5-1話 危険な外出
アスタに一通り買い物方法を教えてもらった私は、その後料理を始めとした家事のすべてを請け負った。
というか、それぐらいしかやる事がないのが現実だ。
「暇……」
私が外出するのは買い物ぐらいである。他に遊びに行きたい場所もないし、そもそも出かけたくない。それならば室内で遊べばいいのだろうが、どう遊べばいいのかわからなかった。一座にいた時はとにかく雑用を買って出て、暇になればクロと遊ぶか、アルファさんや団長にこの世界の事を色々聞くかしていたのだ。自分の時間というもを持つのは初めてだった。
前世の知識に頼ると子供の遊びと言えば、ままごとや人形遊びなのだが、さすがに今更する気も起きない。むしろ自分がやっている姿を想像するとうすら寒い。結果やっぱりやれる事なんて家事ぐらいだった。
もちろん1日中家事をするわけにはいかないので、それ以外の時間は文字の練習をしている。アスタから文字の基本を教わったので、それを元に最近はイラストの多い本を読みあさっていた。幸いこの家は、本だけは不必要なぐらい充実している。魔法や異世界に関する本が多いが、それ以外も結構あった。アスタはきっと活字中毒者なのだろう。
とにかくアスタに育児放棄されていると言っても過言じゃないぐらい放置されている為、私は自由な時間を持て余していた。本を読むのは嫌いではないが、そればかりでは流石に疲れる。テレビもラジオもゲームもないなんて、なんてニートにつらい世界だろう。
「あー……小麦粉がなくなりそう」
台所の棚を整頓しながら私はぼやいた。この量では明日の朝食のパンケーキ分ぐらいしかない。ちょうどパンや麺も切れているし、そろそろ買い出しが必要だ。
来たばかりの時は本の森と化していた台所だが、今は私の努力の結果、調味料も並びきっちり使えるようになっている。水道も完備されていたので共同の井戸を使う必要もなく、その点は本気でありがたい。
「ベーコンとか、野菜もそろそろ買わないと」
時間は有り余っているので、買い出しくらい余裕だ。暇もつぶせる。それでもできれば外出したくなかった。ジロジロ見られるのも嫌いだし、あまり歓迎されていないのもよく分かる。
できる限り最低限の買い物で済むように、私は必要なものを紙に書き出した。
「せめて冷蔵庫があれば、もう少しまとめて買いだめできるのに」
魔法でも電気でも何てもいいので、誰か作ってくれないだろうかと本気で思う。夏場とか、ほぼ毎日買い出しに行くのかと思うと憂鬱だ。冷蔵庫が無理ならネットショッピングでも良い。とにかく家から出たくない。……だんだん発言がニートどころか、引きこもりになってきている気がするのがちょっと嫌だ。
とはいえ、嫌だ嫌だと言っても、誰かが変わってくれるわけではないので私は鞄を手に取った。
「今日も何もありませんように」
私は返しそびれたクロのサインを取り出すと手を合わせて祈った。最近は外出前にそれが日課になっている。混ぜモノの力が暴走しない為に精神統一しようと考えた結果こうなった。外の世界マジ怖い状態なので、とにかく心のよりどころを作って、安定を図っている。
「本当に、本当に、何もありませんように」
パンパンと最後に柏手をうち、サインをカバンの奥底へしまう。なんとか気持ちを切り替えると私は外へ出た。
宿舎のはずだが、私は一度も誰かにあった事がない。まるで私とアスタしか住んでいない気がするが、時折隣の部屋からよく分からない音が聞こえたり、反対側から不気味な声が聞こえたきたりするので、人が住んでいないわけではないと思う。会わない理由は私が外に極力出ないようにしている事と、きっと活動時間のズレの為だ。ただできる事なら、そんな奇怪な音を出す隣人とは会いたくないなと思っている。
「駄目だ。思考がどんどん駄目人間になってる」
隣人には笑顔で挨拶。助け合いが大切だ。それなのにできる限り、顔を合わせないようにしようって、完璧引きこもりの思考である。これではいけない。
一座にいた時は仕事と割り切れば人目もそれほど気にならなかったのだが、人に会わなくても済む生活をしていると、どんどん億劫になっていく。
「行こう。とにかく、早く済ませよう」
