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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
学生編
53/144

18-2話

「~~~~~~っ!!」

 喉の奥で声にならない悲鳴を上げた。

 高い。そして、早い。足元には支えがなにもないし、不安定すぎる。必死に細い箒の柄を握りしめるが、体が安定しない。何だこれ。


 私は人生初、箒に乗車を果たしていた。ちなみにカミュとの2人乗り。感想はとりあえず、二度と乗りたくないだろうか。

 眼がうるみまわりがぼやけるのは、冷たい風が目にあたって痛いからだけではないと思う。

 誰だ初めに箒なんかで飛ぼうと思った奴はっ!数ある形の中で、何故そんなバランスの悪いのに決めたんだ。もっと他に機能性や安全性が高くて、落下しづらいものが色々あっただろうに。見た目重視の可愛い魔女っ娘は、2次元で十分だ。

 

「オクトさん。柄に掴まるより、僕につかまった方が安定すると思うよ」

 安定云々というが、この状況でカミュにつかまるにはまず柄から手を放す必要がある。そんなのできるはずもない。

「む、無理っ!!」

 下を見れば、地面がとても遠くて頭がくらくらする。手放しなんて自殺行為だ。


「オクトさんにも、苦手なものがあったんだ。そういえば、図書館で梯子に登る時も恐る恐るだったもんねぇ」

 しみじみとカミュが言うが、そんなの当たり前だ。苦手なものがないヒトなんているはずもない。しかしそんな事を訴える余裕もなかった。

 胃が引っくり返るぐらいの気持ち悪さと闘いながら、必死に柄にしがみつく。


「ひうっ」

 突然急降下して、私の口から悲鳴が漏れる。ジェットコースターにでも乗ったような、浮遊感に心臓が飛び出るかと思った。こんな危険で心臓に悪い乗り物、身長制限又は年齢制限を付けて欲しい。もしあったら、絶対私は乗らなくてすんだはずだ。


「か、か、カミュ。お願いだから……っ。もう少し……ゆっくり飛んで」

 本を盗んだ犯人を捕まえなければいけないので、ゆっくり移動している場合ではないとは分かっている。しかし理想と現実は違うのだ。このままでは、私の人生がたった8年で幕を閉じてしまう。ちなみに死因は心不全か、手汗で箒の柄をつかみ損ねて落下するかの2択だ。残念過ぎる。


「だから箒の柄を掴んでないで、僕の腰に手を回せばいいのに」

「今手を放したら……死ぬっ!!」

 このやろう人事だと思いやがって。

 私は半泣き状態で叫んだ。

「ちなみに2人乗りで一番多い事故は、後ろ側に座る人の落下らしいよ。乗り方の問題で、後ろ側のヒトが柄を掴んで乗っていたのが原因だって」

 そんなもの、飛ぶ前に言えっ!!

 怒りたいが、歯がガチガチとなって言葉にならない。ああ、早く犯人が見つからないだろうか。地面が恋しくてたまらなかった。


「ほら、オクトさん」

 カミュは後ろを振り向くと、片手で私の腕を掴んだ。

「ま、前!前見てっ!!」

 空を飛んでいるといっても建物より上を飛んでいるわけではない。ぶつかったら大変だ。わき運転なんて駄目に決まっている。

「うん。見たいから、早く」

 ちくしょう。

 私はなけなしの勇気を振り絞って片手を放した。カミュに引っ張られるまま、腕を腰にまわすと、私は急いで反対の手もまわす。

 確かに柄を使っている時よりは安定したが、手を放した一瞬は生きた心地がしなかった。


「よくできました」

「……覚えていろ」

 絶対私で遊んでやがる。

 どうせ犯人を捕まえる気はないのだろう。すでに先輩達が追いかけているので、必要人員ではないのも確かだ。だからって、人の嫌がる事を楽しむなんて何処の子供だ――あ、実際子供か。そういえばカミュはまだ15歳。日本で言う中学生から高校生くらいだ。見た目はそれよりももっと幼い。

 ただ普段の言動がおおよそ子供らしくないだけなのだ。でも、それとこれとは話が別。

 

