16‐2話
何がどうして、こうなった?
黒板に名前を書いた私は、笑みを浮かべて振り返る。もちろん楽しいわけではないので、無添加100%の作り笑いだ。振り返った先には、私より大きな子供たちが座っていた。もちろん8歳で入学した自分よりも周りが大きい事は想定内だ。しかし新入生よりも確実に大きい彼らへ向けた笑みが若干引きつってしまったのは、仕方がない事だと思う。
「オクトと言います。種族は、エルフ族、人族、精霊族、獣人族です。よろしくお願いします」
仕方がないというか、後ろの方の席で私に手を振っている2人を見れば、むしろ引きつっていたとしても笑みを浮かべる事のできた自分を褒めてあげたいと思う。
何故ここに、カミュとライがいるのだろう。確かに私よりも上級生である事は間違いない。でもここは3年生の教室。彼らが通っていた年月を考えると3年という事はまずあり得ない。
しかしクラスメイトどころか、教師であるヘキサでさえツッコミを入れないのだ。王子だから許されるとか?暗黙の了解で許されたとして。……でも何故ここに?
「オクトはすでに王宮魔術師である、アスタリスク魔術師の下で修業を積んでいたので、飛び級をする事になりました。皆、仲良くするように。席は――」
「はい、先生。俺の隣が空いてます!」
ヘキサの言葉に、ライが元気よく手を上げた。窓際の一番後ろの隣は確かに空いている。空いているのだが、たまたま偶然とは思えないのはどうしてだろう。……厄介事を運んでくる2人だからですね、分かります。
「そこの席は、ドルではありませんでしたか?」
「ドルは目が悪いから、一番前がいいそうです。な、ドル」
「あ、うん」
……たぶん、本当ならば私が座るはずだった席にいるドルという気弱そうな少年は、戸惑いながらもコクリと首を縦に振った。うん。絶対ライに言わされているよね。
「まあいいでしょう。オクト、ライの隣に座りなさい」
はい先生。よくないです。
そう言ってしまえばいいのかもしれないが、ここでそんな空気を読まない発言しても、自分がつかれるだけな気がする。私もドル少年と同じく、気が弱い、長いものに巻かれたいタイプだ。それに一番後ろで、一番端というのは、周りとの接触も少なくて済むので、結構いい席じゃないだろうか。授業がつまらなければ外を見る事もできる。うん、完璧じゃないか。
精一杯自分にその席の素晴らしさを言い聞かせ、私は大人しく一番奥まで歩く。途中、周りの生徒から恐怖と好奇心の入り混じった不躾な視線を貰ったが、まあいつもの事だ。
「よっ、オクト。よろしくな」
「オクトさん、これからよろしくね」
危険な香りしかしない2人とは、よろしくしたくありません。
そう思うが、私は賢明にも口には出さず、後できっちり説明してという想いを乗せて、私は2人を睨みつけるだけにした。
◇◆◇◆◇◆
「カミュおう――」
休み時間に入り、声をかけようとしたら、カミュに口をふさがれた。
「同級生だから、お兄様なんて呼ばなくていいよ。折角だから呼び捨てがいいな」
いやいやいや。
私がつけようとした敬称は、お兄様ではなく、王子だ。というかお兄様なんて、一度として呼んだ事がない。
ただ王子という身分は、もしかしたらこの学校では秘密になっているのかもしれないと気がついた私は、了解を伝える為コクリと首を縦に振った。
「学校に通うにあたって、色々教えたい事があるから、ちょっとついてきてね」
その言葉に、否定も肯定もする間もなく、突然視界が切り替わる。周りからヒトが消えた代わりに、憎らしいぐらい青い空が視界を埋めた。
「……何処、ここ」
「さっきまでいた教室の屋上だよ。」
いつの間にか私の口から手を放したカミュは、にっこりと笑って答えてくれる。しかし聞いておいてなんだが、正直そんな事はどうでもよかった。
「もうすぐ授業なんだけど」
今は休み時間だが、この時間は昼休憩とは違いとても短い。普通に考えて、屋上にわざわざ出向くような時間ではなかったはずだ。
「次は算数だから問題ないだろ」
「問題、大ありだと思う。私は授業を受けたい」
さらりと問題発言をするライを私は睨む。どうしたらそんな答えがでてくるんだ。折角高い授業料を払っているのに、出席しないなんて勿体ない。というかありえない。
そもそも税金で生かされている身分の癖に、その税金が聞かれもしない授業料として使われてしまうなんて申し訳ないと思って欲しい所だ。
「で、ここに連れてきた理由なんだけどね――」
「聞いてよ」
「オクトさんも色々僕達に聞きたい事があるんじゃない?」
うっ。それは確かに正論だ。
色々問いただしておかなければならない事が山積みなのも確かである。
「って、それは別に後でも構わないんだけど」
早く聞ければその分スッキリはするが、それだけだ。今しか聞けない、授業とは違う。
「まあまあ、そう言わず」
「ほらほら座った、座った」
ライに肩を上から押され、私はペタンと地面に尻をつけた。その隣にライとカミュも座る。逃がすつもりはないらしい。
……うん。多分私の意見なんて聞いてもらえないなんて分かっていたんだけどね。この2人が相手じゃ、教室に戻るのなんて無理だ。意地を張るだけ時間の無駄である。
それぐらいならば、聞きたい事をさっさと聞いて、終わらせた方がいい。
せめてもの救いは、今から始まる授業が得意科目である事ぐらいか。1回分授業に出なくても、何とかついていけるはず。私は気を落ち着かせるため、深くため息をついた。
「じゃあ聞くけど。何で私を飛び級させた?」
