19-3話
「ツンデレって何?」
あー……。
ツンデレとは、ツンツンデレデレの略だ。
「……好意を持っている相手にも刺々しい態度をとるが、時折デレデレする行為の事」
自分で説明しておいて、私はへこんだ。ツンデレなんて言葉は、異世界の言語だからアスタに伝わらないのは当たり前である。分かってはいる、分かってはいるのだ。しかしいざ説明させられると、自分が凄くオタクな気がした。
しかもツンデレの黄金比率が9:1とか、ヤンデレ、素直クールなんて単語が脳みそに詰まっている事が、ツンデレを脳内辞書から引っ張り出した時点で分かっている。前世の私は一体何をやっていたのだろう。
これは諦めて、オタクである事を誇りに思うべきか。マニアと呼ばれるよりも、オタクと呼ばれたい。萌は生きる原動力的な。
「へえ。じゃあ、そのコンユウという子は、オクトの事が好きなんだ」
「それはない。ただ行動が、ツンデレによく似ているだけ」
何故だろう。アスタからひんやりとした冷気が漂ってきたような気がした。しかしアスタは胡散臭いぐらい笑顔である。というか私に髪の毛を拭かせておいて不機嫌とか、何の嫌がらせだ。それに今の会話の中に、アスタが怒る要素は見当たらなかった。
ぞくりとしたのはもしかしたら風邪を引き始めているのかもしれない。私はアスタの髪を拭きながら、今日は早めに寝ようかと考える。
久々に宿舎の方へ泊まりに来たのだ。ここで熱なんて出した日には大迷惑以外の何物でもない。
「でも、ツンデレなんだよね?」
「いや。コンユウは私の事が嫌いだから」
ツンデレぽく見えるは、借りを返したいが、意地っ張りなので借りがある事すら認められないという、面倒な性格が原因な気がする。
……それにしても、美形なアスタにツンデレ発言をさせると、何だか微妙な気分になった。変な言葉を教えてすみません。
「ふーん。そういえば、ファンクラブはどうなったんだい?」
「相変わらず、細々と続いている。何をやってるのかは、具体的には知らないけれど」
そもそも、ライブや握手会をやるわけではないのだ。一体何をしているのか。
エストとミウがこの間、図書館でなにやらこそこそと打ち合わせをしていたが……締め切りが近いとも言っていたなぁ。締め切りって何だろう。
最近は本が盗難にあう事もなく平穏なはずなのに、どうして不安になるのか。本当の平穏は一体どこにあるのか。
「そう。それは良かった。迷惑な行為をされたら俺に言うんだよ」
「えっ……」
それは何か嫌だ。些細なことなのに、おおごとにされそうな気がする。
「えって何だよ。オクトは甘いから、迷惑行為をされても流してしまうだろう?ここは俺が――」
「モンスターペアレントになるから止めて」
いや、魔術師であるアスタが学校で暴れたら、モンスターペアレントじゃなくて、まんまモンスターだ。きっと迷惑行為を止めるどころか、怪獣なみの迷惑さで破壊行為を行う気がする。
「もんすたーぺあれんとって何?」
「無理難題を言ったり難癖をつける親の事」
「酷いなぁ。俺はそんな事はしないさ。だって無理難題や難癖を言う相手が居なかったら、できないだろう?」
本気で止めて。
言う相手が居ないって、それはつまり、ヒトが一人は消えた計算の話だから。状況を想像して、鳥肌が立った。
「まあ、冗談はこれぐらいにして」
嘘をつけ。
アスタの言葉は全く冗談に聞こえない。先ほど立った鳥肌が痛かった。
「オクトの事は俺が守ってあげるからね」
アスタは髪を拭く私の手を押さえて紅い瞳でジッと見つめた。……若干髪の毛がまだ湿っている所為か、子供相手には無意味な色っぽさがある。
男で爺さんのくせに色っぽいって無駄だよなぁ。ああでも、魔族であるアスタはまだ結婚可能な年齢だっけ。ただしその視線の前に居るのが、混ぜモノな上に義娘なのでどちらにしろやはり無意味。勿体ない。
今度ヘキサと、アスタの嫁について相談しよう。私が独立した後、髪の毛すら満足に拭けないアスタの面倒を見る相手は、絶対いると思う。この色気と地位と金があれば、多少性格に難ありで、生活能力がゼロでも、嫁の1人や2人見つかる気がする。そもそも髪を拭くとか、使用人にやってもらえばいいわけだし。……ん?だとすると嫁は必要か?
