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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
学生編
56/144

19-2話

 図書館があまりに静かだから白昼夢を見たようだ。


「えっと、ごめん。よく聞こえなかった」

 あまりにぶっ飛んだ単語が聞こえた気がしたが、普通そんな単語が日常会話に出てくるはずがない。きっと聞き間違えだ。


「だからファンクラブを正式に認めて欲しいの」

「……誰の?」

「オクトちゃんに決まってるじゃない」

 決まってません。

 私は心の中で、ツッコミを入れた。何がどうしたらそんな単語がでてくるのか。頭痛がして、私は頭を押さえる。


「えっと……何で?」

 これはもしかしたら罰ゲームか何かかもしれない。もしくは、何処からかドッキリでしたという看板が現れる可能性もある。いや、そうに違いない。

 私はいつそれがでてくるのかと、待ち構えた。むしろ、今すぐ現れて欲しい。


「実は今1年の間では、尊敬する先輩のファンクラブに所属するのが流行りなんだよ。でも所属するクラブの中で色々優劣があるから、できたら既存ではないクラブに所属しておきたいんだ」

「それにね、私はオクトちゃん以上に尊敬するヒトなんていないから仕方がないと思うの。パシリになるのが嫌なエストとは違って、私は純粋にオクトちゃんが好きだから」

「ちょっと、何勝手な事を言ってるのさ。あー……もちろん、クラブの下っ端になって、パシリをしたくないのも確かだよ。でもオレだってオクトの事を尊敬してるし、大好き――」

「声が大きい」

 というかそんな恥ずかしい単語を堂々と言わないでくれ。お前の前世はイタリア人か。私は居たたまれなくなって、エストの口を手でふさいだ。


 ヤバい。好きとか尊敬とか慣れない言葉を言われたせいで顔が熱くなった。このままでは、恥ずか死ぬ。何、この地獄。

「えっと、事情は分かったけれど。ともかく私じゃ無意味というか、需要が低いというか……」

 大混乱の中、私は何とか差し障りのない言葉を見つけた。とにかく変な流行ごときで、道を踏み誤らせるわけにはいかない。思いとどまらせなければ。

「代わりに……例えば、カミュやライはどう?」

 色々迷惑大魔王な2人だが、優秀なのは間違いなかった。カミュは成績がいいし、ライの武術は誰にも負けない。とりあえず私よりはずっとマシだ。

「2人はすでにファンクラブができているよ。それにオレ達はオクトがいいんだよ」

「そうだよ。オクトちゃんは私とエストの命の恩人なんだよ」

 

 キラキラした目でエストとミウに見られ、再び私の心が痛んだ。2人を助けたのは事実だが、自分が助かる為にした行為でもある。その辺り、彼らと若干の相違がありそうだ。

「あー……主観は、まあ置いておくとして。ただ私を客観的に見たら、なんの価値もないと思う」

 むしろ混ぜモノという事でマイナスだ。私のファンクラブに所属なんて、エストやミウの株をさらに下げかねない。


「大丈夫。ライさん達と友人というだけで、ポイントが高いし、入学早々の飛び級のおかげでオクトは注目されているから。仲良くしたいと思っている子は多いよ」

「もちろん、そんな外的要因しか見ない、にわかファンじゃ、私達が許さないけどね」

 私と仲良くなりたいとか、たぶん気のせいだと思う。現在進行形で、私の友達は少ないし、廊下を歩けば大きく避けられる。しかし2人はそうは思っていないようだ。


「だからお願い、オクトちゃん。私達の事認めて?」

「オクト、ダメかな?」

 2人の私を見る目が潤んでいる。うぅ。こんな可愛らしい子達に、潤んだ眼差しを向けられて、断れるヒトがいたら会ってみたい。


 ちなみに私は無理だった。

「……好きにして」

 私は早々に白旗を上げた。たぶんすぐ飽きるだろうと信じて。





◆◇◆◇◆◇






「いい気になるなよ」

 なってませんよ。

 新書にラベルを貼り付けながら、私はため息をついた。いい気になるなって、お前は何処の3流悪役だ。

 相手をしても頭痛の種にしかならなさそうなので、私はコンユウの言葉が聞こえないふりをした。ラベルが貼り終わったとしても、まだ貼ったものを新書コーナーにセットしたり、返却された本を元の場所へ片づけなければいけないのだ。時間も限られているので、コンユウに付き合ってはいられない。


「俺はエストやミウみたいに簡単騙されないからな」

 騙しているつもりはこれっぽっちもないのだけれど。

 確かに、ファンクラブを創るなんて少々いき過ぎな気もする。でも私は変な宗教団体の教祖になったつもりはない。ファンクラブで何かしようなんてこれっぽっちも思っていなかった。

 むしろ何がどうしてこうなってしまったのか、私自身聞きたいぐらいだ。

 ファンクラブが結成してから結構経つが、未だに2人が飽きる様子はない。私としては早く飽きて解散してくれないものだろうかと思っているのだけど。


「混ぜモノが好きだなんて、趣味が悪いにもほどがある――」

「悪いが……私は騙しているつもりはない」

 趣味悪いよなぐらいは、私も思わなくもない。何と言っても、全く需要のない混ぜモノのファンクラブを立ち上げるぐらいだ。

 だからといって、2人が貶されていいとは思わない。私はコンユウの目をまっすぐと見返した。

 コンユウも言いすぎたと思ったのだろう。少し戸惑った顔をして、紫の瞳をそらす。

 彼の性格が……寂しんぼうという事は分かっているんだけどなぁ。少々突っかかられるくらいならばスル―できるが、あまり五月蠅いと、反論したくなるから困ったものだ。


「……とにかく早く仕事を終わらせよう」

 私はこっそりため息をつくと、再びラベルを貼った。

 コンユウも私と2人きりにされて気が立っているようだ。

 どうにも仲が悪いというか、コンユウが一方的に私を嫌っているという方が正しいのだが、それを心配する先輩方はたまに2人きりの仕事を押しつけてくる。共同作業をして仲良くなりなさいと言いたいのだろう。しかし今のところその作戦は大失敗だ。

