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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
学生編
42/144

14‐3話

 怖い。


 正直、アスタに怒られるぐらい大丈夫だと思っていたけれど、甘かった。無表情に赤い瞳に見つめられると、逃げ出したくなる。

 死亡フラグはないって言ったの誰だ。今心臓が止まりそうなんだけど。

 そういえば、今までアスタに怒られた事なんて、一度もなかったなと今更ながらに思い出す。彼は静かに怒るタイプだったのか。


「あ、アスタ。えっと……」

 無音が続いたが、それに耐えられなくて、私から話しかける。しかしなんと言っていいのか分からない。

「家を出て何処へ行くつもり?混ぜモノは、ホテルに泊まる事も難しいよ」

 心配してくれているのだろうか。

 それとも忠告というか、警告という感じか。お前なんて、のたれ死ぬがいいみたいな。いやいや。アスタもここまで面倒みてくれたので、そこまで非情ではないと思う。


「……魔法学校の試験を受けて寮に入る」

 学校パンフレットには、優秀な成績を収めかつ、高い魔力の持ち主又は学校側が有益な人材と判断した時は、特待という制度が適用されると書いてあった。特待生として認められれば、学費と寮費が免除されるそうだ。これは貴族以外でも優秀な学生を集める為に作られた制度らしい。ただし在学中は研究機関で手伝いをし、卒業後数年間は学校側が指定した場所で必ず働かなくてはいけないそうだ。もちろん給料もわずかだが支給されるそうなので、それで何とか生活していくしかない。


「俺に隠れて願書を提出したんだ」

 ひやりとしたものが背筋を通り、慌てて首を横に振った。

「違うっ!」

 アスタの言いつけを破ったのは、さっきの魔法が初めてだ。必要以上の罪を被って怒られるのはごめんである。

 怒った口調ではないが、無表情のアスタは何故か怖かった。これが所謂、殺気を飛ばすとか、そういうものなのかもしれない。前世のバトル系漫画ではよくそんな表現があった。どうやって飛ばすのかは謎だけど、そんな感じだ。

 それが分かったとして、だから何だというのだけれど。とにかく無実を証明して、適度な怒りモードに戻ってもらおう。そうでないと、私の心臓が止まる。


「がっ……願書を出すのはこれから。まだだしてない」

「ならこれからどうする気?寮が使えるのは、試験に受かってからだろう?」

 確かにその通りだ。

 寮の正式名称は学生寮。名前の通り、学生しか使えない。これから受験しようとする段階では無理だ。それに合格したとして、特待生になれるとも限らない。なれなかった場合は、金銭面の工面を考えないといけなかった。

「2年位前に海賊に攫われた場所。あそこで試験を受けるまで過ごそうかと」

「海賊?」

「もちろん部屋を借りるだけで、犯罪はしないから。アスタに迷惑もかけない!!」

 アスタの目に険呑な光が宿った気がして、私は慌てて付け加える。

 流石に私もこれ以上アスタの迷惑をかけられるほど、図太くはない。


「ふーん。ライや王子を頼るんじゃないんだ。海賊とは2年間連絡をとっていなかったよね。どうして?」

 どうしてって。

「海賊だったら、迷惑かけても問題ないし。……交渉の余地もあるというか」

 流石に、王子に居候させてくれなんて頼めない。というか王宮に居候するって、空気読めと言うか、自分が空気になって消えてしまいたくなる。そもそも、混ぜモノが王宮出入りするって、色々不味いだろう。そんな迷惑かけれないというか、精神衛生的にかけたくない。

 かといって、ライも貴族だ。ライは遠慮するなっていいそうだけど、マナー云々の面倒さを考えると私が遠慮したい。

 その点海賊なら、どれだけ迷惑をかけても心が痛まない。本当は関わりたくないが、もしかしたらいいタイミングで、航海に行っているかもしれないのだ。そうなれば勝手に使わせてもらおうと思っていた。

 監禁されていた場所は、意外に近い。


「交渉の余地?何処に?」

「えっと。あの船長魔法を使っていたけど、今思うと道具を使っていたから。その程度の魔法使いなら、魔法学校で学んだ知識を横流しすれば――」

 話している途中で、アスタに鼻で笑われた。うっ。やっぱり、魔法学校の生徒レベルでは、横流しできるものも限られているか。というか、学生のくせにおこがましいと考えたのかもしれない。

 もしもそれで駄目ならば奥の手として、前世知識で何か売れそうなものを探そうとかも検討はしているんだけどね。

「そんな事すれば、二度と海賊から抜けられなくなるよ。オクトは海賊には近づきたくないんだよね」

「へっ?あっ……もしかして、海賊に知識を売るのって犯罪?」

 そうなれば、すでに2年前に私は罪を犯しているというか……。確かに、王子と知り合いだったとはいえ、海賊は犯罪集団だ。彼らとつるんでいたら、私も同じだとみなされるかもしれない。というか情報提供だって、協力には間違いない。

