14‐2話
過去問が想定外に簡単な件について。
「つまり、どういう事?」
今日はライやカミュ王子が来ないし、アスタも仕事なので、宿舎の方でひっそり勉強をしていたのだが……。2人から貰った、ウイング魔法学校の筆記試験の簡易さに絶望した。本来ならば、喜ばしいはずなのに、何でこんなに重い気持ちになるのか。
まず国語の問題は、読み書きができるかをためされる内容だった。そこには、文法などの小難しい内容は入っていない。魔法学校だし、10歳程度が入学するのだ。それぐらいが妥当な線なのかもしれない。じゃあ何故私は今、古文を勉強しているのかという疑問が残るが、これを覚えておけば、古い魔法陣に書かれている事を読みとったりと色々役に立つ。まあ人生では必要だと考えて諦めよう。
続いて算数。数学ではなく、算数だ。内容は平面の面積を求めるところまで。……よし。これは前世知識でズルしているのだから、簡単に思えたって仕方がない。予想では2次関数やベクトルくらいの内容かななんて思っていたけれど、10歳を甘くみていた。
「まあ、ここまでは私も得意科目だしね……うん」
ならば苦手科目の魔法はどうか。問題の内容は属性を書き出せや、魔法を発動する時に使うものは何かとか、魔力と魔素の違いをかけなど、基本中の基本のみ。自分的予想問題は、2属性をかけ合わせた魔法陣をかけとか、全ての属性の幾何学模様を答えよとか、そんな感じのものを想像していた。
とりあえず、アスタがスパルタすぎる事が良く分かる。うん。アスタだもの、仕方がない。
ならば最後の砦、社会はどうだろう。問題は地理、歴史、現代社会が混ざったもので構成されていた。地理は大陸の名前を答えよや、中央に位置する湖の名前を答えよ、この国の首都名を答えよなど暗記問題である。解けなくはない。歴史と現代社会は要勉強だ。それでも何問かは埋められる。
結果。私が弱いのは、社会のみという事で、それでも現状だけで入学が可能ラインだ。
意味が分からない。ライ達に問題を持ってきてもらったはいいが、別の問題が積み上がった気がするのは何故だろう。
落ち着いて考えよう。どう考えても今の私には入学問題は簡易だ。その状態で入学を止めてられている。つまり最終試験は、アスタ……。オワタ。
どうしてこうなった。
「絶望しかない」
アスタが最終試験なんて、久々の無理ゲー。
命の危険はないけれど、将来の危機である。
「もう一度入学したいって頼んでも、簡単には頷かないだろうな……」
入試自体は簡単なのにアスタが頷かないのは、きっとアスタが完璧主義だからに違いない。おもに魔法に関して。
しかしだとしたら、私はいつになったら入学できるのか。いい年齢になってもアスタのすねをかじり自宅警備をしている自分が想像できてぞっとした。家庭内暴力はアスタより弱いので無理としても、きっと『混ぜモノ怖い』が『オタクキモイ』と変わり、近所に噂され白い目で見られるのだ……。うん。小汚い自分を想像だけで絶望した。
「ちゃんと働かないと」
アスタの為にも。自分の為にも。
ならばどうやって納得させる、もしくはアスタを無視して無理やり学校に通ってしまうか。
「他に何か情報は――」
私は問題集のついでに渡された、学校案内のパンフレットを開いた。
どうやらウイング魔法学校は、いくつかの学び舎に分かれているようだ。イラストを見る限り、かなり大きい。10~12年通う上、全世界から入学志願者が来るのだからそうなるだろう。それに他の学校からの転入制度もあるようで、細かく学部が別れる7年目から入学する事もあるようだ。
だが私に必要な情報はそこではない。大きかろうが、小さかろうが、薬剤の勉強と魔法が学べればそれでいい。今知りたいのは奨学金制度や特待生などの、何か金銭面が優遇されて学ぶ事は不可能かどうかだ。前世にはあったが、学校に通う事が貴族の特権に近いこの世界ではどうだろう。もしもアスタに学費などを頼れないとなれば、そういったものを利用するしかない。
私は一筋の望みをかけて、パンフレットを読み進めた。
◇◆◇◆◇
時間よし。まわりよし。
私は一枚の魔方陣とにらめっこしながら、宿舎で時間を図っていた。
「一発勝負だ。落ち着け」
