9‐3話
さて引き受けたはいいが、面識もないのにいきなり問題の伯爵夫人の所に行っても、不信感いっぱいの目で見られるだけだ。とても近づけるとは思えない。
しかしその辺りはカミュ王子達がしっかり考えていてくれた。まあそうでもなければ、とんでも噂を流しただけで丸投げという、アスタ並みの無計画という事になる。もしそうならマジで禿げろと呪うところだ。
「お茶会かぁ……」
どうやら後日カミュ王子の従妹である、公爵令嬢がお茶会を開き、そこに私や伯爵夫人が呼ばれるらしい。ただしまだ5歳である事が考慮され、屋敷まではアスタに送ってもらい、お茶会中は侍女を連れて参加するという内容だ。もちろん侍女は、カミュ王子が用意した兵士である。
しかし正直憂鬱だ。
「お茶会、何もないといいけど」
何もないと、今度は王子達の失敗を意味するので、歓迎できる事でないのも分かる。しかし混ぜモノであるという事は、問題の伯爵夫人以外からも注目される立場という事だ。おもに、負の感情的な理由で。
罵られたり、侮蔑の目で見られるぐらいなら我慢できるが、叫び声を上げられたり、泣かれたりしたら大人しく帰ろうと思う。
コンコン。
「オクト、入るよ」
自室でぐるぐると考えていると、アスタの声が聞こえた。……はっ?!
カミュ王子とライが帰った後、アスタと話をしないとなぁと思ったが、まだしていなかった事を思い出した。というのもまた転移魔法に失敗されると困るということでアスタが2人を王宮まで送ったからだ。
ちゃんと謝ろうとは思ってたんだよ。と心の中でいいわけはするが、そんなのアスタが知った事ではないだろう。マズイ。
せめてメイドさんにアスタが帰ってきたら教えてとか、頼んでおけば良かったと思うが後の祭りだ。謝るならば先手必勝でこちらから言いたかった。こうなったら諦めて説教を聞こう。
「どうぞ」
開けられた扉の向こうには、アスタとメイドさんが数名いた。ん?何でメイドさん?
メイドさんの手には何やら紙の束が握られている。……ああ。折り紙ね。そういえば散策の後に教える約束をしていた。ライとカミュ王子が来た為に中々できなかったけれど。
きっと怒りにきたアスタと運悪くタイミングが重なってしまったのだろう。叱るところとか見たくないだろうに、悪い事をした。
「アスタ、あ、あのさ……」
そういえばアスタに怒られるなんて初めてかもしれない。攫われた時も、結局私は怒られていない。何があったかは聞かれたが、裏道を使った事に対しても今度から気をつけるようにと言われただけだ。
アスタはどうやって怒るのだろう。怒鳴られるのだろうか。それとも殴られるのだろうか?ねっっちょり厭味ったらしく説教する可能性も否定できない。
「えっと、この間から迷惑かけて――」
「これ、オクトが作ったの?」
「――ごめん……はっ?」
謝罪の言葉にかぶせられたのは、お叱りではなかった。首をかしげアスタを見れば、その手にはメイドさんにあげたはずの鶴が乗っている。あれ?
「うん。まあ……」
「この紙で?」
「そうだけど」
やはり勉強道具で遊んだのはまずかっただろうか。それでも嘘を教えるわけにはいかないので、私は正直に頷いた。
「何で平面が、立体になるわけ?」
「折ればそうなるかと」
何を言おうとしているのかさっぱりわからない。しかしアスタはまるで魔法でも見たような目をしている。魔術師はアスタの方なのに。変な感じだ。
「あのさ、海賊の事怒りに来たんじゃ……」
「何で?まあ、俺が知らない事を王子が知っていたのはちょっと気に食わなかったけど、怒ってはいないよ。それよりも、これはどうやって作ったわけ?」
面倒事<知的好奇心ですか。
……アスタらしいといったら、アスタらしいのだが。このままでは自分はろくな大人に育たないのではないかと若干心配になってきた。何をやっても怒られないって、どうなんだろう。褒めて伸ばすもいいが、やはりちゃんと話をしなかった事は私も悪かったと思う。
「今からメイドさん達に教えるからアスタもどう?」
かといって、私も怒って下さいなんて言えない。言ったらマゾだし、変態っぽい。色々、失ってはいけないものを失う気がする。
なので諦めて、折り紙の話題に移った。
「もちろん参加するよ。何処でもできるの?」
「紙さえあれば。ただ、できれば、机があった方が作りやすいけれど……」
私の部屋は勉強机だけで、全員が座れる場所がない。折り紙教室としては向かない作りだ。
「なら客間を使おうか。おいで」
アスタに手を出されて、私は少し迷った末その手を握る。……屋敷の中じゃ、迷子になりようがないのにと思うが断る理由もない。
