16‐1話 想定外なクラス
真新しい制服を着た私は、落ち着く為に深呼吸した。
新緑色のブレザーにチェックのスカートはまるで日本の女子高校生にでもなった気分だ。もちろん高校なんてこの世界にはないけれど。これは今日から通う魔法学校の制服である。魔法使い=ローブなイメージがあるのだが、ローブの着用は強制ではなく、色々ポケットに仕込みたい時や、防寒対策としてプラスで着れば良いらしい。
ただしローブを着ると、服装が適当でもそれなりに魔法使いっぽく見えるので、将来的には結構お世話になりそうだ。
「アスタ、準備できた」
荷物を手に取り、私はアスタのいるリビングに向かう。ウイング魔法学校は同じ国内にあるとはいえ、少し離れている。その為、私が転移魔法を取得するまでは、アスタに送り迎えをしてもらう事になっていた。申し訳ないが、馬車は混ぜモノという事で拒否されそうだし、ここから通う事が条件なので仕方がない。
「アスタ?」
声をかけたはずだが、アスタは私を見て呆けたような顔をしている。何か変な着方をしているだろうか。
「……ああ。魔法学校は寒いからローブもはおるといいよ」
「そう?」
この間試験を受けに行った時はそれほど寒いと思わなかったが、卒業生が言うのならば間違いないだろう。これから冬に入る事だしと思い、アスタが召喚したローブに手を通す。ローブを着ると、肌の部分がほとんど見えなくなった。まるでロングスカートだ。
「よく似合っている」
「うーん……ありがとう?」
前世ではローブなんて、二次元の服装だったので、どうしてもコスプレっぽく感じてしまう。
似合っているはたしてほめ言葉と捕えていいものか。まあ、魔女っ娘な服装でないだけマシか。こればかりは慣れていくしかない。
「じゃあ行こうか」
アスタの手を握ると視界が切り替わった。目の前には高い塔がそびえたっている。確かこの塔は、図書館で、校舎配置場所としては、学園の中心だったはず。
新入生の受付はどっちだろうか?キョロキョロとまわりを見渡していると、手を引っ張られた。
「オクト、こっちだよ」
流石、卒業生。アスタはしっかりと自分の位置が分かっているらしい。
私はとりあえずアスタについていく事にした。というか、それしかない。せめてまわりに入学生らしいヒトがいればついていけるのだが、場所が違うのかそんな影は全くなかった。
しばらく歩くと、アスタは一つの校舎の中へ足を踏み入れた。不思議な事に、校舎の中に入っても、私と同じ入学する生徒が見当たらない。
「……ここ何処?」
「職員棟だよ」
えっと、何故職員棟に居るのだろう。名前通り、きっと教師達が使っている場所だろうが、入学式はここではなかったはず。私が混ぜモノだから、事前に何か説明があるのだろうか。
「お待ちしていました」
アスタが進むがままについていくと、部屋から銀髪の青年がでてきた。
「あっ、試験官……」
しっかりと顔の詳細を覚えているわけではないが、この辺りでは珍しい髪の色なのでまず間違いない。
「やあ、ヘキサ。これからオクトの事よろしく頼むよ」
「お任せ下さい」
アスタがこの青年に会ったのはたぶん私が怪我をしたときぐらいだと思うが、何だがとてもフレンドリーだ。もしかしたら、以前からの知り合いだったのかもしれない。
……卒業生とその後輩みたいな?でもアスタって80歳超えたおじいちゃんだし、だとしたらこの青年も見た目と年齢が釣り合わないタイプなのだろうか。この世界は種族によって成長スピードが違うので厄介だ。
「可愛い妹なんだから、虐めたら駄目だよ」
――ん?妹?
誰が誰と?
アスタの口から飛び出て来た言葉に私の思考は一時停止をした。えーっと。あ、アレだろうか。先輩後輩は兄弟みたいな関係って……。いやいやいや。
「可愛い妹って、私はこの間初めて試験会場でオクトと会ったばかりなのですが」
「ほら。まだ俺もオクトを引き取ったばかりで紹介する暇がなくてね」
「アスタリスク様……。さすがに、2年前の出来事は、引き取ったばかりとはいえないと思います」
あれ?
何で私を引き取った年月まで知っているのだろう。願書にそんなことまで書いただろうか。というか、紹介するという事は、やはり知り合いという事で。
そういえば、さっきアスタはこの青年の事を名前で呼んだよなと気がつく。はて、何て名前だったか。
「俺の事は、お父様でいいといつも言っているのに」
「そんなことより、アスタリスク様。オクトが混乱しているようですが」
「そんな事って酷いな、ヘキサ」
ヘキサって――確かアスタの息子だったはず?!
私は失礼だとは思いつつも、ヘキサを凝視してしまう。黒髪赤眼のアスタとは違い、銀髪に薄い水色の瞳をしている。どちらも整った顔立ちをしているが、全然似ていない親子だ。
というか何でここに?
「あらためて、はじめましてオクト。私はアスタリスク様の義理の息子である、ヘキサグラムです」
「えっ、義理……、あ。オクトと言います。よろしくお願いします」
おかしな単語を聞いて反復してしまったが、私は慌てて自己紹介を続けた。人間第一印象が大切だ。といっても、話すのは2回目なのであまり意味はないかもしれないが。
「……やはり、話してないんですね。私はアスタリスク様と結婚したクリスタルの連れ子なんです」
なんですと?!
そんな話一度も聞いていない。というかヘキサは確か伯爵家を継ぐとか……血が繋がっていないのにいいの?!もしかして血の繋がりなんて関係ないぜ的な感動的な秘話があるとか?
