18-3話
私は犯人の位置をそっと木の陰から確認した。
どうやら、本を盗んだ人は3人いるようだ。体格からして、大人の男のようである。遠いのでよく見えないが、ローブを着ているので、魔法使いか魔術師だろう。
「オクトさん、できそう?」
「風と水の魔法だけだから、後少し。それよりカミュは描かなくていいの?」
本をとり返す為にカミュが先ほど練った作戦には、私とカミュの魔法の成功が不可欠だ。頭の中に思い浮かべて魔法を使う事がまだ苦手な私は、カミュが召喚魔法で取り寄せてくれた紙に魔法陣を描く。幸い魔法陣を描く事だけは、アスタのスパルタ教育のおかげで得意になった。
「僕のはそれほど難しくないし、何度か使った事がある魔法だからね。それより、やってほしいと頼んでおいてなんだけど、本来ならその魔法は何人もの水属性の魔法使いが集まって起こすんだよね。本当に大丈夫?」
「無理だと思うなら、初めから頼むな」
「いやー、何だかオクトさんに対しては言ったもの勝ちな気がして」
気がしてじゃない。
私は力なくため息をついた。ヒトの事何だと思ってるんだ。
「……一から水魔法だけで作ろうとすれば、手間も魔力もかかるけど、私が今作っている魔法陣は違うから大丈夫」
「どう違うんだい?それに雨を降らせるのに、風魔法を使うなんて初めて聞いたよ」
うん。私も今思いついた所だからね。たぶん教科書とかには載っていないと思う。
私は今、カミュが言う通り、雨をふらせようとしていたりする。
最初に雨を降らせて欲しいと無茶ぶりされた時は、無理に決まっていると思った。だってそうだろう。普通に考えて自然を操るとか、神様になれと言われているような話である。前世ではどこかの国が雨を降らせる為のロケットを打ち上げたとかなんとかあったような気がするが、それだってどう考えても国家レベルの話。雨女と呼ばれるヒトは居ても、個人的に雨を降らせたなんて聞いたこともない。
しかし少し考えて雨が降る原理と、少々魔法を使えば簡単だという事に気がついた。
「風魔法で雲を集めて、その中に水魔法で水を散布すれば雨は勝手に降るから。幸い今日は雲も多い。雲があるなら、それほど魔力も必要ないはず」
雲は水滴の塊だ。つまりその中にさらに水を増やしてやれば、水滴同士がくっついて地上に落ちてくる。そして地上に落ちてくる水滴こそ雨だ。
雲を造るところから始めれば大変な作業工程となるが、既存の物を使えば、後は簡単だ。特にこの国は水が不足している事もなく、湿度も十分にあるので、水は集めやすい。
「雲の中に水を散布すればって……オクトさんは不思議な事を知ってるね」
「それより、今気がついたけど、雨が降ったら本が大変な事になるんじゃ?」
誰から聞いたのかを聞きたそうな雰囲気だったので、私はすかさず話をそらした。私はいまだに、アスタにすら前世の記憶がある事を言えていない。アスタなら言ってもいいんじゃないかなと最近は思う様になったが、タイミングが見当たらないのでそのままだ。あえて言わなければいけないという事でもないし。
「大丈夫だよ。図書館の本は全て防水加工がしてあるから」
「……図書館の技術って何気に凄い」
GPS機能搭載な追跡板しかり、本が貸しだし許可なく持ちだされたと認知できる盗難防止機能しかりだ。私はそんなもの、図書館以外では一度として見た事がない。
「館長がいるからね。新しい情報や技術には目がないんだ。それに何といっても賢者だし。……オクトさん、そろそろどう?」
「ちょっと待って。今最終確認中」
私は間違いがないか慎重に確認をする。不発ならいいが、失敗して暴走なんかした日には目も当てられない。
しばらくしっかりと魔法陣を眺めてから、私は首を縦に動かした。
「大丈夫」
私は肺の中にある空気を全て吐き出し息を吸った。そして紙に手を置き集中する。幸いにも私は水属性と、風属性を持っていると判明したので、魔力から属性を消す作業がいらないのでありがたい。
