18-1話 体力勝負な図書館業務
えっと、植物図鑑コーナー、植物図鑑コーナーと。
あった、あった。
「よっと」
私は持っている本を一度置くと、梯子を登り、『食べられる毒草図鑑』を元の場所へ戻した。
食べられるのか食べられないのかツッコミを入れたくなる題名だが、好奇心よりまず仕事である。結構高いので下は見ないようにしてゆっくりと降りた。
「結構慣れたみたいだね」
「おかげさまで」
私は地面に足がついた所で、図書館へやってきたカミュに肩をすくめてみせた。今日は珍しくライと一緒じゃないらしい。
私が図書館でアルバイトを始めてから、結構経った。
館長に誘われた時はどうしようか迷ったが、自分自身図書館を使いたかったのと、アスタがあっさりとOKをだした事から引き受ける事にした。不安も大きかったが、とりあえずは何とかなっている。
ただし、あまり重たいものは、腕力的な問題で少しずつしか持ち運べないので、私は誰よりも本を棚に戻すのに時間がかかってしまっていた。最近ようやく返却場所が頭に入ったので、少しは早くなっていると思いたいところだ。
「アスタリスク魔術師は何も言っていない?」
「うん。怖いぐらいに図書館の事には触れてこない。……あの館長何者?」
「500年は生きているって噂だけど、どうなんだろうね」
うん。本当にどうなんだろう。
エルフとか魔族とか長生きだが、それでも500というのは凄い数字だ。前世の記憶だと、爺を通り越して白骨の域である。でもアスタを鼻たれ小僧扱いするし、あながち嘘とも言い切れない。
もふもふ過ぎて、皺とかがほとんど見えないからなんとも言えないが……そもそも、何の種族何だろう。今度聞いてみようか。
私はもう一度本を持ち上げると、次の場所へ移動する。今度は隣の種族コーナーだ。
他のヒトより仕事が遅いので、無駄口を叩いている時間はない。新人たるもの、誰よりも動かなくては虐められてしまう。
「本持つよ」
「大丈夫。これぐらいなら運べる量だから」
図書館は広いが、読まれる本というのも限られていた。一番読まれるのは、一般書籍系で、次に魔法関係の本。その次が今返却している図鑑系だ。希少価値が高く、一番多く集積されている古文系は、ほぼ読まれないし、貸し出し自体が不可なものが多い。
その為、馬鹿みたいに高い塔だが、読まれる種類は似通ってくるので、頂上から地下まで移動させられる事はまずなかった。それにそもそも私は同じ階にあるもの同士しか一緒に持ち運ばないようにしているので、移動距離はとても短い。これぐらいは運べる。
「オクトさんは真面目だね。少しぐらい頼ってくれてもいいのに」
「真面目で堅実な方が、人生上手くいく」
アリとキリギリスしかり、ウサギとカメしかり。私は器用な方ではないので、どう考えても地味にコツコツやっていかなければ失敗するタイプだ。真面目が一番だ。
それにカミュに借りを作るなんて、怖すぎる。友人だと思ってはいるが、貸し借りはしっかり覚えていそうだ。カミュのご利用は計画的に。
「それって疲れない?」
「いや。むしろカミュの生き方の方が疲れると思う」
友人だろうと何だろうと、使えるものは使うし、利用するものは利用する。悪くはないが、私はごめんだ。時間はかかっても、自分でやった方が楽である。後で誰かに恨まれたりされるのは、余計に面倒だと思うのだが……。
種族コーナーまで来た私は、本を持ったまま梯子を登った。今度の本は『種族図鑑』『精霊魔法』『エルフ族の衣食住』だ。
「……精霊魔法?」
なんだそれ。
初めて聞く言葉に私は興味を引かれた。
もしかして精霊族特有の魔法か何かだろうか?以前、精霊族は魔力の塊だという話を聞いた事がある。だとすると、何か特殊スキルとか持っていてもおかしくない。
私も精霊族の血を1/4はついでいるわけだし、もしかして使えるだろうか。
……ちょっと後で読んでみよう。今後の生活で使えるような便利な魔法ならありがたい。
2冊だけを返して、私は梯子をゆっくりと降りる。空間利用の為、書棚が高くなっても仕方がないとは分かっているが、もう少し低く作って欲しいものだ。
「そう言えば。私に何か用事?」
地面が近くなり、下を向けば、梯子の隣でカミュが待っていた。そういえばこのフロアは、偶然会うような場所でもないし、もしかしたら私の事を探していたのかもしてない。
しかしカミュは私の質問に答えることなくどこかぼんやりとしていた。どうしたのだろう。
「カミュ?」
「えっ。あ、ごめん。何だった?」
「何は、こっちのセリフ。用事があるんじゃないの?」
大丈夫だろうか。
私はカミュの顔を覗き込んだ。薄暗いので分かりにくいが、少し顔色が悪いようにもみえる。
