不穏な混ぜモノ騒動(6)
「ビタミンD不足?」
その言葉に、私はこくりとうなずいた。
前世のアニメで見た、クララが立てなくなった原因とも言われている病気だ。
「はい。ビタミンDは、筋肉や骨に大きく影響を与えます。不足すると筋肉萎縮による転倒、そしてカルシウム吸収阻害による骨の軟化が起こります。結果骨折などを引き起こします。もしかしたら、カルシウム不足もプラスで起こっているのかも」
いわゆる、くる病や骨粗鬆症がそれに当たる。ふつうに生活をしていたら、中々起こらないだろうが、ルイの生活習慣を聞いている限り、高確率でそれが起こりそうだ。
「ビタミンDやえっと、かるしーむ?というのは何ですか?」
おっと、そこからか。
この国にも、栄養学というのが、まだ発達をしていないようだ。医学が進んでいる、金の大地にもまたがっているが、ホンニ帝国はそっちの方面でないところが発達しているのだろう。
「昔あった、ビタミンCの親戚かなにかなのかな?」
「そう。ビタミンCと同じで、ビタミンDもカルシウムも食べ物に含まれている。ただビタミンDに関しては、日光にあたることにより体内で作ることも可能」
たしか、ビタミンDはコレステロールから作り出せたはず。ルイは人族だし、たぶん大丈夫だろう。前世でも大抵の生き物はビタミンDが体内で作れたし。
「ルイはあまり外へ外出をせず室内にこもりがちな生活をしていると聞きました。ですから車いすでいいので、毎日散歩をして下さい。それほど長い時間でなく、5分から30分ほどで構いません」
「たった、それだけでいいの?」
「はい。それから好き嫌いを止めて、病気を治す為のごはんを食べて下さい。カルシウムの多い食材、ビタミンDの多い食材を料理をされる方に伝えますから」
なんだったら、子供が食べやすい料理も教えておこう。
この地域は海沿いではないので、魚を食べる習慣は少なそうだし。乳製品だって、お菓子に使う事もできるし、色々食べ方もあるだろう。
「えっと、好き嫌いをなくして、外で散歩するだけ?それだけ?薬は?」
きょとんとした様子のルイに、私は頷いた。
確かに内容だけ見ると治療という感じではない。注射も薬もないのだ。もしかしたら、どこかの国ではもう薬が開発されているかもしれないが、生憎と私は知らない。
なので私が勧められるのは生活習慣の改善だけだ。
「馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれませんが、しばらくその生活を続けて下さい。私が伝えられる薬は、その生活だけです」
そうすれば『クララが立った』的に『立った、立った、ルイが立った』というシーンを見ることができると思う。
『ルイの馬鹿、もう知らないっ!』とか言ってくれる、素敵な女友達がいるかどうかは分からないけれど。ディノは友達みたいだけど男の子だから、ハイジではなくペーター立場だし――っと、話がずれた。
「確かに馬鹿馬鹿しい話ですな。今まで数多くの医者がルイを見てきたが、薬を出さなかったのは貴方だけだ」
「おじい様」
否定されるのかと思い、私は身構えた。
否定されるのは慣れているからいいのだけど、実際やってもらえないのは困る。もしかしたら、私の仮説が間違っている可能性はあるけれど、当たっている可能性もあるのだ。そして当たっている場合は、早めにやらなければ、成長期であるルイは本当に歩けなくなってしまう。
「でも、やるだけやってみましょう」
「えっ。……ああ。お願いします」
思ったのと違う反応に、肩透かしをくらい反応が遅れた。
「この子の為なら、どんな馬鹿馬鹿しい事でもやってみる価値はあります。今まで、常識的な治療をして治らなかったのですから」
どうやら私を信じたわけではないらしい。それでも、孫娘の為ならば、どんなことでもしようと考えているのが伝わってくる。
……家族っていいなぁ。
不意に、アスタやアユムに会いたくなった。血はつながっていないけれど、私にとって一番近いが彼らだから。
「おじい様、少し賢者様と2人きりにしてくれない?」
「えっ?ルイ、この方は賢者様だが――」
「ええ。そして、私の恩人よ。今更、混ぜモノだからとか言わないわよね」
「……少しだけだよ」
まっすぐと領主を見たルイに負けたようで、領主はうなずいた。一応、私が危険ではないとは思ってくれたのもあるのかもしれない。
「賢者様、お願いできない?」
「カミュ、ライ。少しだけ、いい?」
2人きりで何を話すのか分からないが、ルイがとても真剣な顔をするので私はその提案に答えることにした。心配性な友人たちの顔を見れば、仕方がないという表情をしている。
