1-1話 現状把握中な異世界人?
この世界は、龍神が作られた世界だ。名前を『龍玉』と呼ぶ。意味は龍の宝……まんまだ。
そしてこの世界はいまだにそんな神話が生きており、生き神が住んでいるらしい。らしいというのは、一般庶民は神様にあう事が出来ないからだ。会えるのは王族のみ。一般庶民がもしも願い事があるならば、神殿に行く必要があるそうだ。
自分という意識がはっきりしてから、私はずっと情報を求めた。そうでなければ狂ってしまいそうなほどに私は混乱し、知識に飢えていた。そしてさまざまな情報を聞いていくうちに自分の中にある仮定ができた。
「私って、もしかして前世が異世界人なんじゃ……」
確かに私にはオクトとしての数年間の記憶はある。母親と一緒に旅芸人の一座に身を置いており、時折見世物として舞台に立ち歌ったりしていた。夢見心地で少し頼りない記憶だが、間違いなく自分のものだ。
それと一緒に、今は別の記憶が私には存在した。その記憶の持ち主がどんな人物だったのかは分からないけれど、オクトでは知りえない膨大な記憶で、私の人格は確かにその記憶がもとに形成されているように思う。逆にいえばオクトの記憶だけでは人格形成が出来ると思えないほど、経験も知識も何も詰まっていなかった。
オクトではない方の記憶では『日本』と呼ばれた国に住んでいた。子供は皆学校へ通うようで、私もまたそこに通っていたらしい。この世界ではほとんどの国が、金と才能がなければ学校に通えないのだから、そこからまず大きな違いだ。また日本ではあまり宗教は信じられていなかったように思う。少なくとも一神教な国ではなかった。
もしかしたら私が知らないだけでこの世界のどこかにある国なのかもしれない。最初はそう考えもみた。それでもなお異世界ではないかと思った決め手は、日本には『人族』しか知的生命体は存在しない事だ。
「その知識で行くと、自分を全否定だもんなぁ」
龍玉には、『人族』を含め、様々な種族が住んでいる。大きな割合を占めているのは、『エルフ族』、『獣人族』、『翼族』、『魔族』、『精霊族』だ。ただし獣人族はその中でもさらに細かく分類される上、少数民族は星の数だ。
そして私は『人族』と『エルフ族』と『獣人族』と『精霊族』の血を持った『混ぜモノ』と呼ばれる存在だった。『混ぜモノ』は3種以上の血が混血したものであり、忌み嫌われる存在だったりする。というのも、種族が違えば成長も違うわけで、『混ぜモノ』はどう成長するか分からないからだ。
初めて聞かされた時は、何だそれ。生まれは選べないしいきなり迫害って酷くない?と思った。どうやら日本という国は身分というものがほぼない状態で、迫害というものは悪として認識されていたようだ。しかしよくよく理由を聞くと、嫌われる理由がよく分かった。『混ぜモノ』は成長度合いも寿命も知能も魔力も未知数なのだ。
つまり産まれて一週間で成長しきり死んでしまう例もあれば、百年たっても赤子のままでその後いきなり成長したということもある。魔力や知能が異常に高い事もあれば、その逆もある。今まで普通だったのに、いきなり老化スピードが上がったりと、予測がつかない爆弾みたいな存在なのだ。
異常な成長は病気ではないので他人にうつったりはしない。しかし日本ほど治安が良くなく、必ず子供が成人できるとは限らないこの世界では、次世代に残すべきではない血なのだ。だから忌み嫌われる。
私の場合は、どうやら体は『人族』のスピードで成長したが、知能の方はいつまでも赤子と大差なかったらしい。まともに言葉を話す事も出来なければ、日常生活もままならないレベルだったそうだ。それが突然一か月前に『精霊族』と『獣人族』のハーフだった母親の死をきっかけに、知能および精神が急激に成長したのだ。それも成長度合いが今度は肉体を追い越しているのだから、他人からしたら気味が悪いだろう。忌み嫌われるのは、理解できないからという事も含まれるのかもしれない。
それでも今私が死んでいないという事は、『混ぜモノ』だろうと殺してはいけないという倫理がこの世界にも存在するらしい。
「かといって、今更演技してもなぁ」
日本人は空気を読むのが上手い。空気の読めない人をKYなんて呼ぶ単語ができるほどに普通のスキルだ。しかし状況が分からない状態ではその能力の発動は無理だった。結果、私は旅芸人一座の仲間からも少し浮いてしまった状態である。
