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ものぐさな賢者  作者: 黒湖クロコ
その後の物語
141/144

不穏な混ぜモノ騒動(4)

「汚いけど、適当に座って」

 ディノに招き入れられた家の中は、確かにお世辞にも綺麗とは言い難いものがあった。

 私の家のように本が大量にあって云々という事はないが、ゴミのようなモノがごちゃごちゃと散乱している。酷い異臭などはしないので、最低限生ごみは処理できているようだけど……。

「適当にしろってもなぁ。大人は誰もいないのか?」

「いないよ。そもそも、俺、孤児だし」

 そういいながら、ディノは足元に転がっているものを端へ蹴飛ばし座るスペースをつくる。どう考えても掃除をしているというよりは、とりあえずその場限りの動きだ。


「孤児って、どうやって生活してるんだよ」

「昔は領主に何とかしてもらってたんだけどさ、俺が混ぜモノだから嫌われちゃって。一応、数日に1回食べ物を送ってくれるから、それを食べてる。後は、捨ててあるものとか拾ってるとか」

 ディノは何でもないような雰囲気で言い、肩をすくめた。どこか大人びた諦めたような表情だけど、寂しさをごまかしているようにも見える。

 ディノはたぶん私より幼い。それなのに、ずっとここで1人生きているのだ。寂しいに決まっている。……というか、ごみ拾ってきている時点で、それ以前の問題でまずいんじゃないだろうか?この汚れきった家の中は、この子1人で生活しているからで――。

「ちょっと、整理させて。領主からもらってるのは、食べ物だけ?」

「そーだよ。数日分、どどんと貰うんだ。最初はいいんだけどさ、最後の方とか下手すると食べるものなくて大変なんだよね。一応昔、食べられる草とか教えてもらったから、それ食って何とかしてるけどさ」

 おいおいおい。それ、育児放棄だから。私の顔が、ひくりと引きつった。

 確かに、浮浪児よりはマシな生活だけど、現代日本なら訴えられてもおかしくないレベル。

「ちなみに勉強とかは?」

「できるならしたいけど、俺学校行けないし。それに勉強するヒマあったら、飯探しに行ってるって」

 教育もまともにされていないだと。


 いや、うん。混ぜモノの扱いなんて、こんなものかもしれない。でもこのままじゃこの子、山で狩りして生きる狩猟民族のような生活しかできないじゃないか。

 というか、すでにその状態になりかけてるし。

 いやいやいや。混ぜモノの扱い方が分かっていないとしても、色々危険すぎる。混ぜモノの暴走は、たぶん精神的なもろさが切っ掛けとなるのだ。つまりは健やかに成長しないと、暴走の確率はぐっと上がる。

 私自身、すごく精神的に成長しているわけではないが、子供頃よりは安定していると思う。それはこれまで、色んな人が私に関わってくれたからだし、アスタのような自分の味方がいたからだ。しかしディノにその立場の大人がいるようには思えなかった。


 ……どうやって、カザルズさんに報告しようかなぁ。

 とりあえず現状のままではまずいだろう。

「えっと、私も混ぜモノなんだけど、ディノは何の混ぜモノなの?」

「知らない」

「へ?」

 知らないだと?

「知らないって、混ぜモノじゃないのかよ」

「だから俺は、孤児なんだって。親がいないから、何の種族か分かんねーもん」


 そういって、ディノは転がっている良く分からない物をどかし終わった床にどかりと座り胡坐をかいだ。それがどうしたという様子である。

「とりあえず、ねーちゃんも座りなよ」

「あ、うん」

 ディノに言われて私も座るが、手をつくとなんだかザラザラする。土……か?私も結構、掃除とか手を抜く派だけれど、そんな私でもこれは不味いなと思わせるレベルで汚い。

「ねーちゃんは、なんの混ぜモノなんだよ」

「私は、精霊族と獣人族と人族とエルフ族だけど……。ディノはもしかして顔に痣があるから、混ぜモノだと思ってる?」

「そーだよ。おでこに痣があるからさ。見てみる?」

 ディノはそう言うと、包帯を紐解始めた。

 でも確か痣って、混ぜモノであるというよりは、精霊と契約している証であったはず。混ぜモノは精霊と契約していなければ生きられないので、混ぜモノであれば痣があるというのは間違いない。しかし痣があれば混ぜモノというのはイコールではないはずだ。


 ディノが取り外した包帯の下には、真一文字の線があった。うん。確かに、痣だ。……これ、精霊だったら、どの精霊の痣か分かるのかな?もしくは、神様なら分かるかも。

 不明な点が多いので、知り合いの時の精霊や神様に相談してみるべきかもしれない。

「ねえ。もしかして、俺が混ぜモノだから弟子にするのを渋ってるの?」

「いや。私はまだヒトにモノを教えられるほどの魔術師ではないから」


 私の師匠の立場にいるのは、アスタである。

 そしてアスタと比べれば、私の魔法能力など、まだまだだ。それなのに、他人に魔法を教えるなんて上手くできるように思えない。

「嘘だ。だってねーちゃん、すごい魔法使ってたじゃん。俺が混ぜモノだからいけないの?それとも孤児なのがいけないわけ?!そんなのどーしようもねーじゃん!」

 そう言って、ディノは私の腕をガシッと掴んだ。

 その力は、私よりも強くて正直痛い。しかし私よりずっと、ディノの方が痛そうな切羽詰った顔をしていて、引きはがすのを躊躇う。

「こらっ。オクトの腕をつかむな。後で、怖くてえげつない奴らに仕返しされるぞ」

「離せよっ!!俺は、どうしても魔法使いになりたいんだよ!なあ、ねーちゃん。俺、絶対迷惑かけないからっ!ねーちゃんのいいつけ守るし、何でもいう事聞くからっ!!」

 私が少しだけ顔をしかめた事に気が付いたライが、無理やりディノを引きはがした。首根っこのあたりをつかまれたディノはジタバタと暴れるが、ライの力には全く歯が立たないようだ。

