19-1話 平穏な日常
義父が最近心配性な件について。
「何とかならないものだろうか」
「どうでしょう?」
学校に通うようになってから、アスタの心配性っぷりが酷い気がする。酷いというか、病気の域というか……。そりゃ、色々問題の多い混ぜモノを学校に通わせるのだ。多少神経質になったって仕方がない事も分かる。私だって、暴走して学校を破壊して、色んな人巻き込んだ上で死にましたなんていう自爆テロ的なBADENDは御免被りたい。
「でもやっぱり、GPS機能を付けられるのはやり過ぎな気が……」
「じーぴーえす機能ってなんですか?」
後からカミュに聞いた話だが、学校の所有地には凶暴な野生の動物は出入りできなくなっているそうだ。アスタは野獣と言ったが、あそこに森の熊さんなんて居るはずがなく、いたとしてもウサギか狐などの小動物だ。そしてアスタがすぐに私の事を見つける事ができたのは、図書館の本に付けられている機能と同じだろうという事で――。
――うん。ちょっと待て。
本人の了承を得ずに行うってどういう事だろう。それ一歩間違えれば、ストーカーだから。相手が私だから許されるのであって、これが素敵なお嬢様だったら、色々不味かったと思う。アスタって魔法は凄いし頭もいいけど、どこか抜けている。いつか失敗して訴えられないか心配だ。
ともかく、勝手にGPSはドン引きしていいレベルだと思う。別に私だから、何か問題があるわけではないけれど。
でも雨にぬれたぐらいで暴走する事はないし、森でウサギに出くわした所で食べられるなんて事もない。確かにこの間は犯人運べなくて困っていたけれど、もう少し信用してくれたっていいのに。
「そんなに頼りないかな」
「オクトお嬢様が頼りないなんてありえません!」
体は小柄だし、何処からどう見ても子供だ――というか。
「えっと、ペルーラ。独り言だからいちいち反応しなくてもいいよ?むしろ危険だから仕事優先して」
「そんな。オクトお嬢様以上に優先すべき事なんてありません!」
「いや、本当に。落ちたら怖いし」
ペルーラは2階の窓を拭いていた。窓枠に足をかけて。もちろん内側ではなく外側だ。命綱もしていないので、いくら運動神経のいい獣人でも、いつか落ちるのではないかとハラハラしてしまう。
私には絶対無理な掃除方法だ。梯子を使ってもできるかどうか微妙である。
「オクトお嬢様はお優しいんですね」
「いやいや。普通だから」
ポテっと2階から落ちた人を見て平然としていられるヒトは、たぶん病んでいるか、恨みを持っているかだろう。とりあえず、私は今のところどちらのカテゴリーにも含まれていない。
それにしてもペルーラの目に私はとても素晴らしい、聖人君子として映っているようだ。色眼鏡かけすぎだろ。一度病院に行った方がいいように思う。
「でも私は旦那様の気持ち、よく分かりますよ。オクトお嬢様、可愛いし、優しいし。学校に通わせるのは色々心配なんだと思います。特にオクトお嬢様は、色々巻き込まれますし」
「あー、後半に関しては否定できないかな」
何と言っても、数度誘拐を経験済みなのだ。普通に生きていたらまずない波乱万丈さだ。
「だから、旦那様の話にも耳を傾けて下さい。世の中危険がいっぱいですから」
一瞬窓枠に足をかけて掃除をするペルーラには言われたくないよと思ったが、私の為に言ってくれてるので、黙っておく。それになんだか私が反抗期の聞き分けのない子供みたいな扱いされている気がするし。
きっと、気のせいじゃないよなぁ。私は正論を話しているつもりなのに、見た目の幼さが憎らしい。反抗期とかそういう問題じゃじゃないんだけど。
これは近いうちに、アスタととことん語り合う必要がありそうだ。
◇◆◇◆◇◆
「オクトちゃん、何読んでるの?」
「ああ、ミウ。オクトの邪魔したらダメだって。それと図書館では小声で話さないとまた追い出されるよ」
図書館の仕事が終わってから本を読んでいると、ひょっこりエストとミウがやってきた。それにしても、2人はそれほど年齢に差があるわけではないのに、エストの方がお兄さんに見える。それはミウの言動が幼いからか、それともエストが苦労人だからか。
……どっちもな気がするなぁ。特にエストはコンユウに対してもお兄さんぽく見えるし。
「別に私は問題ない。今読んでいるのは、精霊魔法の本」
前に読もうと思っていたが、結局読めずにいた本である。
本を無断で持ち出した犯人を捕まえた後も、なんだかんだで忙しくて読めなかったが、ようやく手が空いたので本棚から持ってきたのだ。まだ本の貸し出し許可は下りていないので、私は図書館でしか読めないが、今読まなければならないものでもない。
それにアスタの宿舎を探したら、なんだか発掘できそうな気もする。アスタは魔法関係の本が好きなようだし。
「精霊魔法って何?」
