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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
幼少編
30/144

10-1話 素敵な伯爵

 うわー。税金の無駄遣い。


 公爵家に来て、一番初めに思った事はソレだった。伯爵家より広い屋敷に、綺麗に育てられた薔薇園。もちろんソレも広い。屋敷の中はとても明るく、絵画や花瓶や、色んな置物が飾ってあった。明るいのは窓の光だけではなく、魔法で光を起こしているからだろう。

 そんな明るい中でも飾られたそれらはちりひとつない。それだけ使用人の質が良く、数が多いという事だ。

 アスタの実家も伯爵家だが、昔は財政が苦しかったらしいし、これほど華美ではなかった。

「オクト、大丈夫?」

 アスタの言葉にコクリと私は頷いた。想定外のゴージャスさに少し気が遠くなりそうだったけれど身体的には問題ない。アスタと手をつなぎながら、公爵家を歩く。

 

 王子達の言った通り、翌日にはお茶会の招待状が私宛に送られてきた。お茶会の事を考えるととても憂鬱だったが、それよりもその後のマナー教室や服選びが地獄だった。

 アスタのお母様が異様に張りきり、指導してくれたはいいが、OKがでるまでずっとお茶を飲まされたのだ。何この拷問と思えば、今度は服を選ばねばと何着も着せ替えさせられた。胃袋の中身が出なかったのは奇跡だ。母は加減というものを知らないとアスタが後から教えてくれたが、それは事前に教えるべきだろう、この野郎。

 お茶会当日になった時は憂鬱ではなく、むしろ解放感に包まれ幸せな気分になった。ある意味良かったのかもしれない。

「アロッロ子爵様はこちらでお待ち下さい」

 先を歩いていた、公爵家のメイドさんが頭を下げた。背中には綺麗な緑の羽根が生えていて、まるで天使のような人だ。

「オクト行ってらっしゃい」

「……行ってきます」

 お茶会は女性だけで。

 それが今回のお茶会の決まりだ。いくらアスタが保護者でも、最後まではついてこれない。アスタが居なくてもまあ何とかなるとは思うが、貴族の屋敷というのは少し緊張する。


「ではオクトお嬢様。ここからは、私と行きましょう」

 アスタの手が離れると赤茶の髪をポニーテールにした少女が私の前にやってきた。その顔を見た瞬間私は固まった。

「今日一日、オクトお嬢様の身の回りの世話をする、ライスですわ。よろしくお願いしますね」

 琥珀色の瞳が楽しげに細まる。少し肌が日に焼け浅黒いが、とびきりの美少女だ……見た目はだが。


 どういう事?!っとアスタを見れば、アスタは普段と変わりないし、ここまで案内してくれたメイドさんも同じだ。えっ?アスタは流石に、気がついているよね。だとしたらこれは想定内って事だろうか?

「さあお嬢様、行きますわよ」

 手を握られ、私は口をパクパクと動かした。しかし上手く言葉にならない。

「ラ、ライスって……」

「お嬢様の今日が素晴らしい日となるよう、誠心誠意こめてお仕えしますわ」

 そういって笑ったライスの顔は女優顔負けのスマイルが張り付いている。しかし細められた目は、騒ぐんじゃねーぞと脅すかのように冷めていた。

 

 やっぱりライスって、ライだよね。


 護衛をつけるって、ライの事だったのか?!っと叫びたい気持ちを抑え、私はお茶会が開かれている部屋まで大人しく歩く。変装している事がばれるのは、私がうまく伯爵夫人とお近づきになれないよりもマズイだろう。

 とにかく冷静になろうと、軽く深呼吸する。

 よし、大丈夫だ。それにライが護衛に回ったのは、混ぜモノにおびえないという条件を満たす為という事で仕方がなかったのかもしれない。伯爵邸のメイドさん達も表面的には怯えたところを見せないので大丈夫そうだが、流石にメイドさんでは護衛は難しいだろう。その点ライが強いという事は、この目でも見ているので、間違いない。

「ライスさん、お願いします」

「ライスでいいですわ」

 美味しそうな偽名ですねと思ったが、にっこり笑うだけで止めておく。ライも好きでやっているわけではないだろう。

「ライス、誰が誰か分かったら教えて。仲良くなりたいから」

「はい。かしこまりました」

 本当は仲良くなる気などないが、伯爵夫人だけ興味を示したら、絶対怪しまれる。ここは一つ、子供の外見を生かして、『好奇心旺盛な年頃なんです』を演じた方がいいだろう。

「サロンで皆さまお待ちかねですので、そちらでご説明いたしますね」


 たどりつい場所でライが扉を開けると、全員が一斉に私を見た。その目は物珍しげなものから、恐怖が走ったものまで様々だ。人数としては十数名といったところか。

 悲鳴を上げられなかっただけマシとしよう。私は心の中で人と言う字を何度も書いた。

「本日はお招きくださりありがとうございます」

 ドレスの裾を持ち膝を少しだけ曲げる。そしてとりあえず、敵意はありませんよと示す為にほほ笑んだ。混ぜモノが微笑もうが、無表情だろうがたいして意味などないかもしれないけれど、やらないよりはマシだ。

