17‐1話 問答無用な嫌われ方
「お嬢、そりゃないですよぉ」
「駄目。ロベルトの為」
子爵邸に響き渡った情けない声に、私は穏やかに、でもきっぱりと断った。
「休肝日はあった方がいい。いくらお酒に強い人種でも、毎日山ほど飲むのは、肝臓への負担がかかるから」
「嘘を言わないで下さいよ。あれですね。アスタリスク様にお酒を飲ませちまったのをまだ根に持っているんですね」
「まさか」
その通りです。
でも嘘は言っていない。お酒の飲み過ぎは、肝臓に悪いなんて事は、現代日本では常識だ。まあ分かっちゃいるけど止められないのがお酒でもあるんだけど。
「失礼な事を言わないで、ロベルト。オクトお嬢様が嘘を言うはずないじゃないの」
「ペルーラ、お前は騙されている!相手はアスタリスク様の娘だぞ。そもそも、お前、俺の事売りやがって」
「お嬢様が心痛めてるんだから、調べるのは当然でしょう?ねー、オクトお嬢様」
「あ、うん」
キラキラした眼差しを受けて、今心が痛んだ。
アスタがお酒に酔って私の部屋で沈没した翌日、私はペルーラに誰がアスタにお酒を飲ませたのか調べるようお願いした。お酒に弱いアスタには体に毒なのだと伝えた上で。その結果、ロベルトがお酒を出しっぱなしにした事が判明。
子供もいる家なんだから、もう少し物の管理はしっかりしてほしい所だ。まあ子供がいると言っても、私の事なんだけど。
「えーっと、私もずっとお酒を飲んではダメとは言わないよ。ただこれから1週間お酒断ちをして、その後は、定期的に休みの日を作るといいと思う。ロベルトの体の為にも。……駄目かな?」
「駄目なはずありません。お酒は全部私が回収しておきますね!」
「ペルーラ、それだけはあぁぁぁ!!」
バタバタと走って外に出ていたペルーラの後をロベルトが追いかけていった。ペルーラは鼻がよく聞くので、全部見つけられるのは時間の問題だろう。
よし。ロベルトのお仕置きはこれくらいでいいか。これからは没収されないように、勝手に厳重管理してくれるだろう。そうすれば、アスタが誤って酒を飲んでしまう事もない。
「オクト、終わったかい?」
「うん。お待たせ」
学校へ行く前にちょっとロベルトに指導するにあたって、アスタに待ってもらっていた。申し訳ないが、朝指導しておけば帰ってきたころには酒がしまわれているはずなのでタイミングが丁度いいのだ。
「オクトは使用人達とずいぶんと仲良くなったね」
「んー……」
魔法の実技勉強を始めてから子爵邸にはちょくちょく顔を出すようになったし、最近は連続滞在しているのだから慣れたには慣れた。
それに子爵邸には元々私に対してかなり好意的なペルーラがいる。これで仲良くなれなければ、色々人間性的に問題あるだろう。
「慣れたけど、アスタと2人暮らしの方が気楽かな」
別にロベルト達が嫌いというわけではない。むしろ混ぜモノな私の面倒をみてくれているのだから、嫌っては罰が当たる。でも気楽かどうかはまた別だ。
伯爵邸よりも決まりが緩いのだけれど、それでもある程度はピシッとしておかなければという感覚がある。一応貴族なのだし、その判断は間違ってはいないだろう。ただ疲れるだけで。その点宿舎の方は、アスタしかいないし気ままだ。服だって絶対ドレスを着なければならないわけではない。
「うん、そっか。……そっか、そっか」
しきりに頷きながら、何故かアスタは私の頭をくしゃくしゃにした。意味が分からないが、アスタの機嫌はよさそうだ。機嫌がいいなら、まあいいか。そんな事より――。
「アスタ、学校にいこう?」
でないと、流石にそろそろ遅刻する。
◇◆◇◆◇
学校に数日通ったが、学校の方もいたって平和に時間が流れている。初日にカミュやライに脅されたのでどうなる事かと思ったが、拍子抜けするぐらい何もなかった。
誰かと仲良くなった事もないが、虐めもない。カミュ達も暗躍するために常時授業をさぼったりするのかと思ったが、普通に出席している。
「いや、オクトさん。僕たちも授業に出ないと進級できないから」
「いつもサボっているわけじゃねぇって」
「……ダブってるじゃん」
「俺らにも色々あるんだよ」
今は実践魔法学の授業で、2種類の魔法陣の設計をして、それを発動させる練習をしている。アスタに教えてもらった事とそれほど変わらないおかげで、早々に終わった。どうやら私は風以外に水の属性も持っていたようで、2種類というのはそれほど手間取らなかった。……何だか洗濯に便利そうな能力だ。
とりあえず、同じく早く終わったカミュと私はする事もないので、雑談している。ちなみにライはいまだに設計が終わっていない。
パシンッ
「いってぇ」
「ライ。口を動かさずに手を動かしなさい」
サボっている事がバレたライは、教師にハリセンで叩かれた。……なんでやねん。
教師が持っている道具にこっちがツッコミを入れたくなるが、誰もツッコミを入れない。どうやら、普通の光景らしい。私も空気を読んでとりあえず黙認している。
