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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
幼少編
32/144

10-3話

 お茶会の1週間後私は晴れて初めての乗馬体験をする事になった。そしてそれが終わり次第、伯爵の弟君の容態を見る予定だ。そう、その予定だったのだが……。


「それがどうして、こうなった」

 薔薇の浮かんだ湯船につかりながら、私は深くため息をついた。

 現在私は入浴している。ただしここはアスタの家でも、アスタの実家の浴室でもない。何と初めて訪問したアーチェロ伯爵の家だったりする。

「悪夢だ……」

 私は団長が馬に近づいてはいけないと言ったのは、馬が私を見て怯えるからだと思っていた。しかし現実はそれを斜め上に裏切った。

 乗馬しようと馬小屋へ向かう時だった。たまたま小屋から出ていた馬たちがご主人の静止も聞かず鼻息荒く私の方へやってくると、力の限り私へ甘えたのだ。しかし五歳の体格からすると、馬など見上げるほど大きい。彼らの甘えるという好意に対して、私は本気で食べられるのかと思った。舐められたり、腕を口で引っ張られたり、髪の毛を食べられたりしたのだからそう思っても仕方ないと思う。

 皆がありえない状況にポカーンとしている中、一番最初に我に返った伯爵が馬から私をひきはがした時にはすでに、私は唾液でどろどろ状態だった。伯爵はそのまま屋敷へ連れて来くると、湯船を貸してくれた。

 とりあえずもう2度と馬には近づかないと私は心に誓った。


 ざばりと風呂から出ると、私は置いてあるタオルで体を拭き、ドレスに着替えた。今日もライがメイド姿でついてきているが、風呂の手伝いは断り、廊下で待って居てもらっている。

 別に見られてもこのつるぺたな体ではどうという事もないのだが、ライは私が断った事に心底ほっとした様子だった。

「この間のお返しで嫌がらせするなら、あえて手伝わせても良かったのか」

 今更ながらに気がついたが、人に体を洗われるとか、着替えを手伝われるとかどうも馴れない。手伝わせるのはライへの嫌がらせにはなるだろうが、同時に自分への精神的苦痛も大きそうだ。

 タオルで髪を拭きながら外に出ると、扉の前でライが直立不動で立っていた。

「お待たせ」

「お風呂の湯加減はよろしかったでしょうか?」

「うん。でも、薔薇とお湯がもったいなかった」

 こんな時間じゃお風呂にはいるのは私だけだろう。生憎とアーチェロ伯爵の風呂には追い炊き機能がないので、冷めたら使えない。薔薇だって、あんなもったいない使い方をしなくてもいいのにと思ってしまう。あれだけあったら、薔薇ジャムとか色々使えそうだ。

「それは慣れて下さいね」

 うん、無理。

 なれたら、それは色々死活問題になりそうだ。いつまでも貴族で居られるなんてお花畑な妄想は持ち合わせてはいない。

 首を振ると、まだ髪に水分が残っているようで、水滴が飛び散った。

「オクトお嬢様。このままでは風邪をひかれてしまいますわ。髪を乾かしてから、伯爵様の元へ向かいましょう」

「大丈夫」

 そんな事で風邪を引くほどやわな体のつくりはしていない。

「ですが今伯爵の元へ直接行かれると、まだ乗馬中かと――」

「分かった。髪を乾かす」

「それがよろしいかと思いますわ」

 ちっ。

 ライの言い分を素直に聞くのも嫌だが、それよりも乗馬の方が嫌だ。折角綺麗になったのに、また唾液でべとべとに誰がなりたいと思うだろう。

「ではオクトお嬢様。こちらへ」


 ライの後ろを歩いていくと、前方から小さな男の子が歩いてきた。私より大きいが、ライよりは小さい。ライは少年を見ると、すぐさま端へより頭を下げた。

 ん?どうしよう。私も頭を下げるべきだろうか。

「オクトはそのまま立ってろ」

 ボソリと私にしか聞こえない声で、ライが私に指示する。

 そういえば貴族は、ペコペコ頭を下げてはいけないんだった。私はとりあえず少年を見た。チョコレート色の柔らかそうな髪をした少年は私に気がつくと、緑の瞳を大きく見開いた。

「ま、混ぜモノさんっ?!」

「はぁ。混ぜモノですね」

 ライが頭を下げた相手なので、たぶん偉い人の子供なのだろう。私はとりあえず敬語で受け答えをした。しかし初対面の人間を指で指すのは如何なものだろう。

 少年は私を少し怖がっているようだが、好奇心からかジリジリと私に近寄ってくる。逃げるわけにもいかず、私はライの隣でとりあえず立っていた。

「嘘。どうしてここに?僕、初めて見た」

「そうですか」

 以前カミュ王子から聞いた話だと、この国にいる混ぜモノは私だけらしい。そりゃ、初めての可能性が高いだろう。

「僕、いつも混ぜモノさんの話を読んでるんだ」

「混ぜモノさんの話ですか?」

 何だそれ。

 そもそも混ぜモノにさんを付けるのはおかしいのではないだろうか。私の名前は混ぜモノではない。

「うん。混ぜモノさんは凄いカッコいいんだよ」

 一体少年の言う混ぜモノさんとは何なのか。

 私はさっぱり話についていけず、首をかしげた。

「混ぜモノさんとは、何でしょうか?」

「えー、混ぜモノさんのくせに知らないの?」

「はあ。無学ですみません」

 私が悪いわけではないのだが、あまりに少年が落胆しているので、つい謝ってしまう。

「混ぜモノさんは、僕が読んでる小説だよ。見せてあげるっ!!」

「えっ、ちょっと」

 少年は私の意思を確認することなく、手を掴むとぐいぐいと引っ張った。私より全然子供らしい子供だが、体格は少年の方が大きい。引っ張られる形で、私は少年についていく事になった。


