11‐2話
「……またか」
目が覚めた私は開口一発、自分の運のなさを嘆くようにつぶやいた。
今年2回目の拉致。……このペースで行けば、フルーティーな名前の姫様並みに拉致監禁を味わえるかもしれない。でも拉致られる理由が、人質とか愛されてではなく、偶然又は血抜きする為って酷過ぎる。
前回に比べてマシなのは、私を助ける為にライやカミュ王子、それと一応アスタが動いてくれているだろうという事だけだ。
「そして今回はくさり付き……」
部屋は前回のような牢屋ではなく、ベットもある普通の部屋だ。しかし私の足首には鎖がついており、それがベットの足と繋がっている。大部屋ではなく、1人部屋対応だけど待遇が良くなったとは思えない。むしろ行動制限されて、自分的にはマイナスだ。
「あのタイミングだと、監禁したのはアーチェロ伯爵か」
どうやら鳩尾を殴られたらしく、今も地味にお腹が痛い。幼児虐待もいいところだ。しかしこんな目にあっても、イコール吸血夫人とするのはまだ早い。
何か他の思惑で拉致された可能性だってあるのだ。それにカミュ王子が流した、『混ぜモノの血には力がある』という噂の所為という事だってあり得る。それが原因だとしたら、今回の仕事に危険手当を上乗せしてもらおう。
「とにかく、逃げられるなら逃げるべきか」
どういう事情でこうなっているのかは分からないが、監禁されているという事はいきなりさっくり殺されるという事はないはずだ。もしもそうならば、今頃私はこの世にはいない。
しかし助けを待っていて、間に合いませんでしたなんて事もありえる。そうならない為にも自力で脱出する方法も探しておくべきだ。
「鎖は流石に切れないか」
引っ張ってみたが、金属でできているため簡単に切れる事はなさそうだ。足首にはめられた金属は鍵で開閉するようだが、鍵がこの部屋に隠されているなんて事は考えにくい。そして自分の力を考えても、ベッドごと移動する事は不可能だろう。
結果。
「物理的には無理」
5分もたたずして、私は力技で逃げ出す事を諦めた。そんな事ができる幼児がいたとしたら、きっとその子供は神様に愛された主人公のような存在だろう。神様に嫌われているとしか思えない自分とは正反対だ。
力がなくても逃げ出す方法を考えなければ……。
「あっ、転移魔法陣があれば逃げられるかも」
ふと海賊の場所からアスタの家へ帰った時に使った魔法陣を思い出した。たしかあれは魔法使いでなくても移動できたはず。
しかし、アレをしっかり再現できるだろうか。そもそもアレはただ書けばいいものなのか。アスタに聞いておけば良かったと後悔する。時間はたっぷりあったというのに、どうして聞かなかったんだ自分。もっともあの時は全力で引きこもる事に夢中だったのだけど。
「失敗しても怖いしなぁ」
殺されたくはないが、逃げるのに失敗して死ぬのも嫌だ。というか何でこんなに死亡フラグしかないのだろう。
うんうんと考え込んでいると、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。
反射的にドアを見れば、そこにはドレスを着たアーチェロ伯爵が立っていた。まあ予想外な人物でもないので、驚きは少ない。その手には食事トレーがのっている。……やはり、今すぐ殺すという事はなさそうだ。
「目が覚めたんですね」
私はそれには答えずジッとアーチェロ伯爵を見る。力もなく、魔法にも頼れないならば、私に残された手段は伯爵との交渉しかない。伯爵が何を望んで私を捕えているのか、間違えたら終わりだ。
「お腹は空いてませんか?お口に合うか分かりませんが、ご飯をお持ちしました」
「……まだ空いていない」
どちらかというと、殴られた所為で食欲が失せている。いつかは食べなければ死んでしまうが、今すぐどうこうという事もないだろう。
「毒は入ってないですよ。良ければ毒見しましょうか?」
「本当に減ってはいない。お腹が痛くて」
「ああ。私が乱暴な事をしてしまったからですね。すみません」
悪いと思っているのか何なのか、眉をハの字にすると伯爵は頭を下げた。……貴族なのに、頭を下げるんだ。それが少し意外だった。