「女の子がそんな汚い言葉づかいをしてはいけないと思うよ」

「混ぜモノにっ……女の子を求めるな」

「何で?」

「何でって……とにかく、前を見ろ!!」

 くそう。カミュには何か苦手なものはないのだろうか。

 喋ってくるのはいいが途中で振り向くな。自分だけ怖い思いをさせられるなんて、本当に割に合わない。


「大丈夫だって」

「その根拠は……ぎゃうぅぅぅぅ」

 突然急降下して、私は叫ぶ。カミュの腰にまわした手に力を入れる。苦しくないかとか、気遣う余裕などまったくない。むしろ苦しめ。

「ああ。ごめん。ほら追跡板がこの辺りを指示しているからさ」

 そういって、カミュは板チョコサイズの石板を振った。

 

 追跡板とは、文字通り図書館の本がどこにあるかを教えてくれる道具だ。図書館を出る前に初めて先輩から渡されたが、カミュに使い方を説明してもらって、私はGPS機能のような魔法がかかっているのだと理解した。ピコン、ピコンと盗まれた本の場所が赤く点滅し、自分達が白い点で表わされている。

 たぶん間違いなく、かなりハイテクな部類の道具だと思う。流石に衛星とかではないと思うけれど、アスタなら原理が分かるだろうか。


 しばらくすると、箒は高度を下げ、私の足はようやく愛しの地面についた。

「オクトさんお疲れ様」

 カミュに声をかけられ、箒から下りたが、何だかまだ乗っているようにふわふわする。でもよかった。まだ生きている。

「……何処、ここ」

 下りた場所は、森のように木々が生えていた。私が普段使っている校舎の周りとは雰囲気が違う。まわりを見渡したところで、遠くに塔が見えた。かなり遠くまで来たようだ。


「たしか魔法薬学部の近くだよ。この森で薬草採取をしたり新しい薬草の開発を行っているはずだから」

「へえ」

 ここが魔法薬学部の敷地なのか。

 将来はここまで一人で来なければいけないとなると、絶対転移魔法を取得する必要がある。箒に乗って移動するぐらいならば、死に物狂いで覚えよう。もしくは誰か自転車を開発してくれないだろうか。絶対そっちの方が安全だ。


「本はこっちにあるみたいだね」

 私はカミュについて、森の中へ足を入れた。

 一応道のようなものはあるが、あまり舗装されているという感じでもない。まだ日が沈んでないからいいものの、夜に迷いこんだら遭難してしまいそうだ。

 心臓発作に転落死に遭難。ついでにウエルダンな危機。なんてデンジャラスな学校だろう。PTAとかで問題にならないのだろうか。そもそもPTAはあるのか?謎だ。


 しばらく歩くとヒトの気配を感じた。先輩だろうか?

 ヒトの気配がする方へ向かおうとしたが、カミュは私の手を引っ張り引き寄せると、木の陰に隠れた。ん?

「どうやら僕達が一番乗りみたいだね」

 マジですか。

 カミュに追跡板や箒の使い方を聞いていたので、誰よりも出発が遅いはずなのに。


「移動している方角から逃げ込めそうな場所を考えて、先回りをした甲斐があったね」

「ないよ。先輩がいないのにどうする。……とりあえず先輩が来るまで尾行?」

 なんでよりにもよって、一番役立たずな新人が一番乗りしているんだ。まあ見つからないよりはマシだとは思うけれど。

 

「あー、それなんだけど。追跡板の機能解除をされたみたい。先輩達はまだまだ来ないかも」

 ぽんとカミュが手渡してきた板には、私達の位置を示す白い点しか表示されていなかった。おいおいおい。

 果たして何人の先輩が、この場所を見つけてくれるだろうか。できれば日があるうちにお願いしたいが、すでに日は傾いてきている。

 暗くなったら追跡どころではなく、私達が遭難の危機だ。


「こうなったら、僕達で捕まえるしかないかな?」

 

 さらりと言われた言葉に私は固まる。簡単に言うなと言いたくなったが、その選択が間違っていない事も確かだ。

 まさかカミュが無駄にできる子な所為でこんな目に合うとは。図書館業務なんて、普通に考えて危険はないはずなのに。平凡な能力しかない私は、次回からはカミュの力は借りないでおこうと誓った。 



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