「あの。貴方はもしかして、アーチェロ伯爵の弟様ですか?」

 とある一室に連れ込まれたところで、ようやく私は相手が誰なのか気がついた。少年が連れてきた部屋は、子供部屋のようだ。机やベットが小ぶりである。こんな部屋に自由に出入りするという事は、この屋敷の子供に決まっていた。

 それにしても、体が弱いって嘘だろ。少なくとも私より元気で子供らしい。

「うん。そーだよ。僕は伯爵の弟のエストだよ。混ぜモノさんは?」

「アロッロ子爵の娘のオクトと申します。よろしくお願いします」

 エストの手が離れたので、私はスカートを持ち上げ、少し膝を曲げた。まあ挨拶なんて今更な気はしたけれど。

「うん。よろしく。じゃあ、オクトはそこで座って待ってて。今、混ぜモノさんの本取ってくるからっ!!」


 返事をする前に、パタパタと小走りでエストが出て行ってしまい、私はどうするべきかと首をかしげた。屋敷を勝手にウロウロしていたら伯爵も気を悪くするのではないだろうか。しかしここまでは私の意思で来たわけでもないし……。

「エスト坊ちゃまが座れって言ってるんだから座れよ。ついでに髪を拭くから」

「……ライス。それだと女の人に見えない」

「今は誰もいないんだからいいだろ。あーもう、カミュの奴、また女装させやがって。前回はまだしも、今回は執事にしろよ……はぁ」

 そんな事私に言われても困る。まあ確かに、海賊への潜入に続いて、今度はメイド。少し同情をしなくもない。

 私は椅子に座りながら、ライを見あげた。そういえば、ライは一体何者なのだろう。王子の部下には間違いないだろうが、それにしては若すぎる。まあ王子も吸血夫人事件を追うには、明らかに若すぎるんだけど。


「ライスって、いくつ?」

「12だけど、それがどうかしたか?」

「……いや、若いなと」

「お前には言われたくないって」

 まあ、確かに。5歳児に若いなと言われたら、反応に困るだろう。

 ライはあきれた様子で、私の髪を拭き始めた。何処で学んだのか、髪の毛を拭く手は優しく丁寧だ。この辺りも不思議な点である。ライは一体何者なのだろう。

「ああ。言葉が足りなかった。仕事をするには、若いなと」

「あー。俺もカミュもまだ学生だしな。早いっちゃ早いか。俺はカミュの乳兄弟だから、付き合ってるんだけどさ――」

 乳兄弟とは、何ともセレブな関係だ。確かにカミュは王子なのだから、そういう存在が居たとしてもおかしくはない。


「――さあオクトお嬢様。しばらく大人しくしていて下さいね。もうすぐ終わりますから」

 唐突にライの口調が変わったと思ったら、ガチャっと扉が開く。扉の向こうではエストが本を抱えて立っていた。私は全く気がつかなかったのに。……流石護衛をするだけはある。

「オクト、持って来たよ」

 エストが持ってきたのは、絵本よりももう少し活字の多い書物だった。ただし一般的な書物よりは文字が大きく、児童書のようだ。エストが開いた部分の挿絵には、顔に蔦のような模様が入った少年が描かれていた。

「これが、混ぜモノさん?」

「そう。混ぜモノさんだよ。いっつも、メンドクサイっていってダラダラしている、怠け者なんだ」

 ……それはカッコいいのか?怠け者という言葉は、先ほどの少年が言った言葉と相反する気がした。

「でもね、混ぜモノさんは困っている人が居ると、メンドクサイって言いながら助けてくれるんだ。助けない方がメンドクサイって混ぜモノさんは言うけどね、すっごく優しいんだと思うよ」

 エストは本当に混ぜモノさんとやらが好きなんだろう。キラキラした目で私に混ぜモノさんの素晴らしさを説明した。

 私が適当に相槌をうつとエストはさらに興奮しながら混ぜモノさんについて語った。おかげで、短時間の間に私は混ぜモノさんを読んでいないにも関わらず全てを網羅した気分である。それにしてもこれほどまでに見ず知らずの相手に楽しそうに話すとは、……普段話をする相手が居ないのだろうか?


「混ぜモノさんは、伯爵も読むの?」

「ううん。姉上は忙しいから……」

 伯爵の事を聞くとエストは突然顔色を変えた。しょんぼりしたというよりは、血の気が引いたような顔色をしている。

「そう。伯爵とはあまり話さないの?」

 再度尋ねると、エストは突然泣きそうな顔をした。まさかそんな表情をされるとは思っていなくて、ぎょっとする。

「オクトは、混ぜモノさんだよね」

「うん。まあ。混ぜモノには違いかな」

 小説のお混ぜモノさんよりは、面倒ぐさがりではなく、優しくて強くもないけれど。と心の中で付け加える。

「僕、このままじゃ、姉上に殺されちゃうんだ。オクト、助けて!!」

 ……へ?

 私はエストの唐突なカミングアウトに、茫然とした。

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