15‐3話
目の前には火のついたアルコールランプがあった。
何故あるのか、なんの実験の為に火を付けたのか。思いだせないが、とにかく消さなければならない。でもどうやって消すんだっけ?
水なんて使ったら周囲に燃え広がって危険だし……。アルコールがなくなるのを待っても、芯が燃えてしまっては使えなくなる。
「それはね――」
◇◆◇◆◇◆◇
目を開けると、そこは知らない天井だった。
まるで何かの小説のフレーズみたいだなとぼんやり思う。ここは何処だっけ。私は――。
「オクトちゃんっ!!今、先生呼んでくるから!!」
左脇から女の子の声が聞こえて、顔をそちらへ向ける。
そこにあった鮮やかなピンク色の髪を見て、ちょっとドン引きしそうな色だなと思った。親は一体何を考えているんだろう。
ん?ドン引き?
自分で考えた言葉に、疑問を覚える。だって地毛なのだから仕方がないじゃないか。彼女の親さんというか、ご先祖様だって、好きでその髪の色になったわけではない。それに浅黒い焼けた肌には、意外にピンクの髪はよく似合っている。生れついたものに、いちゃもんをつけたって仕方がないはずなんだけどなぁ。
部屋から出ていってしまった少女を見送り、私は体を起こした。薬品の臭いがするが、ここは病院だろうか。病院ならば、何故私はこんな場所で寝ていたのか。
「あっ」
考えていると、ふと炎の龍に飲み込まれたのを思い出した。
そうだ。試験を受ける途中、いきなり隣の部屋から炎が廊下に噴き出して来たのだ。我ながら、よく死ななかった。意外に悪運が強いのかもしれない。
「失礼します」
男性の声が聞こえてそちらを向けば、銀色の長髪にメガネな優男がそこにはいた。確か彼は、試験官だったはず。彼が居ると言う事は、ここは病院ではないのかもしれない。
「体の調子は如何ですか?」
「はあ。大丈夫です」
試験の時に睨んでいたヒトだよなと思うが、その目から嫌悪は抜けている気がする。はて?人違いだろうか。
「何か不調があったら言って下さい」
「はあ……」
どういう経緯でここで寝ているのかが分からない以外は、特に変わりがない気がする。少し思考がぼんやりする事があるが、それは起きたばかりだからだろう。
「それにしても流石、アスタリスク様の娘ですね。まさか、あの場面で風の神の秘術をお使いになるとは思いませんでした」
秘術?
そんな大層な事、なんかやったっけ?全く記憶にない為、首を傾げる。確かあの時、何とかして火を消さなければいけないと思ったには思ったのだが。
「風の魔法で炎を消した事ですよ」
「オクトちゃんが魔法使ってくれたおかげで、私も助かったの。覚えていない?」
試験官の隣から、ピンク髪の少女、ミウが話しかけてきた。
そういえば、やけくそで魔法を使った気もする。えーっと、確か――。
「あー……」
あの時私は、魔法の知識をひっぺがえして助かる道を模索していた。そんな中咄嗟に頭に浮かんだのは、火は酸素がなければ燃えないという、小学校でならう基本的な科学知識。
魔力やら魔素など、前世では存在しない物質に頼っているので、その知識が上手くいくとは限らなかったが、その時はそんな事を考える暇もなかった。
とにかく風というか、空気をなくせば燃える事はないと思い、無理やり魔法陣を造ったのだ。しかも紙に書かずに使ったのは初めて。結果的に上手くいってよかった。下手をしたらとんでもない二次災害を起こしていたかもしれない。
「成功したんだ」
「今回の魔術はアスタリスク様に教えていただいたんですか?」
「えっ……いや。あれは適当に自分で魔法陣を作っただけで……」
気を失ってしまったと言う事は、もしかしたら空気をなくす範囲指定の場所を間違えたのかもしれない。風力の威力をマイナス設定するなんて暴挙をした事は覚えているが、はたしてどれぐらいの範囲を指定して行ったのか。自分を中心にどれだけみたいな分かりやすい範囲指定にして、酸欠になった可能性が高い気がする。そして気を失った事により魔力供給がなくなり、魔法も止まったのだろう。
そう考えると今回使った魔法陣は、秘術なんてカッコいいものではなく、かなり運に頼りきっている残念な造りだ。
そんなズタボロな魔法陣をアスタに教わったなんて言ったら、アスタの顔に泥を塗ってしまう。
「はっ?自分で?」
「はあ。まあ……」
何かマズイだろうか。目を丸くしている試験官から目をそらし考える。
でも魔法陣を造るなんてアスタは簡単にやってのけるのだし、1種類、しかも自分の属性と同じ魔方陣ならば、別に普通ではないだろうか。それにライや、カミュなんて、学校に通い始めて1年くらいでもう転移魔法を使っていたはずだ。だとしたら入学前にアスタを家庭教師にしていた2人は、私よりも魔法を使えた可能性が高い。うん、特にマズイところが見つからないな。
「さすがアスタリスク様の娘というところでしょうか。火は風がなければ燃える事ができないと知り、魔法陣を造れるとは」
正確に言えば、火は酸素がなければ燃えないなんだけどね。でも酸素や二酸化炭素、窒素云々な空気中に含まれる物質の話をしても伝わらないと思うので黙っておく。目に見えないものを説明するのは難しい。
「そういえば、試験は……」
「あれだけの魔法を見せていただければ、もう十分です。しばらくすればアスタリスク様が迎えに来る事になっています。それまでここで横になっていなさい」
なんですと?!
アスタは今日も仕事に行っている。それなのに、私を迎えに来るなんてさせられない。
「えっ、大丈夫――」
「ミウ。貴方はこれから試験ですので、一緒に来なさい」
「はーい。じゃあね、オクトちゃん!私も合格できるよう頑張るね!」
バイバイと手を振るミウと一緒に試験官は私の話を聞く事なく、部屋からさっさと出ていった。
マジですか。
「何でこんな事に」
1人部屋に残された私は頭を抱えた。話を聞けよとツッコミを入れたいが、その相手はもういない。アスタは怒りはしないだろうが……むしろサボれた事を喜びそうだが、同じ職場の方に申し訳なかった。
「でもまあ、仕方がないか」
どう頑張っても私は子供だ。小学生ならば、体調不良になった時は親が迎えに来るものだった気がする。だとしたら大人しく待って、後で謝ろう。
そう割り切ると、もう一度ベッドに横になった。魔法を使ったからか、それとも酸欠になったからか、体がだるい。
横になると睡魔が一気に押し寄せてきた。
そういえば、空気がなければ火は燃えないという事は分かったが、他の科学の法則も有効なんだろうか。重力はあるし、てこの原理もちゃんと存在している。金や銀もあるんだから、原子や分子もありそうだ。もしもあるなら、陽子や中性子などだってないとはいえない。
そもそも、ビタミンとかも前世と変わらず存在していた。
なんだ。
魔素という新しいエネルギーが存在しているだけで、科学はちゃんとあるじゃないか。しかも魔法だって、その科学を根本から否定しているわけではない。魔法は何でもできる万能な力ではなく、ちゃんと科学の法則に基づいている。
魔法学は理解し難い事が多いから苦手だ。でも知っていれば誰だって使える科学の中に魔法学が含まれるならば、私でもちゃんと使いこなせそうな気がした。
今思った事をアスタに伝えたいなと思いながら、私は睡魔に意識を明け渡した。