「何かあればすぐ呼べよ」
「……そんな、すぐには何もないと思うけど」
というか、人をトラブルメーカー的に言わないで欲しいものだ。別に私だって、好きでいろんなことに巻き込まれているのではないのだから。そして、そういうことを言うと、フラグが立ちそうなのでやめて欲しい。
ポンポンとカミュとライは私の頭を叩くと、廊下へ出ていった。領主もメイドさんを連れて外へと出る。しばらくすれば部屋に残されたのは、私とルイだけになった。
「貴方も、私の病気は心の病気だと思っているの?」
「へ?」
どう話しかけようかと考えていると、先にルイの方から話し始めた。
「賢者様が言った事は、全然病気の治療ではないわ。……私、知っているの。私が歩けないのが……心の病じゃないかって、皆が言っているのを」
「あー」
どうやら、私が言った治療方法が、心のケアをしろと言っているのだと勘違いしたようだ。確かにクララ病という名前で、心的なものが原因で歩けなくなるという説があるのも知っている。
ただルイは、心的なものと言われるのが苦しいのだろう。2人きりになりたいと言ったのは、元来の気の強さと心配はかけたくないという優しさからか。きっとその苦しさを領主に伝えることもできなかったに違いない。心的なものならば、自分で克服しなくてはいけないけれど、ずっとできなかった為に。
……実際私は心的なものだけの話ではないと思っているのだけど。
「違う――」
「嘘っ!ちゃんと、本当の事を言って。そうしたら私も……もっと頑張るから」
信じてくれない様子にどうしたものかと頭をかく。
幼いから何も考えていないわけではない。何も分からないわけでもない。だから大人が隠している事もちゃんと気が付くし、隠されている理由だって考える。自分がどう思われているかだって分かってしまうはずだ。
「えっと、私の友人も昔、心の病で病気になると思われている子がいた」
とても昔の記憶を呼び起こしルイと似たような状態だった優しい少年を思い出す。
エストもまた、治らない病気に対して、心的なものが原因ではないかとも考えられていた。外にも出れず、一日中本を読む生活というのは、エストやルイぐらいの年齢ではつらい事だろう。友人もつくれず、腫物のように扱われる生活に悲鳴を上げたかったに違いない。それでも悲鳴を上げられないのは、とても優しいから。
もしかしたら、ルイが【混ぜモノさん】の本が好きなのは、そんなつらい経験を知っているエストが書いた優しい物語だからかもしれない。
「でも彼もまた、知られていない病気が原因だった。分からない事があると、どうしてもヒトは分かりやすい答えを求めてしまうから」
心的というものだけではない。混ぜモノが原因だというのもそうだ。とても分かりやすいし、解決しやすい答えだ。
早く解決してあげたいと思うからこそ、そこへ手を伸ばしてしまう。
「その友達は病気は治ったの?」
「はい」
会う事は出来ないけれど、『混ぜモノさん』という優しい本を残していてくれるのだ。過去を生きるエストは元気に違いない。
「そして、私はルイの病気も心的ではないと思う。貴方は、とても強くて優しいから」
「強い?私が?」
「ディノが原因ではないと信じてくれてありがとう」
ディノの心の支えはルイだ。
混ぜモノであるディノを誰もが嫌っても、ルイだけは味方だったのだろう。実際、領主にもそう訴えている。
だからディノは暴走せずに生きられるのだ。誰からも見捨てられたような生活をしていても、ルイをずっと想って優しい少年でいられる。
「ディノは元気なの?」
私はその言葉にうなずく。罠を張ったりして、元気すぎると思わなくもないけれど。
「ルイを助けてほしいと私に言ってきた」
「……良かった。私の所為で、ディノがつらい目にあってたらどうしようと思って」
ぽろり、ぽろりと、ルイの目から涙が零れ落ちる。
泣かないでと言おうとして、私はその言葉を飲み込んだ。きっとルイはずっと我慢していたのだろう。誰にも弱音を吐けずに、小さい体で恐怖を押さえつけて。だったら、泣くべきだ。
「うん。大丈夫だから」
私はそう言って、小さい時にしてもらったように、頭を撫でる。私にヒトを慰めるスキルなんて備わってはいない。だから、私にできるのは、私が昔やってもらった事だけ。
「本当?」
「きっと、すべて良くなるから」
ルイの足が治れば、ディノに対する風当たりだって改善する。
そうすれば、彼女が泣かなくても……泣くのを我慢しなくてもいいようになるはずだ。
「ありがとう賢者さ――」
「ルイっ!!」
ガッシャーンッ!!