「……えっ」

「ん?」

 小さくライがつぶやいたので首をかしげて見上げれば、丸くした目とぶつかった。どうかしたのかと手を引けば、ライは慌てて首を振る。

「いや。……お嬢様。あちらにいらっしゃる、緑のドレスを着た方がローザ公爵令嬢です」

「分かった。挨拶する」


 私はカミュ王子の従兄殿にあいさつすべく、足を向けた。全員の視線が私に突き刺さるのを感じて、舌打ちしたくなったが我慢する。もう少しさりげなく見れば良いのに、隠す気もなさそうだ。そして私が近づくと、周りの女性たちがさっと道を作るかのように間を開けた。ある意味歩きやすい。

 公爵令嬢だけは私がたどりつくのを待ってくれているようでずっと同じ場所で立っていて下さった。まあ例え逃げ腰だったとしても、挨拶をしなければマナー違反になるので追いかけるだけだけど。

「お初にお目にかかります、ローザ公爵令嬢様。私はアロッロ子爵の娘、オクトと申します。本日はお茶会へお招きありがとうございます」

 入り口前でやったのと同じように、膝を少し曲げてあいさつし微笑む。普段はそんなに笑う必要性がないので、明日は顔が筋肉痛かもしれない。

「よく来て下さったわ。カミュの言う通り、可愛らしい方ね。オクトちゃんと呼んでもよろしいかしら?」

「……構いません」


 何だかフレンドリーな方だ。確かにカミュ王子の従兄のようで、カミュと同じ、目と髪の色をしている。年頃は15か、16くらいで、カミュ王子よりも年上のようだ。

「オクトちゃんは、普段は何をなさっているの?」

「えっ……。今はまだ語学を勉強させていただいている最中です」

「いつも勉強しているわけではないでしょう?趣味はないの?」

 趣味は家事ですなんて言えない。かといって、レース編みとか、刺繍とか、全くできないし。どうしよう。

「あー……料理を少々。それと、今は学ぶ事が楽しくて、絵本を読んでいます」

 嘘ではない。ただ料理は趣味というには、所帯じみていて生きる為という意味が強すぎるけれど。

「そうでしたの。今度ご馳走して下さると嬉しいわ。私は乗馬を良くしますのよ。よければ、今度ご一緒しません?」

「……光栄です?」


 なんて返せばいいんだ、これ。

 これはきっと社交辞令と呼ばれる類のものだ。それは分かるが……ここは『めっそうもない』と断るべきか、それとも『乗馬とは、素晴らしいですね』とさりげなく話を変えるべきだったのか判断がつかない。

 貴族と話すなんて生まれてこの方、アスタとアスタの両親だけなので、何を喋っていいのか、どういえば失礼にあたらないのかが、分からない。お婆様によるお茶会マナーコーザでは、話術に関して重点を置いて居なかった。挨拶だけなんとか付け焼刃だがマスターしたくらいである。

「馬はいいですのよ。馬で滑走する時に切る風はとても気持ちがいいの」

「……怖くないですか?」

「そうね。彼らは少し臆病なところがあるから、驚かせると怪我をしてしまうわ。でもちゃんと信頼関係が結べていれば、問題ない事よ。それはどんな生き物にも言えることだと思うの」

「はぁ」

 何とも活発なお姫様である。それとも、この国では乗馬を女性も嗜むものとなっているのだろうか。まだ貴族ビギナーの身としては良く分からない世界だ。


「そういえば、本日はオクトちゃんはお友達を作りに来たのよね。そうね。あちらにいらっしゃる、アーチェロ伯爵は素晴らしい方ですのよ」

 きた。

 きっとカミュ王子から、伯爵夫人を紹介するように言われていたのだろう。しかし伯爵夫人ではなく、伯爵?

「伯爵様……ですか?」

「旦那さまを亡くされて、今は殿方に混じりながら、伯爵邸を仕切ってみえますの」

 示された方を見れば、青いシンプルなドレスを着た女性がいた。ドレスを着ているのに、あまり女性らしさを感じさせない方だ。ほんわかという雰囲気はない。

 私たちが見ている事に気がついたのか、アーチェロ伯爵はこちらへやってきた。

「まあ、アーチェロ伯爵。今、貴方の噂をしていたのよ。こちらは、アロッロ子爵の娘のオクトちゃんよ」

「初めまして、オクト嬢。イリス・アーチェロと申します。爵位は伯爵を賜っています」

「オクトです。よろしくお願いします」

 近づくと、アーチェロ伯爵はより長身に見えた。細身のドレスを着ているから余計にそう思うのかもしれない。まとう空気もやはりシャープで、男装などしたらさぞ似合うのだろう。


 ただこの方が、女性を殺しているのかと言われれば、首をかしげたくなった。上手く表現できないが、日本で言う武士に良く似ていて、潔く感じる。

 ちらっとライを見れば、彼は使用人らしく少し目を伏せて直接婦人たちを見ないように努めていた。それでもどこか警戒しているようで、私を握る手に力が少し入っている。

 やっぱり、この人か。

 疑問は残るが、私はまずはお近づきにならなければ始まらないと、にこりと邪気のない笑みで微笑む事にした。

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