今更子供ぶったところで、余計に気味悪がられるだけだろう。かといって逆にペラペラと年相応ではない言葉をしゃべっても気味悪がられそうなので、今のところ無口キャラで通している。
では今後楽に生きるにはどうしたらいいのだろう。そこで将来的に迫害されない為、『混ぜモノ』であることを隠しておけばいいんじゃないかと考えた。しかし現実はそんなに甘くはなかった。『混ぜモノ』には大きな特徴として、顔にあざがあるのだ。かくいう私は、目じりに隈のようなあざがあり、それがばっちり身分証になっている。
隠すためにはお面をかぶるか、フードで顔を隠すしかない。その格好を想像してみたのだが、……混ぜモノでなくても気味悪がられそうなぐらい怪しい。
本気で生きにくい世の中だ。しょっぱすぎる。少しぐらいグレてもいいレベルだと思う。
「オクト、だんちょーがあそんできていいって」
そんな中でも、私を恐れない子供が一人いた。しかも精神が異常に成長してしまった今でも、年齢的には僅かに年上であろう彼は、私を妹のように扱う。
「クロ」
テントの外から顔をのぞかせたクロは私を見るとぱっと笑顔になり駆け寄ってきた。ちなみに今の私を普通の子供のように扱うのは、彼の母親と団長だけである。まったくもって希少価値の高い子供だ。
「きょうはビラくばれば、あとはあそんでもいいんだって。オクト、いこう?」
にっこりと邪気のない笑顔で私の手をつかむと、クロはずんずんとテントの外に進もうとする。
「クロ、待って。まだナイフ磨けてない」
この一座に身を置く為には働くしかない。今までは母親が働き、自分は舞台で見世物になっていればよかったのだが、母親が居なくなった今、雑務などをしなければ置いてもらえそうもなかった。『混ぜモノ』は確かに珍しいが、世の中にいないわけではないので到底目玉にはなれない。
とにかく使える人材だとアピールが必要だった。
そんなわけで、私は現状把握しながら、団員の道具の手入れを日々行っていたりする。
「そんなの、アイリスのしごとだろ。オクトがやるひつようないよ。母さん、じぶんのしょうばいどうぐをちゃんとかたづけられないのは、プロしっかくって言ってたよ」
「駄目」
私はきっぱりというと首を振った。確かにそうかもしれないが、頼まれたものを放棄すれば、今後どんな嫌がらせを受けるか分からない。あいにくと私は格闘技のプロでもなければ、暗殺スキルとかも持っていない、幼気な子供だ。殴られれば、本気で死にかねない。
そこで異世界とはいえ、前世の記憶を持ち合わせている自分が考えたうえでの結論は。
「長いものには巻かれた方が安全」
「ながい……まかれる?」
繰り返すクロに私は頷いた。
特に大きな害でないならば、甘んじておいた方が今後の為だ。上手い事動きまわれば、とりあえずは痛い事もないし、最低限の人権は守られるだろう。
「よくわかんないけど、ならオレもてつだうよ」
ぺちょりと地べたに座り込むと、クロは私が使っていた布を取り上げ、刃を磨き始めた。小さな子供に手伝いをさせて、万が一刃物で怪我をされては困るのだが、クロは結構頑固だ。一度決めたらたら終わるまでずっと手伝うだろう。
「ありがとう」
「おれがおにいちゃんだから、オクトをまもるのはあたりまえなんだよ」
気にするなと、小さな手で私の頭をわしわしとかき混ぜる。これは彼の母親がよくやる行動なので、彼なりの愛情表現なのだが、私の髪の毛はぐちゃぐちゃになった。ちょっと有難迷惑だ。
私もさっさと終わらせる為に、切れ味が悪くなっているナイフだけをオイルをかけた砥石で研ぐ。この方法は前世の知識にはなかったので、アイリスに一通り教えてもらったものだ。赤ん坊から脱出したばかりの脳は簡単にその技術を吸収してくれた。
ありがたいけれど、……自分って結構器用貧乏かもしれない。
「できた」
最後の一本についたオイルを綺麗にふき取って、道具箱にしまうと、私は額の汗を服の袖で拭った。子供の力だと、この程度でも結構重労働だ。
「よし。じゃあ母さんのとこに、行くぞ」
何で?
確かビラを配りに行くんじゃなかっただろうか。首をかしげると、クロは私の腕を掴んで立たせた。
「そんなよごれたなりだと、この町のれんちゅうになめられるだろ」
なるほど。
確かに、私もクロも汚れてしまった。クロは私の手を握り今度こそテントから外へ向かった。