「あー……、ミウ達は召喚魔法についてはもう習った?」
「えっと。エストどうだっけ?」
「魔法系統にそういったものがあるという事は講義でてきたけれど、正式にどういったものかまでは習ってないかな。別の位置にある何かを引き寄せる魔法という事は分かるけど」
同じ授業を受けているはずなのに……。ミウはテヘっと笑って誤魔化しているが、これは授業中に居眠りをしている可能性が高い。テストで泣かなければいいが。
「うん。召喚魔法はそれで間違いない。ただし大きく2種類に分けられる。1つは物などを引き寄せる魔法。もう1つは誰かを呼び寄せ契約する魔法。精霊魔法は後者の魔法の1つみたい」
「そうなんだ。精霊魔法というぐらいだから、精霊が使う特殊スキルかと思ったよ」
私も同じ事を思ったんだよね。
種族によっては、その種族しか使う事の出来ない特殊スキルを持っているケースがある。精霊族は何かかしら持っていてもおかしくない、秘密の多い種族だ。ただし今回の【精霊魔法】は違った。
「精霊魔法は、自身の魔力を渡す代わりに、精霊に魔法を発動してもらう契約をする事らしい。魔法陣の構成は必要ないから、難しい魔法を使いたい場合に使用するヒトが多いみたい」
「えっ。それ、凄い便利そう」
ミウがキラキラとした目で私の持っていた本を見つめた。うーん。確かに。今の話だけなら、凄く便利に聞こえる。でも物事はそんな甘くはないんだよね。もしそんな便利なものだったら、普及しないはずがない。
「んー。でもミウは使わない方がいいと思う」
「何で?」
「魔力が大きい方ではないから。精霊魔法は普通の魔法の倍の魔力を使うみたい。だから魔力の保有量が小さいとすぐ空になってしまう。普通の魔法なら魔力の限界の少し前で、強制的に使えなくなる。でも精霊達はそんな事お構いなしに吸い上げるから。場合によっては命を落とすらしい」
カミュが物騒と言ったのは、たぶんこの点に関してだろう。
ヒトは100%の魔力を使おうとはしない。そんな事をすれば、生命維持ができないからだ。
一般に魔力を持っていないというヒトも、全く魔力がないというわけではない。生命維持するのにも魔力を使う。つまり魔力がないと言わるヒトは、生命維持以外で使える魔力がないというだけだ。つまりは容量の問題である。
「えっと。つまり私だと、魔力の使い過ぎで死んじゃうって事?」
「使う量を計算してお願いすれば問題ないと思う。だけどそれぐらいなら、普通に魔方陣を組み立てた方が効率的だと思う」
簡単な魔法なら、あえてそんなリスクを負う必要はない。ご利用は計画的にという話だ。
「オクトはそんな危険な魔法の本を読んでどうするの?」
「いや、ただの知的好奇心みたいな感じかな」
私もこんな物騒な魔法使う気はない。ただ、自分の先祖に精霊族がいるから気になっただけだ。
しかし何故かミウとエストにキラキラとした眼差しを向けられた。
「へえ。勉強熱心なんだね」
「やっぱり、オクトちゃんって凄い」
えーっと。どうしよう。
私が凄いって、どんな勘違いだ。魔法はアスタに及ばないし、カミュほど頭もよくない。ライみたいに武術もつよくないし……ヤバい。平凡すぎる。
キラキラした眼差しが、グサグサと心に突きささって痛い。騙しているつもりはないが、勘違いも騙しているに入るのか。嘘、大げさ、紛らわしいなんていう誇大広告は出していないつもりだけど。
「えっと、それで……ミウ達は何か借りに来たの?それともコンユウに会いに来た?」
否定しても、この話題からは逃げられず、余計にどつぼにはまりそうだったので、話題事体を変える事にした。
ちなみにコンユウは私から離れた席で本を読んでいる。私がそちらを見ると、盛大に舌打ちされた。……コンユウだって、ちらちらとこっちを見ていたくせに。
もっとも、私を見ていたというよりは、ミウやエストを見ていたんだろうけど。どうやらコンユウも私と同様で友達づくりが苦手らしい。実際私もコンユウがこの2人以外と仲良くしている姿を見た事はなかった。少し扱いにくい性格をしているので分からなくもないけど。
とりあえずそんなコンユウにとって大切な2人が、大嫌いな私と話しているのが気にくわないのだろう。もしくは私が居る所為で近寄れなくて、寂しいのか。
あれ?普段はとげとげしいのに寂しんぼうなんて、なんかちょっと可愛いなぁ。あれか。懐かない猫か。
猫耳を付けたコンユウを思い浮かべると、少しほのぼのした。
「違うよ。今日はオクトちゃんにお願いがあってきたの」
「お願い?私に?」
私でできる事ならいいのだが……なんだろう。
考えたが思い浮かばず、首を傾げた。カミュ達じゃあるまいし、それほど無茶ぶりはされなさそうだけど。
「あのね。私達が作った、オクトちゃんのファンクラブを、正式に認めて欲しいの」
……へ?ふぁんくらぶ?