「調子悪いなら、帰った方がいい」
「少し考え事していただけだから、なんでもないよ。えっと、特に用事があるわけじゃないけど、オクトさんの仕事を応援したいなと思って見に来たんだ」
うん。嘘くさい。
私の仕事の様子は見てもなんにも楽しくないし、そもそも応援されるような内容でもない。私の目が自然とジト目になってしまうのを止める事はできなかった。今度は何を企んでいるのだろう。
「ちょっと、その目は酷いなぁ。本当だって」
「はいはい」
私はおざなりに返事をして、階段へ向かった。まだ仕事は終わっていないのだ。カミュの酔狂につき合ってられない。
「そう言えば。なんの本を持っているんだい?」
カミュは私の態度を気にした様子もなくついてきた。……暇人め。
「精霊魔法の本。少し気になるから、後で読もうかと」
「精霊魔法?なんでまたそんな物騒なものを」
えーっと、……物騒なんだ。
自分に関わりがありそうな題名だから持ってきてしまったが。物騒な内容では、あまり使えないかもしれない。
「えっと。物騒という事を知らないから持ってきたというか……。カミュは精霊魔法の事を知っているの?」
「そっか。オクトさんはまだ知らないのか。精霊魔法というのはね――」
ビービービー。
「何?」
突然けたたましい警戒音がなって、私は立ち止まった。
この音は凄く聞き覚えがある。確か入学試験の時に聞いた音と同じだ。もしやまた?!
私はすぐにどうとでも動けるように身構える。
『貸出許可の下りていない本が塔の外へ出ました。職員はただちに、追跡しなさい。繰り返します。貸出許可の下りていない本が塔の外へ出ました。職員はただちに、追跡しなさい』
続いて鳴り響いた放送は、想像していた魔力暴走を示すものではなかった。……良かった。
私は肩の力を抜く。またウエルダンにされるのかと思った。
「盗難があったみたいだね。ご愁傷さまかな」
「いや。まだ盗難って決まったわけじゃないと思う。それに例え盗難でも追いかけているわけだから、見つかるかも」
もしかしたら貸しだし手続きが上手くいかなくて、誤報という事もありえる。誤報でなくても、これだけけたたましい警報がなっているのだ。犯人が捕まるのも時間の問題だろう。
それなのにご愁傷さまとは、気の早い事だ。
「見つかるから、ご愁傷さまなんだよ」
ん?
どうやらご愁傷さまと言っている相手が、私が思っているのと違うようだ。
「ご愁傷さまは職員じゃなく?」
「まさか。もちろん、犯人がだよ。図書館の物を狙うなんてよっぽど馬鹿なんだろうね」
えーっと。どうなんだろう。
ここの図書館は希少価値の高い書物も多いし、盗めば結構いい金になるとは思うのだが。そんなに防犯システムが高いのだろうか。
「ちょっと、混ぜモノちゃん。そんなところで油を売っていないで、貴方も早く本を追いかけなさい」
「へ?」
カミュと喋りながら階段を下りていると、上から下りてきた先輩に注意された。えっ、私も追いかけるんですか?
「ほら早く、早く」
急かされて、私は走る様に階段を下りた。しかし追いかけるといっても、どうやって?どんな犯人なのか見ていないので、探しようがない。私は漫画や小説にでてくるような探偵ではないので、残された痕跡から犯人を見つけるとか無理だ。ちなみに推理小説は、ストーリーを楽しむものだと思っている。
体は子供、頭脳は大人なつもりだけど――もちろん前世の記憶をプラスしたと仮定した上でだ――、大人が皆頭がいいとか思っちゃいけない。大半の大人の頭脳は平凡である。
「あの、先輩。追いかけたくても、犯人が分からないです」
一階まで降りたところで、私は正直な事を伝えた。何か特徴とかあるのだろうか。なければちょっと難しい。
「あれ?館長、まだ説明していなかったんだ。はい、これが追跡板で、こっちが箒。使い方は分かる?」
いえいえ。分かりません。
手渡された板チョコサイズの石板と箒を片手に、私は首を振った。後者はたぶん掃除をする為のものではなく、ファンタジーな事をする為のものだという事は分かるが、まだ1度として使った事がない。
「そっちの君は?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、後はお願いするわ。しっかりと教えてあげてね。私は先に行くから」
いやいや。カミュは図書館とは無関係な一般学生ですよ。
そう思ったが伝える間もなく、先輩は栗色の髪をなびかせながら、走って行ってしまった。まるで嵐のようなヒトだ。
えっと……どうしようか。
あまりの展開の早さについていけず、私は竹ぼうきを抱えながら、茫然と先輩を見送った。