不穏な混ぜモノ騒動(3)
混ぜモノが住んでいると言われる家は、町からは少し離れた場所だった。家の方へ近づくにつれ、人気がどんどん減っていき、途中からは民家もなくなった。そして民家がなくなったあたりからは、誰ともすれ違わない。
「にぎゃっ」
そんな中歩いていると、私は足を何かに引っ掛け、無様に転んだ。一応顔面から地面へ激突する前に手をつけたので、まだ私の運動神経は死んでいないようである。でも結構痛い。
手と一緒に地面についた足はしっかりとすりむいているようで血がにじんでいた。……ついていない。
「何やってるんだよ」
「いや、何かに引っかかって……」
一歩前を歩いていたライが振り返り私を見下ろした。そんな呆れた表情されても、私だって転びたくて転んだわけじゃない。
引っかかった足を見れば、細長い草が茎の根本の部分で結んで輪っかにしてあった。どうやらちょうどそこに足を入れてしまったようだ。
って、ちょっと待て。
「何、この新手の虐め」
虐めというか、罠というものじゃないだろうか。
「虐め?」
「ほら、これ。いくらなんでも自然にはできないと思う」
ここに生えている草は自然とこの形となるなら、何てファンタジーな世界だというものだ。いや、まあファンタジーな世界には間違いないけれど、ちょっと地味なファンタジーである。というか、そんなの要らない。
「……確かに。まあ、悪ガキがイタズラでやったんだろ。ほら」
ライに手を差し出されたので、私はその好意に甘えて手をつかみ立ち上がらせてもらう。
「ありがとう」
そう言って再び歩き始めたところで、今度は突然足元が抜けてバランスを崩した。右足が予想より下に下がった所為で、体が再び前のめりになる。
「ぎゃっ」
「っと。今度はどうしたんだ」
次は派手に転ぶ前に、ライが私を支えた。
足元を見れば、小さな落とし穴らしきものに見事に右足がはまっている。
「……イタズラ?」
「まあ、イタズラだろな」
なんでこんな場所に。
ため息を飲み込んで、私は足を引き抜いた。靴の中に土が入ってしまって気持ちが悪い。靴を脱ぎ逆さに振り、再び履いた。一体なんなんだ。
「というか、立て続けに普通はまるか?」
「そんな事言われても」
私だって罠にはまりたくてはまっているわけではない。もやもやとした思いとともに、深く息を吐き出すと、私は再び道を歩き始めた。
そしてしばらく歩くと――。
「にぎゃ」
「うぎゃっ?!」
「ぎゃおっ」
「きゃうっ!」
微妙な悲鳴をあげながら、私は順番に狙ったようにイタズラに引っかかり続けた。
結んだ草に足を引っ掛ける事数回、落とし穴にはまる事数回、どこからともなく泥団子が飛んでくる事数回。最終的には、いきなり暴れ馬が現れ、ジャレつかれそうになった所を、ライに助けられた。
一体私のエンカウント率はどうなっているんだ。
「どうして、そうなる」
「私の方が聞きたい」
特に何か戦闘したわけでもないのに、たった数10分歩いただけで、1人満身創痍となっていた。服は土汚れでドロドロ。手足は傷だらけ。地味につらい。
ちなみにライは、罠には一つも引っかかっていないので無傷だ。やっぱり、これが軍人と一般人の違いなのだろうか。
「一応先に言っておくが、俺は特によけているわけじゃないから。軍人パワーすげぇとかじゃないからな」
「わざわざ教えてくれてどうも。でも聞きたくない」
それではまるで、私の運が悪すぎる上に、どんくさいと言われているみたいじゃないか。運がいい方ではないのは分かっているけれど、あんまり自覚したくはない。
はぁと何度目かのため息をついて、問題の混ぜモノの子が住んでいるという家を見上げた。小屋のような小さなたたずまいで、お金持ちですという格好ではない。むしろその反対のような雰囲気だ。
とりあえず私はライより先に進むと、ドアをノックした。混ぜモノなら、同じ混ぜモノである私を怖がる事はないだろうし、顔に傷のある大柄の男に話しかけられるよりは、小柄な女の方が話しやすいだろう。