「あ、後。海の精霊の呪いの解き方、教えてくれないかな」
やはり覚えていたか。ただしそれも、面倒事<知的好奇心。アスタはそんなものだと思い、私は頷いた。この調子だと、今後もアスタに叱ってもらうのは無理だろう。こうなったら駄目な大人にならない為にも自分に厳しくなろうと決意した。
◇◆◇◆◇
「これを広げて、こちら側を折る」
私は折り紙をゆっくり折ると、メイドさんとアスタが折るのを待った。今更ながらに気がついたのだが、もしかしたら、この国には折り紙というものが存在しないのかもしれない。
確か日本という国では子供の遊びだが、外国では驚かれていたような気がする。実際アスタもメイドさんも、単純なこの折り方が複雑奇怪な上、細かい作業だと思っているようだ。私としてはとりあえず角を合わせていけばそれなりのものができると思うのだけど。
「最後にこう折りこんで、頭を作ったら完成」
皆、想像以上に真剣だ。子供の遊びなので、それほど難しくないと思ったのだが、予想外の反応である。各自でき上った鶴は微妙にいびつだが、まあ何とか形にはなっていた。正規の折り紙ではない事を考慮すると、まずまずの出来だろう。
「もう一枚紙下さい」
「私も、もう一度折りますわ」
そしてどうやらメイドさんとしては満足のいく作品にはならなかったようで、さらに挑戦を重ねるようだ。このままいくと、千羽鶴ができ上るかもしれない。
私も暇なので、隣で折り薔薇を折る事にする。こちらは唯一驚いてもらえるかもと思ったとっておきの折り方だが、伝授する事は今回の滞在ではなさそうだ。
「今度は何を折っているんだい?鶴とは違うね」
「薔薇」
アスタに聞かれて、私は手を止めた。まだ線を付けている段階なので、不思議に見えたのだろう。アスタは声をかけず続きを促すように見ているので、そのまま折る事にする。アスタは自分で作るよりも、でき上って行く様を見る方が楽しいらしく、改めて何かを作ろうとはしなかった。不思議な楽しみ方だ。
数分かけて折りあがると、私は鶴の隣に置いた。立体的な薔薇なので、自分でもかなりいい出来だと思う。唯一惜しいのは、折り紙ではないので、紙が白いのだ。できれば、深紅や黄色など他の色も欲しい所だ。
「……凄いな」
アスタがぽつりとつぶやいた。どうやら心底感心しているらしい。机の上に置いた薔薇を手に取りしげしげと眺めている。アスタをこれほど驚かせられたのは、少し嬉しい。
「自分で考えたのか?」
「まさか」
きっといつも通り、ママから教えてもらったのだと思ったのだろう。アスタはそれ以上聞いてこなかった。それにしても、これほど驚かれるならば、一座でもこの技を披露しておけばよかったかもしれない。……まあ舞台で見せるにしては地味すぎるし、凄く今更な話しだけど。
「……お嬢様、素晴らし過ぎますわ。流石、賢者様ですね」
「それ、あまり嬉しくない……です」
なんだその、恥ずかしい名前は。
原因はお前かとアスタを見れば、何故睨まれるのか分からないような顔をした。
「何を拗ねているんだ。本当の事だろう。それと、敬語。さっきまで使わずに話せていたんだから、そのまま使わない練習をしておけよ。茶会にでるんだろう?」
うっ。
確かに使用人に敬語を使う姿を他の貴族に見せるのはまずい。アスタにつられていつも通りに喋ってしまったが、メイドさんも気を悪くした様子はない事だし、素のままでいた方がよさそうだ。
「でも賢者は言い過ぎ。馬鹿にされている気がする」
「馬鹿にはしていないよ。知るはずのない事を知っているんだから、賢者様だろ?」
「ごめん。……賢者ってどういう意味?」
もしかしたら私は何か勘違いしているのだろうか。賢い人という意味で、賢者だと思ったが、ニュアンスが違いそうだ。私は誰かに言葉を教えてもらった事がないので、間違えている可能性もある。
「賢者は火を触らずして熱いと知る者、愚者は火で火傷して熱いと知る者。つまり知るはずのない事を知っている者の事を賢者と言うんだよ」
ああ。それならば、納得できる。異界の知識という知るはずのないものを知っているから、賢者と呼んだのだろう。
魔術師に賢いと言われるのは、正直子供だから馬鹿にしているのかと思っていた。ちょっと心の中で謝罪しておく。
「だからオクトは、俺の可愛い賢者様っていうわけ」
「……可愛くはない」
「可愛い、可愛い」
やっぱり馬鹿にしているだろ、コイツ。
ぐりぐりと頭を撫ぜられながら、私は憮然とした表情をした。でもその手は、それほど嫌だとは感じなかった。