6-1話 嘘つきな海賊
「船長入りますよ」
ライはノックし、ためらうことなく開ける。うん。緊張しているのは私だけと分かっているのだけど、もう少しゆっくり開けて欲しかった。
あの後さらに階段を上った私は、船長のいる部屋の前にいた。1階なら窓から逃げられるけれど、3階から飛び降りる勇気はない。何かあったら、大人しく観念して、心の中で般若心経を唱えよう。死にたくないけど、暴走の末に死ぬのはもっと嫌だ。
「なんだ、ライか。どうした」
どうやら酒を飲んでいたようで、部屋の中に入るとアルコールの臭いが鼻を突く。船長は獣の特徴や長く尖った耳や紅い目をしていないので、たぶん人族だろう。黒髪に黒目とクロと同じ色だ。若いのか若づくりか知らないが、ロン毛を後ろで一つに束ねている。30代又は40代くらいだろうか。
「さっき俺が担当する事になった混ぜモノなんだけど、なんか面白い事知ってるんだって」
「ほう」
黒い目が興味深げに私を映す。その目は私の中に詰まっているものを見透かそうとしているように思えた。正直、もっと単純馬鹿な人を想定していたので冷や汗が出る。何で筋肉馬鹿の上司が狡猾そうなのだろう。こういうのは、NO.2とかで、船長は強いけどちょっとお馬鹿とかそういうものじゃないの?!……漫画の読み過ぎですね。すみません。
「オクト。アイツが、この海賊の船長。ちなみに魔法使いでもあるから、嘘とか止めた方がいいぞ」
大きな声で説明ありがとう。もう逃げたい。
だから何で船長が魔法まで使えるチートなわけ?そういうのは部下に任せろよと思うが、もし彼がNO.2だとしたら、どうして船長やらないんだろうと思ったはずだ。
それにしても夜なのに船長の顔が見えるぐらい部屋の中が明るいのは、多分魔法の力だろう。簡単な魔法なのかどうかは分からないが、そんなに力を見せつけないで欲しい。
「初めまして、混ぜモノのお嬢さん。俺はネロだ」
「えっ。アンタ、女?!」
「そんなことも分からないのか。男なら、女ぐらい見分けろ」
それは無理だと思います。
自分で言うのもなんだが、5歳児の体はつるぺたなので男の服を着れば男にしか見えない。むしろ分かるネロの方が怖い。子供に女も男もないだろうに。これ以上無駄話の所為で、私の気力をそがれたくないので、早々に話を切り出す事にした。
「私はこの海賊で起こっている奇病の治し方を知っている。取引したい」
ネロの顔が楽しげなものになった。5歳児が取引したいなんて微笑ましいなぁと思ってるならいいのだが、何となく面白い玩具みーつけた★と思ってそうな笑みに思えた。嫌だ、この人マジ怖い。そういえば、アスタと最初にあった時も凄く嫌な奴認定した覚えがある。魔法関係者はきっと頭がいい分、性格が悪いに違いない。
蛇に睨まれた蛙のごとく、目がそらせない。嫌な汗が背中を伝う。
「ほう。あの呪いを解く方法を知っているのか。あれは魔術師でも解決できない奇病なんだがな」
「魔法は使わない」
それは解決させようと魔術師に無理やり協力させた結果なのか、一般論なのか気になる所だが、精神安定の為私は貝になる事にする。
「薬師も同じだ。治療薬らしいものを作らせたが、効いたためしがない」
「く、薬もつかわない」
作らせたという言葉に不穏なものを感じて、言葉がどもってしまう。アスタは嫌なやつで済んだけど、この人は怖い。考えるな考えるなと呪文のように心の中で唱える。薬師がどうなったかとか、今後の参考の為としても、聞くべきじゃない。
「まあ奴なりに頑張ったようだから、薬師は奴隷商に売り飛ばしてやったはずだ」
何故、それを今教える。そしてそれは全然慈悲じゃない。なんだ、殺されないだけましだろってか?!奴隷って最悪じゃないか。怖いよ。怖すぎるよ。私はライの服の裾を握り後ろに隠れた。
取引しようなんて馬鹿な発想でした。すみません。逃げていいですか?
