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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
学生編
58/144

20-1話  突然な視察

「……届かない」

 牛乳を毎日飲み始めてから2年が経ち、私は10歳となった。

 しかし背丈はあの頃からあまり伸びていない。背伸びして、後少しで届きそうなのに届かない本棚が憎かった。


「台を使えばいいだろうが」

「何だかそれはそれで負けた気がする」

「何と勝負してるんだよ」

 うん、何だろうね。

 馬鹿じゃないだろうか的な目でコンユウに見られて私は肩を落とした。でも背伸びをしたら1ミリ伸びるんじゃないかと思うんだ。悪あがきしたいんだよ。


 10歳と言えば、世間一般的にそろそろ奉公に出始める時期でもある。もちろん種族ごとに違うので一概には言えないが、そういう境目の時期なのだ。大人ではないが、子供でもない。

 しかし私の体格は相変わらず小さかった。幼児とまではいかないが、10歳にはとうてい見えない。しっかりと食べて寝ているはずなのに、あのエネルギー達は何処に消えていっているのか。

「貸せよ」

「いい。台を持ってくる」

「いいから、貸せ。別にアンタの為じゃないんだからな。アンタの仕事が終わらないと、俺も終われないんだよ」


 はいはい。ツンデレ、ツンデレ。

 

 私はそう心の中で呟いたが、コンユウはデレているつもりは全くないはずなので、意地っ張りなだけに違いない。むしろただの意地っ張りから来る発言を、ツンデレと脳内変換してしまう私は、色々残念過ぎる頭をしている。

 でもそうやって現実逃避を試みないと、上手くコンユウと付き合って行けないのだから仕方がない。

 2年前よりはコンユウとの溝は若干埋まったとは思う。しかし相変わらず仲良しこよしといかないのが現実だ。一方的にコンユウに嫌われているので、カチンと来る発言をされるのもしばしば。まともにやり合ってはいけないと、忍耐な日々だ。


「大丈夫。台を持ってこれば私でもできる。コンユウはコンユウの仕事をすればいいと思う」

「俺の方がアンタよりも大きいだろうが。チビのくせに意地をはるな」

 

 ……チビ?


 ふんとコンユウ鼻息荒く言うと、私の手から本を取り上げようとする。しかし私は悔しさで手を放す事ができなかった。

 大人げないとは分かっている。分かっているが、人間譲れないものがあるのだ。残念な事にコンプレックスをつつかれてにこやかに対応できるほど、私はできた人間ではなかった。

「私はチビじゃないとは言わない。でも数センチしか違わないコンユウには言われたくない」

「数センチも違うんだよっ!」

 『も』とかいうな。

「私がチビなら、コンユウだってチビだ」


 私の友人である、カミュやライ、エストやミウに比べると、コンユウは私と同様に身長が低かった。たった数センチの違いで、優位に立った気分になられたらたまらない。それにコンユウよりも私の方が年下なのだから、まだまだ追い越せる可能性は残っている。

「俺が折角手伝ってやっているのにそんな言い方はないだろ。混ぜモノのくせに」

「混ぜモノは関係ない。そもそも手伝って欲しいなんて言っていない」

「それはアンタの仕事が遅いから――」


「はいはい。あんた達、喧嘩しないの。お客様の迷惑よ」

 背後から近付いてきた先輩は声を荒げようとしたコンユウの口を押さえてにっこりと笑った。……いつの間に。頭に血が上っていたせいで、周りが見えていなかった。

 見渡せば確かに、私達は利用者達に注目されている。 


「オクトもコンユウの性格は分かっているでしょう?」

 少し冷静になり黙ったコンユウから手を話した先輩は、私に近づくと耳元でぼそぼそと伝えた。その言葉にすみませんと私は小さく頭を下げる。

 コンユウは、私の事が嫌いで、何もかもが気にくわないのだ。だから私が感情的になれば、コンユウも同様にヒートアップしてしまう。 


 昔はもっと色々と流せた気がするんだけどなぁ。そうでなければ、あらゆる場所で取っ組み合いの喧嘩をしなければならない事になる。混ぜモノは何処へ行っても嫌われ者だ。理不尽な事なんて、コンユウ関係に限らずいっぱいである。

 子供のように喧嘩してしまうなんて、これも一種の肉体に精神年齢が引っ張られるという現象だろうか。私も背丈にこだわるだけではなく、精神的にもっと大人にならなければいけない。


 色々と反省していると、ひょいと持っている本を取り上げられた。

「そうそう。あんた達、館長がお呼びよ。後は私がやっておくから、館長室に行きなさい」


 


◆◇◆◇◆◇




 館長は2年たった現在も、相変わらずもこもこしていた。初めて会ったころとまったく変わりがない。アスタが学校に通っていたころからこの姿だと言われても納得してしまいそうなぐらい毎日変化がななかった。……髪の毛とか、一体どうなっているんだろう。


