありそうだ」

 弟の嫁?

 何の話だととぼけてしまいたいが、相手の正体にピンときてしまった自分が憎い。知らないままだったら、もっと楽だっただろうに。


「卒業したら俺の下で働け」


 ひぃぃぃぃ。

 名乗られなくても分かってしまった。この人、第一王子だ。カミュ達の説明だと、馬鹿殿っぽかったから繋がらなかったけれど間違いない。


 何でここにとか、何て俺様的に話すんだろうとも思ったが、それよりもアスタに何ていいわけしようという心配が頭をよぎって行く。約束を破って外に出てはいないけれど、王子と和気あいあいと喋ってしまったなんて、これも約束を破った事になるのか。

 私は自分の運のなさを嘆きたくなった。

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