14-1話 難関な入学試験
「我が声に従い、風よ動け」
私の声に従って、魔法陣の中に風が集まり外へ向かって拭き出す。
「よしっ」
私は成功に小さくガッツポーズを取った。しかしまだ油断はできない。
「魔方式終了」
風が止んだ魔方陣を覗き込めば、亀裂なども入っていない。完璧だ。
これで成功する平均が10回中4回程度になった。かれこれ半月近く同じ魔法ばかり繰り返しているので、そろそろコツも分かってきている。
「オクトぉ。そろそろ、もっとド派手な魔法を練習しようぜ」
「何故?」
子爵邸まで遊びに来たライの言葉に、私は首を傾げた。必要な魔法を練習しているというのに、何故それを止めてまで派手さにこだわる必要があるのか。
「だって見てても面白くねーしさ。折角だし、攻撃魔法とかにしようぜ」
「いや。面白いとかじゃなくて、必要かどうかだと思う。今の魔法は、夏場に大活躍間違いないから」
攻撃魔法が必要な事態なんて早々起こらない。むしろそれならば、いっそ逃げた方が双方痛くないし、いいと思う。
真面目に返答したのに、端で壁にもたれながら本を読んでいたカミュ王子がくすくす笑った。
「オクトさんは、実用的なものの方が好きなんだね」
「当然」
使い道が分かる物の方が、断然やる気がでる。
それに今日はアスタは仕事でいないので無茶はできない。
やはりというか、練習時間不足で実技が思う様にいかなかった私は、アスタがいない時でも練習できるように頼んだ。最初こそ渋っていたものの、子爵邸である事と、ライとカミュ王子が一緒である事、練習は風魔法のみである事の条件で許可をもらえた。ここで事故でも起こしたら、2度と実技訓練をさせてもらえないんじゃないだろうか。
「お前、7歳だろ夢とかないのかよ」
呆れたようにいうライへ私は冷たい視線を送っておく。勉強をしたい魔法の違いは、感性の違いからくるだけなのに失礼な奴だな。
「……あるけど。私の夢は薬剤師になって薬を売りながら山奥でのんびりと生活。そして普段は自給自足して、できるだけ引きこもる」
これで将来、王族にも海賊にも会わないで済む。薬だったら買い手もつくし、もしも混ぜモノの力が暴走したとしても山奥ならば誰の迷惑にもならない。完璧プランだ。
「はあ?!なんだソレ」
「とりあえず、休憩してゆっくり話し合おうか」
何故私の夢をゆっくり話し合う必要があるのか。ただし練習をし始めて、結構時間もたっているのも事実なので、私は了解の意味で頷いた。私は練習している立場だからそれほど苦にはならないが、ずっと見ているだけのライは確かに飽きるだろう。
私は端に寄せてあった絨毯を広げると、鞄の中からコップとティーポット、それと魔法瓶を取り出す。ちなみに魔法瓶は、前世記憶のものとは違い、本当に魔法がかけられていてお湯がいくらでも出てくる仕組みだ。製作者はもちろん、アスタである。
本当に何でも作れる器用な男だ。魔法学校に通わなければ薬剤師になれないなんて事がなければ、魔法なんて覚える必要がないぐらいに色んな道具を作ってくれる。……押し入れに住んでいる猫型ロボットが頭をよぎったが、アスタは作っているので、未来で買っている彼よりも優秀だ。
「オクトさんって、凄い愛されているよね」
紅茶を渡すと、カミュ王子がしみじみとつぶやいた。
ん?愛されている?誰が誰に?
私は首をかしげたが、ライはうんうんと頷いた。
「師匠は俺らにすげー厳しかったし。そんなもの頼んでも絶対作ってくれなかったからな」
「まあ甘やかされている自覚はあるけど……」
これで甘やかされてないと思っていたら、かなりの大馬鹿だ。そこまで無神経ではない。ただ愛されていると表現されると、首を傾げたくなる。愛……なのか?
「そう。それなのに、アスタリスク魔術師から離れられるの?」
「……たぶん」
それを言われると、少し返答に困る。確かに今の生活は楽過ぎるのだ。
まさか?!