とにかく失敗でも事故さえ起きなければ大丈夫。狙うは、アスタが帰ってくるギリギリだ。その時ならば、もしも魔法で何かがあっても、アスタが何とかしてくれるはず。
今からしようとしている計画は結局はアスタ任せな計画なので、何とも申し訳ない気分でいっぱいだ。しかし私が思いつく、早々に学校へ通う方法はこれしかない。
紙に書かれた魔法陣は、小さな風を起こすものだ。今まで練習したものと同じである。最近ようやく成功するようになったばかりだけれど、きっと大丈夫。人と言う字を3回書いて飲み込む。
「ただいま」
「風よ。我が声に従い、集まり広がれ」
アスタの声が玄関から聞こえたのを合図に私は魔法陣へ魔力を送った。練習の時より丁寧に、魔法を使う際の補助となる言葉を紡ぐ。
魔方陣が淡く発光すると、ふわりと風が動き出した。成功だ。私は第一段階をクリアした事にホッと胸をなでおろす。
「オクト?」
「魔方式終了」
不思議そうな声が背後から聞こえたのを聞いて、私は魔法を止めた。これでアスタはばっちりと私が宿舎で魔法を使った所を見ただろう。私は振り向く前に小さく深呼吸をした。ここまできたら、やるしかない。頑張れ、私はできる子だ。
例えアスタに冷たい眼差しを貰ったとしてもくじけるわけにはいかない。
「アスタ、私を勘当しろ」
「へっ?」
くるりと振り向けば、豆鉄砲でも食らったかのような表情をした、アスタがいた。予想もしてなかった言葉だったのだろう。恩を仇で返しているようなものだものなぁと、少し後悔の念がわくが、仕方がない。将来の事を色々考えた結果、私がアスタの元から去るのが一番いいと判断したのだ。
「私はアスタの言いつけを破って、一人で、しかも宿舎で魔法を使った。だから勘当されても仕方がない。荷物をまとめる」
驚きすぎている所為か、ぼんやりとしているアスタへ、私は立て続けに伝えた。
アスタの驚きが消え、正気に戻った時には、勘当どころか、法的にも親子でなくなる可能性があるが仕方がない。もちろん魔法学校を卒業後は、必ずアスタの役に立てるよう努力するつもりだ。怒り心頭で全く取り合ってもらえないかもしれないけれど……。それでも2年もの間、面倒を見てもらい、色々生きるすべを教えてもらったのだ。例え門前払いされたとしても、そこは面倒臭がらずに頑張ろう。
「お、オクトが反抗期?!」
「……あー……うん」
アスタの言葉に、少し肩透かしを食らった気分で、がっくりとなる。もっと怒鳴られるとか、静かに怒りを向けられるとか考えていたのに、まさかそういう反応を貰うとは。
「というか、勘当ってどういう意味?」
「……ようは、親子の縁を切るという意味。私が父親であるアスタに逆らったから、この家を出ていくというか、出て行けと追い出されるというか」
何故、懇切丁寧に説明しているのだろう。
オカシイ。本当ならば、今頃怒り心頭のアスタの方から、出て行けと言われている予定だった。そうでなくても魔法をもう教えないとか、そう注意されるはずだ。
しかし私の言葉を聞いたアスタは、少し青ざめ愕然とした表情をしている。
「えっ。何でオクトが、出ていくの?」
「えっ?いや、出ていくというか、追い出されるというか……」
「誰に?」
いや、誰にって。
そんなもの、ここには一人しかいない。しかしその本人に真顔で聞かれると、何とも答えにくい。
「もしかして、隣人に苛められた?だったら――」
「苛められてないから」
「なら、王子達に?!」
「それもないから」
もしも肯定したらどうするんだ。モンスターペアレントになるつもりか。止めてくれ。そもそも、アスタは存在自体がモンスターに近いチート男。筋違いな復讐とか背筋が凍るような自体になるだろう。小心者の自分としては、マジ勘弁。
とにかくアスタにしっかりと理解してもらい、家出ではなく、勘当という形で追い出してもらいたいだけだ。
「とにかく、……アスタの言う事を聞かずに勝手に魔法を使ったから、落し前としてここを出ていく――」
私は最後にごめんなさいと言おうとした。追い出されたいわけだから、許してもらいたいわけではない。それでも反射的に出てきてしまうのは酷い事をしているという自覚があるからだろう。
しかしその言葉を紡ぐ前に、一切の感情を失ったような、アスタの表情のない冷たい顔を見て、私は声を失った。