表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
幼少編
16/144

5-2話

 何故、あの時わき道に入ってしまったのだろう。


「はぁ……」


 私はいく度目かになる深いため息をついた。ため息をついても、牢屋のカギは開いてくれないけれど。私より少し離れた場所からはしくしくと鳴き声が聞こえ、とても辛気臭い。


 急がば回れ。何故あの時そうしなかったのか。数時間前の自分を罵ってやりたいが、後悔先に立たずだ。私は人攫いに攫われるという失態を犯してしまった。

 もちろん混ぜモノである私が積極的に攫われるはずもない。あの時近道だと思った道の先には人攫いにあっている女性がいた。そしてそれを目撃してしまった為に鳩尾に一発拳を入れられたのだ。その後気が付いたら牢屋で転がっていたわけだから、確実に巻き込まれただけだろう。

 どうせなら昏倒した後は、そのまま捨てておいてくれてよかったのに。私なんか攫っても何の役にも立たないはずだ。むしろ相手も扱いに困っているように感じる。遠くでこそこそと、話しあっているのを聞いてしまった。


「はぁ」

 まわりをちらりと見れば、一緒に攫われたはずの人達がビクリと肩を揺らした。私も被害者なんだけどなぁと思わなくもないが、私が混ぜモノである事を考えれば仕方がない気もする。誰だって、爆弾と一緒に閉じ込められたくないだろう。一緒に助かる為に頑張ろうと慰め合うなんて、夢のまた夢だ。

「というか、私が暴走したらどうするつもりだったんだろ」

 そう考えると、さらった相手は、それほど頭がよくないのかもしれない。少なくとも混ぜモノの知識は薄いのだろう。知っていたら私はこんな目にあわなかったはずだ。


「アスタ、探してくれるかな」

 まだ連れ去られた事に気が付いていない可能性もあるが、それ以前に気がついても探してくれるかどうかも分からない。数週間一緒に過ごした仲ではあるが、私とアスタは赤の他人だ。面倒だと思えば、何もしないかもしれない。ニート生活な私が、それほどアスタの役に立っているとも思えない。

 そう考えると自分で何とか脱出する方法を考える方が賢明だ。

 入口は鉄格子となっており、南京錠でドアは止められていた。窓は部屋の中に一つだけしかない。しかも私ですら通れるかどうかが微妙な大きさな上、かなり高い場所にあるのでそこから脱出は難しいだろう。また牢屋は薄暗く、光は牢屋の向こうにかけてあるランプだけだ。


「おい。飯もってきたぞ」

 声の方を見れば、鉄格子前に12、3歳ぐらいの少年がいた。段ボール箱を抱えた少年は、ニッと歯を出して笑う。バンダナから赤茶の髪を覗ぞかせてたその顔はまだあどけなさを残している。それでも彼もまた人攫いの一味だ。私は注意深く少年を見つめた。これぐらいの子だったら上手く出し抜けるかもしれない。

「俺だったらなんとかなるかもなんて思っても無駄だからな。ここには、俺以外にも仲間が居るから簡単に外には出られないぞ」

 私の考えている事がばれたのかと一瞬思ったのだが、全員に対する忠告だと気がつきこっそり力を抜く。この少年なら何とかなるかもと、皆考えるのだろう。

「パンと水を配るから並べ」

 鉄格子の向こうから少年が声をかける。しかし誰1人として動こうとしなかった。

「まあ1日や2日食べなくても死なないから、俺は構わないんだけどな。いざ逃げたくても動けないって方が俺的には助かるし」

 ニヤニヤしながら少年がいうと、誘拐された人たちはひそひそと相談し始めた。そして1人が立ち上がると、釣られたように1人、また1人と立ち上がり、少年からパンと水を貰って行く。全員が貰い終わったところを見計らって、私も立ち上がった。


「あんたが最後か。って、ちっさ。何?ママと一緒に攫われたのか?」

 私は少年の言葉に首を横に振った。

「そっか。普通はそんなに小さい奴は攫わないのに。あんた運が悪いなぁ。しかも混ぜモノの男かよ。あいつらどうするつもりだ?」

 本当にその通りだと思う。私を攫っても風俗に売りつける事は出来ないし……と考えたところで、自分の恰好が男である事を思い出した。まわりを見ると女性しかいないので、この少年も私が巻き込まれたのだと考えたようだ。