これは私の自立を阻害する、アスタの計画的犯行?いやいやいや。いくらなんでもそれはないだろう。私が自立しなかったらアスタだって困るはずだ。いい年になって職業が自宅警備は色々マズイ。考え過ぎだ。
「大体、学校に行くんだろ。何でそれが、山で自給自足になるんだよ」
「薬を売るから、正確には自給自足ではないけど」
一応外貨がないと、いろいろ大変そうだし、納税だってできない。しかし私の答えがお気に召さなかったようで、2人は顔を見合わせてため息をついた。
「うちの学校、卒業後王宮で働くヒトが多いんだけど」
「私は混ぜモノなんだけど?」
王宮とかない。ありえない。
元々無理だし、働きたいとも思わない。正直、そういった職場は面倒なので、無縁でお願いします。
「それでいくと、僕は王子なんだけどね」
それはどういう意味だ?
しかし答えを聞くのが怖くて、私は紅茶ごと喉の奥に飲み込む。深く考えてはいけない。こういう時はスルーに限る。
私は鞄の中からドーナツを取り出し2人に配るとかぶりついた。うん。美味しくできている。
「オクトさん……何これ?」
「何って――」
2人が固まっているのを見て、私は何がおかしいのか考える。いたって普通のドーナッツだ。焼きでも、生でもなく、本家本元。……ああ、でも作ったのは初めてか。
「世界を食べるって、凄い発想だな」
……はっ?世界を食べる?
何の事だと少し考えて、ドーナツの形が、この世界の大陸の形に似ている事に気がついた。この世界は混融湖という海のような大きな湖を中心に丸い形をしている。たしかにまんま、ドーナツだ。
「もしかしてどこかのお土産?」
「……名物の試作品みたいな?」
乾物ではないので、お土産にしては日持ちがしないと思うのだけど。そうは思ったが、私は適当にはぐらかす事にした。どうやらこれは、まだこの世界にはないお菓子だったらしい。
「ああ。アロッロ伯爵のところのね」
「そういう事か。伯爵のおかかえ薬剤師になるからあんな夢を言ったのか。確かに山奥には間違えないもんな」
何で伯爵?
どうしてアスタのお父さんがこの話に関係するのだろう。私は話が見えなくて眉をひそめた。
「意味が分からない」
「違うの?アロッロ伯爵が売りだした、カラフルな折り紙。あれはオクトさんが発明したって聞いたけど――」
……何だその話。聞いていないんだけど。
そういえば昔折り紙を作っている最中に、色つきの紙があればいいのにと言ったような気もする。そして次に行った時はそんな紙をくれたような……。
「……売られた」
まあ、別にいいんだけど。
稼いでいるのはアスタだけで、私はただのすねかじり。私の知識を有効活用してくれるならば、それはありがたい事だ。
「――その分だと伯爵のおかかえ薬剤師になるというのも違いそうだね」
当たり前だ。どうしてそんな発想になるのか。私はコクコクと頭を縦に振った。
「伯爵に迷惑をかけたくない」
「いや、迷惑とは思ってないと思うぞ」
そうだろうか。どう考えても、混ぜモノが近くに居るのはマイナスな気がする。いや、そう考えると、アスタの家でいつまでもすねかじりする事もまた同じだ。できるだけ迷惑はかけたくないんだけどなぁ。
「申し訳ないけど……アスタには内緒で、ウイング魔法学校の試験の過去問をもらえない?」
「おおっ!やっと受ける気になったんだな。よしよし」
「内緒ってどういう事?」
ライが良く決めたと言いながら私の頭をわしわしと撫ぜる。その横でカミュ王子が不思議そうな顔をした。保護者を通さずにと言われたら、普通そういう反応だよな。
「試験を受ける事をアスタが反対しているから」
「「何でっ?!」」
「たぶん、魔族との時間感覚の違いだと思う。私が20歳ぐらいで独り立ちするプランを伝えたら、早すぎると。それに、勉強の理解力も低いし……」
何故だろう。話すたびに2人がしょっぱいものを見るような顔になる。
やはり2人からしても20歳は早いのだろうか。
「分かった。次来る時は問題集持ってきてやるよ」
「オクトさんは頑張ってアスタリスク魔術師を説得してね」
同情的なまなざしを向けられて、私は困惑したままとりあえず頷いた。