8-2話
思った以上に軽々と難関を抜けました。……おや?
外出したい旨を伯爵様に伝えると、あっさりと許可が下りた。仕事が忙しいようで、机に張り付いてこちらを見なかったけど、たぶん大丈夫なはず。「ああ」は肯定だよね。天気を聞いても同じような返答をしそうだったけど。
混ぜモノがウロウロするのは外聞も悪いだろうし、反対されるかなとも思っていたのでありがたい。
「きっと、アスタリスク様が事前に伯爵様にお願いして行かれたんだと思いますよ」
「そうなんですか?」
「アスタリスク様は、先を読んで動かれる方ですから」
……ん?アスタってそんなに君子みたいな人だっけ?頭は良いのは確かだけど。
どうやら、親馬鹿ならぬ、使用人馬鹿フィルターがこの執事にはかかっているようだ。私の知っているアスタは、片付けと家事ができず、無計画の権現。先を読むって、嘘を付け。
「そう……ですか?」
夢は壊してはいけないだろうと私は曖昧に返事した。夢を見るのは個人の自由だ。
「ええ。昔から神童と呼ばれていた賢いお方です。この伯爵家は過去に経済的に苦しい時期がありました。しかしアスタリスク様が王都での魔術師になる事を選び、その知識をこの地域の発展に生かして下さったおかげで、立て直す事ができたんですよ」
我儘かと思ったが、意外にいい奴だ。
ただしここにも、フィルターがついている可能性は高い。自分勝手にやりたいから王都で魔術師になり、伯爵家がつぶれると自分も大変だから、知識を横流した……。何でだろう。こっちの方がしっくりきてしまう。
「へぇ。そうだ。あの、外出するにあたって、服を着替えたいんですけれど」
「はい。どのようなドレスがよろしいですか?」
「いえ、ドレスではなくて、できれば男物。そろうなら、この辺りに住む子供と同じものがいい……ですけど……」
執事の顔が、凄く残念そうだ。
でもドレスを着て山を歩くなんてもっての外だし、貴族と分からない方が誘拐の心配もなくて安全だと思う。それに山を登るなんて、汚す可能性が高いのだから、あまり良いものでない方がいい。
「あの、駄目ですか?」
「……分かりました。ただし今すぐの準備ですとヘキサグラム様のお下がりとなりますが、よろしいでしょうか?」
「はい。無理を言ってすみません」
「謝るならば、言わないで下さい」
ですよね。
そう思うが、ドレスでない服が欲しいのだから仕方がない。部屋の中でじっとしている分には、ドレスでも別に構わないのだが、動こうと思うと重いし、裾を踏みそうだしで不便なことこの上なかった。
「では持ってまいりますので、お部屋でお待ち下さい」
「お願いします」
私が頭を下げると、執事は苦笑いをした。
どうも私は貴族には向いていない気がする。元々貴族ではなく、旅芸人の子供なので仕方がないんだろうけど。
部屋に戻ると、ぐちゃぐちゃになっていた机の上が綺麗に片付いていた。どうやらメイドさんが掃除をしてくれたようだ。手紙と折り鶴にも気がついてもらえたみたいでなくなっている。スルーもしくは、ぐちゃぐちゃにしてゴミ箱に捨てられている可能性もあったので、ほっとした。きっと掃除をしたのは優しいメイドさんだったのだろう。
「……何だか悪い方向ばっか考えるようになってるな」
捨てられる前提で考えてしまうって、いささか卑屈になりすぎではないだろうか。でも期待して裏切られた時の絶望はもっとも恐ろしい。混ぜモノの暴走は一体どのレベルの絶望で起こるものなのだろうか。何か文献があればいいのだが、あったとしても私の語学レベルだと理解するのは難しいように思う。ちなみに現レベルは、幼児用の絵本……。やはり勉強あるのみか。
ベッド脇に座りながらため息をついた。道のりは長い。
気分を変えようと、鞄からクロのサインを取り出す。初めは模様にしか見えなかったソレが、最近何とか文字だと理解できるようになった。少しだが進歩はしている。
「今頃クロは何しているんだろ」
眺めていると、少しだけ一座にいた時の事が懐かしくなった。あの頃の方が良かったとは言わない。それでも楽しくなかったわけでもない。
クロと挨拶もできないまま別れたのは、お互い泣かずに済んで良かったのかもしれないとは思う。下手に泣いたら未練が残ったはずだ。それでも、せめて手紙のやり取りができるようにしておけば良かった。クロ達は旅を続けるような事を言っていたので、実際は私が手紙を受け取る事しかできないだろうけれど。
「今日も一日、何もありませんように」
