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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
幼少編
21/144

7-1話 引きこもりな生活

 引きこもりたい。

 王子VS海賊なんて頭の痛いものを見せられて、私は逃げ出したくなった。ああ。もし私が魔法使い、または魔術師ならば、簡単にアスタのところへ帰って、引きこもりになれるのに……。

 ふとその考えは凄くいいように思えた。そうだ。魔法使いになれば、こんな面倒事に巻き込まれずに、瞬時に逃げる事ができるはず。

「オクト、あいつら止めてくれ」

「……嫌」

 というか無理。関わりたくない。

 私の事を話しあっているのは分かるし、ライの願いを叶えてあげたいが、近寄りたくない。巻き込まれたくない。私に自己犠牲精神を求めても無駄だ。


「ちょっと、賢者様。君の事を話してるんだよ。何他人事みたいなふりしているの?」

「ん?賢者なのか?」

 無理に話に加わらせないで下さい。

 しかも賢者ってなんだ、賢者って……。お前は私の事をいつもドールちゃんとかふざけた名前で呼んでいただろ。そう呼ばれたいわけではないが、賢者なんて恥ずかしい呼び方も止めてほしい。

「私は賢者じゃない……です」

「でも、君のお父様にそうやって聞いたんだけど」


「へ?」 

 お父様?私の父は不明で……お父様?!

 脳内検索が、1件のヒットを導き出した。お父様と呼べなんて寒い事を言いだした魔族が確かにいた。

「アスタ?」

「そう。アスタリスク魔術師が、君が帰ってこないから仕事が手につかないとか言って、さぼるんだよ。だから正直、早く戻ってもらいたいだよね。あの魔族、魔術師としてはかなり優秀だから、仕事をしないのは困るんだよ」

 アスタが私を待っている?

 もしかしたらさぼる口実ができてラッキー程度の発言かもしれない。それでも私の事を忘れたわけではないという事だ。

「帰ります……。帰りたいです」

 そこに私の居場所があるならば、そこが私の帰る場所だ。

「ライが親はいないと言っていたが、嘘だったのか」

「……嘘じゃない。アスタは私を拾ってくれただけ」

 養子縁組を勝手にされているらしいけれど、細かい事は知らない。

 実際アスタとの関係は親子は違うと思う。友人という関係でもない。主従という関係はアスタが否定している。あえてこの関係に名前を付けるならば……協力者だろう。

「少し遅かったというわけか」

「だからいい加減諦めてよ。そして早く僕からの依頼をこなしてくれないかな?」

 そういえば、そうだった。王子は海賊に、女性を攫う事を命令していたのだった。何故という言葉が頭に浮かぶが、口には出さないように気を付ける。聞いてしまったら、おかしなことに巻き込まれるに違いない。ここは全力でフラグを回避するべきだ。

「それに賢者様は大きくなってからの方が、もっと面白くなると思うよ。彼女の親は魔術師であり、この国の研究者だからね」

 ぞわぞわと鳥肌が立った。面白くなるってなんだ。ここで縁が切れたら、二度と関わるつもりないから。

「ふーん」

 ネロはニヤニヤと笑いながら、値踏みするように私を見た。この悪人めと罵りたいが、海賊にとってそれは果たして罵り言葉になるのか。

「なら。将来就職する時は、俺のところに来い」

「海賊は、職業か?」

 私の言葉にライが腹を抱えて笑いだしたが、そこは切実な問題だと思う。会社員ではないだろうし、自営業でもない。船乗りではなく賊なのだから、ただの犯罪集団……。

 うん、やっぱり二度と近づかない。

「ああ。いい職場だ。仕方がないから待っていてやる。ただし出て行く前に、料理長に先ほど話した予防方法を伝えておけ。それとライに手伝ってもらって、紙にも残せ。それがお前を家まで返す条件だ」


 こうして、私はようやくネロとの交渉を終える事ができたのだった。





◆◇◆◇◆◇





「先生。風邪引くなよ」

「先生、僕、先生が戻ってくるの待ってるっす」

 いや、戻らないからね。

 海賊って、人情が厚い奴が多いのだろうか。一緒に料理をした船員や、病気を治した船員たちが私をぐるっと囲っている。

 というのも、私がこれから家に帰る所だからだ。


 ネロとの交渉の後、ご飯を食べ、すぐさま壊血病の予防方法を紙に書く作業に取り掛かった。といっても、まだ文字を書く事が苦手な私はライにかなりご協力いただく事になった。その間紙を何枚か駄目にしてしまったが仕方がない事だと思う。早くこの世界でも鉛筆と消しゴムを開発して欲しい。

 1日かかって何とかできたそれを料理長に説明した時には、どっぷり日が暮れてしまった。それでも何とか任務完了した私は、家に帰る為に王子様の近くにいる。

「ほれ。新しい野菜だ。持って帰れ」

「ありがとう」

 調理長に渡された買い物袋には、私がここに来る前に買った材料と全く同じ材料が入っていた。腐ってしまうので確かにここで使ったが、まさか新しくもらえるとは。意外に律義な海賊だ。

