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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
その後の物語
142/144

不穏な混ぜモノ騒動(5)

「ささ。賢者様、よく来てくれました。どうぞ、中へ」

 ……。

 えっと。

 最初の時の雑な扱いというか、嫌々対応してくれてるんだろうなと思うような姿と180度変わった態度に、私はどうしていいものかと目を泳がせた。以前の領主の態度を覚えているからこそなおさらだ。

「さあ、先生。行きましょうか」

 先生だとっ?!しかも敬語だと?!

 カミュの対応に、ゾワゾワと悪寒が走る。いや、一応カミュは身分詐称の為、私の弟子ということになっているのだから間違ってはいない。

 間違ってはいないけれど、うっすら寒いのだ。元々弟子なんてとる気はないけれど、カミュみたいな弟子は絶対とりたくない。


 嫌だと言いたくなるような空気だが、私はディノとの約束の為だと、お腹に力を入れて前へと進む。それに元々領主の孫には会う気でいたのだ。

 胃に穴があいたって、いつかは治るのだから大丈夫。

 そう自分に言い聞かせ、重たい足を動かした。

「賢者様が、いくつもの難病を治してきたなら、初めからそう言って下されば」

 いやいや。言うわけない。だって、私は医者ではないのだ。

 そう言いたいが、私がなにかしゃべる前に、カミュがすかさず領主の言葉に相槌をうつ。

「先生は奥ゆかしい方なので、自分の素晴らしい経歴をベラベラと品なくしゃべることはないんですよ」

「そうですか。しかし、きっと貴方様に看ていただきたいと思っている者は多いと思うんですがね」

 そう言って、領主はひげをもそもそと触った。

 素晴らしい経歴って……。

 愛想笑いではない笑みを向ける領主に、私も曖昧に笑っておく。せっかくカミュが孫に会えるようにお膳立てしてくれたのだ。それをぶち壊すわけにはいかない。


 カミュが伝えた私の経歴はさらっと聞いてはいるので、一応間違っていない事は確認済みだ。

 あああ。それでもその経歴は、たまたま前世の知識で知っていた壊血病の知識で海賊を助けた事や、瀕死の重傷をおったアスタを運よく精霊魔法で助けられた事、さらにアユムの病状がなんなのかをコンユウからの手紙で知っていた為に助ける事ができたなど、ある意味運で解決してきている部分が大きいものばかりだった。その為、良心がズキズキと痛む。

 それに真実を知ったら、領主が怒りだすんじゃないかなと思うとビクビクものだ。嘘、大げさ、紛らわしいは、いつか訴えられる気がする。私はたぶん詐欺師には向いていない。

「私の事は、それぐらいで。あの、お孫さんはどのような感じで……」

 あまり賛辞を言われすぎると、そのうちジャンピング土下座を披露しなければならないほどに話が大きく膨れ上がってしまいそうだ。私についての話はさっさと切り上げてしまいたという思いもあり、早速孫娘さんについて聞いた。


「孫娘のルイは、部屋の中で本を読んだり人形遊びが好きな、少し内気ですが可愛い子です。真っ白な肌に黒髪で、この町一綺麗な娘だと思っています。両親は王都で働いており、年に数回しか会えず、さみしい思いをさせてしまって――」

「あー……えっと、とても大変なのは分かったけど……」

「すみません。できれば具体的に病状を教えてもらってもいいですか?先生はとても頭がよいのですが、情報が何もないと、その素晴らしい知識を生かすこともできないので」

 病状を聞きたいのに、孫娘自慢話を始められてどうしようかと思っていると、すかさずカミュが助け船を出してきた。流石、カミュ。とてもありがたい。

 私ならたぶん1時間は孫自慢話を聞く事になっていただろう。

 速攻で孫娘の話をぶった切ったところを見ると、もしかしたらカミュはすでに延々とその話を聞いたのかもしれない。もしくは、さっさと終わらせてしまいたいと思っているかだ。


「ああ。病状ですか。実は1年ほど前に一度足を怪我しまして。それ以来、全く歩けなくなってしまったのです」

 うーん。どうやらディノに聞いた話とさほど変わらないようだ。

 ディノはルイが病気だと言っていたが、怪我をしたのがきっかけならば、そちらが原因かもしれない。足がないと言わずに歩けないというならば、五体満足ではあるのだろう。となると考えられるのは、精神的な問題又は目に見えない形での肉体的な問題だ。