「混ぜモノならあいつらも下手に殺す事だけはないと思うから、安心しろよ。ほら、パン食べな」

 おしつけられるようにパンを渡され、私は頷いた。少年もおびえた様子がないので、私はその場に座り込むとパンにかぶりついた。食べれるときに食べなければという習慣が身についている為、どんな時でも食べられないという事はない。

「いい食べっぷりだな。そんなに、腹減ってたのか?」

 私はコクリと頷き、水を口に含む。生ぬるかったが変な味はしなかったので、ありがたく飲み込んだ。その様子を少年は立ち去らず、ニコニコと見つめる。


 それにしてもこの少年、一体どんな立場なのだろう。パンの渡し方等考えると、結構頭がいいように感じる。脅すわけではなく、食べる事が正解だと全員に思わせる言葉回しだった。もしあそこで、暴力に訴えたら、誰も彼に近寄らず、パンを食べなかったに違いない。まさに北風と太陽だ。

「俺はライ。アンタ、名前は?」

「……オクト」

 喋れない設定でいって油断させても良かったが、私の場合出し抜くよりも、何か交渉した方が家へ早く帰れる気がした。交渉の為には言葉が必要なので喋れない設定はむしろジャマだ。

「何だ喋れるのか。お前、親はどうした?」

「いない」

 アスタが脳裏に浮かんだが、素直にそれを言う必要はない。本当の親はいないのだから嘘でもないわけだしと自分に言い聞かせる。

「ふーん。結構いい生地の服着だし、どこかの酔狂な貴族の下働きでもしているのか。ちっさいのに大変だな」


 ……怖ッ。


 服の生地から一瞬で本当に近い答えを導き出された私は、内心冷や汗をかく。流石に貴族に引き取られたとは思わないだろうが、貴族と繋がりがあると分かれば何か交渉材料になるかもと思われそうだ。

「ライは、何している?」

「俺?俺は泣く子も黙る海賊だよ」

 話を変えようと出した話題だが、あっさりとこの集団が何かを教えてくれた。頭がいいと思ったのだけど、そうでもないのだろうか。もしかしたら私が幼児だから油断しているのかもしれない。

 だとしたらチャンスだ。

「海賊?」

「そう。海にいる荒くれ者さ。でもソレばっかりでもやっていけないから、たまにこうやって陸に上がって、裏の仕事も引き受けるわけ」

「裏の仕事?」

「若い娘が欲しいんだってさ。その後どうするかは俺も聞いてないけど」

 奴隷か何かだろうか。女性に限定するなら、性的な可能性も高い。……どちらにしろ、私は完璧にとばちりを受けた事には変わりない。


「おい、ライ。飯を配ったら、病人の世話に戻れ」

「はいはい。今行くよ」

 ここからは見えないが、仲間が近くにいるのだろう。声がよく聞こえた。確かに少年を何とかしても、ここから抜け出すのは難しそうだ。

「病人がいるの?」

「ああ。海の精霊に好かれちまうとなる怖い病気だ。といっても精霊相手に俺らは何もできないしな。看病って言っても飯を持ってくだけだよ。長く航海をしてるとなるけれど、陸に戻れば治るやつもいるし」

「海に精霊?どんな人?」

 私も精霊族の血が入っているはずだ。海にいるなんて初耳だ。

「さあ。姿が見えないから精霊なんだし」

 ……精霊って何者?姿が見えないなら、どうやってママが生まれたのか。ただ確かに今まで精霊族の人とはあった事がない。もしかして見えないだけで、結構すれ違っていたりしたのだろうか。

「病気はどんなの?」

「お前質問はぽんぽん喋るんだな。まあ、いいけどさ。海の精霊に好かれた奴がなるだけで、うつる病気じゃないから安心しろよ。ただ壮絶だぜ。歯茎から血が出て歯は抜けて、全身に青あざができるし。そんでもって酷い場合は死んじまう」


 あれ?


 海賊と青あざ。航海が長いとかかるという話。そこから私は精霊が引き起こすのではない、別の病気が頭に浮かんだ。異世界なので前世と同じとは限らない。しかしこの世界の食べ物は、とてもよく似ている。

「じゃあ、俺行くから。大人しく今日は寝ろよ」


「待って」


 立ち去ろうとするライを私は慌てて呼びとめた。混ぜモノの私を怖がらず、普通に話してくれる貴重な人材だ。明日も彼が来るか分からないのだから、交渉するなら今しかない。

「その病気、私なら治せる」

 失敗したらもっととんでもない事になるかもしれない。しかしこのまま何もしなくても事態が好転しないと踏んだ私は賭けにでる事にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