10-2話
お茶会は和やかに始まった。
流石公爵家といおうか、お茶は香りがよくとても美味しい。ただし胃の痛みで、あまり味わえなかったが。
……何で私、公爵令嬢の隣にいるだろう。
というのもお茶会といえど、今回は大人数でやる食事パーティーのようなものだ。公爵令嬢の周りは、権力者の娘が座るというのが普通である。そして子爵と言うのは、貴族の中では実はそれほど位は高くない。しかし何を思ったかローザ様は私と伯爵様を一番近い席に置いた。今までは混ぜモノであるがゆえの視線だったのに、今はそこに妬ましさとかが加わっていて、私の胃はキリキリ悲鳴を上げている。
伯爵との顔合わせが終わった私は、末席でようやく息がつける予定だったはずなのに。
「まあ、アーチェロ伯爵も乗馬をするのね」
「ええ。最近はなかなかできませんが、以前は暇を見つけてはよく乗っていたものです」
どうやらローザ様とアーチェロ伯爵は趣味が合うようで、話が盛り上がっている。できるならば、私抜きでお願いしたいところだ。
嫉妬からくる視線は間違いなく、この二人の所為だと思う。皆、公爵令嬢とは仲良くなりたいだろうし、アーチェロ伯爵は宝塚的な感じで人気がありそうだ。
変われるものならば変わるよと睨み返したいが、混ぜモノに睨まれれば倒れかねないようなお嬢様ばかりである。我慢の二文字に徹するしかない。
「オクトお嬢様、お茶のお代わりはいかがでしょうか?」
「……いただきます」
そのうち血液まで紅茶になりそうなペースで飲んでいるが、会話に加われないので飲んで暇をつぶすしかなかった。幸いにも紅茶が美味しいので、それほど苦痛ではない。
「ではアーチェロ伯爵とオクトちゃんの3人で馬に乗って出かけましょうか」
何ですと?!
明らかにさっきまで私は会話に入っていなかったはずだ。それどころか空気に近かったはず。なのに何故私の名前が出るんだろう。話の流れ方が明らかにおかしい。
ブッと紅茶を吹きかけたのを、根性で止めたのはかなりのファインプレーだ。
「げほっ。……ごほっ……あ、あの。ローザ様……私は――」
「オクト様、木イチゴのタルトはいかがですか?」
「……食べます」
ライが私の皿の中にタルトをとりわけた。
このタイミングで話しかけるということは、断るなと言いたいのだろう。人事だと思って……。確かに伯爵ともっと仲良くなった方がライ達には有利だろうが、私の危険度も同じく増している。しかも約束の内容が乗馬。5歳で乗馬。無理だと誰か気づけ。
「ローザ嬢。突然誘っては、オクト嬢が困ってみえますよ。オクト嬢は乗馬の経験は?」
ありがとう伯爵さま!!
私は救世主に切迫したこの状況を伝えようと、ぶんぶんと横に首を振った。あるはずがない。
私が関わった事がある馬は、一座で飼っていた足の短い荷馬車ぐらいだ。それだって、私が近づく事は許されなかったので、遠目から見るだけで餌をやったこともない。……後は前世でカルーセルとか?いや、あれは違う。
「よろしければ、私がお教えしますよ。最初は私と一緒に乗れば、振り落とされる事もありませんから」
「いえ。そこまで迷惑は……」
伯爵様はかなりいい人のようだ。普通は例え冗談でも混ぜモノと一緒に馬に乗ろうなどと、口が裂けても言えない。お人よしなのか、何なのか。
でもできるなら空気を読んで、止めましょうと言って欲しかった。
「迷惑ではありませんよ。実は私には、オクト嬢と同じぐらいの弟がおりまして、一度弟と一緒に馬に乗りたいと常々思っていたのです。ですが中々それも叶わないので、できたらぜひ一緒に乗りたいのですよ」
「何故弟さんと乗られないんですの?」
「うちの愚弟は軟弱でして。もう7つにもなるので剣術も学ばせたいところなのですが、体が弱くそれもままならないのですよ」
伯爵が少し影のある笑みを浮かべると、ほうとため息が聞こえた。ふと周りを見渡せば、皆が憂いを帯びた瞳で伯爵を見ている。
「まあお可哀そうに」