「すみません。どなたかみえませんか?」
しばらくすると、扉が少し軋むような音を立てて開いた。
中から私よりも少し背が低い、銀色の髪をした子供が顔をのぞかせる。その額にはぐるぐると布が巻かれていた。顔に痣がないので、たぶん包帯の下にあるのだろう。
「……なんか、俺の方こそすみません」
「へ?」
何故謝る。
初めて会ったはずなんだけどなぁ。申し訳なさそうな顔をしている少年の顔に、見覚えは全くない。
髪の色はヘキサ兄と同じだけど……。それとも覚えていないだけだろうか?私は人の顔を覚えるのが得意な方ではないし。
「いや、えっと。苛められたくないから、ヒトがここまで近づいてこないように少し脅かすつもりで、罠を仕掛けたんだけど、こんな風に全部の罠に引っかかるとは思わなくて……。あの、大丈夫?」
本当は怒ってもいいはずなのに、すごく悲しそうな顔をされると、怒りにくい。しかも相手は自分よりも年下のようだし。
「どうして私が罠に引っかかったと?」
「そりゃ、それだけボロボロでドロドロになっていたら、そう思うだろ」
呆れたようにライがそう言ってきた。
まあね。確かに普通に歩いてきただけでは、こうはならないだろう。でもどうしてだろう。釈然としない。
「ああ、でも。馬は俺じゃないから!流石にそんなの小さいねーちゃんに向かわせたら危険だってことぐらい、俺だって分かるから」
「……見てたんだ」
そうか。
釈然としない理由が分かった。扉を開けて出てきた時、少年は私の姿を見て申し訳なさそうにはしたけれど、驚いたような表情はしなかったのだ。これは、事前に私がこんな状態になっている事を知っていたということ。
「えっ。お前、どこから隠れて見てたんだよ」
ライが驚くのを見て、再びおや?っと思う。野生児のライが気がつかないなんて、すごい隠れ方だ。忍者の素質があるかもしれない。
もしくはホンニ帝国に来てからタダ飯くらってダラダラしていたから、ライのカンが鈍った可能性もあるけれど。
「オクト、今すごい失礼な事考えただろ」
えへ。
私は生ぬるく笑って誤魔化した。いや、だって、一応カミュの護衛をしているとはいえ、最近はやることなくて遊んでいただろうし。あ、でもよく考えたら、ライはカミュの護衛なんだっけ。いいのか?私についてきて。
「俺、のぞき見なんてしてないよ。ここから見てただけだから」
ん?ここから見ていた?
「ここからって、家から?」
「そうだよ。だから後をつけたりとかしてないからっ!」
以前怒られたことでもあるのか、少年は焦ったように言葉を付け足す。
しかし少年の言い分を丸っと信じるととてもおかしな事になる。私が馬に襲われた場所はここよりずっと離れているのだ。振り返って見たが、その場所は全然見えない。
もちろん、私が少年が仕掛けた罠に引っかかった場所もだ。
「嘘つけ。どうやってここから見るっていうんだ。俺に尾行を気が付かせないって、一体どこで訓練した?」
「放せよ。嘘じゃないってっ!本当に俺はここから見てたんだって!」
ライに腕をつかまれた少年は、じたばたと暴れる。しかしライとの力の差は歴然としていて、どうにもならないようだ。力だけを見れば、確かに普通の少年のようである。
「ライ、可哀想だから」
「馬鹿。俺に気が付かせないなら、どこかの国の間者かもしれないんだぞ。自分の身もまともに守れないくせに、可哀想とか言ってるんじゃねーよ」
うっ。
それを言われるとつらい。でも、もしもライが言う通り間者だとしたら、どうして混ぜモノで有名になっているというのか。普通、間者ならもっと周りに溶け込もうとするはずで、こんなに浮いているとは思えない。それに、こんな辺鄙な地域で間者とか。一体、何を探るというのか。
「本当に、俺はそんなんじゃないから。俺、ヒトより、目がいいんだって!」
うーん。目がいいで片づけられてもいいのか?