でもそれでもやっぱり、アスタには奥さんが必要なんじゃ。という事は、混ぜモノの私がアスタの子供という事は大問題だよね。えっ、でも勘当はしてくれないし。えーっと。
ぐるぐると色んな問題点が浮かび混乱する。
「連れ子っていっても、今はうちの子なんだからわざわざ説明しなくてもいいと思うんだけどな」
「いいえ。今後も家族として付き合っていくならば、こういう事ははっきりとさせておくべきです」
「別に血なんて繋がっていようがいまいが関係ないのに」
いやいやいや。関係大ありだろう。
特に貴族にとっては、とても重要な問題ではないだろうか。チラリとヘキサに目をやると、困ったような諦めたような瞳とぶつかる。ああ、ヘキサさんもそう思うんですね。
「えっと。所でどうしてこちらにヘキサグラム様が……」
伯爵家を継ぐのではなかっただろうか。それにしては、私は今まで伯爵家にお泊りした際、ヘキサと会う事はなかったのだけど。
「私の事はヘキサでいいです。何故ここに居るかですが、私は家庭の事情で特待制度を使い、この学校に通っていました。なので卒業後、学校側から教師になる事を要請され、今は教鞭をとらさせていただいています」
「はあ」
家庭の事情ですか。貴族なのに、家庭の事情ですか。
大切な事なので2回心の中で呟いてみたが、現実は変わらない。どう考えても貴族ならば、よほどの事がない限り特待制度など使う必要がない。つまり使わなければいけない何かがあったという事だ。
そんなディープな話を、一応兄弟になるとはいえ、にわか的な私が聞いてもいいものか。
何と言っていいか分からず、私は口ごもった。
「立ち話は邪魔になるようですから、別室に行きましょう」
チラリとヘキサが見た方へ視線を向けると、さっと部屋の中に居るヒト達が目をそらした。……確かに廊下でホームドラマをやっては先生方の仕事の邪魔だろう。
それにしても別室か。
やはり混ぜモノが入学式に参加するのはマズイと判断したのだろう。少し残念な気がするが、ここへは勉強をしに来ただけ。そう思えば、入学式に出れないぐらい、特に不都合があるわけでもない。
「あの……私はやはり特別教室になるんですか?」
「なりません」
前を歩くヘキサに、恐る恐る尋ねればきっぱりと否定した返事が返ってきた。よかった。入学式には出席できないが、勉強は同じようにさせてもらえるらしい。できれば試験で知り合った、ミウと同じクラスがいいが……そもそもクラスは何クラスあるのだろう。
「私は、入学式後に他の生徒がたと合流するのでしょうか?」
「いいえ。今日は入学手続きを行い、教科書を購入してもらえば、終わりです。クラスメイトとの顔合わせは、明日になります」
確かに入学式後は教科書の購入があるだけで、授業はない。それも致し方がないだろう。
「別にオクトが混ぜモノだからというわけではないので、安心なさい」
「えっ?」
そうなの?
でもだとしたら、何故私だけ別室なのか。どう考えても普通じゃないよなぁ。もしかしたら今の言葉は、ヘキサなりの優しい嘘なのかもしれない。話し方がキビキビしているので、冷たいイメージはぬぐえないが、案外いい人だ。
「あっ……ありがとうございます」
「何故御礼を言うのか分かりませんが、貴方のような特殊なケースはカザルズ魔術師以来のことですから、このような対応になるのも仕方がないと思って下さい」
特殊なケース?
カザルズは確か、飛び級をして最短で卒業した魔術師の名前だったはずだ。しかし何故ここで彼の名前がでてくるのかが分からない。カザルズも私と同じように何か問題がある子供だったのだろうか。
「普通は外部で魔術師を師として修業をしていた者でも、魔法以外の知識がお粗末ですのでこのような異例はないんです。ましてや、貴方は8歳。ヒトの妬みなども買いやすいでしょうし、私は反対だったのですけれど」
一体何の話なのか。何やらヘキサが愚痴愚痴と呟いているが、私はそれほど頭がよくないので、もう少し分かりやすく簡潔に話して欲しい。
「所でヘキサ。オクトはどのクラスになるんだい?」
首を傾げながらもヘキサの言葉を聞いていると、隣からアスタが口を出してきた。
確かにそれは気になるところだ。
「残念な事に、私が受け持つクラスになりました」
「よかったな、オクト。お兄ちゃんが先生なんだってさ」
「私は例え血のつながった兄弟だったとしても、贔屓をするつもりはありませんから。その辺りを勘違いされないように」
「はあ」
それは当たり前だ。私もそんな授業は望んでいない。しっかりと勉強する事が、将来の私のQOLを変えるのだ。ここで贔屓などされても、何の意味もない。自給自足に、学校の成績など意味をなさないのだ。
「返事は、『はい』で答えなさい。いいですか」
「はい」
どうやら、アスタとは違い、ヘキサは厳しそうだ。私が返事をすると、くいっとメガネを上に上げた。
「それと先ほどのアスタリスク様の質問ですが、オクトは3年2組となります」
へー、3年2組なのか――ん?
何かおかしくないか?私は聞いたクラス名に違和感を感じ、ヘキサをマジマジとみた。しかしどう見ても冗談を言うような顔には見えない。
「えっと……3年2組?」
「そうです」
いつから世の中は最初の数字が1ではなく3になったのか。
私はヘキサの言葉を理解した瞬間、その場で固まった。