20‐2話
カミュの兄貴が来る?
……カミュの兄貴という事は、この国の第一王子の事だろう。しかし何故ライ達がそんな大慌てでそれを伝えに来たのかが分からない。
軽い温度差に、私は首を傾ける。
「とりあえず、今日は帰れ」
「何故?」
意味が分からない。
一からちゃんと説明してくれないものかと思っていると、ようやくカミュも部屋に到着した。カミュは息を切らしながらも、扉を閉める。まるで誰かから逃げているかのようだ。
「とりあえず……まだ、ここには……来てないみたいだね」
「えっと、水飲む?」
私は給湯室へ行こうとソファーから腰を浮かせたが、ライに上から押さえつけられて再び座る事になった。
「この部屋から出るな。外は危険だ」
だから、何で。
まるで結界を張りました的な言葉に私は眉をひそめた。お前は、何処の中二病だ。この世界に、何でも弾く事ができる結界なんて都合のいい魔法は存在しない。
もちろん侵入者を感知したり、特定の魔法を無効化させる魔法は存在する。もっとも、どんな魔法がかかっていかを知っていれば、感知魔法を作動させないようにする隠密系魔法もある。また無効化する魔法を無効化することも可能だ。
話がずれたが、つまりはこの世界の魔法は万能ではないのだ。
「オクトさん、悪いけど……このコップに……水を貰えないかな?」
カミュは召喚魔法で取り出したコップを私に手渡した。たぶんこの部屋で水属性を持っているのは私だけだからだろう。
「水よ、指定範囲に凝集せよ」
頭の中に魔方陣を思い浮かべ、そこへ魔力を流す。
昔は魔法陣を紙に描かなければ難しかったが、今は1種類の属性だけを使った魔法なら思い浮かべるだけで発動させる事ができた。もっとも属性を消して行う魔法などは、まだまだ無理だけど。
でも少しずつできる事が増えるのは嬉しかった。いつかはアスタに心配されず、肩を並べる事ができるだろうか。
「はい」
私は水が並々入った所で、コップをカミュとライに手渡した。
「悪いな」
「ありがとう」
どうやら相当喉が渇いていたのだろう。2人は一気にコップの中身を飲みほした。一体何処からここまで走ってきたのだろう。
「所で、カミュエル魔術師の兄が来るとは、どういう事かのう?」
「勝手に部屋へ入ってしまい申し訳ありません。実は今兄が、学校を視察に来ているんです。なので、申し訳ありませんが、オクトを今すぐ家に帰したいのですが」
「待って。意味が分からない」
だから何で、私を通さずに勝手に話を進めるんだ。
私はまだバイト中だし、納得いかない。
私がカミュを睨みつけると、カミュは少し瞬きした。まるで、何故私が不満なのか分かっていないようだ。
「そっか。オクトさんはまだ僕の兄には会った事がなかったね」
「あー……、社交界関係は全部サボってるもんな」
サボっているとは人聞きが悪い。
混ぜモノが参加する事によって起こる混乱を避ける為に、自粛しているだけだ。貴族の付き合いやドレスに着替えるのやダンスを踊るのが多少面倒臭いと思っても、決してそれがメインではない。
「僕の兄はね、欲しいものは何でも手に入れようとする、少々困った性格の持ち主なんだ」
「混ぜモノなんて見た日には、絶対連れて帰ると駄々をこねるぞ」
えっと、カミュのお兄さんなんだよね。言葉を聞く限りだと、ずいぶん子供っぽいというか、馬鹿殿チックというか……。
カミュが結構癖のある性格をしているので、あまり想像ができない。
「でも流石に、混ぜモノはいらないと思う」
確かに混ぜモノは珍獣レベルの物珍しさがある。でもそれだけだ。物珍しさなんて、いつかは飽きる。それどころか暴走などのリスクが大きい。そんなものを欲しがるだろうか。
「混ぜモノは、外交で強いカードになるから、いらないという事はないと思うよ」
「へ?」
「ほら、何処の国だって、混ぜモノに暴走されたくないだろ。混ぜモノを飼っているという事が分かったら、攻撃は慎重になるし」
うわー……何か最終兵器みたいだなぁ。前世でいう核ミサイルみたいなものだろうか。持っている事で、他の国を牽制できるという。