買い物には行くのだから引きこもりじゃないと自分に言い聞かせ、商店街へ向かう。その途中、すれ違う人に必要以上に大きく避けられ、さらに離れた場所にいる人からは、遠慮ない視線を貰った。
「フードが欲しい」
平日の為人通りはまばらなのだが、早くもめげそうになった私は小さくぼやく。顔を隠してしまいたかったが、アスタはその手の服や小物は買ってくれないのだ。ドレスはポンと一括払いで買ってくれるのにと恨めしく思う。
とはいえ今日はドレスではなく、シャツにズボンと男のような格好をしていた。楽なのでよく着るのだが、この服自体は1人で出歩く時に貴族の女性の装いをするのは危険だろうとアスタが買ってくれたものだ。……ただ顔を隠さない限り、例えドレスを着ていたとしても何も危険はないように思う。誰ひとり近づく人が居ない為、スリの心配すらない。流石混ぜモノ。嬉しくない天然の防犯だ。
「……もしかしてそれを狙って、買ってくれないのかも」
とても合理的のようだが、財布は鞄に入れるのではなく、首から下げ服の中に入れるという対策しているので、スられるなんて事もない。
ため息をつきつつも、パン屋で食パンを買うと、私は八百屋に向かう。初日にアスタと一緒にまわった場所な為売ってくれないという意地悪もされない。
「おや、アスタ様のところの混ぜモノじゃないか。今日は何を買うんだい?」
八百屋につくと、店の親父が気さくに声をかけてきた。アスタと元々知り合いだったらしい、狐耳のの獣人は、私を怖がるそぶりを見せた事がない。きっと類は友を呼ぶで、アスタの知り合いだから少し人と違う思考をしているのだろう。
「キャベツとニンジン2本。じゃが芋2個。キノコ3個。あとオレンジ2個」
「玉ねぎはどうだい。今が旬だよ。薄暗い所に上にぶら下げておけば、長持ちもするぞ」
長持ちするのか。だとしたら買っても大丈夫だろう。2人暮らしで、しかも私がそれほど食べない為、食材は使いきれなくなってしまう事があった。
「ならそれも。後できたら、キャベツは半玉か4分の1玉で売って欲しい」
「はぁ?何でまた。金はあるんだろ」
「私とアスタだけじゃ、食べきれない。値段は少し割高でも、量を少なく売ってくれるとありがたい」
「なるほど。一人暮らし用かぁ。よし。お前さんに言われた通り、食べ方や保管方法を教えながら売ったら客も増えた事だしな。キャベツは半玉、おまけしてやるよ」
ありがたいので私は素直に受け取っておく。貴族のくせにと言われるかもしれないが、不必要なところでお金を使う必要はないはずだ。それに貴族であるのはアスタだけで私は違う。身の丈に合った生活をしていくべきだろう。
「ありがとう。あとは食べ方は口答だけでなく、紙に料理の作り方を書いて配るとより親切で、購買欲が上がると思う。イラストが入っているとなおいい」
「紙を配るのかぁ。ちょっと考えてみるよ。それにしてもアスタ様が言った通り、本当にお前さんは賢者様だな。よくそれだけポンポンアイディアが出るよ」
「賢者は言い過ぎ」
むしろ恥ずかしいので止めて欲下さい。
今おじさんに教えた事は、私の純粋なアイディアではなく、前世のスーパーを思い浮かべたに過ぎない。
買い物袋に一通り荷物を入れると、かなり重たくなった。このまま連続で他の店にも行ってしまいたいところだが、私の腕力は5歳児と同じだ。たぶん持てなくなるのが目に見えるので、一度荷物を置きに引き返すことにする。私はぺこりと店主に頭を下げた。
「アスタ様によろしくな」
私は頷くと、小走りに来た道を戻る。
コンパスの短い脚では、歩くのにも時間がかかった。早く大きくなりたい。しかしエルフは成長が遅く、精霊は心の成長に合わせて一瞬で成長すると本に書いてあったので自分がどのタイプになるのかは運まかせだ。せめて体は子供、頭脳は大人な状態だけは、マジ止めて欲しい。
「考えるの止めよ」
外に出るとナーバスになるので、思考が悪い方ばかりに向かってしまう。とにかく早く買い物を終わらせて、家に引きこもるのが一番だ。
「そういえば……」
ふと商店街の途中にあるわき道は、宿舎への近道ではないかかと気がついた。若干薄暗いが、私なら誰も近づいてこないので、危ない事もないだろう。
早く帰りたいしな。
私は急がば回れという言葉にあえてふたをして、わき道に入った。