願掛けをし終わると、私はなくさないように鞄にしまった。この間願いを裏切って、人攫いに会うなんて事もあったのであまりお守りとしては、効き目がないかもしれないけれど。でももう、あんな事は早々ないだろう。
「オクトお嬢様、入ってもよろしいでしょうか」
ノック音と共に、メイドさんの声が聞こえた。返事をすると、緑の髪に犬っぽい獣耳がついた女性が入ってきた。その手には、綺麗に畳まれた服がのっている。
「わざわざ、すみません」
慌てて立ち上がり、メイドさんの方へ私は近づいた。
「いえ。この程度の事、謝らないで下さい。仕事ですから。それよりも、オクトお嬢様。いただいた、これの事なんですけれど」
メイドさんはポケットから折り鶴を取り出した。鶴がどうかしたのだろうか。
あっ。もしかして、捨てるに捨てれず困っているのかもしれない。養子とはいえ、アスタの娘。つまりは貴族の娘だ。例えゴミにしか思えなくても、無下にもできなかったのだろう。
それは悪い事をした。確かに、折り鶴を貰っても何かに使えるわけでもないのだ。この国は箸文化ではないので、箸おきにもできない。
「迷惑かけてすみません。捨てて下さい」
せめてハンカチに刺繍とか、そういう実用的なものにすれば良かった。……やり方が分からないので、誰かに教えてもらわなければいけないけれど。
「いいえ。捨てません。迷惑なんてとんでもございません!!」
メイドさんが大きな声を出した事に私はびっくりする。女性もはしたないと思ったのか、こほんと咳をして、顔を赤く染めた。
「あ、あのですね。これはまるで、紙でできているように思いまして。同僚とどのように作ったのか首をかしげていたのです。どちらかの、工芸品ですか?」
「えっ。ああ。それは私が紙を折っただけ」
何だ。邪魔というわけではなかったのか。にしても、工芸品とは……。リップサービスありがとうございます。少し大げさすぎて恥ずかしいけれど。
「オクト様が作られたのですか?!これを?!」
「はあ」
それにしても大げさに驚くメイドさんだ。あ、あれか。子供は褒めて伸ばすみたいな。伯爵家の教育方針が、ゆるくて大変ありがたい。アスタを見ていると、厳しくて鞭ばかりな躾けではないとは思っていたけれど。
「良かったら、教える……教えますが」
一瞬敬語を使い忘れたが、すぐさま元に戻す。メイドさんが少しフレンドリーになった気がして、危うくつられる所だった。
「是非、お願いしますっ!!」
「えっと。いつがいいです?私は、いつでも大丈夫……です」
「散策の後で、構いません」
山の散策どうしようかなとちらっと考えていたのを見抜かれたみたいだ。まあ折り鶴くらいなら簡単だし、教えるのもそれほど時間はかからないだろうけど。
「なら、それで」
「オクトお嬢様は他にもこういったものが作れるのですか?」
脳内検索をすると、数点思い出せた。もっとも箸袋は文化的に使えないし、手裏剣も何か分かってもらえなさそうなので、それほど種類は多くない。
しかしメイドさんは妙に目をキラキラさせている。褒めて伸ばすにしてもサービス精神旺盛すぎないだろうか。若干、怖い。
「えっ、あの……少しだけ」
「分かりました。メイド全員にそのように伝えておきますね――」
「やめてっ!そんなに凄い事じゃないから」
まるで公演でも開かせるような勢いに、私は悲鳴を上げそうになった。メイド全員って何?これは新手のイジメだろうか。説明して、この程度みたいな感じで鼻で笑われるとか?そういう流れですか?
慌てて止めると、メイドさんは困ったような顔をした。
「えっと、少人数でお願いします」
「そうですか。なら、オクトお嬢様の迷惑にならないよう、選抜しておきますね」
「あ……はい」
選抜って何?と思ったが、これ以上聞く事は私がつかれそうだ。メイドさんを驚かせれそうな折り紙は、折り薔薇ぐらいなのが正直心に痛いが、1個でもネタがあるだけマシだろう。大丈夫。もしイジメだとしても乗り越えられるはず。
「あの、服いいですか?」
「ああ。遅くなり申し訳ございません。お着替えのお手伝いは……」
「大丈夫です」
メイドさんは残念そうな顔をしたが、後ほど来ると言って一度外へ出て行った。
「つ、疲れた」
メイドさんを見送ると、私はぽすっと音を立ててベッドに座った。山に行く前から、ぐったりとしてしまう。肩を落として、深く息を吐くと、ようやく人心地つけた。褒めて伸ばすは、行きすぎると羞恥系拷問だという事を初めて学んだ。