 私とコンユウは、相性が悪い。

 むしろ仕事をバラバラにして、離してくれた方が効率もいいと思うのだが……上手くいかないものである。 


 コンユウも私に構っているよりも、早く仕事を終えた方がいいと気がついたらしい。本の背表紙にラベルを貼りはじめた。

 このラベルの裏には追跡魔法の魔方陣が描かれている。今やっている仕事は、ラベルの表と魔法陣に本の番号を追加で書き込み貼り付ける作業だ。この作業があって初めてGPS機能は発動するらしい。


 それにしても場所を特定するために魔方陣の記入が必要なら、アスタはどうやって私に追跡魔法をかけているのか。私自身に魔方陣を書くわけにはいかないだろうし。そもそも自分に書き込まれていたら、いくらなんでも気がつくはずだ。

 私が身につける物だとすると、もしかして制服とか?だとしたら普段は私の位置が分からない事になる。いやいや、アスタに限ってそんな甘い事しないだろう。やるならば、徹底的にやる男だ。必ずいつでも分かるようにしているはずだ。


 まさか全ての服に魔法陣を書き入れているとか?でもどの服を着ているか毎日把握するのも大変だろうし……、かといって図書館の本のように番号をふらなければ、追跡板に全てが表示されてしまう。それではどれが正しいか分からないだろう。分からん。

 やはり図書館の魔法とは、また別の種類なのだろうか。


「――いっ!!おいっ!聞けよっ!!」

「ん?」

 考え事をしていた為、コンユウが声をかけている事に中々気が付けなかった。しかしコンユウは私がわざと無視していると思ったらしく、バツの悪そうな顔をする。どうやら私が腹を立てていると思ったらしい。

「ああ。悪い。考え事してた」

「考え事って、真面目に仕事しろよ」

「コンユウよりはしているつもだけど」

 あ、しまった。

 つい本音が漏れてしまい、私はコンユウに睨まれる。しかしコンユウの方がラベルを貼るのが遅れているのは本当の事だ。それでも何だか子供を虐めてしまった気分になって私は肩を落とした。ここで慰めても、きっとプライドの高いコンユウは余計に激怒するだろうし。さて何と言って誤魔化そうか。

 必要以上に嫌われたいわけではないんだけどなぁ。


「……細かい作業は苦手なんだから仕方がないだろ」

 あれ?素直だ。

 コンユウは私から目をそらしボソボソとつぶやいた。

 よく見ると、コンユウの机の上には何個かラベルがクシャリとつぶされ落ちている。どうやら書き間違いをしたようだ。確かにラベルが小さい為、魔法陣は普通よりも細かいし書きこみにくい。


「えっと、それで。何?」

「……苦手だから、……その……あー……何でもないっ!!」

 短気だなぁ。

 コンユウは噛みつくように叫ぶと再びラベルと格闘し始めた。しかしやはりコンユウには難しいらしく、インクをつけ過ぎたペンで魔法陣を塗りつぶしてしまっている。


 コンユウの様子から何が言いたいのかは流石に察しがついた。それにしても嫌いな私に助けを求めようとするなんて、相当に苦手なのだろう。

 私も嫌われているからといって、その相手を虐めたいと思うほど落ちぶれてはいないつもりだ。仕方がない。


「一人が同じ作業をした方が効率がいい。私が番号を記入していくから、貼って欲しい」

「何で俺が」

「早く終わらせたい。手伝ってくれないか?」

「……そこまで言うなら」

 コンユウは少しほっとしたような顔で私の申し出を受け入れた。それにしても、一度は否定しないとすまないとは、面倒な性格をしている。これ以上絡まれたくないと思った私は、もくもくと番号の記入に徹した。

 

 しばらくすると、ラベル貼りの仕事は思ったより早く終わった。どうやら作業分担をしたのが効を奏したようだ。これなら、アスタが迎えに来る前に少し本をよめるかもしれない。

 後は新刊コーナーに本を置いて、返却の本を返してくるだけだ。もっとも、ここからが私にとっては大変なんだけど。今日はいつもに増して返却の本が多い。何往復しなければないないだろうと考えると、少し憂鬱になる。


「これは俺が片づけるから、アンタは新刊を置きに行け」

 返却された本を分類ごとに分けようとしていると、コンユウが待ったをかけた。えっ。でもなぁ。

「……新刊の方が少ない」

 どう見ても新刊の方が返却された本よりも冊数が少なかった。それに新刊はカウンターの近くなので、ここからあまり遠くない。明らかに新刊を運ぶ方が楽である。

「アンタ、腕力なくて片づけるの遅いから、手伝われると俺が迷惑なんだよ。新刊を運ぶぐらいならできるだろ」

 ふんと鼻を鳴らすと、コンユウは返却された本を持って先に行ってしまった。迷惑って言われましても……。これは所謂、『べ、別にお前の為じゃなくて俺の為だからな!』的な?

  

 まさかのツンデレ?


 いやいや。コンユウは私の事が大嫌いなんだぞ。ありえないから。

 なんとも言えない気分になりながら私は、仕方なく新刊の本を運び始めた。

 

 

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