自分の属性を使った魔法なら、授業でも練習したし大丈夫だ。
「風よ、私が示す場所へ移動せよ。水よ私が示す場所へ集まれ」
私の手を通って魔力が紙に注がれる。私の魔力はどうも大きいらしく、気を抜けば魔方陣に多く入り過ぎてしまうので、注ぎ込み過ぎないようにだけ気を付ける。
数秒置いて、風が吹いた。目指す場所は犯人の頭上。別に嵐を起こしているわけではないので、犯人も魔法が発動している事に気がついていないようだ。しかし空では徐々に雲が集まってくる。さらに水蒸気を多く含む事で厚みを増して、ドンドン色が黒く変色していく。
しばらくすると、ポツッと頬に冷たいものが落ちた。
「来た」
ポツポツっと地面に黒い染みができたと思うと、徐々にそれが増えていく。雨だ。
ザーザーと音がするほどの雨が降り始めると、犯人達はついていないやら、運が悪いなどと騒ぎ始めた。
「流石オクトさん」
「でも、ごめん。カミュまで濡れてしまった」
今の私の能力では、流石に犯人達の頭の上だけという狭い範囲で雨を降らせる事はできなかった。その為、近距離にいる私達も一緒にずぶ濡れだ。
よく考えればカミュは王子様。流石にこんな雑な扱いはマズイかもしれない。
「問題ないよ。それにほら犯人達が、木の方へ走っていく」
カミュが指差した方を見れば、犯人達が大きな木の傍へ走って行くところだった。カミュが作戦を練った通りだ。葉が生い茂った木の下に自然と犯人達は自然に集まった。
「木々よ。我が願いに応え、その根でかの者達を捕えよ」
カミュが魔法を発動させると、大きな木の根元から根っこが飛び出した。そして犯人達の足に絡みつく。何が起こったのか分からない犯人達は、各々悲鳴を上げながら、すっ転んだ。そしてさらに木の根に絡みつかれ、いつしか簀巻きにされたような格好になった。
……傍から見ていただけだが、まるで食虫植物にからめ捕られるような姿は、ちょっと怖かった。見た目はまるでモンスターに襲われたヒトである。脳内に『触手プレイ』という残念な言葉が浮かんだが、そんなエロリズムを含んだ動きではなかった。トラウマになりそうだ。
「オクトさんお疲れ様。じゃあ、本を回収しに行こうか」
えっ、アレに近づくのか。ちょっと嫌だなぁ。
カミュの魔法だとは分かっているのだが、どうにも根っこが生きているようにみえて仕方がない。気味が悪かったが、これは私の仕事だと言い聞かせて私は犯人達の方へ足を向けた。
「むぐー。むぐむぐーっ!」
私達が近づくと、犯人の一人が叫んだ。といっても、木の根が猿ぐつわがわりになって、言葉になっていなかったが。
「……魔法使い?」
そこに居たのは、ローブを着た獣人だった。先ほどまでフードをかぶっていたので分からなかったが、今は暴れた所為で頭から外れてしまっている。
「たぶん違うだろうね。ここまで走ってきたみたいだし。箒や転移魔法が使えない魔法使いという可能性もあるけど、獣人だしね」
わおっ。あの距離を走ったのか。獣人の体力半端ない。
「って、何で走ったって分かるの?」
「追跡板が示す動き方が、生垣とかをよけているようだったからね。空を飛んでいれば、よけるまでもなくその上を通過できるよ。転移魔法を使っているような動きでもなかったし。まあこの獣人達の裏に、魔法使いか魔術師が居るのは確かだけどね」
何で裏に魔法使いや魔術師がいるのだろうと思ったが、すぐに追跡板の魔法を解除された事を思い出した。確かに魔法使いでない獣人が、簡単に解除できる物ではないだろう。
「お金で雇われたんだろうけど、残念だったね。中立の場である図書館に手を出すなんて。自分の無知を嘆くといいよ」
にこりとカミュは犯人達に笑みを向けたが、目が笑っていない為、恐怖しか与えない。きっと人形のように作り物めいた顔をしているのから、余計に不気味に見えるのだろう。
それにしても、図書館ってそんな凄い機関だっけ?