突然、窓が蹴破られ、私はビクリと身構えた。
一瞬何が起こったのか分からない。とりあえず、窓の外に馬がいる。……げっ。また馬だと?!
頭の中で『野生の暴れ馬があらわれた!』というナレーションと、逃げる、戦う、道具を使うというコマンドが頭に浮かぶ。でもにここにはモン●ター●ールはない。当たり前だ。
「ディノっ?!」
「何で、泣いてるんだよ!」
「ディノこそ、どうしてっ?!」
私が大混乱をしているよそで、暴れ馬に乗ってきたらしいディノとルイが話をする。
「小さいねーちゃんが、ルイを助けてくれるって言って。でも、俺心配で。そしたら、ルイが泣いているしっ!」
「馬鹿っ。だったら、もっとこっそり来なさいよ。そんなふうに、窓を馬で蹴破ったら、またおじい様の印象が悪くなるわ」
「だって仕方ねーじゃん。すごく急いでいたし、この馬もねーちゃんに会いたかったみたいだし。……勢いつきすぎたけど」
ええ。つきすぎです。
そして、私に会いたいなんてその馬は言っていないと思う。鼻息荒く私を馬が見つめているけど、そんなはずない。人違いだ。
うん。大丈夫。違うに決まっている。だから、あまり見ないで下さい。
正直、かじられそうな気がして、腰が引ける。たぶんコイツは、ディノの家に行こうとした途中でじゃれてきたと馬に違いない。そして馬にじゃれられるのは、私にとっては襲われていると言うのと同じだ。
「ディノ、包帯がとれているわ」
「ああ。走っている途中で落ちたみたいで。でもあの包帯がない方が、良く見えるんだ」
良く見えるって、おでこを巻いていた包帯が目のところまで落ちてきてしまうのだろうか。そう思い馬からディノへ視線の位置を変えたところで、私はいろんな事を勘違いしていたのに気が付いた。
「あっ」
「ねーちゃん、どうしたんだよ」
あんぐりと口を開けてみていると、ディノはそう問いかけてきた。というか、ディノは気づいているのか?でもルイが普通であるところを見ると、知っているのかもしれない。
良く考えたらこの町の混ぜモノ認知度は低く、混ぜモノに対する知識はとても少ないのだ。だから、ディノが混ぜモノであると判断されたのは、おでこにある痣が原因で……。
「ディノ。えっと。言いにくいんだけど……」
「何だよ」
どうしよう。
言うべきか、言わぬべきか。いや、でも。うーん。
「たぶんディノは混ぜモノじゃないと思う」
「「はあ?!」」
色々考えたあげく伝えたが、……うん。そういう反応になるよね。
だって今まで、それで散々苦労してきたのだ。今更感もある。でも、ディノの人生はこれからだし、混ぜモノとして生きるのは大変なので、違うなら違うとちゃんと知った方がいいと思う。
「えっと。混ぜモノの痣というのは、精霊との契約の証でもあって……」
「えっ?何?どういう事?」
「……その。痣が開くということはないから」
ディノの額に真一文字な痣は今はなかった。代わりにまるで瞼を開いたかのように、大きな3つ目の眼がある。
昔少数民族の書かれた本で、3つの眼を持つ種族がいる事を読んだ事がある。その種族は、どの種族よりも遠いところを見る事ができる能力を有すると書かれていた。そして、赤子の時はその眼は開かず、幼少期ごろから徐々に開かれるとも。
ディノが拾われたばかりのころは、まだ3つ目の目が開かず、瞼がまるで痣のように見えたのだろう。そしてその痣を包帯で隠していたならば、目が開眼したとしても、誰も気が付かなかったのだ。それこそルイのようにとても近くにいる者以外は。
「ディノはたぶん、混ぜモノではなく、密目族なんだと思う」