「よろしければ、私と懇意にしている主治医をご紹介しますわ」
「いいえ、それよりも私の家の魔術師が力添えできるかと」
「私、弟様が元気になれるよう、呪いをしますわ」
……あー、アーチェロ伯爵は皆のアイドルなんですね。
確かに娯楽の少ない世界だ。しかも基本貴族のご令嬢は屋敷にこもりっきりなので、ほぼ出会いもない。その結果、宝塚っぽいこの伯爵が、いい感じなのだろう。
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」
ここに、『子猫ちゃん』なんて言葉がついたら失神する者が出るんじゃないかと思うような、黄色い声が木霊した。……私も貴族生活を続けていると、いつかこうなるのだろうか。あまり歓迎はしたくない。
「そういうわけだから、オクト嬢も一緒に乗馬してもらえないだろうか」
正直断りたい。
嫉妬を帯びた周りの目線が怖いのだ。しかしそれと同時に、ライの視線も感じる。多分翻訳すれば、『断るな』だろう。鬼っ子め。
「……分かりました。ただし本当に乗れませんから」
団長に馬に近づくなと言われた事を考えると、やはり混ぜモノは動物とかにも嫌われているんじゃないかと思う。もしそうなら1人体操座りで見学コースだ。……その方が安全で良いかもしれない。
「ありがとう」
「いえ。御礼を言われる事では……というか、言わないで下さい。はい」
お姉さま方の視線が痛いんです。
逃げ出したい気分を振り払う様に、私はタルトを齧る。胃は痛いけれど、タルトは美味しい。一生懸命タルトの甘酸っぱさを味わって一瞬だけでも視線を忘れられるように努力する。
人間努力すれば、適応できるはずだ。
「そういえば、カミュから、オクトちゃんは医術の心得があると聞いたけれど、その辺りどうなの?」
医術?!どうなのと聞きたいのは私の方だ。私は医術に心得があるなんて、一言も言っていない。ライをちらりと見れば、しれっとした表情で姿勢よく立っている。
カミュ王子にいらん事を話したのはお前だろうが。
「いえ……医術と呼べるほどのものは知らん……ません」
あまりの驚きで、敬語が吹っ飛びそうになったのを無理やり繋ぎとめる。あんなの、たまたま偶然だから。医術なんて凄いもの知らないよ。私は誤魔化す為に、無理やり笑顔を作った。
「そんな謙遜なさらなくても。海の精霊の呪いを消したという話で最近持ち切りですのよ」
……ライッ!!
「オクトお嬢様、アップルパイはいかがですか?」
「……食べる」
こうなったらこき使ってやると睨めば、若干ライも顔を引きつさせた。その表情を見て、少しだけ留飲が下がる。
まったく、何でそんな迷惑なうわさを流すんだ。
「オクト嬢、それは本当ですか?」
「あれは……偶然です」
嘘ではないが、知っていたのはたまたまだ。何でも治せるとか思われら困る。私は医者ではない。
「失礼ですがオクト嬢は今おいくつですか?」
「5歳です」
何だろう。この近所のおばさんに、何歳になったの?と聞かれているような状態は。私が年を言えたところで、微笑ましくも何でもないのだけれど。
「えっ……5歳ですか?」
「はい」
「しっかりされているので、もう少し上なのかと……」
……私の顔はそんなに老け顔か?
両親そろっていないので、誕生日も正確に分からない私は本当に5歳とは限らない。しかし少なくとも驚かれるほど違ってはいないはずだ。確かに喋り方は、普通の幼児とは違う気はするが。
「でも5歳でそれだけの知識をお持ちとは、オクト嬢は凄いですね」
「折角だから、弟さんの事を見ていただいたらどうかしら?オクトちゃんは医師ではないのかもしれないけれど、今まで誰も消せなかった呪いを消したのよ」
余計な事を。
ローザは全く悪気のない無邪気な笑みで私を見た。これもカミュ王子の計らい何だろうか。ああ、断りたい。断って、もう家に帰りたい。
「オクトお嬢様、お茶はいかがですか?」
……分かりましたよ。
絶対嫌だという言葉を紅茶と一緒に喉の奥へ流し込んだ。