1-3話
噴水がある広場は、確かに人は多かった。
いい憩いの場であり、旅行者にとっては観光の名所なのだろう。広場は噴水を中心に円形になっており、下のタイルが魔法陣のような幾何学模様となっている。原理は分からないが、この噴水は魔法が関わっており、シンボルのようなものになっているのだろう。
周りには出店もあり、とてもにぎわっている。……ただし、私の周り以外では。
「どうみても避けられてるよね」
噴水に腰かけた私の周りには、誰もいない。さっきまでは確かに獣人族のカップル達がイチャイチャしていたはずなのに。
私はクロと半分にしたビラをパラパラめくりながらため息をついた。さっきから一枚も配れていないビラが憎い。それにしても混ぜモノってのはどれだけ嫌われているのだろう。特にスリをしようとかそんな邪念は一切ないのに、近づけば逃げられ、普通に歩いているだけで大きく避けられる。
まだ一座の方がマシだ。少なくとも蜘蛛の子散らすように私から逃げる事はない。
「結構かわいらしい外見してると思うんだけどなぁ」
噴水が止まるタイミングで中を覗けば、蜜色の髪をおかっぱくらいに切りそろえた子供が水に映った。耳は獣人族のように大きく、エルフのように先がとがっていてぬいぐるみのようだ。青色の瞳は大きく、その所為で人形のように見えた。右目の目じりにある青黒い色をした痣さえなければ、自惚れではなくマジで美少女を自称したっていいと思う。
外見は幼気な幼児なのに、混ぜモノってだけで避けられるって、世知辛い世の中だ。でも石とかをぶつけられるわけではないし、イジメレベルで考えれば、まだいい方かもしれないと自分を慰めてみる。
「オクト、なにさぼってるんだよ」
ぼんやりと再び噴き出した噴水を見つめていると、クロが腰に手をやって私を睨みつけてきた。自分だけ働かされていたのだから怒るのはわかる。
と、言われてもなぁ。
「受けとって貰えないから」
「あっ……」
クロはすぐに理由に思い当ったらしく、顔を歪めた。それは同情するものでもはなく、悔しそうな表情だった。
「オクトはこんなにかわいいのに」
うん。それは将来、本気で好きになった人に言おうね。たぶん母親が影響していると分かってはいるのだが、私としてはクロがフェミニストどころではなく、タラシに成長しないか心配だ。
「クロはどう?」
「オレもほとんどもらってもらえなかった」
クロの手の中にもまだまだビラは残っていた。結構、広い広場だ。人がこっちによって来てくれない限り、配るのは大変だろう。
そこでふと私は気がついた。
……そうか。寄って来てもらえばいいのか。
「クロ、今から私がいう言葉を大きな声で言って」
私はクロの耳元に口を近づけると、こっそりと今思いついた事を伝えた。まわりに人がいないのだから普通に喋ったって構わないだろうけど、なんとなく打ち合わせはこっそりした方が仕事っぽい。
それに仕事と割り切らなければ、これからする事は凄く目立つので恥ずかしいのだ。
「わかった。でも、オクトはへいき?」
「うん。早く終わらせよう」
気遣うクロに、私は頷くとビラをすべてクロに渡した。
そして私は体から力を抜き、目を閉じる。大丈夫。できるはず。というかやるしかない。
「さあさあ、みなさん、おたちあい。ごようといそぎでないかたは、きいといで」
子供っぽくないクロの口調に、人がいっせいにこっちを見たのが気配で分かった。
「とおでのやまごしかさのうち、きかざるときはものの黒白、ぜんあくがとんとわからない」
こちらへやってくる足音が聞こえ、私の耳が震える。
「さておたちあい。ここにすわるは、あわれなまぜモノのむすめ」
ドキドキと心臓が五月蠅いが、まだ動かない。できるだけ人形のように見えるように表情を出さないように気をつける。
「まぜモノともうしましても、ただのまぜモノとはちがう。母がしぬまでことばをはなせず、母がしんでもその口からでるは、いかいのうたのみ。せんのうたをしろうと、なにもわからぬにんぎょうのうた。しかしなぜだかみみにここちよい。さーて、おたちあい。さいごのこうえんせまる、『グリム一座』!ほんじつしゅっちょうこうえんだっ!」
よく言った。
クロにお願いした言葉は長い上に喋りにくいものだったはずだ。それでもクロは一言一句間違えず喋りきった。ここから先は私の仕事だ。
ぱっと目を開ける。思った以上にまわりに人の輪が出来ていた。しかしそれが何なのか分からないといったように、私は表情を動かさないように気をつける。そして息を吸った。
『あああああああああ』
私は精霊譲りの透き通るような声を披露した。内容は合唱コンクールレベルの歌だけど。若干覚えていない部分はハミングで誤魔化しである。きっと聞いたこともない言葉は、神秘的に聞こえるだろう。
特にこの世界は魔法がある為か、電気というものがなく、テレビどころかラジオもない。またCDやカセットテープどころか、レコードすら発明されていなかった。つまり娯楽というものが生演奏のみなのだ。そしてそれが聞ける場所は限られている。無料で変わった歌、しかもきれいな音色で聞けるなら、ホイホイ人が集まってくるはずだ。
案の定、歌が聞こえ始めると、どんどん人が集まってきた。そこへすかさずクロが、ビラを配っていく。これなら、ビラがはけるのも早いだろう。
それにしても、千の歌は言いすぎたなと少し反省する。合唱コンクールの歌意外には、流行りの歌や童謡、それらがなくなると、アニソンや、本家本元歌う人形の歌しか知らない。ネギを振り回す人形の歌は中毒性はあるが、どうなんだろう。人前で熱唱すべき歌だろうか?