そう、私が飛び級する羽目になったすべての原因はこの2人にあった。
受験する際に起きた混ぜモノ云々の問題解決を、全てカミュとライに任せてしまった事が運のつき。彼らを信じていた私は、願書なども彼らを通して学校側に提出してしまったのだ。まさかそこで、入学希望を編入希望に変えられてしまっているなんて思ってもみなかった。
「もちろんオクトさんと一緒のクラスの方が楽しいからだよ」
「何で?」
真顔で聞き返してやると、カミュは苦笑した。
「そこを聞くかなぁ」
カミュは嘘は言っていないだろう。でも額面通りに受け取れない。というか受け取ったら、よっぽど純粋で騙されやすいヒトだ。そしてそういうヒトは、詐欺師や海賊や王子などに騙されて、可哀そうな人生を歩むんですよね。うん、ないわ。いくらなんでも、例外に近いような飛び級をさせるほどの理由が、そこにあるとは思えない。
「この学校は、この国でも特殊な立場にある事は知っている?」
「特殊?」
よく分からないので首を横に振った。この学校が魔法学校としては世界で一番大きい事は知っているが、特殊というのはよく分からない。
「この学校は国の中でも、一種の独立状態にあって国とは違うバランスの中にあるんだよ。だからこの学校の中では、国から与えられた家名ではなく、名前で呼び合う。一種の実力主義と言えばいいのかな。名前で呼び合う分、そのヒトの実力だけで評価される。もちろん貴族という事を捨てられないヒトも居るけどね」
言われてみるとその通りだ。平民には家名というか、苗字がないのが基本なので、だから名前で呼ばれているのかと思っていた。でもよく考えれば、一応貴族に引き取られている自分はオクト・アロッロとなる。だから普通ならば、アロッロ子爵令嬢となるはずだ。
「師匠も家名じゃなくて、アスタリスク魔術師って呼ばれているだろ。魔術師はここの卒業生が多いから、名前で呼び合う事が多いんだ」
なるほど。
呼び方一つにそんな裏事情があったとは。ただその話と自分が飛び級した件とどうつながるのかさっぱり見えない。
「そんな独立状態にあるから、この学校は王家に仕えているというよりは、協力関係にあるといっていい。この国は魔力研究で大きくなったようなものだから、今更切り離す事もできないしね。で、問題になるのは、この学校に入学してくる生徒なんだけど。どういう子が多いと思う?」
どういう子って。
「魔力が高くて問題ある子供か、お金が有り余っている貴族の子供?」
前者がミウタイプで、後者がカミュやライタイプだ。どちらが多いのかは、入学したばかりの自分には謎である。
「あたっているけど、少し惜しいかな。正確にはお金が有り余っている貴族の、次男や三男が多いんだよ。もちろん魔力が高くて問題がある長男や令嬢も入学しているけどね」
何が違うのだろう。
いや、言っている意味は分かるのだが、わざわざ言い直す意味が分からない。
「そして次男や三男は、基本的に貴族の家名を継げないから、ここで実力をつけて、自分の力で生きていかなければならない。例え長男より優秀だったとしてもね。だから貴族にもなれず、実力も中途半端な者は、国に不満を持つ事が多いんだよ」
「へぇ」
「そしてそんな中途半端な実力者が、学校の中でも一番多いんだよね。アスタリスク魔術師のような優秀な生徒なんて一握りかな」
まあそうだよね。
アスタのような化け物じみた魔術師がうじゃうじゃいるようには思えない。だいたい、この世界の魔術師人口は限りなく少ないのだ。簡単な魔法が使えれば名乗れる、魔法使いだって、尊敬の対象になるぐらい少ないのだからその比率は考えるまでもない。
「じゃあ、ここで問題。今の現状の学校と王家はどういう関係となっているでしょう」
学校と王家?
学校は国から独立したような機関で、王家とは協力関係にあると言っていた。でも学校の中にいる生徒は、王家というか国に不満を持つ者が多い……。
あれ?結構不味くない?
何だか凄く危うい関係に思えて、血の気が引いた。
「もちろん学校側も王家から助成金を貰っているから、表だって反発しているわけじゃないよ。でも王家が失脚すればいいのにと思っている魔法使いが多いのは確かかな。きっと失脚した暁には、魔術師が王になる国にしたいと思ってるのだと思うよ」
魔術師が王になったらどうなるのだろう。やはり魔力の有無で価値が決められるようになっていくのだろうか。ファンタジーな小説でありそうな話だ。しかし具体的にどうなると想像がついているわけではないが、どうにも空恐ろしい事のように思えた。
「そして僕がこの学校に居るのは、今の関係が維持できるように色々働きかけできるようにという意味が大きいんだよ。でね、話は戻るけど、ヒトというのはそれぞれ得意分野が違うよね?例えば、別のクラスに入り込んで動いてもらった方がいい人材と、近くに置いて色々手伝ってもらった方がいい人材」
おお。ここで話が戻るのか。
そしてさっきの想像とは別で、嫌な予感がした。というか嫌な予感しかしない。
「わ、私は――」
将来のQOL向上のために居るだけだ。例えまったく面白みがなくても、入学式などの行事に参加できなくとも、平穏な学生生活が送れて、薬学の知識が身につけばそれで問題ない。
そう平凡で、平穏な学生生活が送りたいだけなのだ。ダークファンタジーに巻き込まれたいなんて願望は一切ない。
「オクト、俺らと楽しい学校生活を送ろうな」
「オクトさん、改めてよろしくね」
い、嫌だぁぁぁぁぁっ!!
ガシッと2人に肩を組まれた私は、逃げられない事を悟った。