6-2話
「先生。ベーコンはこれでいいっすか?」
フライパンの上でカリカリに焼かれたベーコンを見せられ、私は頷いた。おいしそうな香ばしい臭いがする。
「先生。キウイ輪切りにできました」
「ありがとう」
私は頷きながら、内心ため息をついた。先生ってなんだ。私はそんなものになった覚えはない。笑顔の海賊たちに若干引き気味になりながらも、私は皿に料理を盛り付けた。本日の朝食は鶏肉のオレンジソース煮とパン。カリカリベーコン入りサラダにじゃが芋のスープとキウイフルーツ。朝からヘビーだが、海賊たちはこれらをぺろりと平らげる。2食しか食べないのに運動量が半端ないのだからと理屈としてはわかっているが、見ているだけで胸やけしそうだ。ただし料理長に相談の上で、私が立てた献立なのでその感想は胸にしまっておく。
私自身は、サラダとスープと一口分のパンだ。アレは無理。
「いやー、すごい。先生の料理は本当に独創的だな」
「はぁ」
「褒めてるんだから、もっと喜べって」
1回りどころか、3回り以上年と体格がかけ離れた調理長に背中を叩かれ、危うく椅子の上から落ちそうになる。独創的って褒め言葉だったのか。
「いや。作れるのは料理長のおかげ」
「よく解ってるじゃないかっ!!」
バンバンとさらに背中を叩かれ、私は椅子にしがみついた。大人と子供の力の違いにそろそろ気がついて欲しい。
「痛いから止めて。でもこれも、そろそろ終わりか……」
怒涛の日々を思い返せば感慨深い気持ちになる。よく生き残った。
2週間ほど前に船長に調理長任命されかけた私は、慌ててその役目を辞退した。その後必死なお願いの結果、妥協案として献立は全て私が立てる事で一応話はまとまったのは奇跡といえよう。しかしそこからがまた大変だった。
今まで海賊のご飯なんて作った事がない私は、ビタミンを多くとる為のメニューは思い浮かんでもどう組み合わせていいか分からなかったのだ。今までどんなものを食べていたかを聞きながら必死に献立をたて、その後ライに間に入ってもらい調理長達に作ってもらうという作業が続いた。
初めは私が混ぜモノである事と5歳児であることから意思疎通はなかなか上手くいかなくて、泣きたくなった。命の危険と隣り合わせな状態で頑張り、1週間後ぐらいから病状の改善が見られた時はホッとして泣きそうになった。そして海賊たちになんとか認めてもらえた時は正直泣くと思った。結局一度も泣いてないけど、涙腺が緩むぎりぎり状態になるぐらい私は必死だった。その後先生と呼ばれるようになり、今では献立の相談にも気軽に乗ってもらえる。本気でありがたい。
「仲間の病気が治ったら、出ていくって約束だもんな」
「先生。ここに残ればいいじゃないっすか」
いや、それはない。
涙もろい料理長が鼻をすすっているが、実際はそんなに感動できる場面ではない。なんといってもここは海賊の根城。根っから悪い人たちではないとは分かったが、元々私は人攫いにあった被害者なのだ。仲間にになる選択肢は絶対ない。それに犯罪者になるのは最後の手段。できるなら、捕まってバッドエンドコースなんて危険は冒さず、清く正しく生きたい。
「オクト、飯できたか?」
「完成したところ」
サラダにベーコンをまぶしたところで、ライが厨房に入ってきた。
「お、旨い」
「食うな」
「味見だって」
何が味見だ。ライ達海賊の味見の量が半端ない事は、すでに知っている。こいつらの味見は味見の域を超えているのだ。そもそも何故鶏肉を食べる。そこはソースを舐めるべきだろ。
「運べ。大盛りにするから」
それでもそこを咎めても話が進まないので、初めから他の餌で釣る方がいいと2週間で私は学んだ。
料理当番達とライに手伝って貰い料理を運ぶ。
「朝ご飯持ってきたぞ」
「待ってましたっ!」
ドアの向こうにはポーカーで遊んでいる海賊たちがいた。威勢のいい声が飛び、ヒューっと口笛まで聞こえる。これだけで、すでに病人ではないだろと思う。最近は彼らも普段の仕事に混じっているわけだし完治したといってもいい。
私はスープをよそいながら、いい加減ネロに会わないとな考える。すでに2週間もたってしまったのだ。私を含め、捕まった女性達も限界に近いだろう。
最近見に行っていないけど――あれ?