厚紙でできているし、きっと異界から伝わってきたとか、そんな所だろう。……使い方も間違ってはいないけれど、日常生活で使うものではなかったよなっと思ってしまう。
「こんなの道具を使えばいいじゃん」
「基本を知らなければ、道具も上手く扱えませんよ。ほらまだ終わってない者は頑張りなさい」
ちょび髭教師は、さらりとライの意見を却下すると、パンパンと手を叩いた。
授業は担任が全て行うのではなく、それぞれの担当分野を講義する形式だ。なのでこのちょび髭は別に副担任というわけではない。ちなみに担任であり、私の兄でもあるヘキサは、数学を受け持っている。
「ライ、頑張らないと、オクトさんの手作りケーキはなしだよ」
「うぅぅぅ、カミュの鬼っ!!」
「……何で初めから食べる予定になってるのさ」
まあ、あるんだけどね。
習慣というものは怖いもので、私は普通にカミュ達の分も用意していた。それに今日作ったマフィンは1個作るのも、3個作るのもそれほど大差ない。
「だって用意してくれているんでしょう?」
「まあね」
ここでお前らの為じゃないとか言えばツンデレ属性なのだが、生憎と私はそんな属性持ち合わせていない。なのでにっこり笑うカミュに、素直に負けを認めた。
「オクトさんは優しいから好きだな」
それは扱いやすいという意味ですね、分かります。
私は嫌いではないが、面倒な性格をしている友人にため息で返事をした。
しばらくして、授業は無事終了した。この授業の後は1時間の中休憩である。ライも何とか魔法陣を時間内に完成させる事ができた。お菓子の威力は半端ない。
お茶にする為、私達は荷物を持って生徒達が休憩するスペースであるラウンジに移動した。ラウンジの隣には購買があり、生徒達はそれぞれ飲み物を買ったりしている。この国で昼にお茶をするのは貴族ぐらいのものだ。つまり流行っているという事は、ここの生徒は貴族がやはり多いのだろう。
私は購買に行って騒動になるのも嫌なので、おやつもお茶も初めから持参である。
「待ってました!」
目の前に置かれたケーキに対して、ライはお世辞抜きで本気で喜んでいた。ここまで喜んでもらえると作りがいがある。
「そんなにお腹すいていたんだ」
「俺は成長盛りなんだよっ!ああ、肉食べたい。肉っ!!」
うん。そういうと思ってました。
最近ライの食べざかりは拍車がかかっている。まあ育ちざかりの子供に2食というのは結構拷問かもしれない。私は鞄の中から、カツサンドや卵サンドなどのサンドウィッチをとりだした。
「オクトぉ。お前って奴はっ!!」
キラキラした眼差しで、食べていいの?食べていいの?と見てくるライは、自分より年上だとは到底思えない。いや、年下というよりも、むしろ犬に餌付けしている気分だ。
「どうぞ。私一人じゃ食べきれないから」
「……オクトさんって、本当に優しいというか甘いよね」
バクバクと食べ始めたライの隣で、カミュがなんともいえない表情で食べ物を見ていた。それでもちゃんと自分の分を手に取っているので、マズイというわけではないだろう。
「勝手に飛び級させた事怒ってたんじゃないの?」
「事前に説明がなかったんだから、怒るに決まっている」
私はそこまでお人よしではない。ただ今も怒っているかと言われると、そうでもなかった。怒るという行為は結構力を使うもので、なってしまったものは仕方がないという気持ちの方が今は大きい。
「なのに色々作って来てくれるんだ」
「怒っているけど、それとこれは別だし。それにカミュ達にも事情がある事も分かるから。これからは利用されないよう気を付ける」
私に隙があったのも事実だ。
それに入学早々に、この学校の面倒な部分を教えてもらえたので、変な事に巻き込まれないように予防をする事もできる。深みにはまる前に知れたのは良かった。
しかし私の言葉を聞いたカミュはさらに微妙な表情をした。何というか、困っている?
「あーうん。何というか……オクトさんらしいね」
「どいう意味?」
「悪い意味だけじゃないから」
だけじゃないという事は、悪い意味も含まれているという事だ。おやつを貰っておいて、失礼な奴である。
まあ追及してもカミュははぐらかす事が上手いので、私はとりあえず無視をする事に決め、マフィンにかぶりついた。うん。いいでき。
「あっ、オクトちゃん!!」
もきゅもきゅと咀嚼していると、女の子の甲高い声に呼ばれた。と同時に横からタックルが入り、危うく椅子から落ちかける。ライが隣から支えてくれなかったら、たぶん地面に叩きつけられていた。
「おい、危ないだろ」
「オクトちゃん、オクトちゃん!!やっと会えた!!」
ライの低い声にも全く怯むことなく、ピンクの髪の少女は私の名前を連呼する。全身で嬉しさを表現しているかのようだ。
「ミウ、早いよ。それに他のヒトの迷惑になるよ」
少し離れたところから、男の子が少女――ミウを呼んだ。えっ、ミウ?
「だって、やっとオクトちゃんを見つけたんだもん」
そう言ってぷっくりとほおを膨らませる愛らしい少女は、入学試験の時に一緒だったミウだった。