自分の人格丸無視な兵器扱いに、顔が引きつる。でも今までよく無事だったな。下手したら、王宮で監禁又は軟禁ルートじゃないか。
カミュ達の事を信じていないわけではないが、牢屋にぶち込まれている自分を想像して、若干引いた。
「何だか人攫いでも見たような顔をしないで欲しいな。言っておくけれど、どの国も混ぜモノを無理やり鎖につなぐような事はできないからね」
「そうなの?」
「混ぜモノに暴走して欲しくないのは国内でも同じだからね。今混ぜモノを飼っている国は、数カ国あるけれど、何処も協力という形をとっているはずだよ」
つまり物理的な危害は加えられないと。でも物理的でなければ、脅しぐらいはありそうだ。
確か昔、黄の大地で起こった混ぜモノの暴走は、混ぜモノの恋人を人質に取ったがその人質が死んでしまったからではなかっただろうか。つまり人質をとるぐらいの事は、当たり前にするのだ。
私の場合は、一番人質になりえそうなのはアスタか。……人質とは縁遠い選択肢にな気がする。でもアスタが困るような事を盾に取られたら、従うしかないかもしれない。
「もちろん意にそぐわない契約もあるとは思うけれど、そうでない場合もあるからね」
そういうものだろうか。
確かにカミュ達みたいな友人関係ならば、状況に応じては協力してもいいと思うかもしれない。でも飼われるなんて言われると、抵抗がない事なんてあるだろうか。
「オクトさんにはアスタリスク魔術師が居るから大丈夫だけど、ただの平民だと住む場所を探すのだけで大変だからね。混ぜモノについての情報がしっかりしていない村とかだと、暴走に繋がりかねない極端な迫害をされる事もありえるし。もちろん国としては混ぜモノが見つかり次第保護するんだけどね。その場合は、混ぜモノの方から協力を申し出ると思うよ」
そういえばそうだった。
アスタに引き取られた為に、あまり不自由を感じた事はなかったのですっかり忘れていた。
確か混ぜモノは宿に止めてもらえなかったはずだ。それに一人では飲食店などには入れないし、学校なんて本当は夢のまた夢だったんじゃないだろうか。……なんて生きづらい世の中なのだろう。
そう思うと、私がアスタの手を取った時のように、国から差し出された手を取らないとは思えない。協力を条件に保護を求めれば、少なくとも虐げられる事はないのだ。それを誰が責められよう。
協力の理由が友情ではなく打算とは、何とも暗い話だが、それもまた現実だ。私だって母親が旅芸人の一座に属していなかったら、もしくはアスタが引き取ると言いださなければ、どうなっていたか分からない。
「それで、話は戻るけど、兄はきっとオクトさんに会おうと思って来ていると思うんだ。本格的な視察は明日からだけど、今も学校に居るんだよ。対策は後で考えるとして、まずは学校から逃げた方がいいと思うんだ」
「いくら図書館が中立の場所だっていっても、中に入って来る事はできるからな」
なるほど。
つまりカミュの兄は、カミュ達が大慌てするほど危険な人物なのだろう。私だって、無意味に国家的な事に巻き込まれたくはない。
「あの……」
ふと隣から、控えめに手が上がる。
そこには、紫の瞳に困惑と書いたコンユウがいた。あ、ずっと喋べらないから、忘れていた。
「カミュエル先輩のお兄さんって、何者なんっすか?」
「はぁ?そんなの第一王子に決まって――」
……あっ。
ライは慌てて口を自分の手でふさいだが、時すでに遅しだ。言ってしまった後に、しまったという顔をしている。そうだった。カミュがこの国の第二王子だという事は表向き内緒で、公爵家の息子という設定だった。
ちらりとカミュを見れば、笑っていた。やけくその笑いに見えるのは私だけだろうか。……まあ、色々な事を忘れるぐらい私を心配してくれたのだろう。そう思うと原因の一端は私にある。
「えっと、カミュ?」
ここで下手に誤魔化したとしても、邪推をされて余計に物事が大きくなりかねないのではないだろうか。どうしようと眼差しで訴えると、カミュは苦笑いをした。そして心配するなと言うかのように、ポンポンと私の頭を叩く。
「コンユウ君だったね。少しお兄さんとお話ししようか」