 精神的な問題ならばまだ解決する可能性は残されているが、肉体的なものの場合は難しい。特に脊髄損傷での麻痺タイプの場合、今の私では不可能だ。

 魔力を使って、脳からの電気信号を送る方法もとれなくはないかもしれないが、そんな魔法を開発するまでにどれだけの時間がかかる事か。アスタの時とは違い、精霊との契約も止めてしまっているので、思ったままを魔法にする事も難しい。

 第一、精霊魔法が使えたとしても、神経に関わる事ならば、もっと丁寧に判断するべきだろう。神経って触れるとすごく痛いと前世で言われていたと思う。虫歯の痛みに耐えきれず、拳銃で歯を打ち抜いてしまった人がいるぐらい、思考を麻痺させるレベルで痛いのだ。

「つまり、怪我で動けないと?」

「いえ。医者の見解ではすでに骨折は治っているようで。しかし足の骨が変形し、また骨折癖がついてしまったといいますか、とても折れやすくなってしまっていて」

 骨折ぐせ?

 そんなものあるのだろうか?でも、私が知らないだけという可能性もある。


「骨が折れやすいので、中々リハビリも上手くいかず、歩行の訓練ができないのです。車いすで生活は送れているのですが、日に日に元気がなくなっていくようで、あの子が不憫でならないのです。ですから、賢者様。どうかあの子の足を治してやって下さい」

 治したいのは山々だ。

 山々だけど、治せるだろうか。足の骨が変形というのは、骨折の時のくっつき方が悪かったということだろうか?

 変形してしまうと上手く踏ん張れないので、余計に歩きにくくなるのも分かるが……気になるのは、骨折癖だ。細い骨ならば元々折れやすいから、何かのタイミングで折れる事もあるだろう。しかしそうではなかったとしたら、骨がもろくなっているという事だ。


「ルイ。賢者様がお見えになったから、入るよ」

「はい。おじい様」

 部屋の中か可愛らしい返事が聞こえてきた。

 最初に領主が入り、私はそのあとに続く。

「失礼します」 

 部屋の中は、人形であふれかえり、とても女の子らしい。花瓶に活けられた花も新鮮で、いい香りがする。今までの領主の言動も合わせて考えると、とても大切にされているのだろう。

 ベッドの上で体を起こした少女は、病的なぐらい白く、黒い髪を綺麗に伸ばしている。何というか、クララ―っと叫びたくなるような儚い外見である。

 もしも髪の手入れが雑だったら、貞子ーと叫びたくなった可能性があるので、日ごろのお手入れはとても大切だ。


「まあ。賢者様ってとてもカッコいいのね」

 ん?格好いい?

 私はクララもとい、ルイが見ている視線の先へ顔を動かした。そこには、カミュの姿がある。……ああ、確かに、カミュは中々のイケメンだ。生まれながらの王子様といった雰囲気がある。もちろん、本当に王子様ではあるんだけど。

