8-3話
本当にいいのかなぁ。
1人外を歩きながら私は首をかしげた。というもの、伯爵邸から外に出る時に、できれば1人で散歩に行きたいと使用人の方々にお願いすると、あっりOKされたからだ。
とてもありがたいのだけど、私は一応5歳だよなぁと思ってしまう。それともこの世界の貴族は5歳で1人外出してもいいのだろうか。そういえば、アスタも私が買い物に1人で行くのを咎めなかった。放任主義なのか、それだけ子供の成長が早熟なのか。
「どちらにしろ、貴族の子供って大変だな……」
そういえば執事やメイドさん達も、私の子供らしからぬ発言に、特に驚いた様子もなかった。つまり貴族の子供は早熟である可能性が高い。いやいや、私の場合は前世の知識のおかげであり、本当にそうなら、貴族の子供はチート過ぎる。しかしアスタは異界屋で会っていたから私に対する前知識があったが、執事達は違う。普通こんな子供がいたら怖いだろう。
ただし驚かないのは、彼らのプロ根性というのも否定できないけれど。
しばらく歩いていくと、周りが畑になってきた。キャベツのような作物や、何かの苗が色々なものが植わっている。どうやらここは田舎の農村のような地域みたいだ。遠くで動物の鳴き声が聞こえるので、畜産もおこなっているらしい。
畑にいた何人かはちらりと私を見ると、慌てて目をそらした。きっと混ぜモノである私が怖いのだろう。
「おお。久々の正しい反応」
伯爵家にいると、どうも混ぜモノである事を忘れてしまいそうな対応をされる。本来怖がられるのは嫌な事のはずなのに、まともな反応に感動してしまいそうになった。そう、普通の反応はこれだ。
ここに嫌悪が含まれた視線とか噂話が入ってくると、ますますいつも通りだ。……Mではないので、そうされるのが好きなわけではないけれど。
「よう。やっと外に出てきたのか」
「アスタ」
しばらく畑を見渡しながら歩いていると、村人と話をしているアスタに出会った。やっとって、私が伯爵邸から出てくるとは思っていたらしい。だったら一緒に連れてきてくれればいいのに。
「ちゃんと、男物の服を着てきたな。偉い、偉い」
アスタは私の頭をがしがしと遠慮なく撫ぜるが、釈然としない。
「行くなら、誘ってくれれば」
「ちゃんと自分で話ができるんだから、行きたいならちゃんと口で言って、どうするか考えないとね。俺が全部決めたら、使用人とさえいつまでも話さないだろ?」
それは確かに間違いない。
人とあまり関わりたくないという意識は正直ある。例えばアスタが、本を読めと持ってきたり、これをやれと宿題を出したら外へは出なかったはずだ。あれだけ暇で、なおかつアスタが近くにいなかったからこそ、仕方がなく伯爵に外出許可を貰ったりと自分で動いた。
「……面倒で放任しただけじゃ」
「そこは『お父様凄い。ありがとうございます』だよ。可愛くないぞ」
「可愛くなくて結構」
私の為という事は少し理解したが、5歳児に対して少し酷な気がする。私でなければ、泣いているところだ。もっとも私のような混ぜモノでなければ、子供らしく使用人や伯爵様に甘えたかもしれない。そう思うと、やはり私が色々と駄目なのだろう。
「嘘嘘。可愛い、可愛い」
「いや、可愛くなくてもいいから」
拗ねたとでも思ったのか、アスタが言い直すが、私的には可愛くなくて問題ない。可愛いと何か得があるのだろうかと考えるが、得があるのは普通の子供だけだ。混ぜモノにそんな特典がついても意味がない。
「アスタリスク様、そちらの混ぜモノは一体……」
「ん?俺の娘」
「違う。養子」
「同じじゃないか」
アスタが唇を尖らせたが、私は首を横に振った。混ぜモノの親などという不名誉をアスタに負わせるわけにはいかない。折角拾ってくれたのだから、実際はどうであれ、混ぜモノさえも養子にする慈悲深い方とでも思わせた方がいいだろう。
さて、ここに長居しても村人に悪い。早々に山に行くべきか。……しかし山も山菜とかの収穫で、誰かいるかもしれない。そうすると人があまり近寄らない場所に行くべきか。
「アスタ、少し散歩してくる」
そういえば魔の森は、誰も近寄らないような事を言っていた。奥まで入ると迷う可能性はあるが、近場なら丁度いいのではないだろうか。
「何処に?」
「……そのあたり?」
実際魔の森が何処にあるか分からないので、ふらふらと人気がない場所を探すつもりだ。人気がない場所は危ないイメージもあるが、こんな農村ならば事件もありそうにない。
「山は流石に一人じゃ危ないかな。一緒に行くよ」
「私は大丈夫。アスタ、用事があるんじゃ」
「村は一通り見てまわれたから大丈夫だよ。後は、また明日」
いいのか、それで。
自分としては、アスタの仕事を邪魔する事は不本意だ。私は養われている身なのだと思うと、邪魔になる事は極力したくない。
「1人で大丈夫」
「駄目。もう決めたから。じゃあ、俺と一緒なら大丈夫だし、魔の森へ行こうか。1人ではまだ行ってはいけない場所だから覚えてよ」
げっ。バレた?
