15‐2話
魔法学校は、まるで大学のようだ。
一列に並びながら歩いている途中でふとそう思った。窓からは、隣接した校舎が数個見える。前世の記憶にある小学校や中学校の校舎のイメージとはちょっと違った。
実際ここに通う生徒は様々な年齢層にわたる為、膨大な人数が居る。そう考えると、建物がいくつも必要になるのも致し方がない。
それにしても、広すぎるよなぁ。
試験会場はわりかし校門の近くの校舎を使ってもらえたが、案内地図を見た限り、とても広い敷地に、校舎がいくつか点在しているようだった。流石に校門から一番奥の校舎まで歩くと時間がかかる為、生徒は移動手段として箒を使い、空を飛ぶらしい。自転車ではなく箒とは、ファンタジーだ。
それにしても、日常で箒で飛んでいるヒトを見た事がないのに、どうして箒なのか。そもそもなぜその座りにくい形態を選んだのか不思議で仕方がないが、そんな根本をツッコんでも仕方がない。前世の記憶にある2次元の魔法少女も箒に乗っていた。きっとそういうものなのだろう。
しばらく歩いていると、前を歩く子供が足を止めた。
「今から順番に教室へ入ってもらいます。呼ばれるまでは、ここで静かに待っていなさい」
「「「はい」」」
子供たちが元気良く返事するのを確認すると、試験官は一番前に居た生徒と一緒に中に入っていった。そういえば、私達より前に試験を受けた生徒達はどうしたのだろうか。
すれ違っていないし、思い起こしてみれば、最初に生徒を呼びに来た試験官は今案内してくれた試験官とは別のヒトだった気もする。教室は沢山ありそうだし、試験会場は1つじゃないのかもしれない。
「貴方は混ぜモノなの?」
手持無沙汰でぼんやりしていると、うしろから声をかけられた。振り向けば、怯えと好奇心が混ざったようなオレンジ色の瞳とぶつかる。そういえば、私の後ろには一人しかいなかった。暇だとはいえ、混ぜモノに話しかけるとは、中々に豪胆な性格の子供だ。
「うん。そうだけど」
「あのね、私は赤の大地にある、キャロット自治区からきたの。えっと、貴方は?」
「ここ」
「へ?」
「この国に住んでる」
赤の大地といったら、この国からはかなり遠い。受験生には珍しい、魔力が低いとされる獣人族の少女は、10歳より少し上ぐらいの年齢に見える。こんな小さい子が違う国へ来て受験するとは偉いものだ。
「そうなんだ。私ね、生まれつき魔力が強かったの。だけど獣人って普通魔力が弱いでしょ?それで村で魔力の扱い方を教えれるヒトがいなかったから、長の推薦でこの学校に来たの。貴方は?」
「薬師になりたいから」
「薬師?魔術師じゃないの?」
キョトンと首を傾げ、ピコピコ耳を動かす姿は、めちゃめちゃ可愛い。なんだ、この可愛い生物は。
私とは大違いだなぁと、ちょっと自虐的な気分になった。でも学校は勉強しに来るだけだから、友達ができなくたって大丈夫だ。どうしようもない事を嘆いても仕方がない。
「魔法は便利だから覚えたい。だけど、私が生きる為には薬師の知識が必要だから」
薬を作る知識は、山で引きこもり、自給自足生活するのに欠かせない。その知識が、あるとないでは、今後のQOLが大きく変わってくる。一人立ちを考えるならば、このスキルは譲れない。外貨なしの自給自足で生きられると思えるほど、私は脳内お花畑ではなかった。
「ふーん。そうなんだ。私はね、まだ魔法を使った事ないから、使えたら楽しいだろうなって思うの。それにここに入学できれば、エリートになれるって聞いたんだ。エリートになれば、お金持ちになれるでしょ?」
「そう……かな?」
どうなんだろう。そういえば昔、カミュ王子とライがそんな話をしていたような……。どちらにせよ、獣人が多い国に住んでいるならば、魔術師はとても重宝がられるのではないだろうか。そうなれば、お金持ちになれる可能性は大だ。
それにしても、ふわふわしたファンタジー外見ににつかない現実主義な子供だ。きっと貴族出身ではないのだろう。貴族出身なら、普通はこんな小さな子供が、お金お金言わないはず。
「それでね、お金持ちになったら、私が家族を養っていくの。貴方――。そうだ、私の名前はミウ。貴方の名前は?」
話しているうちに、混ぜモノに対する恐怖はなくなったらしい。まるで友人にでもなるかのように自己紹介されて戸惑う。
こんな簡単に気を許してくれるのはきっとミウが子供であまり混ぜモノについて知らないからに違いない。よく考えれば、この学校に来る子供達の全てが混ぜモノは怖いといい聞かされて育ってきたとは限らないのだ。だとすると笑って警戒心をなくさせるという対応は正しいかもしれない。
「私は――」
『3号館、303号室から、魔力暴走が起こりました。試験官は受験生の安全を図り、ただちに避難して下さい。繰り返します――』
口を開いた瞬間、突然けたたましい音と共に、館内放送が響き渡った。
何が起こったのか分からず、私は固まった。ミウも同じようで、目を丸くしている。しかし分からずとも異常な音は不安感をあおった。
3号館といったら、ここだ。しかし303号室とは何処の事だろう。
咄嗟に見上げた目の前の教室のプレートには304の文字が書かれていた。って、めっちゃ近いんじゃない?
