12話 ものぐさな混ぜモノ
私の人生2度目の拉致監禁後、アーチェロ伯爵は王家に爵位を返還した。元々アーチェロ伯爵は、結婚で伯爵家に嫁いだのであって、伯爵家の人間ではなかったそうだ。また彼女と亡くなった夫の間に子供はおらず、他に継げる人もいない。結果、アーチェロ家は表舞台から消えた。
「エストの事は安心しろよ。俺の家で預かりになったから。それとこれは、エストから預かった手紙」
「うん」
アーチェロ伯爵は結局、人身販売の仲介者だった。エストの薬はかなり貴重なものだったそうで、それを買う為に犯罪に手を染めたそうだ。
そんな説明をわざわざしに、ライとカミュ王子は家まで来てくれた。エストの事は気になっていたのでありがたいが、正直もう関わりたくはない。
風のうわさで、吸血夫人が捕まったらしい事はきいていた。らしいというのは、大々的に吸血夫人が捕まった事は発表されなかったからだ。しかし新聞には吸血夫人の記事は伯爵が捕まって以来一度もでていない。カミュ王子が簡単に手を出せず、王家が内々に処理。そしてアスタが最初のお茶会にはついてきた理由。色々考えると、私の中で見なかったふりが一番楽だという結論になった。カミュ王子も知られたくはないだろう。
「そっけないな。もっと喜ぶとか驚くとかないのかよ」
「これでも喜んでいる」
悪いが、『うわー、凄い嬉しい。ありがとう、ライお兄ちゃん!』なんてできるバイタリティーは私にはない。そんなに無邪気で愛想が良ければ、もっと周りから可愛がられ、楽に生きれる気がする。もちろん混ぜモノというハンデがあるので、あくまで予想だが。
「オクトさんはあんまり笑わないんだね」
私は答えに困って、首をかしげた。笑えと言われれば、愛想笑い位はできる。ただ楽しくもないのに、普段からニコニコはしない。そう考えると、あまり笑わない方だろうか。
「というか、この状態は笑えないから」
私は椅子の上に乗り、一生懸命お茶を注いでいた。はっきり言って5歳児の腕力では、手がプルプルする。その為集中力を欠くわけにいかないのだ。この状況で笑えるはずがない。
何とか入れ終わると、2人は紅茶を自分の方へ持って行った。マナーもへったくれもないが、私では運ぶのに時間がかかり過ぎる。
「オクトって、まだ5歳なんだろ。一体どこでこういう事覚えたわけ?」
「ああ。それは僕も気になっていたんだよね」
「えーあー……ママに聞いたみたいな?」
この技術も、ばっちり前世記憶だ。
日本は緑茶文化だったが、幸い前世の持ち主は紅茶にはまっていたらしく、入れ方だけは覚えていた。今入れた紅茶の種類は記憶にあてはまるものがなかったので、異世界にはないのかもしれないけれど。
「ママ?ああ。そう言えば亡くなったって言っていたな」
「何の種族だったんだい?」
「獣人族と精霊族」
「「精霊族?!」」
えっ?
余計な事を言わないよう、ボソリと答えれば2人の声がはもった。たしかどちらの種族も数が多いはずだけれど……。叫ばれるなんて精霊族は、何か不味いのだろうか?
「なるほどね。だったら、不思議な知識を持っていても納得がいくかな」
「まさかこんな近くに精霊族がいるなんてな」
変な納得のされ方をして、私の方が逆に混乱する。精霊族だとどうして不思議な知識を持っていてもおかしくないのか。
「えっと。……精霊族って、どんな種族?」
そう言えば私は自分につながる種族について何も知らない。アスタに聞けば教えてくれそうな気はするが、日常生活であえて聞かなければならない場面などなかった。
「精霊族というのは、肉体がなく、魔力の塊でできている一族の事を指すんだよ。高位になれば魔力の低いヒトの目でも見る事ができるけれど、そういう奴らは大抵、神に仕えているから一般人は会う事はないな」
「あっ。アスタ、お帰り」
振り返れば、アスタがいた。今日も仕事だったはずだが、どうしたのだろう。時計を見れば、まだ15時もまわっていない。いつもならば、絶対帰ってこない時間だ。
「ただいま。どうも家に害虫がわいている気がして、早退したんだ」
「害虫って俺らの事?!師匠ひどい。いたたっ!!やめ、止めて。頭がトマトになるっ!!」
アスタはガシッと片手でライの頭を掴むと力を入れたようだ。とてもいい笑顔なので、それほど力を入れている様には見えないが、ライの痛がり方は尋常ではない。
「あー……、もしかして家に入れない方が良かった?」
相手が王子なので迎え入れたのだったが、私は家主ではない。勝手に入れるのは、少し早まったかもしれない。
「アポなしに勝手に来たコイツらが悪いんだから、オクトは気にする事ないよ」
……そうだろうか?というか王子とその乳兄弟の扱いがこんなに雑で良いのか?