「……色々不味くない?」
「えっ、味が?」
ぽつりとつぶやいた言葉に、パンを配っていたライが反応する。私はなんでもないと首を横に振った。
私は船長と取引して以来、ライと同じ部屋で寝起きしている。なので体的に問題はないのだが、あの牢屋に取り残された人たちは、今もベットもトイレもないあそこに閉じ込められているのだ。あんな場所じゃ、発狂している可能性がある。
「ネロに会わないと」
もう一つの条件である、航海中にどうしたらいいのかを早く教えて、女性達を開放しなければ。病状は改善したのだから、もう信じてもらえるはずだ。少なくとも船長以外の海賊は、壊血病に関しては私を信頼してくれていると思う。彼らを味方につければ、何とかなるはずだ。
「船長かぁ。今日客が来るらしいけど、それまでは本でも読んでるんじゃないか?」
海賊ってそんなに暇でいいものか。
もっと仕事しろと思ったが、すぐに私はそれを否定した。彼らの仕事=犯罪。うん、仕事せずにだらだらしてて下さい。むしろ一生働くな。
「ライ、よろしく」
私は一人でウロウロする事を認められたわけではない。料理中は調理長や、料理当番がいるのでライから離れるが、それ以外はほぼ一緒だ。ある意味私もよく発狂しないなと自分で感心してしまう。
まあライは怖いけど、問答無用で怖い事をするわけではないから安心していられるのかもしれない。人に観察されるのは嫌いだけど、慣れてはいる。
「じゃあ、船長の飯を持っていくついででいいか?」
別に飯のついでだろうと何だろうと問題はない。早いに越した事はないと思うので、頷く。
一通り配り終わったところで私たちは料理を持って、船長がいる部屋に向かった。
「そういえば、NO.2って誰?」
ふと私は、NO.2やライが倒したというNO.3に会った事がない事に気がついた。会いたいわけではないが、どんな人なのだろう。
「えーっと、副船長達は外回りの仕事中だったはず」
どうしてだろう。彼らがいう仕事は、不穏なものしか感じられない。……まあ海賊だからなんだろうけど。それにしても外回りって、何だか営業みたいだ。
「海賊の仕事って色々なんだ」
「そ、色々だな。船の修繕が終わったら、また航海に行くけど、それだけじゃないって事だな。海賊とその家族だけが住んでる島もあるんだぞ」
絶対近づかない方がいい場所ですね、分かります。
島がどれほどの大きさかは分からないが、それはすでに国家じゃないだろうか。私は周囲にどう思われようと、できる限り家に引きこもるべきだと悟った。彼らと二度と関わりたくない。
「船長、飯持ってきました」
ライは相変わらず中の返事を待たずに部屋に入った。敬う気があるのかないのかよく分からない。それでも船長が咎める事はないので、私としてはどちらでも良いんだけど。
「メニューは何だ」
ライがちらりと私を見た。どうやら私が説明しろということらしい。一応私が立てた献立だし、仕方がない。
「鶏肉のオレンジソース煮、カリカリベーコンサラダ、じゃが芋のスープ、キウイフルーツとパン」
私が喋ると、船長はようやくこちらを振り向いた。私がいると思わなかったようだ。少し目を見開いた後、にやりと笑う。嫌な笑みだ。私が必要最低限しか近寄らないようにしていた事を船長も分かっているのだろう。
「先生が直々に持ってきて下さったのか」
「……先生とか止めろ」
「どうしてだ?皆言っているのだろ?」
ネロがいうと、嫌味っぽいんだよ。
心の中でののしるが、口には出さない。ビビりと罵られようと、私は私の命の方が大切だ。
「それもできたら止めて欲しい。私は先生ではない」
「ふーん。それにしても来いと言っても、忙しいやらなんやらと言って来ないくせに、今日はどういう風の吹きまわしだ?」
そんなの精神的に苛められる事が分かっていて、素直に近づくほど私はMではないからだ。避けて通れる危険はできるだけ避けるに決まっている。
「献立を立てることに慣れていなかったので。時間が取れず、申し訳ない事をした。今日来たのは、船員の病状が改善した事の報告と、航海中の病気予防方法を聞いてもらうため」
「まだ完治したわけじゃないだろ?」
「ほぼ完治した。それは他の船員も納得してくれている。もう普通どおりの食生活で問題ない。だからそろそろ女性達を開放する為の取引がしたい」
私を引き止めてもネロにとっていい事なんてないはずなので、これはただ嫌がらせだ。このドSな生き物はは、きっと損得抜きで嫌がらせをする事に生きがいを感じているに違いない。マジ関わりたくない人種だ。
「そうか。言ってなかったな」
ぽんとネロはわざとらしく手を打ち鳴らした。ネロの笑顔を見ると嫌な予感しかしないのは何故だろう。何をされたわけでもないのに、顔が引きつりそうになる。
「女性はもう解放したぞ?」
「は?」
突然の言葉に私は理解が追いつかず、ぽかんと口を開けたまま固まった。