「何?何の音?」
耳を押さえてカタカタ震えだしたミウを見て、嫌な予感が脳裏をよぎる。何の音と言うのが、このけたたましい警戒音なら問題ない。しかしもしかしたら、獣人であるミウにしか聞こえていない音である可能性もある。
一応ここは魔法学校なので、子爵邸のように、魔法が暴走しても問題がない部屋になっているはずだ。なっているはずだが――、変な音がするというのは問題ありじゃないだろうか。
「ミウ、どんな音が聞こえる?」
「どんなって、何かが燃える――」
ドンッ。
最後まで聞かなくても、どんな音かはすぐに私にも分かった。
地響きのような音と共に、目の前で教室の扉が吹っ飛んだ。そこから炎が吹き出す。きっとあの部屋が303号室に違いない。
炎はまるで生き物のようにこちらへうねる様に近づいてくる。まるでゲームにでてくる龍のようだなと場違いな感想が思い浮かんだ。
「結界を張ります。教室の中に入りなさい!」
試験官の言葉にはっと我に返り、私は踵を返そうとした。しかし目の前で座り込むピンクの髪が視界に入り踏みとどまる。
「ミウ?」
ミウは座り込んだまま動こうとしない。ただ茫然と炎の塊を見つめ震えている。
逃げなければ死んでしまう。そう思うのに、私の足はまるで縫いとめられたように動かなかった。とにかくミウを連れて行かなければと、その腕を引っ張る。
するとようやくミウが私を見た。
「どうしよう。腰が抜けちゃった」
マジか?!
そんな事言われても、私より大きなミウを背負って逃げるなんて無理だ。誰か助けを呼ばなければ。
しかしすぐにそれも無理だと分かってしまう。今すぐ踵を返せば何とかなるが、誰かがここへ来てミウを運ぶような時間はない。たどりついた所で、一緒に燃えカスになるだけだ。
ミウを置いて逃げるべきだ。
冷静に考えればそれがベストだと分かっているのに、相変わらず私の足は動こうとしない。熱気で頭がガンガンする。
転移魔法さえ使えれば、ミウと一緒に逃げられただろうに。走馬灯のようにアスタが使う魔術が頭の中を巡る。冷却魔法や水魔法が使えれば、消す事は出来なくても、一命を取り留められただろう。しかし私にはそんな魔法使えない。
「何をしているんです。早くこちらへ来なさい」
そんな事分かってる。でもできないからここに居るのだ。ミウを置いていけない。
ぐるぐると廻る魔法の数々に吐き気を覚える。流石今までアスタに教わっていただけあって、対処するための理論はつぎつぎと出てくる。でも、どれも自分は使えない。
私が使えるのは、炎を大きくするしか能のない、風魔法だけなのだ。
絶望感で私もミウのようにへたり込みたいと思った。それでも炎から目が離せない。まだ死にたくないからだ。とにかく、どうにかして一瞬であの炎を消す事は不可能だろうか?そもそもあの炎の龍は、何を燃やしているんだろう?
何を――?
ふと頭に一つの案が浮かんだ。しかし今はそれを吟味する暇もなく、反射的に手のひらを炎へ向けて伸ばした。こうなれば、自棄だ。
「かっ……風よ。我が声に従い、我が示す場所から立ち去れっ!!」
私は何度も書いた風の魔法陣を脳内に描き目を閉じた。もしも死ぬならあんまり痛くない方がいいなと思いながら。