たまたま偶然かどうかはわからないが、行ってはいけないと言われていた場所なだけに、冷や汗がでる。アスタはにっこりと笑っているので、どういうつもりかは分からない。
「アスタリスク様?!」
「大丈夫だよ。奥までは行かないし。折角だから、薬草を取ってくるよ。籠貸して」
村人までも心配そうにしているが、アスタは気にした様子がなかった。それどころか、籠を強奪する始末だ。何処までも無計画な自由人である。
「オクト行くよ」
アスタに手を引かれて、畦道を歩く。迷子にはなりそうにもないが、アスタから手を握ったのでされるがままにしておく。
しばらく歩くと、周りの木々が増えてきた。ひんやりとした空気が髪を撫でていく。山などは通り過ぎるもので、こんなにゆっくりと見た事はなかった。私の身長が低いからだろうが、どの木も大木に見える。
「この先、村の西はずれにある場所が魔の森と呼ばれる所だよ」
緑はどんどん深く、そして静かになっていく。神秘的と呼ぶにふさわしいような場所だった。大木が連なっており、光は木の葉の隙間からさす程度で少し薄暗い。
しばらく歩いた所で、アスタは足をとめた。
「ここまでは、1人で来てもいいよ。村人もたまにここまでは来るから」
「嫌われた場所なんじゃ……」
それとも嫌われているのは、森の中だけなのだろうか。それにしては、まわりに民家など見当たらない。
「子供たちや老人が薬草をとりに来るんだ。以前に比べれば作物も良く育つようになったけれど、まだ裕福からは遠いからね。薬師にはとても安く買いたたかれてしまうけれど、少しでも家計の助けになろうとしているんだ」
偉いよなというアスタは、少し悔しそうに見えた。
彼でもこういう顔をするのかと少し驚く。いつもへらへら冗談ばかり言っているのだと勝手に思ってた。
「薬は安いものなの?」
「いや。とても高価で、村人は買えないよ。薬草を加工する段階でとても価値がつくんだ。でもまだこの村はいい方かな。薬草はあるから、すりつぶして飲んだりしている。もちろん、薬師が作った薬ほどの効果はないけれどね」
この世界……は良く分からないが、少なくともこの国は抗生剤などという薬はでき上っていないだろう。海賊の船長も菌というものを知らなかったのがいい例だ。もちろん、パンがあり、チーズがあり、ヨーグルトも存在しているので、菌を全く活用しない生活ではないのだけれど。
ともかくこの国でいう薬は薬草なのだろう。もしかしたら薬草に結構凄い効能がある可能性もある。RPGだって、よく分からない草をよく分からない技法を使って、フラスコに入った万能薬にしていた。この世界がそちらに近い可能性だってある。
「でも薬草を取りに来て帰ってこれない事もあるんだ」
安く買いたたかれたり、効果の低い治療の為に命を落とす事もあるのか。……アスタが悔しそうなのも少し分かった。彼は彼なりにこの村を愛しているのだろう。
「なら、村で薬を作れば……。薬師達は、何処で学ぶの?」
「魔法学校または、薬師を師として学ぶようだよ」
ん?魔法学校?
それは確か、魔術師の卵が通う学校ではなかっただろうか?
「なら、アスタは作れる?」
「専攻が違うから無理だな。薬の分野は、高等科に進学後、魔法薬学科の生徒が習うんだ。俺は魔法学科だから、純粋な魔法の研究分野に特化しているんだよ」
何だか大学みたいだ。確かに薬学部の内容を教育学部が知るはずもない話である。
しかしふといい考えが浮かんだ。ここは薬草が豊富な土地で、薬草は薬になると高価な値がつく。そして私は、転移魔法などを常々覚えたいと思っていたのだ。
「アスタ、あのさ――」
「どけぇぇぇぇっ!!」
今思った事を伝えようとしたところで、頭上からどなり声が聞こえた。アスタに引っ張られる形で、私は後ろに少し跳んだ。
そしてすぐに、どさりという音と共に、さっきまで立っていた場所に人が落ちてくる。1人、……いや、2人だ。時間差で、さらにもう1人落ちてきた。体格はあまり大きくないようで、子供のようだ。
村人かなと思ったが、すぐにそれを否定する事になる。最初に落ちてきた子供の髪は赤茶。2番目に落ちてきた子供はキャベツ色。
「な、なんで――」
「よう。元気だったか?」
「久しぶり」
ヘラっと誤魔化すように笑う2人を見て私は固まった。
どうしてここに、ライとカミュ王子がいるのだろう。