2-1話 小さな賢者様
異界屋は商店街でも少し奥まった場所に存在した。
店先には共通語である漢字ような形の龍玉語と、今滞在しているアールベロ国の言語を併記した看板が飾ってある。ただし残念な事に私は文字を書いたり読んだりできないので、たぶん異界屋と書いていあるのだろうと想像するしかない。
しかしそれは決して私が混ぜモノだから知識不足というわけではないと思う。多分この世界の識字率は高くないんじゃないだろうか。商店街を歩いたが、店先の看板には必ず分かりやすい絵が描いてあり、場合によっては絵しか描いてない所もあった。
「い、か、い、や。うん。ここだここ。だんちょーがいってたの」
「クロって、文字読めるの?」
隣で看板を見つめるクロを見て驚いた。
「おう。母さんがおしえてくれたんだ。じはおぼえといた方がとくだってさ」
確かにそうだけど、それで教えれるって、凄くない?
アルファさんって剣の達人だし、一体どういう人何だろう。まあ、一座にはわけあり系の人も身を寄せていたりするらしいので、きっとそういった類なのだろうけど。
異界屋はあまり客が入らないのか、とても静かだった。扉をくぐるととカウンターに座ってる猫男がちらりとこちらを見て顔をしかめる。それでも今はお客と商談をしているようで、あえて追い出そうとこちらへは来ない。
これ幸いと私達はそのまま奥へ進んだ。
棚に並べられたものたちは、新品ではなくどこか破損している事もあれば、汚れてしまっていたりもした。変な形のつぼや蛇のようなオブジェなど、不思議なものが沢山ある。ただ問題は、そのどれもが私の記憶には刺激をしてこないのだ。簡単にいえば、どれも良く分からないガラクタなのである。用途がさっぱり分からない。
ここから導き出される可能性は3つ。
①異界といっても私が知っている異界ではない、さらに別の世界から流れ着いている。
②ここにあるのは日本以外の国のものであるため、前世の人も知らない。
③私の頭の中の記憶はただの妄想である。
③は除外してしまいたいが、記憶につながるものが何もなければ、私もそうではない自信がない。
できる事なら、手にとってしっかり、じっくりと見て考えたいが、①であった場合、呪いの類でないとも限らない。なんといってもこの世界がすでに、RPGもどきなのだ。装備したら外せないよ的なアイテムだったらマジ怖い。
「んー……ないな」
店自体はさほど広くはなさそうだ。
少し歩いただけなのに、すぐに行き止まりにきてしまった。それにしても、せめて系統だけも同じものを固めておいて欲しい。ざっくばらんに置かれているせいで、見落としもありそうな気がする。私はもう一度戻ろうとまわれ右をした。
ビビビビビビビッ!!
振り向いた瞬間、突如鳴り響いた音に私はドキリとした。まるで警報機のような音だ。音源の先を見れば、クロが尻もちをついている。
「なにやってんだっ?!」
茫然としているクロの襟元を猫男がつまみあげた。クロの体が軽々と中に持ち上がる。その手には卵型の何かを握っていた。音源はたぶんそれだ。足元にカランと金属製のものが落ちる。
「はなせよっ!!」
「店のものを壊しやがって。ここは子供遊ぶ場所じゃないぞ」
「こわしてねーよ。さわっただけだって」
このままでは、お役所につき出されかねない。
私は咄嗟にクロが持っているそれが何なのか閃くと、足元に落ちた金属を拾った。
「クロ。貸して」
クロが握りしめていたものを受け取ると、穴の部分にフックを突っ込んだ。するとけたたましく鳴り響いていたベルがピタリと止まった。
よかった。上手くいった事にホッと胸を撫ぜおろす。
「……何したんだ」
「壊してない」
私はもう鳴かなくなった防犯ブザーを訝しげな猫男につきつけた。
「防犯ブザーが正常に動いただけ。クロを放して」
確かにいきなり音を鳴らしたのは悪かったが、首根っこをいきなりつままれるほどの事ではないと思う。子供だって、混ぜモノだって人権があるのだ。
ブザーを受け取った猫男はとりあえずクロをその場に下ろした。
「いやー、嬢ちゃん凄いな」
先ほどまで猫男と商談をしていたらしい男が近づいてきた。多分魔族と思わしき、紅目の男は私を見下ろした。
「ところで嬢ちゃん。そんな事何処で知ったんだ?」
「えっ……」
何処?