少なくとも私が知っている前世の図書館は、中立の場とかそういうものは全くなく、ただの公共機関だ。誰でも本が読めるが、手を出した事を嘆かなければならないような場所ではなかったと思う。もちろん、盗みをすれば警察につき出されるが、そんなものどんなお店でも同じだ。
「まあ後は、館長に任せるとして。どうやって運ぼうか」
「えっと、カミュが犯人を連れて転移するとか?」
「根っこを巻き付けた状態だとちょっと難しいかな。もしかしたら失敗して、手足がちぎれるかもしれないし。手足ならいいけど、首がもげたら喋れないしねぇ――」
「止めて。それ、喋れない云々の話じゃないから」
グロテスクな姿が頭に浮かんで気分が悪くなった。いまだに箒酔いが治ってないというのに。
カミュの話を聞いて私は血の気が引いたが、犯人も同じかそれ以上だったようだ。顔色が悪い。もっとも、一人は獣の部分が多く、顔が毛皮でおおわれているので、顔色なんて分からないけれど。でも明らかに顔が硬直している。
「まあでも、その方が幸せかもね。図書館の尋問はキツイよ。僕なんかより、ずっと拷問に精通しているから。知っているかい?あの図書館、拷問関係の本が多いんだよね」
カミュが笑うたびに、犯人達が死にそうな顔色になっていく。ここまで来てようやく、私もカミュの意図が読めた。多分、図書館に帰ってからすぐに裏に居るヒトの名前を吐くように仕向けているのだろう。
図書館の拷問関係の本は確かに多いが、他の本だって多い。比率だけでみれば、拷問関係の本は他国にある図書館とさほど変わらないはずだ。嘘は言っていないが、凄く勘違いしやすい言いまわしだ。……流石過ぎる。
「どうしよう。そろそろ日が落ちそう」
早い所、移動しなければ。
方法としては、カミュが転移して先輩達をここに呼んでくるか、犯人達を簀巻きにしたまま運ぶかだが、どう見ても私やカミュで運べないサイズだ。これを運べって、何て無茶ぶり。
そもそも盗まれた本を取り戻せなんてミッション、想定外である。文系なお仕事なはずなのに、どうしてこんなに体力勝負なのか。
「本当だね。ああ、でも。この時間なら、もうすぐ助けが来るかな?文句も言われそうだけど」
助け?
ライと約束でもしたのだろうか?でも流石にカミュがこんな所に居るなんて思わないだろう。本当にこんな場所に来るだろうか。
「助けって――」
「オクト、どういう事だい?」
不意に声がして、助けに来ると言った相手が、ライではない事にすぐに気がついた。あー……。そういえば、すでに私の図書館のバイト時間は終了している。
「野獣がいる場所で、こんなびしょ濡れになるなんて。ちょっと警戒心が足りないよ」
ですよね。
というか、この森、野生の獣がいるんだ。森の熊さんとかに会わなくて良かった。たぶん大好物が蜂蜜だけという事はないだろう。でも不機嫌丸出しな声は聞きたくなかったなぁ。色んな思いが混ざったまま振り向けば、思った通りのヒトが居た。
「えっと、アスタごめん。実はまだ帰る準備ができていなくて」
学校に通うようになってから、アスタは少し心配性である。
アスタに上着をかぶせられながら、私は事件解決したと同時に次の厄介事――アスタの機嫌直し――ができた事を理解し、気が重くなった。
図書館業務って重労働過ぎるだろう。……特別手当とかってないのかなっと、私はしばし現実逃避した。