「オクト?」
「ああ。ごめん。ただ学校は安全だから大丈夫だと思う」
怪訝そうにアスタに呼びかけられ、私は思考を現実に戻した。嫁とかの話をすると、アスタの機嫌が絶好調に悪くなるので、気をつけなければ。
ふと頑なに嫌がるのは、ヘキサのお母さんに義理立てとかしているのかもしれないとも思ったが、この話は後で考えるべきだろう。
「油断大敵。オクトは可愛いから心配なんだよ」
「確かにまわりより小さいが……。そうだ。アスタ、私にかけてある追跡魔法を外して欲しい」
丁度いいタイミングだと思い、私は自分にかけられているという追跡魔法の解除を申し出た。アスタに行動把握をされても特に問題はない。
しかし逐一監視されていると思うと、行動を制限されているようで気分の良いものではない。
「えっ、嫌」
少しは考えようよ。
即答過ぎて、私はがっくりと肩を落とした。どうしてそんな事を言うのかと聞いてくれたって罰は当たらないと思うんだけどなぁ。
「学校への送り迎えはアスタがやってくれてるから、人攫いに会う事もない。学校にある森にいる野生の動物も野兎程度だとカミュに聞いた。そこまで心配する要素はないと思うけど」
「ダメだ。図書館でアルバイトなんて危ない事をしてるんだから」
……図書館の仕事が危険だなんて初めて聞いたよ。
まあ確かに、盗難があった場合は犯人を追いかけなければいけないから、前世の記憶通りの図書館ではないのは確かだ。でもなぁ。
「アスタは過保護過ぎると思う」
「オクトの警戒心が足りない分を補ってるからいいんだよ」
良くありません。
第一、私の警戒心は結構高いと思う。最近はカミュやライに良いように使われない為に、常に隙を見せないようにしているつもりだ。
それに危険な事には極力近寄らないようにしている。これ以上どうしろというのだ。
「……少しは信用して欲しい」
私だって成長してる。それに前世の記憶がある分、見た目そのままの子供ではない。アスタにとっては子供でしかないのが、悔しかった。
「あー……信用してないわけじゃない……よ?」
「何で疑問形?」
やっぱり信用されてないんじゃないか。きっと背が小さい分、余計に子供に見えるのだろう。伸びない身長が憎い。
まだ8歳だからこの体格も仕方がないのかもしれないけれど、それでも私は平均より小さい。やはり5歳まで栄養失調気味だったのが原因か。
今は結構食べるようになったので、今後に期待するしかない。
「とにかく、卒業するまでは追跡魔法は外さない」
「……卒業したらいいの?」
「卒業すれば、そんなに出歩かないだろう?」
確かに、私の性格上、あちこちへフラフラすることはないように思う。山奥に引きこもりたいぐらいなのだ。
ただアスタの発言の見えない部分には、『宿舎、もしくは子爵邸から』という言葉が隠されている気がした。いやいや、いくらなんでも、学校を卒業して仕事を始めれば、アスタのすねを齧る気はないんだけど。
でもこれを言ったら、絶対外してもらえない気がする。
「分かった」
たぶん卒業するころには、私も成長して大きくなっているはずだし、アスタの考えも変わるだろう。そう信じるしかない。
大丈夫。大きくなればアスタも心配しないし、一人暮らしだって可能だ。
「じゃあ、もう遅いし、そろそろ寝ようか」
「うん――……アスタ、降ろして」
寝ようかと言っているのに、何故私が持ち上げられるのか。
「髪を拭いてくれた御礼にベッドまで運んであげるよ」
「いい。歩ける」
そういっているのにアスタは私を降ろさない。それどころか向かう先が、私の部屋ではないのだから、頭が痛い。
「アスタ……私は、添い寝はいらないのだけど」
もう8歳だ。添い寝の必要な幼児ではない。友人達だって、8歳の時にはもう一人で寝ていたと聞く。
「俺がいるから。オクトぐらいの大きさの抱き枕があると、よく眠れるんだよね」
なら抱き枕を買え。金持ちのくせに。
そう思ったが、アスタは私にはポンポンと物を買い与える癖に、自分の物はあまり買わない。今までの経験上、言っても無駄だな事は分かっている。
こうなったら、ベッドで邪魔だと思われるぐらいに早く大きくなるしかない。
明日から毎日牛乳を飲もうと心に誓った。