ふと今言った言葉が、本来私が知っているはずのない言葉だと気がついて固まった。正直に前世の話をしてもいいだろうか。いや、駄目だろ。そんな話をしても、頭がおかしい人扱いされるの関の山だ。それに異界の歌を歌った後に言われた『悪い人に攫われちゃう』の言葉が私の中で引っかかる。
というのも本来知っていなければいけない異界屋の店員が、商品の使い方を知らなかったのだ。つまり異界の知識はほとんど知られていないのが現状ではないだろうか。もしそうだとしたら、知っているという事は、その知識だけでもかなり価値があるはずだ。
……危険すぎる。
「……ママが教えてくれた」
私は嘘がばれないようにうつむく。
ママ、勝手に擦り付けてごめんなさい。でも私を守って下さいと心の中で懺悔する。
「混ぜモノの母親が?一体、どんな――」
「オクトがかなしんでんだからそれいじょうきくなよ。オクトのかあさんはしんだんだ」
私の前でクロが両手を広げた。
クロかっこいい。でもクロごめん。うつむいているのは、そういう理由じゃないんだ。ただ、都合良く大人たちも勘違いしてくれそうなので、そのままにしておく。うん。私、悪くない。
「それは悪かった。混ぜモノの子もごめんな。ところで、他には何か聞いていないのかい?」
私は怯えているように見えるようクロの背中にしがみついた。そしてこっそりと、相手を盗み見る。
猫男は毛むくじゃらで、あんまり表情が読めない。魔族の男は笑顔だが、だからっていい人とは限らない。今すぐにでも、テントへ戻った方がいいんじゃないだろうかとまわりをうかがう。
「もしもこの後鳴らなかったりしたら、嬢ちゃんたちが壊したって疑われるよ?これは永久的になるものなのかい?」
「……電池が切れたらもう鳴らないから」
私はぼそりと付け加えた。
それにしても、凄く嫌な聞き方をする人だ。今鳴るのだから、今後鳴らなくても私たちの責任ではない。それなのにその言い方では、そうではない事になる。今の話を聞いた猫男が、そうやって言いがかりをつけてこないとは限らない。
それに彼はたぶん私たちが、旅芸人でそれほどお金を持っておらず、社会的地位も低いと踏んで発言しているのだろう。衣装を見れば芸人という事は一目瞭然だし旅芸人はそれほど儲かる仕事でもない。それに私たちが子どもであり、私が混ぜモノであるという事も不利だ。猫男とどちらの話を信じると言ったら、まず負けるに違いない。
「電池ってなんだい?」
「……動かす力になる元。頭の部分のねじを外すと中に入っているから」
猫男は手に持っている防犯ブザーをしげしげと眺めた。
これだけ話せば十分だろう。私はクロの服を引っ張った。
「クロ、帰ろう?」
早く帰ってしまった方がいいと、頭の中で警報がなる。すでに自分の生まれからして厄介なのだ。これ以上厄介事はいらない。
「嬢ちゃん、待った。折角だからもう少しゆっくりしていかないか?なあ店主」
「ああ。是非そうしてくれ。お菓子もあるぞ」
……それ、人攫いが使う手口だから。私は呆れたように二人をみた。お菓子なんかで釣られるなんて馬鹿、いまどき――。
「おかし?」
クロが凄い興味津津という顔をした。そうだよね。クロは私と違って正真正銘、純粋な子供だもんね。しかもお菓子なんてほとんど食べられないしね。
「クロ、駄目」
「でも――」
「駄目」
これではどっちが年上か分からないが、私はきっぱり首を振った。
「おいしい話には裏がある」
「おかしにうらがあるのか?」
「あー……お菓子にあるんじゃなくて」
「ほら持ってきたぞ」
クッキーらしきものがのった皿を持つ猫男の目は糸目だった。たぶんこれが彼の笑顔なんだろう。その笑顔に雑念が見える私は間違っていない。
「あーん」
魔族の男に差し出されたクッキーをパクリと食べたクロを見て、私の顔は引きつった。
「……いくらですか?」
「払えるの?」
たぶん払えません。
私は心の中で滂沱の涙を流した。こうなったら頑張って、金持ちになろう。そう決意した瞬間だった。