「賢者は僕ではありませんよ」

「えっ?違うの?なら、そこの赤髪の方?賢者っていうから、その……そんなに逞しい方とは思わなくて」

 ですよねー。

 現在の選択肢が、私、カミュ、ライならば、真っ先にカミュが選ばれるのはなんとなく分かる。そしてカミュが違うとなれば、……まあ小さい方より、大きい方を選ぶだろう。

「ルイ。賢者様はこの方だよ」

 領主に紹介されて、私は少しだけ居心地が悪い気分になる。

 私を見たルイの顔が明らかに訝しんでいるのだ。

「この方が?」

「……すみません」

 私が悪いわけではないが、思いっきり期待を裏切ってしまったようで、申し訳ない限りだ。たぶんルイが立つ事が出来れば、私の身長とそんなに変わらないだろう。


「そうなの。賢者さんって、私と同じぐらいなのね」

「あー、一応長生きな種族ですので。もう少しは生きているかと」

 たぶん、私の方が年上ではある気がする。

「長生きな種族?初めて見るけれど、どちらの種族なの?」

「えっと。獣人族と精霊族、エルフ族と人族のハーフです」

「混ぜモノ?!」

 ルイは、大きな黒い目を、さらに大きく見開いた。

「賢者様は混ぜモノなのっ?!」

「はあ。一応」

 興奮気味の少女に、私はためらいがちに頷いた。

「私の友達にも、混ぜモノがいるの!すごいわ。混ぜモノが2人もいるなんて!」

「これ、ルイ。混ぜモノを友達などと――」

「おじい様。ディノは友達よ。それに、皆、混ぜモノは怖いとか危険とかいうけど、全然そんなことないもの。それは本にも書いてある事よ」

 ルイは病弱さを全く見せない様子で、ぷくっと頬を膨らませた。

 元気がないと言ったのが嘘のようだ。私からしたら、十分元気である。むしろ私の方が元気さが足りない。

「本?」

「『混ぜモノさん』っていう本よ。人助けをする混ぜモノが主人公で、とても素晴らしい話だったわ。続編がないのが残念なぐらい。混ぜモノさんの原作と呼ばれる、ものぐさな賢者も読んだけれど、こっちもとてもいい話だったわ。少し難しかったけどね。そう言えば、貴方もものぐさな賢者と呼ばれているのよね。やっぱり、混ぜモノだからかしら」

 一つの質問に対して、つらつらつらっと少女はしゃべり続ける。

 誰だ、彼女が病弱だの内気だの言ったヒトは。彼女が内気なら、私はなんだ。引きこもりか?……あ、でもそれは間違いではないか。

「私がその名をつけたわけではありませんので、分かりかねますが。……えっと、すこし足を見てもいいでしょうか?」

「いいわよ。でも治せなくても、気に病んだりしないでね。私、別に歩けなくても元気だもの。車いすもあるし、すごく不自由でたまらないという事もないから」

 少女はすでに自分の足に関して、諦めてしまっているようだ。

 確かにこれだけ大切にされていれば、不自由さを感じる機会は少ないだろう。それでも、私は彼女が本気でそう思っているのではなく、自分にそう言い聞かせているだけではないのかと思った。

 私が治せなくても、私が気を病まないように。それは、足が不自由になった事の理由とされたディノを思ってからのことかもしれない。彼女は迷信を盲目に信じずに、ディノを信じたい様子だった。


「失礼します」

 そう言って、私はそっと布団をめくった。

 ルイはネグリジェのような服を着ており、その下から細い2本の足が生えている。異様に細いのは筋肉がやせてしまっているからだろう。

「痛みとかはありますか?」

「ええ。やっぱり、骨折するとどうしても痛いのよね。それだけは嫌だわ」

 痛いのか。

 ということは、神経の問題ではないのかもしれない。精神的なものの可能性もあるが、精神的なものと骨折のしやすさはイコールではない。

 足の骨が変形しているのは本当のようで、O脚のようになっている。……ん?O脚で、骨がもろい?

 ふと、何かが頭に引っ掛かった。


「えっと、外にはあまり行かないのですか?」

「そんな、外に行かせるなど、危ない。絶対家で安静にしなさいと医者からも言われています」

「私は大丈夫だって言ってるんだけどね。おかげで、本を読むかご飯を食べるかぐらいしか楽しみのない毎日だわ」

「私はルイの為を思ってだな。だから、ほら。好きなものばかり出しているだろ」

 ……どうやら、領主がルイをかなり過保護に育てているようだ。両親がここに居ないのも関係しているのかもしれない。

「好きなものばかり?」

「はい。少しでも元気になるように、この子の嫌いなものは一切出しません」

 つまりは……偏食している可能性が高いと。


 なんだか、頭がクラクラしてきた。お嬢様って、みんなこんなものなのだろうか。私の場合は、昔ご飯が満足に食べられなかった時がある為か、好き嫌いはあまりない。基本出されれば何でも食べる。まあ、量があまり入らなかったりするけれど、それだけだ。

「それで、賢者様。ルイはどうですか?」

「今お聞きした内容で、ひとつ、可能性がある病気があります」

 O脚に曲がった足。折れやすい骨。日にあたらない生活。そして、偏食。

 すべてが合わさった時、彼女に抱いた最初の印象がもう一度浮かぶ。


「先生。どんな可能性なんです?」

 もちろん素人なのだから間違っている可能性もある。だから、あくまでも可能性だ。それでも言わなければ始まらないと思い、カミュの質問に私は口を開く。

 そして一説としてでしかないが、前世にあったアニメの登場人物であるクララも患っていたのではないかとされている病名を口にした。

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