「これも持っていけ」

 ネロが麻袋に入った何かを私に投げた。野菜を下に置き、慌てて受け取める。小さな袋だが、思ったより重量があった。危ないだろ。頭に当たったらどうするつもりだ……と思ったけれど、どうするつもりかはすぐに想像がついた。強制的に助けられて、助けたお礼をせびられるんですね。分かります。

 中身は何かと開いて、私は固まった。金貨や、宝石と思われるものが詰まっている。

「何、これ」

「ん?知らないのか。黄金色の物が金貨で――」

「そうじゃなくて、何でこれを私に?」

 この世界でも、金や宝石は高価なものだ。相場は知らないが、それが一般庶民ではなかなか手に入らないものだという事くらいは分かる。

「2週間の給料と、壊血病の情報料だ」

「多すぎる。こんなに貰えない」

「安心しろ。貰いものだ」

 言葉は正しく使え。それは貰ったんじゃなくて、奪ったの間違いだ。そんなもの、国家権力の前で見せていいのかと思うが、王子はいたって平然としている。まあ海賊とお付き合いして、人攫いまでさせるぐらいクレイジーな王子様だ。盗品程度じゃ今さら驚かないのだろう。

「それと王子。オクトの親に、情報の値段相場をきっちり叩きこむように伝えておいてくれ」

「分かってるよ」

 どういう意味だそれ。私がまるで価値観がずれているような言い草だ。納得できないが、麻袋を突き返しても受け取ってもらえそうにないので、鞄の中にしまう。

 後から返せって言ったって、知らないからな。けっ。

「そろそろいいかい?賢者様」

「……私は賢者じゃないです」

「ならなんと呼んだらいいのかな?」

「オクト。……とお呼び下さい」


 王子に手を引かれて、幾何学模様が書かれた場所へ移動する。野菜はライが持ってくれた。流石に片手では運べないのでありがたい。

 幾何学模様の中心に来ると、ライは荷物を私の足元に置いた。そして自身は模様の外へ出る。

「ライ、引き続き頼むよ」

「分かりました」

 王子の言葉にライが膝を折る。

「我が名はカミュエル。我が声に答え、繋げ」

 石墨かなにかで書かれただけの模様が、声に反応したかのように緑に輝いた。

 次の瞬間目の前からライや海賊たちが消える。それどころか先ほどまであった天井が満天の星空に変わってしまった。唖然として見渡せば、目の前には見覚えのある宿舎があった。 


 帰って来たのだ。


 そう理解できるまでに数秒かかってしまうほど、一瞬の出来事だった。

「転移魔法?」

 たしかアスタも私を引き取った初日に使っていた。

「転移魔法には違いないけれど、今のは魔法使いでなくても使えるものだよ。魔法陣に使用者の名前や情報、転移先が細かく書かれていて、式を間違えたりしなければ誰でも使えるかな。ただし開発段階だから、誤作動がよく起こるんだよね。まだ実用には程遠いかな」

「誤作動?」

「多いのは体の一部だけが転移されえしまったり、移動先で上手く体の構築ができないとかかな」

 発動しないとかじゃないんだ。……めちゃくちゃ物騒な魔法だな。

 上手くいったからいいものの、できるならば、時間がかかってももっと確実な移動手段を選んで欲しかった。

「今みたいなものを、アスタリスク魔術師は開発しているんだよ。さあ、お帰り。家で彼が待っているよ。本当は君ともう少し話したいけれど、今日返さないと1カ月有給を貰うと言っていたからね」

「ありがとうございました」

 私は王子に頭を下げた。できたら二度と関わりたくないが、彼のおかげで助かったのも事実だ。下手したら、私は今頃海賊に強制ジョブチェンジだった。笑えない。

「失礼します」

 私は買い物袋を拾うと、部屋へ向かって歩いた。久しぶり過ぎて、少しドキドキする。アスタは本当に私を迎え入れてくれるだろうか。

「そうだ。オクトさん」

「なんですか、王子?」

「僕の事は、カミュとよんで欲しいな。じゃあまたね」

 一瞬で王子の姿が消える。きっと転移魔法だろう。今度は先ほどと違い足元に魔法陣もない。カミュ王子は魔法使いなのだろうか?

 しばらく誰も居なくなった場所を見つめていたが、意を決して私は家へ向かう。

 ようやくたどり着いたそこは、記憶と全く変わりなかった。当たり前だ。まだたった2週間しかたっていない。でもたった3日で、人生が変わってしまうことも私は知っている。

 カミュ王子はアスタが私を待っていると言っていたが、今もそうだろうか。もうどうでもいいのではないだろうか。私は混ぜモノで、何にも役に立たない。

 ぐるぐると駄目な可能性ばかりが浮かぶ。でもそうやって心の準備をしなければ、もしだめだった時に私は精神を安定させていられない。


 ガチャ。


 ドアの前で悩んでいると、先に扉が開いた。中から出てきたのは、記憶と全く変わらないアスタだ。少しだけ驚いたように目を見張ったが、紅い瞳を細め、私を見下ろした。

「おかえり。遅かったな」

 何気ない言葉だ。でもその言葉だけで、私は大丈夫だと思えた。

 気が抜けると同時に体がくすれ落ちそうになる。思った以上に神経が張っていたらしい。少しふらつくと、アスタが私の体を支えた。

「ただいま」

 ようやく私は帰ってきた。

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