 それはマズイ。


「アスタ。勘当と言わず、籍から私を抜いてくれ」

 捕まるなんてミスはせず、まずかったらトンズラするつもりだ。それでも上手く回避できないという事もありえる。その時私が養子とはいえ貴族の娘と分かったら、アスタへかなり迷惑をかけるはずだ。

 それは自分の望む所ではない。

「私は――」

 迷惑にはなりたくない。

 そう言おうとしたところで、私は言葉を失った。アスタが怖いからではない。そんなもの、最初から怖いのだから今更だ。

 そうではなく……。


「どうして?」

「――どうしてって」

 あ、あ、あ、あ、アスタが泣いたっ?!

 本人分かっているのか、分かっていないのかは無表情な為分からない。しかし静かに赤い瞳から透明なしずくがこぼれ落ちる。あまりの事に私の頭は真っ白になった。

 何か言わなければと思うのに、上手く言葉にならない。目からなみっ……いや、鼻水とか、想定外すぎる。


「オクトは俺と縁を切りたいの?」

 反射的に私は首を横に振った。

「切りたくはない」

 うん。切りたいわけではないのだ。私はこの生活を気に入っているし、目的はソレではなかったはず。

「俺は勘当はしないよ」

 それは困る。

 縁を切りたいわけではない。でも目的の為には、私はこの家を出なければならない。その為には……。

「アスタ。でも、私はアスタとの約束を破った。その落とし前はつけるべき」

「何で破ったの?」

 ……何でか。

「えっと、早く魔術師になりたかったからというか……」

 嘘ではない。

 学校に通う為に、この家から出ようと考えた結果なのだから。例え、自分の力を驕って使ったわけではなくてもだ。


「嘘。オクトは、魔法を使う事が怖いと思っている。だから今まで、決して魔法を自分で試そうともしなかったし。最近になってようやく使いたいと言ったけど、俺の言いつけはしっかり守っていたよね」 

 流石、アスタ。かなり鋭い

 正直魔法を使う事は怖い。それは魔法は暴走すると知っているし、私自身力を暴走させやすい混ぜモノだから。

 でもそれ以外に魔法が、理解を超えた力だからというものもある。前世の記憶に、魔法なんて便利なものはなかった。あったのは、科学。そしてそれによって生み出されたエネルギー。

 結局魔力というエネルギーが何なのか、私はいまだに理解しきれない。たぶん酸素のように、目に見えないけれどある物質なのだろう。酸素とは何かとか考えるだけ愚問だ。酸素は酸素である。同じように魔力は魔力なのだろう。でも使ったらどうなるのか。何処えへ消えて、新しいものは何処から生まれているのか。疑問は尽きない。

 それに下手に科学の知識があるせいで、丸暗記はできても理解にまで及ばないのが現状だ。そして理解できないものは怖い。もしかしたら、アスタはそんな私の考えも見越して、ゆっくり丁寧に魔法を教えてくれていたのかもしれない。もちろん完璧主義であるのも、間違いないけれど。


「私は……アスタに迷惑をかけたくないんだ」

「俺は迷惑なんて思っていないよ」

 うん。そうだろう。アスタの経済力ならば、私の一人や二人脛を齧っていたって問題ない。アスタは貴族だし、王宮の魔術師だ。

「迷惑ではないかもしれないけれど、お荷物のままでいるのは嫌だ。私は早く学校を卒業して、アスタの力になりたい」

「えっと。つまり、俺の為?」


 ……アスタの為と言うか、自分の為な気もする。

 どう答えようかと考えていると、視界が暗くなった。目の前に、アスタの制服がドアップでみえる。どうやら抱きしめられているらしい。子供扱いされているようで気恥ずかしいが、実際子供なのだから仕方がない。

 顔を上げれば、アスタの笑顔とぶつかった。

「オクトが出ていかないなら、学校に行ってもいいよ」

「へ?」

「寮に入らずにここから通うなら、別にいいよ」


 あれ?私にはまだ早いんじゃなかっただろうか?

 良く分からない。ただアスタが通っていいと言うならば、私は家を出ていく必要がない。疑問しか残らないが、アスタの機嫌もいいようだし、ここでいらない事を言って振り出しに戻りたくはなかった。

「うん。今まで通り家事もちゃんとやる」

 私がアスタに返しているメリットって、これぐらいしか思い浮かばない。能力はメイドより劣るけれど、それでもアスタが望むならばと頷いた。


 


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