だって、目が良くたって障害物があればその向こうは見ることができないわけで……。
「とりあえず、ライ放して。それじゃ、明らかにライが悪役」
「悪役って。俺はカミュに頼まれてだな。あーもう」
グチグチと言いつつも、ライは少年をつかんだ手を放した。すると少年は、さっと私の後ろへ隠れた。
「って、おい」
「俺は、嘘なんかついてないんだからな」
まあ、同じ混ぜモノだから私の方が怖くないと判断したのだろう。その認識は正しい。私よりライの方がずっと強いのだから。
でもこの状態を続けていても何の得にもならない。
「分かったから」
「えっ?……信じてくれるのか?」
「いや、信じてくれるのって……。嘘じゃないって自分で言ったから」
この少年が混ぜモノだとすると、何らかしらの特殊技能があったっておかしくはない。この世界は、魔法がある世界なのだ。
「うん。嘘じゃない。俺は嘘なんてついてないから!」
「なら、それでいい」
「お前なぁ」
呆れたようにライが私を見たが、私は知らん顔をする。だって、少年が嘘をつこうがつくまいが、どっちだっていい。
とりあえず、私は少年が本当に混ぜモノであるのかの確認ができて、保護が必要かどうかの判断をつけられればいいのだ。もしも嘘をついて尾行を隠していたなら、きっと少年には嘘をつくだけの理由があったのだろう。
「ねえちゃん、風呂貸してやるから中に入って行けよ!」
「風呂を貸してやるじゃねーだろ。お前の所為で、オクトは泥だらけになってるんだから」
「わかってるよ。だから、貸してやるって言ってんじゃん。ね、入っていきなって」
ライに対して口を尖らせた少年は、私の腕を引っ張った。確かに現状だと、さっさと風呂に入りたいが、着替えがない。流石に自分より小さい少年の服では、借りたとしても着る事ができないだろうし。
ただ色々詳しく話を聞くとなると家の中に入れてもらうしかない。でもこれだけ泥だらけな状態で家の中に入るのも気が引ける。
「いや。大丈夫。ちょっと離れて」
私は少年に手を離してもらうと、数歩少年とライから離れる。
「水よ。私についた土を洗い流せ」
私の言葉に従い、水は薄い膜を張るように私にまとわりついた。そして土を含むと地面に落ちる。
「風よ。服と髪に残った水を飛ばせ」
頭の中に浮かべているこの2つの魔法陣は、図書館で引きこもりになっていた時に開発したものだ。お風呂と洗濯が一度に終わるので、私は結構好きなのだが、周りからはあまりいい顔をされないので使うのは久々だ。
一通りの汚れを落とし、すっきりした私は風呂上りの犬のように頭を振った。
「す……すっげー!!何?!小さい、ねーちゃんは、魔法使いなのか?!」
「まあ」
それほどすごい魔法ではなので、どう反応していいものか。ただ少年は心の底から感激しているようだ。
「こいつは、魔法使いより上の魔術師で、賢者なんだよ。ちなみに、俺も魔術師――」
「なあなあ、ねーちゃん。ねーちゃんは、もっと他にも魔法が使えるのか?!」
「――って、聞けよ」
少年は頬を紅潮させながら、興奮気味に私に尋ねてきた。
そういえば、ホンニ帝国は魔法使いが少ない、人族中心の国だっけか。となれば、ちゃんとした魔法を見るのは初めてに近いのかもしれない。
「まあ、多少は」
「俺の名前は、ディノっていいます。お願いします!俺を弟子にして下さい!」
「へ?」
「俺、魔法使いになって、どうしても助けたい奴がいるんだ」
少年はそう言って、私に対して頭を深く下げた。