「オクトも勝手に情けをかけて承諾するなよ。後で煩いから」


 あー、煩いのは心配性なカミュとアスタですね。分かってます。

 確かにカミュは絶対嫌味を言ってくるだろうし、アスタはアスタで危険だとかなんだとか言って、ディノを苛めそうだ。それは、私が未熟であるからでもあるんだけど。

「……私だって、自分の能力ぐらい把握しているから無茶はしない。でもディノは離して」

「だから、情けをかけるなって――」

「いいから」

 だって、ディノを助けてくれる大人は誰もいないのだ。

 確かにディノの言い分を聞き入れるわけにはいかない。でもだからと言って、すべてを否定はしたくなかった。私は私を否定しないでいてくれるヒトがいたから、今日まで何とか生きてこれたのだ。

「ディノ。私も混ぜモノで孤児だから。そういう理由で断ってるわけじゃない」

 私はディノの灰色の瞳をまっすぐに見た。

 私は話をするのがそれほど得意じゃない。だから下手な誤魔化しをしたところですぐにばれてしまうだろう。でも本当の事ならば、きっと伝わるはず。

「ねーちゃんも孤児なのか?でも、だったら何で」

「さっきも言った通り、私はヒトにモノを教えれるほど凄い魔術師じゃなくて、まだまだ勉強が必要だから。でも、ディノが本当に魔術師になりたいなら、力になれると思う」

 私の母校であるウイング魔法学校に入学できたなら、きっと魔術師になれる。あそこならば、私という存在を既に受け入れたという実績があるのだから、混ぜモノであるディノも受け入れてくれるはずだし。

 お金の方の問題ならば、特待制度があるし、最悪そっちの方面の力添えなら何とかなるだろう。なんなら、国家権力であるカミュにお願いしてもいい。


「あー……。とりあえず、こいつは自分の価値がよく分かっていない、間抜けだから。素でそういう事をいうおとぼけ女で、なんて言うか、紙一重ってやつだな。とりあえず、心の底からそう思っているから、別にお前がどうこうっていうわけじゃねーよ」 

「あのさ、ライ。そのフォロー、色々私が痛いから」

 自分の価値が分からない間抜けやらおとぼけやら紙一重やら。色々酷い。私はちゃんと自分の身の丈をわきまえているだけなのに。

「本当のことだろ?後はこういうボケボケ女の弟子になると、後々苦労した上に、後悔するぞ」

「絶対後悔なんかしない!どんなつらい訓練だって耐えてみせるから。俺はどうしても魔法使いになって助けたいんだ」

 ディノの覚悟は本気のようだ。私が話をしっかり伝えようとした時と同じように、じっと私の瞳を見つめてくる。

「助けたいって、誰を?」

「ルイ……えっと、領主の娘なんだ」

 領主の娘。

 確か、病気を患っていたはずだ。


「もしも俺の所為でルイが病気になって、歩けなくなったんなら治したいんだ」

 ディノの声が少しだけ震えた。でも男の子だからか、泣いてはいない。

「俺、ルイにすっげー色々助けてもらったりしてて、それなのにルイが病気になっちまって。……歩けなくなったのが俺だったら良かったのにって思って神様に祈ったけどルイの足は全然治らなくて。魔法使いになれれば、何だってできるんだろ?俺、ルイがまた歩けるようにしてやりたいんだ」

 そうか。ディノは領主の娘と仲が良かったのか。

 もしかしたら、領主はそれもあって、余計にディノの存在が娘を病気にしたと思っているのかもしれない。でも――。


「ディノ、魔法では病気は治せないから」

「えっ」

 魔法は万能のように見えて万能ではないのだ。場合によっては、アスタを助けた時のように魔法で怪我をカバーすることもできるけれど、病気を治したという例は聞いた事がない。

 少なくとも私が知っている魔法には、日本のゲームでよくある回復魔法や、死者蘇生的な魔法はなかった。

「う、嘘つくなよ!魔法はなんだってできるって昔ルイが言ってたんだ。ルイは俺と違って文字が読めるから本で読んだって言ってたんだよ!なんだよ。やっぱり俺には教えたくないのかよっ!」

「……もしかしたら何処かにはあるのかもしれない。でも少なくとも、私は病気を治す魔法は知らない」

 ディノはたぶん私が言っていることが本当だと分かっている。

 分かっているけれど、納得したくないのだろう。泣きそうな顔で叫ぶ。それでも私はそれから目をそらしてはいけないと思い、ディノをまっすぐ見つめ続けた。

「だって、魔法で駄目なら……どうしたらいいんだよっ!!」

 この国の魔法に対する認識は、万能なものという感じなのかもしれない。少なくともディノの認識はそうだったのだろう。でも魔法は万能のようで万能ではなく、ある意味科学のような法則に基づいたもの。


 ああ。また面倒なことが増えた。できたら関わりたくない。

 気分が重くなるが、それでもここで知らん顔をする方が、もっと精神的に疲れるだろう。

「でもディノがルイがもう一度歩けるようにって望むなら、出来るだけの事はやる」

 元々領主の娘には会う予定だったのだ。

「えっ」

「だから、私に任せて」

 既に医者に見せているだろうし、私の力では無理かもしれない。

 それでも今のディノに言ってあげられるのはそれだけで。彼にとってルイがとても大切な存在ならば、何とかするしかないのだ。

 後ろでライが大きなため息をついた。でも仕方ないじゃないか。

 私は重いため息をする代わりに、無理やりディノに笑いかけた。

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