序章
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」
甲高い叫び声を聞いて、私の意識は覚醒した。
その声は何処までも悲痛で、ただただ悲しいと訴える。この声が聞こえるまではずっと私の意識はふわふわとしていて、まるで夢を見ているようだった。頭は霞がかり、苦しみも悲しみもなにもなかった為、こんな激しい感情が生まれたのは初めてだった。……いや、本当に初めてか?
以前もこんな感じで絶望した事なかっただろうか。一気にその声に引っ張られる形で目が覚めた私は、色んな事を忘れてしまっている気がして混乱した。
そもそもここは何処で、自分は――。
「オクト、どうしたんだ?!」
部屋の中へ、黒髪の男の子が飛び込んできた。
ああ、そうだ。彼は自分の兄のような存在のクロだ。そして自分は、オクトだ。
「オクト。だいじょうぶか?オクト、しっかりしろ。オクトっ!!」
クロに肩を掴まれ揺さぶられると、悲痛な悲鳴は止まった。……違う。悲鳴の出所は、自分だ。止まったんじゃなく、止めたのだ。
「ク、クロっ!!」
ぶわっと浮かぶ涙の所為で、クロの顔が歪んだ。
さっきまで確かに苦しみも悲しみもない世界にいたのに、今は寂しくて仕方がなかった。感情の赴くままに小さなクロの体にしがみつく。そうでもしなければ、自分が壊れてしまいそうだった。
「クロ……クロっ……クロぉ……」
「いつからオレの名前言えるように……。そんなことより、どうしたんだよ。そんなに泣いて」
分からない。
ただ悲しくて、悲しくて仕方がなかった。軽いパニックを起こしている私には、ただ泣くことしかできなかった。
「ノエルさんはどこいったんだよ。オクトがこんなたいへんなのに」
ノエルさん……。
ふとそれが、自分の母親を示す名前だと分かった。それと同時に、何故こんなに悲しいのか思い出す。ふわふわと眠っていたはずなのに、自分の中にはちゃんと答えが詰まっていた。
「クロっ……。きえたの。ママがきえたの」
それは自分を捨てたとか、そういう意味ではない。文字通りこの世から消えたのだ。もう二度と会う事はない。それを本能的に私は知っていた。
「クロっ、クロっ……ああぁぁぁぁぁぁっ!!」
苦しくて、悲しくて、寂しくて。それが痛くて仕方がない。背中をさするクロにしがみつき、力の限り泣き続けた。
こうして私は母親の死と引き換えに、この世界に産まれ落ちた。