 私はお茶とお菓子を用意し配ると、館長に勧められるままコンユウの隣に座った。館長からの呼び出しはこれが初めてではないので、さほど緊張もない。

 私は自分のティーカップを手に取り、とりあえず飲んだ。うん。相変わらず、いい茶葉を使っている。


「とりあえず、コンユウ魔法学生、5年へ進級おめでとう」

「ありがとうございます」

「オクト魔法学生、6年へ進級おめでとう」

「……ありがとうございます」

 おめでとうと祝われ、私は少し口ごもった。

 もちろん進級はめでたい事だと分かっている。コンユウの場合2年も飛び級をしたのだから、本人もなおさら嬉しいだろう。

 しかし同じく1年だけだが再び飛び級をしてしまった私は、微妙な気持ちだった。進級早々、進路希望の紙を貰ったが……、まだ学校に通ってたった2年なんだけどなぁと少し遠い目になる。本来なら進路なんて5年間学校に通って、じっくりと考えた上で、ようやく決める事だ。

 行きたい専攻はもう決まっているからいいんだけどさ。


 進級する事になったのは、カミュとライがどうやら1年留年した事を兄弟に色々言われたのが発端だった。なら2人だけで勝手に飛び級しろよと思うのだが、例のごとく巻き込まれ、早く卒業した方がアスタに認めてもらえるなどと言いくるめられ、結局私も飛び級の試験を受けてしまったのだ。

 流されやすい自分が嫌になる。 


「新しいクラスはどうかのう?」

「俺は変わりありません」

「右に同じく」

 飛び級をしたが、同じく飛び級をしたカミュやライがクラスメイトだし、担任は何故かまた義兄であるヘキサだ。周りの私に対する態度は、前のクラスメイトと同様、腫れものに触るかのようである。変わりようがない。


「それは結構、結構。ところでオクト魔法学生は、次はどの専攻に進級するか決めたかのう?」

「魔法薬学科に進級したいと思っています」

「うむ。だとすると、カミュエル魔法学生やライ魔法学生とは違うクラスになりそうじゃのう」

「……はい」

 今までと変わらずにいられるのも今年までという事は、私も分かっていた。私が通いたい魔法薬学科は、カミュやライが希望していない専攻だ。それにヘキサの受け持ちの授業は魔法系の専門分野には特化していない。そのため担任ができるのも6年生までだ。つまり今年で最後である。

 そう思うと無理やり進級させられたようなものだが、1年だけでも今の穏やかな状態を保てたのは良かったのかもしれない。クラスメイト全員に腫れものにさわるかのような態度をとられたら、少し心が折れそうだ。

 もちろん来年からはそれを我慢しなければいけないのだけど。


「コンユウ魔法学生は考えておるかね」

「俺は……同じく魔法薬学科に行こうと考えています」

 へ?

 コンユウも?それは初耳だ。もっとも、コンユウと将来について語り合う仲ではないので、初耳なのも当たり前だけど。

「ほう。2人とも同じとは。魔法薬学科は人気じゃのう。理由は何かあるのかのう?」

「昔、助けたかったヒトがいました。俺はその時、薬の知識を学びたいと思い、この学校に来ました」

 立派だ。

 凄い立派だ。立派すぎて、私は目をそらした。


「オクト魔法学生はどうしてかのう?」

 山奥に引きこもりたいからです。そしてその資金調達として一番効率がいいと思ったからです……なんて立派な発言の後に言えるはずがない。

 例え本当の事だとしてもKYすぎる。

「……薬草に興味があったので」

 少し考えて、私は無難な言葉を選んだ。アスタの実家のまわりに生息する薬草などは、色々と面白い効能があるようなので、興味があるというのは決して嘘ではない。

 隣でコンユウが鼻で笑ったが、無視だ。崇高な理由がある生徒なんて、この学校に1割もいないと思う。私の方が普通だ。


「オクト魔法学生は、父親に似ておるのう」

「はあ。そうですか?」

 血は繋がっていないので、見た目がという話ではないだろう。一緒に暮らしているうちにどこか似てきたのだろうか。

「アスタリスク魔術師も、魔法に興味があると言って魔法学科に進学したんじゃよ」

 確かに。

 アスタは純粋に魔法を楽しんでいる部分がある。魔法オタクなアスタなら、興味があるを理由にしたとしても頷ける。ただ私の場合は、利益重視な即物的考えからなので、アスタはまったく違う。純粋さがなさすぎで、何だか自分が汚い人間に思えてきた。

 けっ。自分の将来の為に学んで何が悪い。


「それにしても。ヒトに全く関心がなかったアスタリスク魔術師が父親とは……不思議なもんじゃのう」

「えっと。そんなに問題児だったんですか?」

 今もアスタは興味ある事とない事がはっきりとした性格だが、ヒトに全く関心がないという事はない。もしそうならば、私がアスタに引き取られる事はなかっただろう。

「酷いものじゃったぞ。教師を教師とは思わない、傲慢な鼻たれ小僧じゃった」

 うーん。想像できるような、できないような……。まあいつも自信満々なイメージがあるので、それが館長には傲慢に映ったのかもしれない。


「オクト居るか?!」

 突然、部屋の扉が開いたと思えば、ライが転がりこむように入ってきた。その後ろから遅れてカミュが追いかけてきているのが見える。

「ライ?どうかした?」

 どうやら息を切らすほど全力疾走してきたようだ。そんな慌てた様子に私は首を傾げる。

 一体何をそんなに慌てているのか。……あーでも、ライ達の至急の用事って、絶対碌なものじゃないんだろうなぁ。

 できれば聞きたくないが、走ってきた様子を見る限り、そんな選択肢は用意されていないだろう。私は仕方がなく、ライがもたらすだろう衝撃に構えた。


「大変だっ!!カミュの兄貴が来る!!」


 

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