いやでもそれはアニソンも同様だ。超能力者や宇宙人、未来人と友人の少女の歌はまだいいとしても、オタクな女の子が織りなすアニメの歌は、ちょっとアレだ。テンション高すぎてあまり手を出したくない。……というより、それを完璧に覚えている前世の自分に絶望しそうだ。うん、前世は前世。深く考えてはいけない。
『どーかとうしてくだしゃんせ。御用のないものとおさせぬー』
段々アニソンORボーカロイドの歌に近づいてきたぞという辺りで、クロの持っているビラは全てはけた。その事にほっとする。良かった。本当に、良かった。
「では、しゅっちょうこうえんは、ここでおわります。かのじょのうたがきになるかたは、ぜひ『グリム一座』までおこし下さい」
ぺこりとクロがお辞儀をしたところで、私も歌うのを止めた。
久々に大きな声を出し続けたので喉が痛い。しかしそれをおくびにも出さず、私は再び噴水に腰かけ目を閉じた。ゼンマイが切れてしまった人形をイメージして体の力を抜く。
しばらくがやがやしていたが、それでも徐々に人の気配がなくなっていく。動かなくなってしまえば、何にも面白くないし、私は混ぜモノだ。人がいなくなるのは早いだろう。ほとんど人気がなくなったところで、私は目を開いた。
パチパチパチ。
突然拍手がなって、私は目を瞬かせた。
「凄いね。楽しかったよ、ありがとう」
キャベツのような緑の髪をした少年がにっこりと笑いかける。どうしていいのか分からず、私は曖昧に笑った。混ぜモノに笑いかけるなんて、変な奴だ。
「是非公演を見に行かせてもらうね」
その言葉に、私は頭を下げる。クロに話させた設定だと、私は歌以外話せないことになっている。まだお客がいる以上、その設定を崩すわけにはいかない。
少年は動かない私の近くまで歩み寄ってきた。近くで見ると瞳も同じく、キャベツのような色をしている。顔はパーツの一つ一つが整っており、まるでファンタジーの権現のような美少年だとぼんやり思う。
「でも異界の歌はあまり披露しない方がいいよ。悪い人に捕まっちゃうから」
耳元でささやかれた言葉にどきりとする。私が危うく声を出しかけた所で、クロが私と少年の間に入った。
「おきゃくさま。つぎはいちざのぶたいでのこうえんがありますので、ぜひきてください」
「うん、そうさせてもらう。じゃあね、ドールちゃん」
少年は手を振ると、さっとその身をひるがえした。
一体なんだったのだろう。……年齢の割に落ち着いているし、言葉も綺麗な発音だ。なまりを感じられない。お忍びできた貴族かなにかだろうか。
それにしても疲れた。
私は、今度は演技なしでぐったりと噴水にもたれた。
「オクト。すごいぞ。ぜんぶなくなった」
「うん」
興奮気味なクロに、私は相槌を打つ。それにしても、ここまで上手くいくとは思わなかった。私はほっと息をはく。
それと同時に先ほどの声をかけてきた少年が脳裏に浮かんだ。彼は何故、あの歌が異界の歌だと信じたのだろう。それとも少年の言葉は演技と思った上での冗談だろうか。
まあ関係ないか。私は気を取り直すと、いまだ興奮気味話すクロに手を伸ばした。
折角町に出てきたのに、このままじっとしているのは、時間が惜しい。
「異界屋にいこう?」