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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
幼少編
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1-2話

 私が身を寄せている旅芸人一座は、テントを張って生活する。さっき私がいた場所は道具がしまってある物置のような場所だ。

 寝る場所は下っ端は基本一つの大きめなテントで雑魚寝だが、一座の中でも稼ぎ頭たちは小さいながらも自分の部屋をもらえる。もしくは都会で実入りがいい時は、稼ぎ頭たちだけは宿に泊まっていた。そしてクロのお母さんは剣の達人で剣舞踊や模擬戦などが好評の稼ぎ頭だった。私は本来雑魚寝なのだが、クロのお母さんが自分のママと友達だった為、一緒の部屋に置いてもらえていた。


「母さん、よごれた。たおるない?」

「あらら。派手に汚したわね。クロは上着も着替えちゃいなさい。オクトは、とりあえず顔洗うだけでいいわね」

「すみません」

 部屋には黒髪の女性がいた。仕事道具である剣を磨いてたらしい女性はクロを見ると笑みを浮かべた。目元がきつめの美女だが、笑うと少し可愛らしい。クロに続いて部屋に入った、私は頭を下げた。


「これはオレらがわるいんじゃないんだからな。アイリスのやつが、オクトにしごとをおしつけるからいけないんだ」

「違う」

 私はクロの後ろで首を横に振った。

 私は基本雑用係だ。仕事道具を片づけるのも仕事である。まあナイフを研ぐまでやるのはやり過ぎというか、やらせ過ぎかもしれないが、依頼があったのならば仕方がない。

 それに仕事があるから私はここに置いてもらえている。ならばアイリスを恨むのはお門違いだ。

「ちがわない。オクトは人がよすぎるんだ」

「それも違う」

「はいはい。分かったから、喧嘩は後にしてクロは早く着替えなさい。濡れタオルは母さんが用意しておいてあげるから。それと、オクト。今のアイリスじゃそんなに売れっ子にはなれないから、媚売ってもしかたないわよ。売るなら、もっと上の人に売るか青田買いをしなさい」


 それもどうなんだろう。

 私は困ったように首をかしげた。そもそも私をいじめたりしそうなのは、アイリスみたいな中途半端なレベルの人だ。売れっ子は逆にアイリス辺りをこき使う。なのでアイリスの不興を買わないのは対策としてはあっていると思う。

 確かに売れっ子のお気に入りになれば、うかつに手は出せないだろうけど。

 しかし売れっ子の役に立てるような事が今の私にできるとは思えない。もう少し大きくなれば力仕事もできるのだけれど、いかんせんこの小さな体ではできる事の方が少なかった。

 青田買いの方だって、もう少し知識が増えなければ見抜く事は無理だ。


 私はぐるぐると考えながらクロのお母さんである、アルファさんについていく。アルファさんは洗濯場で水をもらうとタオルを濡らし、私に差し出した。

「ほら、眉間にしわ寄せてないで、早く拭いちゃいなさい」

「ありがとうございます」

「これぐらいいいわよ。あ、ちなみに私はすでにオクト贔屓だから、媚売っても無駄だからね」

 ああ、そう言えばアルファさんも売れっ子だっけ。最終的にはそこにたどり着きそうだったが、まだそこまで考えていなかった私は、先にくぎを刺されてしまった。

「仕事ならいくらでもあげるわ。でもそんなのより、技を盗んで色々考えなさい。その方が、いじめられなくなる為の早道よ」

 それはつまり売れっ子になれという事……。つまり無理という事ですね。分かります。

 私は理解できないふりをして、タオルで顔をぬぐった。

 いう事は無茶苦茶だが、アルファさんには感謝だ。もしも濡れタオルを用意してもらえなければ、私は明日の水浴び時間まで汚れたままだった。私だけでは洗濯場でタオルなんて貸してもらえないだろうし、混ぜモノというだけで、井戸を借りることも難しかっただろう。

 つくづく運のない生い立ちだ。


 部屋へ戻ると、クロはすでに服を着替え終わっていた。アルファさんからタオルを受け取り顔をふく。

「そうだ。オレたち、これからビラくばってくるから。で、その後あそんでくるから」

「ふうん。だったらもっと、派手な服着て行きなさいよ。折角可愛い顔に産んであげたんだから、もっと活かしなさい」

「ええっ。そのあとあそぶから、よごすとおこるだろ」

「汚さないように遊ぶの。汚すことするなら一度戻ってきて汚してもいい服にしなさい。ちゃんと看板になる事も一流の芸人よ」

 そう言ってアルファさんは水兵みたいなセーラー服型の舞台衣装をクロに渡す。襟の部分がキラキラとラメっていて遠くからでも目立ちそうだ。そしてさらにもう一着子供用の服を取り出した。

「はい。オクトもこれに着替えなさい」

 私は逆にピンクのセーラー服だ。クロが青だから反対色を持ってきてくれたんだろうけど、ちょっとためらう。ちなみにクロが短パンで、私がスカートだ。年齢考えれば微笑ましい感じなのだが、前世の記憶が可愛らし過ぎるそれに躊躇いを覚えさせる。