「船長。混ぜモノをあまり苛めないでよ。精神が不安定になると暴走しやすいんだから」
「だから鍛えてやってるんじゃないか。そんな小さな形で取引しようとここまで出向いてくれた褒美だ。俺なりの好意だからありがたく受け取れ」
いらんわ、このドSめ。そんな褒美、不燃ごみに出してしまえ。
早くアスタの家に帰って、引きこもりたい。……でもその為には逃げなければ。だけど普通に逃げられなければ、取引するしかない。あと少しの我慢だ。頑張れ私。
意を決してもう1度ライの後ろから前に出た。
「私が売りたい情報は、奇病の治療法。それと航海中に奇病を発生させない方法の2つ」
「えっ?!治療法だけじゃないのか?」
ライの素っ頓狂な声に私は頷いた。その様子からすると、本当に奇病の治療法は見つかっていないのだろう。後は私が想像している病気と同じである事を祈るのみだ。
「それでその情報と何を引きかえたいんだ?金か?」
私は首を横に振った。金はあるにこした事はないだろうけど、アスタに養われている今はいらない。今後貯めるにしても、できるだけ危険な橋を渡らなくても済む方法にしなければ、また同じような目にあう気がする。
「1つは、私を無事に家まで返して欲しい。もう1つは、今捕まっている女性の解放」
情報は2つ。条件も2つ。情報を考えれば、こんな条件なんてお釣りがくるぐらい些細なものだろう。さあ頷け。ほら、頷け。……マジで頷いて下さい。お願いします。
「今捕まっているだけでいいのか?」
「うん。解放するのは、私が捕まっていてその上で取引をした事を知っている人だけでいい」
船長の言葉に私は頷いた。正直、正義の味方にはなる気はない。むしろ助けて欲しいのはこっちの方だ。ただし恨まれる悪役にもなりたくない。ただでさえ混ぜモノは嫌われているのに、ここで恨みまで買ったら、いつか暗殺バッドエンドが待っているかもしれない。そういう危ない芽は早めに摘み取ってしまうべきだ。
ベストは毒にも薬にもなりそうにないと、放っておかれるようになる事。それは今後の努力次第でできるはずだ。
「ふーん。それだとこちらがお釣りが出そうだな。他に希望はないのか?」
……意外に公正な取引してくれるんだな。
人攫いをするぐらいだから、極悪非道には間違いないはずだ。実はいい人って事もないだろう。ドSだし。もしかしたら取引する事に何か信念があるのかもしれない。
「また考えておく」
下手に条件を増やして、最初の条件が消されたら困る。特に何かしてもらいたい事はないので、このまま消えても問題ない。
「分かった。取引に応じよう。うちの船員の病状が回復したら、そちらの条件を叶えると言う事でいいか?」
まあ教えてすぐに、はいさよならはできない事は分かっていた。すぐに治療が完了するわけでもないので、長期戦は覚悟の上だ。私は頷く。
「ではまず、治療法を教えてもらおう」
「……その奇病の名前は【壊血病】。ビタミンCの欠乏により、タンパク質組成であるアミノ酸の1つが上手く作れなくなる。結果、血管の損傷などにより死にいたる」
「ちょっとまて。一体何語話してるんだよ」
……何語って、何語だろう。基本は龍玉語だが、固有名詞は日本語だ。こちらの言葉であてはまるものを知らないのだから仕方がない。もしかしたら、まだその単語は生れてない可能性もある。そうするとやはり日本語を使わなければ説明できない。どうしよう。
「つまり、ビタミンCとやらを補えれば、この病気は治るということか」
ネロの言葉に私は頷いた。そうだ。細かい話は抜きにして、とにかく治療方法だけ教えればいいのだ。この船長ドSで怖いけど、魔法使いだから頭はいい。拙い説明でも何とか理解してくれるはずだ。
「この病気は、干し肉などにはない栄養、ビタミンCの不足が原因。ビタミンCは野菜や果物に多く含まれている」
「なら果物のジュースとか野菜スープを飲めばいいわけ?」
「ビタミンCは熱を加えると壊れる。だから私は生のサラダやジュースでも、絞りたての方が効果的だと思う」
確かビタミンCは酸化も早かったはずだ。また水に溶けやすい原理を使って、ジュースとかの保存料に使われていた記憶がある。とり過ぎは結石を作るが、食べ物から摂取するだけならとり過ぎほど食べる事はない。なのでとにかく食べろ方式で大丈夫だろう。
「よし。分かった。今から、オクトを料理長に任命してやる」
「は?」
「ようは食べ物を改善すればいい話だろ。働いた分の給料も出してやるから、しっかり働け。上手く治ったら、航海中にならない方法とやらも聞いてやる」
かなり上から目線だが、何とか合格ラインに立てたらしい。まだ安心するのは早いと分かっているが、ホッと息をはく。
でも料理長はまずいよな。私の腕はそれほど良くないし、その上身長は足りないし、重たいものとかも持てない。できないづくして涙が出そうだ。
あと少し頑張ろう。私は船長の説得を引き続きする事にした。