アスタはライを解放すると私の頭を撫ぜた。頭をトマトにするほどの力があるとは思えないほど優しい動きだ。
「アスタリスク魔術師。僕は子供をあまり一人にしておくべきではないと思うんだけどね」
「公園デビューはオクトがもう少し大きくなってから考えるつもりだし、ヒトの教育方針に口を出さないでほしいな。オクトはどう?外へ遊びに行きたい?」
私はぶんぶんと首を横に振った。外出するたびにろくな目に会っていないのだ。絶対嫌である。できる事なら、買い物も行かずに引きこもっていたいくらいだ。ネットショッピングのないこの世界が恨めしい。
「というわけだから、お前ら帰れ。まだ事件の処理も終わっていないんだろ」
「事件って何のことかな?」
「処理も何も、俺らは別に何の事件にも関わってないけど?たまたま偶然、オクトが拉致監禁したところに居合わせただけで」
へ?
事件といえば、吸血夫人の事に決まっている。彼らは何を言っているのだろう?
「うん。ライの言う通り、僕が関わらなければならない大きな事件なんて、最近は何も起きていないよ。ただ不幸な事に事件に巻き込まれてしまったオクトさんへの見舞い金は、もちろん後で払わせてもらうつもりだよ」
一テンポ置いて、私は彼らが事件の真相をもみ消したのではなく、最初から吸血夫人自体いなかった事にしたのだと気がついた。想像以上の対応に絶句する。
「ああ。もしも僕の従姉殿が自殺した件を言っているなら、もう終わったよ。あまり名誉な事ではないから、密葬だったんだ」
にっこり笑うカミュの笑顔は問答無用な雰囲気があった。
自殺か……。
全てがなかった事にされてしまうのは、罪を問われることとどちらがつらいのだろう。普通なら罪を問われたくないと思うはずだけれど……彼女はどうだったのだろう。考えると少し胸が痛んだ。
「そう」
それでも私には何もできる事はない。ただ国の決定に従うだけだ。小さく了承した事を伝えると、アスタがわしわしと私の髪の毛をかき混ぜた。
アスタは驚いた様子もないので、初めからこの事を知っていたのかもしれない。だとすればあえて、私に事の顛末が分かるようにしてくれたのだろう。
「……そう言えば、師匠ってどういう事?アスタはライの師匠なの?」
慰められてるのが、どうにも甘やかされているような気がして、私は話題を変えた。不幸になった人の事を考えれば、私は悲しむべきではない。ましてや、アスタに心配をかけるなんてもっての外だ。
「正確にいうと、俺はライとカミュ王子の元家庭教師なんだよ。研究するために王宮に上がったのにな」
家庭教師?!
アスタは不本意そうだが、それってかなり凄いのではないだろうか。王子の家庭教師って、なりたくても中々なれるものではない。
「アスタリスク魔術師は今年で82歳になる、知識も経験も豊富な魔術師だからね」
へー……えっ?!
「82?!」
嘘っ。誰が?アスタが?
指をさすと、アスタは頷いた。
「そう言えば教えてなかったっけ。魔族は魔力が強い一族だから、老化がゆっくりになるんだよ」
まさかアスタが高齢者だとは。というか、だったらその父や母は、何歳?!
開いた口がふさがらないとはまさにこの事だ。そりゃそれだけ年を取っていれば、今年学校を卒業するような息子がいたっておかしくない。むしろ遅いぐらいだ。執事に段差を気を付けるように言われたのも年齢を考えれば理解できる。
「実力はこの国で、1,2を争うほどだしな。それと師匠。俺はまだ弟子を止めたつもりはないんだけど」
「そうだね。僕も右に同じかな」
そんな凄い人物だったとは。ヒトは見た目ではない。
しかしアスタは面倒そうな顔をした。
「俺は弟子は取らない主義なんだよ。学校に良い教師がいるだろ。そっちに教えてもらえ」
学校……あっ。
ふとアスタの実家で考えた事を思い出した。そうだ、まだ伝えていない。
私はエストの手紙に目を落とす。もしもエストの薬がもっと安価にする事ができたら、アーチェロ伯爵は今もエストと一緒に暮らしていただろう。知識があれば、ローザ様の悩みに、もっとちゃんと答えられたはずだ。
……エストの言う混ぜモノさんではないが、無知はなんて面倒なのだろう。私が本当に賢者だったら、後悔なんてしなかっただろうか。
「……アスタ」
「どうした?」
なんとなくアスタには全てを見透かされている気がした。
下手したら、私の行動はアスタの思うがままかもしれない。引き取った時に研究を手伝えとか言っていたし、何たって82歳。勝てる気がしない。それでも、これは私が考え選んだ精一杯の答えだ。
「魔術師の学校に通いたい」
後悔しない為に、私は本当の賢者になろう。そう心に誓った。