 ……これはほぼ、どこぞの美少女戦士の恰好ではないだろうか。コスプレの四文字が頭をめぐる。

「私は――」

「着替えなさい」

「――はい」


 似合わなかったら、逆に道化っぽくて看板になるかもしれない。うん。前向きに考えよう。

 これも仕事とわりきり服を脱ぐ。そう言えば前世の記憶がある割に、裸になることにはあまり抵抗がない。クロとは兄弟みたいなものだし、そもそもクロは六歳だ。恥ずかしいと思える年齢でもないからかもしれないけれど……。

 私の前世って、性別どっちだ?

 一般常識的な記憶は存在するのだが、どうも当の本人の事になるとかなりあやふやで欠如が多い。もしかしたら今は生物学的には女だが、前世が男だった可能性もある。

 とはいえ、前世がどちらでも関係はない。混ぜモノである自分には、結婚とかまずあり得ない行事なので、性別とか考えるだけ無駄だ。

「うん。さすが親友の娘ね。かわいすぎるわ。さあ、行ってきなさい!」

 パンと背中を叩かれると、そのままテントの外に押し出された。下手に鏡を見て行く気が失せる前なのである意味良かったと思うしかない。うん、知らぬが仏作戦だ。


「オクト、いこうぜ!」

 クロに急かされ、私はコクリと頷いた。

 自分の場合、まだ幼すぎる事もあって、買いだしなどの町に出る仕事はまわってこない。ここ一カ月間は休みがなかった事もあって、町へ出るのは久々だった。なので行きたくないわけではない。

「このまちは、ふんすいがあるところに、人があつまるんだってさ。へたに店の前とかでビラくばると、おこられるからそっちでくばろう」

 そういうものなのか。

 ビラくばりと言うので、駅前のティッシュくばりが頭に浮かんでいた。大抵そういうのは商店街で行われていたように思う。というのも不特定多数の人が流れていき、比較的多くの人にもらって貰えるからだ。

 首をかしげると、クロがさらに説明してくれた。

「みせがいっぱいあるとこでえいぎょうするには、なんかえらい人にし……しんせい?しないといけないんだって」

「偉い人って?」

「わかんねえ。いいじゃん。ふんすいとこならおこられないし」

 まあ、その通りだ。ただ噴水のところが公園みたいな役割だとすると、こっちから人を集めるようにしなければ中々終わらないかもしれない。


 噴水を目指して歩いて行くと、商店街にでた。商店街は先ほどまでと少しだけ雰囲気が変わり、地面がタイル張りになっている。またレンガで作ったような店が立ち並び外観が統一されていた。まるで中世ヨーロッパだ。そこを時折馬車が走っていく。

「クロ。ここは何の店があるの?」

 馬車はバスや電車のような役割をしており一般客も使うが、こういった店まで乗りつけて来るのは貴族や金持ちだけだ。つまりはそういった客に対応した店があるという事になる。

「んーっと、そこがレストランで、そっちがざっか。あとまほうぐの店とかほうせきの店とか、ぶきうってるところもあったはず」

「ふーん」


 まるでRPGな世界だ。魔法具の店とか、武器を売っているとか、子供が入っても大丈夫なら一度見てみたい。

 この世界は、日本ではゲームにしか出てこないファンタジーな種族がいるだけあって、魔法というものが存在した。学校で学び資格をとったものを魔術師と呼び、そうでない者を魔法使いと呼ぶそうだ。魔法使いも試験さえ通れば魔術師と名乗れるのだが、なかなかその試験が難しいらしい。

 ちょっとした魔法具なら一般人も使えるそうなので、機会があれば触ってみたいと思っていた。所詮は二次元に憧れたミーハー魂だけど、魔法はロマンだ。仕方がないと思う。


「あと、くすりの店と……えっと。そうだ。いかいやがあるってだんちょーいってたな」

「イカイヤ?」

 何の店だろう。

 あてはまる字も思い浮かばず首をかしげる。イカ嫌?以下胃や?

「いかいの物、えっとこことはちがうせかいでつくられた物がうられてるんだって」

「……そんなのあるの?」

 つまり、『いかいや』というのは、『異界屋』ということだろう。文字があてはまった瞬間、落雷を受けたような衝撃が走った。

「うん。たまにコンユウコにながれつくってさ。きほんつかい方わからなくてガラクタだけど、マニアが高くかうんだって」


 異界。私の妄想だけじゃなくて、本当にあるんだ。

 ドキドキと心臓が脈打つ。その異界は、私が知っている所だろうか。この頭の中にあるのは妄想じゃないと教えてくれるのだろうか。

 不安と期待がぐるぐると渦巻く。

「オクト、あとで行ってみる?」

 私の動揺がクロに伝わったらしい。

 それでも私はクロの言葉に、私は一も二もなくうなづいた。

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