「今更敬語で話されても……。謝るならコレ、外して」
「……それはできないかな。ごめんね」
まあそうだよな。
そんなあっさり解放してもらえるならば、そもそも拉致監禁なんてするなという話だ。
「なら、何で私は捕まえられている?」
「ごめん。……それも言えないんだ」
伯爵は悲しげに眼を伏せると、トレーをベッド横にあるテーブルに置いた。それにしても、捕まえられた理由が聞けないのでは交渉できない。それは困る。
「私も何も知らないまま殺されたくはない。せめて伯爵は私で何をしようとしているのか聞かせて欲しい」
「……オクト嬢は死が怖くないのかい?」
「怖いに決まっている」
何を言っているんだ。私が眉をひそめると、伯爵は苦く笑った。
「そうだよね。うん、ごめん。ただ私の弟なら、泣いて助けを求めているころだと思ったんだ」
そういえば、乗馬に誘った時も伯爵は、弟と私がかぶるような事を言っていた。ただの言いわけと思っていたが、それは彼女にとっての真実なのかもしれない。
そして大切な弟とかぶる私を犠牲にしなければならないという事は――。
「エストの為に私を監禁したの?」
「……いや。私の為だよ。エストは関係ない。これは私のエゴだ」
明らかに、これはエストを庇っているよなぁ。
私と関係ないならば、美しい兄弟愛だなと感動すら覚えたかも知れない。しかしそうではないので早くゲロってもらいたいところだ。
交渉できないという事は、私に待っているのはバッドエンド。それはマズイ。
「先に言っておく。私の血ではエストの病気は治らない」
もしもカミュ王子の流した噂が原因ならば、この話題には乗ってくるはずだ。しかし予想に反して伯爵は困惑気な顔をした。……あれ?
部屋の中に微妙な空気が流れた。
「オクト嬢の血には何か特別なものがあるのかい?」
「いや、ないと思う」
本当のところは、混ぜモノの血に何かあるかは知らないという言葉の方が正しいんだけど……。それにしてもおかしい。もしかして、伯爵は噂を知らない?
「混ぜモノの血には力があるって噂があると、アスタから聞いたんだけど。その……伯爵は……」
「いや、聞いたことないな」
マジか。
カミュ王子の噂、全然役立ってないやん。私は想定外の言葉に、頭の中が真っ白になりそうだ。つまり何だ、どういう事?
ぐるぐると私が監禁されている理由を考えるが思い浮かばない。
「それにしても、そんな下劣な噂を流す者がこの国にいるとは。嘆かわしい」
ですよね。
私の代わりに怒ってくれるのはいい。しかしその噂を流したのは、アーチェロ伯爵やアスタが仕えるこの国の第二王子様だ。なんて残念。
それに。
「全くその通りだけど、拉致監禁する人には言われたくない」
「……そうですね」
ずどんと落ち込む伯爵を見ると、どうしても悪い人には思えなくなってくる。被害者は私なんだけどなぁ。これが貴族のお嬢様方を虜にする秘訣なのかもしれない。
「分かった。聞き方を変える。伯爵はどうしたら、私を解放する?」
何故なんて聞いていてもらちがあかない。こうなったら伯爵の本当の望みを聞いてしまった方が速そうだ。
「それは……できない」
「できるできないの話じゃない。監禁をするならそれ相当の理由があるはず。例えば私を使ってアスタを脅してお金が欲しいという理由なら、金が手に入れば私は必要ないということ。もしそうなら、その願いを私が叶えてあげる」
もっとも、伯爵の望みがお金という事はないだろう。お金をふんだくるなら、子爵よりも公爵だ。乗馬には、公爵令嬢も参加していたのだし私では非効率過ぎる。
「ローザ様から、海の精霊の呪いを消した事を聞いたはず。それは本当。私は誰も知らない事を知っている。だからきっと、私は伯爵の力になれる」
我ながら、かなり大きくでたよなと思う。しかしとにかく今は伯爵の信頼を勝ち得なければ先に進めない。
これで駄目なら、やはり後は誰かの助けを待とう。
「オクト嬢……貴方は、一体……」
困惑する伯爵の目の中に小さな希望が見えた私は、伯爵を安心させられるよう、精一杯笑みを浮かべる。そしてアスタから貰った、誰もが私を見る目を変える呪文を唱えた。
「私は賢者だ」